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第1章 水の研究者、異世界へ
第11話 集団戦
しおりを挟む翌日、俺はミーナに肩を借り、足を引きずりながらコロッセオの中心に立っていた。その周りには俺たちと同じように、ふたり一組で鎖につながれた30人ほどの奴隷剣闘士たちがいる。
俺は魔法が使えることを興行師に言わなかった。
ミーナは怒っていた。でも彼女が興行師に俺が魔法を使えると言っても、実際に俺が使用して見せなければ意味ないと気づき、それ以上は何も言ってこなかった。
「זה שניצח את אוריד」
「גלדיאלקה 5!?」
「אתה רציני」
「למה כזצח אתה גיבור」
何人かの剣闘士たちが俺のそばに寄ってきて話しかけてくる。ミーナに少し言葉を教わってはいるものの、これだけ一気に話しかけられると理解できない。
「この人たち、オレイドって剣闘士を倒したのはトールかって聞いてるニャ」
朝は不貞腐れて俺と口をきいてくれなかったが、こうして鎖でつながれて一緒に闘技場に出てきた時点で彼女は諦めたようだ。
「オレイドという名前かは分からないけど、俺はひとり剣闘士を倒したよ。そのせいでこうして動けなくなるぐらい折檻されたけどね」
俺の言葉をミーナが訳して周りの奴隷たちに伝えると、彼らは必死な表情で俺に詰め寄って来て何かを叫んでいく。
「みんな死にたくないから、トールに指揮を執って欲しいって言ってるニャ。その代わり、できるだけ守ってくれるってニャ」
普通、奴隷剣闘士は戦闘経験が無いから直ぐに殺されてしまう。プロ剣闘士を倒して牢屋に帰ってくるのは非常に珍しく、その者は奴隷剣闘士たちの間で希望の光となるらしい。
「俺は素人だから一度に何人も動かすような指揮は採れない。だけど俺を守ってくれるなら、少しだけ生き残れる可能性を上げられると思う。そう彼らに伝えて」
思ってもいない仲間ができた。正直、ミーナひとりに頼り切るのは心もとなかったため、彼らにも協力してもらおう。全員無傷で──とはいかないだろうが、ただ無策でプロ剣闘士と戦うより可能性はある。
「それで、ウチらは何をすればいいニャ?」
「まず俺の水魔法で敵の司令官を倒す」
俺の発言を受けて、ミーナは目を丸くしていた。コイツ何を言ってるんだと言わんばかりだ。まぁ、昨日俺が開発して彼女に見せたあの魔法じゃ、そう思うのも仕方ないかもしれないな。
「あの“グルグル”で、敵を倒せるのかニャ?」
「まぁ、ひとりくらいはたぶん行けるよ。問題はそのあと」
俺たち奴隷剣闘士30人に対して、敵は騎兵が10騎。こちらの方が数は多いとはいえ、歩兵では騎兵に絶対勝てないと漫画で読んだことがある。確か騎兵の速度は時速60キロ。そんな速度で武器を持った敵が突っ込んでくると考えると、恐怖で何もできなくなりそうだ。
だから俺の役割は最速で敵の司令塔を把握し、仕留めること。運が良ければそれで敵が混乱して足が止まり、歩兵の俺たちでもなんとか戦えるようになる。そうならなかったとしても、未知の魔法が行使されたことで敵は迂闊に近寄れなくなる。
肝心なのは敵の最初の突撃をどうするか。
前回俺が戦った時と同様に、奴隷剣闘士には薄い胸当てと鉄の剣が与えられている。支給品に手甲は無かった。手甲を改造して投石器にした俺のせいだろうか? 手甲の代わりに木製の盾が追加されている。
その盾だが、俺は手が使えなくて持てない。ミーナも俺を支えているからふたりとも盾を持ってこなかった。
元の世界で見たスパルタの映画では、密集隊形で盾を構えて騎兵の突撃を防いでいた。ただ、今ここにいる奴隷剣闘士たちはみんな貧相な体つきをしており、密集したとしても騎兵の突撃など止められそうにない。
だから彼らには俺の周りを囲ってもらうが、それは俺を守るためとかじゃなく、俺が魔法を使っているとバレないようにするためだ。後方に魔法使いがいるって分かれば、真っ先にそれを狙うのはゲームにおける基本戦術。
敵の練度が分からないから、最悪を想定しておくべきだろう。
歓声が上がる。
俺たちが入ってきたのとは別の入り口をくぐり、騎兵が入場してきた。数は10で間違いない。そして幸いなことにいきなり突撃されはしなかった。
「לַהֲרוֹג!」
「「「לָמוּת! לָמוּת! לָמוּת!」」」
既に観客は盛り上がっている。騎兵によって俺たち奴隷剣闘士が一方的に蹂躙されるのを楽しみにしているようだ。
残念だけど、今日は別の催しに変更だよ。
自力で動けなくなるまでボロボロにされた奴隷が魔法を使い、圧倒的強者を逆に駆逐する。そんな逆転劇を見せてやる。さぁ、こい。
「פרשים, הסתערו!!」
先頭にいた男が右手の剣を掲げて指示を出した。
指揮官はアイツか。
味方は10騎という少数で、しかも敵は戦闘訓練なんて受けていない奴隷剣闘士。わざわざ副官に指示を出させるような手間はとらないだろう。
痛む右手をなんとか持ち上げ、照準を指揮官に合せる。
俺たちを殺そうとしてくるんだ。殺さなきゃ、こっちが殺られる。分かっていても、この瞬間は吐きそうになるほど気分が悪い。
「トール」
「大丈夫、俺は」
俺は、殺れる!
殺らなきゃいけないんだ!!
「מים, תסתו!」
指揮官の首の周りに水の輪が現れ、それが高速回転を始めた。
「מה זה?」
彼は自らの首の周りに突如現れた水の首輪に触れようとした。ただ、その時に誤って手綱を操作してしまったようで、馬が2歩ほど前に進んだ。
超高速回転している水の首輪は、音もなく指揮官の首を斬り落とした。
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