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第56話 四天王襲来(1/3)
しおりを挟む「久しぶりに私、ひとりですね……」
フリーダを見送った後、聖女セリシアは部屋のベッドに飛び込んだ。
ルークスたちもここと同じくらいの高級宿に案内されているという。彼らと合流することも考えたセリシアだったが、とある理由から今日はひとりで過ごすことにした。
ずっと仲間たちと一緒にいるのも楽しいが、少しは自分の時間が欲しかったようだ。
神託を受けた勇者や賢者、聖女とはいえ、みな人間なのだ。動けば腹が減り、ずっと起きていれば眠気に襲われる。年頃の彼らには人並みに性欲だってある。
大きな街に滞在する時など、ルークスやアドルフがこっそり夜の店に行っているのをレイラとセリシアは知っていた。一方彼女たちは防犯などの目的から、ふたりで同じ部屋に泊まる。そして週に一度ほどの頻度で、深夜にレイラの色めいた吐息が聞こえてくることにセリシアは気付いていた。魔物の血を浴びるほどの激しい戦闘があった日の夜などは、レイラの嬌声が大きくなることもある。
仲間たちが各々性欲を処理する中、聖女であるセリシアはただ精神力のみで耐えていた。
聖女だからといっても性欲がなくなるわけではない。自慰をするのがダメなわけでもない。純潔を保てば聖女としての力は失わない。ただ恥ずかしかったから彼女は我慢していた。稀にレイラが夜にどこかへ出かけている時などは、セリシアも自らを慰めている。
今日は同室にレイラがいない。近くの部屋にルークスやアドルフもいない。ここは高級宿で、壁の造りはしっかりしていて声が周囲に聞こえてしまうことはないだろう。
周りの様子を念入りにチェックした後、セリシアはベッドでうつ伏せになった。
「んっ…、んくっ」
微かにセリシアの吐息が聞こえ始めた。
丸めて抱いた布団に身体を押し当てている。
次第に彼女の動きが激しくなっていった。
「今日の私、な、なにか…おかしい、んんっ!」
セリシアが完全にひとりになったのは、勇者パーティーに参加して以来初めてのことだった。パーティー存続の要である彼女は常に守られていたから。
人は自らの死を実感した時、子孫を残さなければという意識が強くなることがあるらしい。魔物や魔人と戦い続けていたセリシアたちは、何度も死を身近に感じていた。知らないうちに少しずつ性欲が強くなっていたようだ。
それを彼女はずっとせき止めていた。
ひとりになったことで枷が外れる。
「それはダメ、んんっ。いや、なのに」
ベッドのヘッドボードにかけた鞄にセリシアの手が伸びる。これ以上はダメだと分かっているはずなのに、彼女の手は鞄にしまっていた回復薬の瓶を取り出した。
その小瓶を下着に押し付けると、本人も聞いたことのない甘い声が漏れた。
「な、なに今の? 身体がビクッて」
気持ちよすぎて恐怖を感じる。
しかし身体はそれを求めていた。
快楽に身を委ねてしまいそうになる。
小瓶がセリシアの秘部へと──
「だ、ダメだってば!!」
自らの欲望に耐え、セリシアは小瓶を放り投げた。
壁にぶつかり、回復薬が入った小瓶が音を立てて割れる。
「そのまま快楽に流されてしまえば良かったのに」
「だ、誰!?」
自分以外の女の声が聞こえてセリシアが慌てて起き上がる。
「うふふっ。こんばんは、聖女さん」
頭部に獣耳を生やした白髪の美女がいた。
その背後には複数の尾が見える。
「せっかくいい感じになっていたんでしょ? もう少し寝ていなさいよ」
「あっ」
美女に肩を押されて、セリシアはベッドに倒された。この美女の目を見ていると、何故か抵抗しようという気になれなくなる。
「ほら。これを使いなさい」
九本の尾を持つ女魔人が鞄から新たな回復薬の瓶を取り出し、それをセリシアに手渡す。
「大丈夫、最初に少し痛いだけ。あとはすぐ気持ちよくなれるわ」
この部屋に突如現れた白髪の美女は、魔王軍四天王の九尾狐だった。勇者を苦戦させた鋼の魔神ヴァラクザード以上の戦闘力を有する彼女だが、その神髄は魅惑と洗脳魔法。
普通に戦っても勇者を殺せる四天王のひとりが、遊びに興じて勇者の仲間である聖女から力を奪おうとしていたのだ。
「……はい」
抗えない洗脳に支配された聖女セリシアが、自らの手で純潔を失おうとする。
「貴女が聖女の力を失えば、勇者たちは回復手段のひとつを欠くことになる。正気に戻った時、貴女がどんな顔をするのかも楽しみね」
九尾狐の口がこめかみの付近まで大きく裂けた。
気味の悪い笑みを浮かべ、セリシアに命令を下す。
「さぁ、やりなさい」
「なんだよ、あんた人外か。美女がふたりでイイコトするのかって期待してたのに」
「……あなた誰? いつからそこにいるの?」
四天王である九尾の女が部屋の隅に立っている男に向かって殺気を飛ばす。彼女の意識が逸らされたことで、セリシアの手は動きを止めていた。
「俺? 俺は今ちょうどここに来たとこ」
「ありえないわ。私の魔力検知範囲に移動する存在なんていなかった。それにこの建物に中にいる者は全員洗脳している」
彼女は自らの力を過信していた。加えて突如現れた男からは大した力を感じなかった。だから洗脳という言葉を口にし、男に洗脳をかけもしなかった。
「まじかよ。洗脳魔法使える奴か、あぶねーな」
彼──ケイトの言葉に、九尾の女は反応しない。
反応できるはずがない。
首から上を異空間に収納されたからだ。
「おっと、そりゃ暴れるよね」
頭部のない女の身体が暴れ始める。
元仲間が洗脳されているので、ケイトはその洗脳が解かれるまで九尾狐を殺せなかった。頭部を異空間に送っただけで、頭と首から下はまだつながっている状態だ。
「とりあえず手足も収納して──っと。あぁ、この尻尾も危ないな」
ケイトは女の手足と、九本の尾も頭部と同じように収納した。
「洗脳ならエリクサーで解けるけど……。もったいないからコレを使って交渉してみようかな」
悪魔のような笑みを浮かべたケイト。彼の視線の先には、頭と手足のない艶やかな女性の胴体が無防備な状態で床に転がっていた。
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