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第40話 魔界へ

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⦅シルフ様を助けられるの? で、でもそんなの、ただの人族じゃ絶対に無理だよ⦆

 下位精霊がどんな表情をしているのかは分からないが、ケイトは自分が信用されていないというのは良く理解できた。

 敵は大精霊を連れ去るような悪魔だ。そんな敵に勝てる存在は、この人間界には僅かしかいない。ましてや脆弱で短命な人族ならばより可能性は低くなる。ただ人族であっても悪魔にも勝つことのできる存在がいる。神から神託を受けた勇者だ。

⦅ケイトは勇者じゃないでしょ?⦆

「違います。でも俺は少し前まで勇者の仲間でした」

⦅えっ!?⦆

「それにこの場所に来られるくらいの、ちょっと特殊な力を持っています」

 彼の言葉を聞いて、下位精霊はケイトのことをもう少し詳しく知るべきなのではないかと考え始めた。シルフの力で下位精霊が生み出されて以来、この世界樹の頂上に人族やエルフが来たことなどない。この場所にいるというだけで、ケイトはただの人族ではないのだ。

「少しだけ俺を信じてください。もし俺が失敗しても、貴女が失うものはないはずです」

⦅……悪魔はすごく強いんだよ? ケイトの力を私は知らないから断定はできないけど、戦って勝つのは無理だと思う⦆

「戦いません。誘拐された大精霊様をこっそり助けてくるだけです。まだ大精霊様がご無事なら──って前提での話ですが」

 どこにどんな方法で捕らえられていようと、目視さえできれば大精霊シルフを救出できるとケイトは考えていた。

⦅シルフ様の存在はまだ消えていないはず。この世界樹が枯れていないのがその証拠⦆

「大精霊様が完全にいなくなっちゃうと世界樹が枯れるんですか?」

⦅……うん。それから存在は消えてないけど、シルフ様の力はどんどん弱くなってる。世界樹の活力が落ちているのはそれが原因だよ⦆

 世界樹の活力が落ちているという話はケイトにとって良く分からなかった。彼はまだ知らないことだが、サンクトゥスエルフの国では近年、収穫できる作物の量が減ったり、国の周辺に出現する魔物が強くなるなどの問題が発生していた。

 それらは今から約三十年前、シルフが悪魔に連れ去られた頃から始まっていたのだ。

⦅私たちはシルフ様をお手伝いして世界樹を管理する精霊だけど、エルフを守る精霊でもあるの。だからエルフたちのためにも、シルフ様を助けたい。世界樹を正常な状態に戻さなきゃいけない⦆

「俺を頼ってくれるってことで良いですね?」

⦅うん。シルフ様を助けるために、私たちができることがあれば教えて⦆

「まずは俺がシルフ様を助けられたら、世界樹の葉を貰えるように交渉したいんですけど」

⦅さっきも言ったけど、世界樹の葉を渡せるのはシルフ様だけ。だから約束はできない。でもシルフ様なら助けてくれた人には恩を返すと思うし、私も精一杯お願いしてみる⦆

「それで充分です。感謝します」

 もし世界樹の葉が手に入らなかったとしても、家族と暮らす拠点があるサンクトゥスの平和を維持することができる。それだけでも今のケイトにとっては大きなメリットなのだ。

 世界樹の葉が手に入らずエリクサーが作れなかった場合は、勇者ルークスたちには別の回復アイテムを渡すようにすれば良いとケイトは考えていた。

「確認なのですが、悪魔は大精霊様を魔界に連れて行ったんですよね?」

⦅たぶんそうだと思う⦆

 この下位精霊は悪魔が転移門を開き、シルフを連れ去る場面を見ていた。しかし転移門の行き先がどこなのかは下位精霊の力で追跡することはできなかった。

「三十年も経っていると望みは薄いですけど、その悪魔が攻撃してきた痕跡とか残っていないですか? 一番いいのは悪魔が去っていくときに使った転移門の破片とか」

⦅ケイトは悪魔が転移門を使うってこと、知ってるんだね⦆

 それはあまり知られていない情報だった。そもそも自由に人間界と魔界を行き来する悪魔に遭遇し、今も生きている人族などほとんどいないはずなのだ。

「勇者パーティーにいましたからね。それより、何かないですか?」

⦅えと……。ちょっと待ってて⦆

 下位精霊がふわふわと飛んで枝の中に入って行った。

 しばらく待っていると下位精霊が枝から出てきた。精霊の少し前方に、半透明の羽のようなものが浮かんでいる。

⦅こ、これは、どうかな?⦆

「これはどういうものですか?」

⦅私の、先輩の羽。中位精霊だった。シルフ様を連れ去ろうとする悪魔の転移門に飛び込んだけど……。悪魔にバレて捕まっちゃった。悪魔がそのまま転移門を閉じたから、先輩の羽だけこっちに残されたの⦆

「もしかしてその先輩精霊さんって、まだ生きてるってことですかね!?」

⦅私たち精霊には死という概念はない。力を失った時、存在が消えるだけ。羽が消えてないってことは、先輩はまだどこかに存在しているはず⦆

 羽を失えば精霊は飛べなくなる。そんな状態でも存在を維持しているのは精霊自身にとってかなりの苦痛であるはずなのだが……。苦痛の中でも存在を維持したいという強い意志が中位精霊にはあったのだ。

 その強固な意思が、望みをつないだ。

「ありがとうございます! たぶんこれで何とかなります!!」

 ケイトは下位精霊から羽を受け取った。
 その羽に意識を集中させる。

 彼の収納魔法で異空間を経由して別の場所に転移する時、通常なら転移先を事前に目視しておく必要がある。千里眼で転移先を見ようにも、ケイトは大精霊にも中位精霊にも会ったことがない。

 中位精霊の羽がここにあるが、本体を見なければ千里眼は発動できない。

 しかし中位精霊の羽には悪魔が使った転移門の残渣が残されていた。悪魔の転移門とケイトの使う転移は全くの別物。だが別の空間に移動するという点においてその仕組みは共通であり、どちらも移動先の座標が必要になる。

 ケイトは座標を目視することで設定している。一方で悪魔は高度な座標計算を行うことで、人間界や魔界を自由に往来する。ケイトに座標計算をする能力はない。人族の脳では到底不可能なのだ。

 ただ、既に座標計算が完了している場所への転移は可能だった。

 中位精霊の羽には、悪魔が行った座標計算の結果が残されていた。


「それじゃ俺、大精霊様と中位精霊さんを助けに行ってきますね」

 ケイトが収納魔法を展開し、魔界に転移していった。
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