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第1章 水の研究者、異世界へ
第9話 水魔法の適正
しおりを挟む「この世界にはミーナのような獣人以外にも、エルフとかドワーフがいるんだ。そんで一番数が多いのが、俺たちのような人族だと」
「そうニャ。基本的には力もスピードも、ウチら獣人は人族に負けないニャ。でも人族には魔法に適性を持つ奴が多くて、しかも人族は圧倒的な人数差で攻めてくるから、ウチみたいに捕まって奴隷にされる獣人が多いにゃ」
ミーナは獣人たちが集まって暮らす里で、小規模の戦闘団を指揮する立場だった。その里が人族に襲われ、多くの獣人が捕まったという。彼女は奴隷商に性奴隷として売られたが、主に反抗したことでコロッセオ送りにされた。
「ありがと。この世界のこと、色々知ることができたよ」
「どうもニャ。ウチも異世界の言葉を話せて、昔の懐かしい思い出がいっぱい溢れてきて少し幸せだったニャ」
はじめは違和感のある言葉だったが、イントネーションの誤りなどを俺が指摘していたらミーナは直ぐ流暢に喋れるようになった。そして俺は彼女に対して敬語で話していたが、堅苦しいと言われたので今の砕けた話し方に変えた。
「これで明日、死んでも悔いはないニャ」
明日、俺たちは集団で戦わされるらしい。相手は馬に騎乗した戦士たちで、俺たち奴隷剣闘士はふたり一組で鎖に繋がれる。どう足掻いたって勝つ見込みはない。だからミーナは明日生き残ることを諦めていた。
「ミーナ。俺は明日、出来れば死にたくない」
やるべきことがあるんだ。
どうしても殺したい奴がいる。
死ぬわけにはいかなかった。
「まだ俺、君に聞いてないことがあるんだ」
ずっと聞きたかったこと。でもそれがダメだったとき、絶望しか残らないのではないかと考えると怖くて聞けなかった。
「この世界に、魔法はあるの?」
「魔法? あるにはあるニャ」
ちょっとハッキリしない言葉だったが、俺としては嬉しい答えだった。
「それはどんなの!? 炎を出したり、空を飛んだりできるの?」
「炎を出すのは、ものすごい魔法使いならできるニャ。でも空を鳥みたいに飛ぶ魔法が使えたのは、この世界で伝説の賢者様ただひとりニャ」
希望の光が見えた気がする。
「ど、どうすれば魔法が使える? 魔法を使う適性があるとかって、どうやったら分かるんだ!?」
「基本魔法の詠唱をしてみて、何かが発動したらその属性の適性があるってことになるニャ。試してみるかニャ?」
「試したい! ──あっ。でも俺、思いつく限りの詠唱はやってみたけど」
「トール、この世界の言葉で詠唱できたのかニャ?」
「……それは、やってない」
そうか、こっちの世界の言葉で詠唱しなきゃダメなのか。
「ミーナ、詠唱を教えてくれ!」
「わかったニャ。まず、一番威力があって、これが使えれば最強になれる雷魔法からいくニャ。詠唱は רַעַם。手をこうやって、合わせるようにすると、手と手の間に雷が生まれるニャ」
「悪いけど、俺の手を」
「はいはい。お任せするにゃ」
寝た状態で手を身体の前に持っていくことすらできず、ミーナに手伝ってもらう。
頼む。俺に希望を。
「רַעַם!」
何も起きなかった。
「ダメっぽいニャ」
「も、もう一回!」
その後、何度か試したけどダメだった。
何かが起こる気配すらなかった。
「雷魔法は強いけど、使える人族は少ないにゃ。他の属性に期待するニャ。次は風魔法。雷魔法より弱いけど、遠距離攻撃や速移動度上昇効果が得られるニャ。この魔法の詠唱は רוּחַ。手を前に突き出して詠唱するニャ」
牢屋の天井に向け、ニーナが俺の右手を伸ばしてくれる。かなり痛みが響いたが、そんなこと構っていられなかった。
「רוּחַ!」
しかし何も起こらない。
「同じく手を前に出した状態で、火魔法やってみるニャ。אֵשׁ と詠唱してみるニャ」
「אֵשׁ」
これも何回か詠唱してみる。息切れで詠唱を止めたタイミングでミーナが俺の手を地面に下した。
「次いくニャ。防御に特化した土魔法。詠唱は אדמה。こうやって手を地面について詠唱するニャ」
「אדמה!」
……ダメだった。
「残念だけど、トールには魔法の適性がないニャ」
ミーナが憐みの目で俺を見てくる。
それがとても辛い。
「ま、まだ試してない魔法はないのか!? そうだ、水魔法! まだ水魔法を試してないじゃないか!!」
俺は水を専門にした研究者だ。
水の知識なら他人に自慢できる。
水を魔法で自由に操作する妄想を数えきれないくらいしてきた。
「水魔法も確かにあるニャ。でも、この世界ではどんなに凄い魔力の持ち主でも、戦えるレベルの水魔法なんて使えないニャ。できてもせいぜい、ほんの少し水を集めるくらいニャ」
「それでも試させてくれ。お願いだ、この通り」
僅かでも可能性があるなら賭けたい。
「そこまで言うなら……。מים ニャ」
あぁ、神様。
どうかお願いです。
スキルをくれなかった俺に、この世界で使えないって言われている魔法で良いんです。俺に水魔法の適性をください。
俺をこの地獄に墜とした女神に懇願した。願いが届くかどうかなんてわからない。というか届いたとしてもあの女神は聞いてくれないだろう。それでも俺は信じたい。
「מים!」
「あっ! こ、これ、水ニャ!!」
奇跡が起きた。
ミーナに支えられた俺の掌に、ほんの少しだけだが水が出現したんだ。
「やった! やったぞ!! これって、水魔法の適性があるってことだよな!?」
「そうニャ。人族でも魔法に適性を持つのは百人にひとり。トールはその一握りの才能を持っているのニャ。まさか水を集められるほどトールの魔力が多いなんて思ってなくて、試そうとしなくてごめんニャ」
ミーナが優しく俺の手のひらを撫でてくれた。
「水魔法が弱くて使えないって言っても、人族は研究熱心だから水魔法の使い手は奴隷にはならないニャ。このことを興行師に言えば、多分トールは奴隷から解放されて国の研究機関に移されるニャ」
「そ、そうなんだ。良かったぁぁあ!」
この地獄から解放される。
その可能性が見えたことで、俺は心から歓喜した。
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