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第1章 異世界で始める特許登録

第13話 拒絶査定不服審判と精霊

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 90個まで魔法詠唱の特許登録ができた。

 しかし残りの10個がなかなか問題だった。ついに最後の拒絶理由通知に対して補正しても、ダメだった案件が出てきたんだ。

 このままでは拒絶査定になってしまう。

 そんな状況でも、アイリスは諦めなかった。

『祐真様、拒絶査定不服審判を実施しましょう。私が絶対に精霊を説得してみせます! 何卒、御承認を!!』

「わ、分かった。承認する」

『ありがとうございます。では……。スキル【特許権】発動! 拒絶査定となった特開245ー00090、魔法名称“大紅蓮双刃斬”について、この私アイリスが九条 祐真様に代わり、拒絶査定不服審判を請求します!』

 アイリスがそう宣言した瞬間、空が暗くなった。

 分厚く暗い雲が空を覆っている。

 雲の一部に穴が開き、俺のいる場所に一筋の光が差し込んだ。

 その光の道を通り、背中に半透明の羽を生やした赤い髪の精霊が降りてきた。


「やあ、こんにちは。火を司る精霊、イグニールだよ」

 彼の大きさは30センチくらい。
 ふわふわと俺の前を飛んでいる。

 見た目は小さいのに、なんだか偉大なものを前にしているような強いプレッシャーを感じる。これが、精霊という存在か。

「は、はじめまして。九条 祐真って言います」

「君かユーマか。この3日で新しい魔法を何十個も登録してるのは君だね」

「はい、そうです。確か、俺のスキル【特許権】で特許申請した魔法詠唱って、精霊さんたちが審査してくれているんですよね?」

「そうだよ。ここ何百年の間、人間界で新たな魔法が生み出されることはなかった。僕ら精霊が創って、“ヒト”に教えてあげた魔法だけでみんな満足していたんだ」

 この世界で魔法が使える種族は俺ような異世界人、それから俺たちと姿かたちが同じ人族、長寿のエルフ族、身体能力が高い獣人族、手先が器用なドワーフ族、それからホビットや鬼人と言った亜人族。それらを総称してヒトというらしい。

「みんな満足してるんだと思ってた。女神様に召喚された異世界人たちですら、新しい魔法を創らなかったからね」

 それはもしかしたら創ろうとしたけど、魔法が発動しなくて創れなかったパターンじゃないだろうか。俺だって、アイリスがいなければ既にこの世界にある魔法の情報を収集することもできなかったし、試行錯誤を重ねてこの世界で発動可能な魔法詠唱の構成を把握できなかったと思う。

「だけど君が突然大量の魔法詠唱を申請してきたから驚いたよ。平和だった精霊界はかなり慌ただしくなった」

「えと、それは、すみません」

「あぁ、いいのいいの。怒ってるわけじゃないよ。大魔法行使のためヒトに召喚されることもなく、最近の精霊界はすっごく退屈だった。だけど君のおかげで、精霊界は上を下への大騒ぎ。マジで審査業務は大変だったけど、楽しかったよ」

 アイリスが瞬時に申請しちゃうからあまり深く考えていなかった。

「もしかして精霊さんって、あの大量に文字の書かれた特許明細書を全部読んで審査してくれてるんですか?」

「そうだよ。アレを全部読んだ上で、その魔法を発動させる担当の精霊を決めたり、発動に必要な魔攻量を設定したり。詠唱と明細書に書かれた魔法の効果に差異がないかどうかのチェックとかもやらなきゃいけない」

 思っていた何十倍も大変そうだった。

「でもユーマが創った魔法、登録されたやつはどれも精霊たちからの評価が良いよ。僕らへのリスペクトが感じられて、すごく良い魔法詠唱だって」

「そうですか。それは良かった。この世界で魔法を使うキーとなる存在が精霊さんなんじゃないかって仮説を立てて、俺が考案した魔法集の中から使えそうなのを厳選した甲斐がありました」

「魔法集から厳選したって……。君はもしかして、今回特許申請した100個以外にもまだ魔法詠唱のストックがあるの?」

「全部で千個はあります。この世界で使うためには、修正しなきゃいけないモノの方が多いですけど。またステータスポイントに余裕ができれば、もう100個くらい登録しても良いんじゃないかって考えてます!」

「あ、あはは。ユーマ、面白いね。すごいよ君」

 精霊に褒められて嬉しい。
 俺の中二病暗黒時代は無駄じゃなかったんだ。

「それから、気づいてないかもしれないから言っておくね。君が魔人を倒した炎竜之咆哮。あれの発動を補助した精霊は僕なんだよ」

「おぉ! そうなんですね」

「あの詠唱、ゾクッとするほどかっこよかった。マジで最高! 煉獄れんごくの炎、不滅のほむら、紅蓮なる火炎を司りし、巍然ぎぜんたる大精霊よ──って、ヤバすぎ!!」

 イグニールの目が輝いている。
 テンションがすごく高い。

 そうか。
 この世界の精霊って。


 俺と同じ、こっち側中二病なんだ。

 
 だから俺の考案した暗黒呪文集ダークネス オブ スキルズが彼らの心に刺さる。

 俺は彼ら精霊の気持ちが分かるから、この世界で発動可能な詠唱を考案できる。女神様から貰ったスキルは、俺が使うから真価を発揮できるのかもしれない。

 てことでこのスキル、今後も俺が有効活用させていただこう。


『あのー。盛り上がっているところ申し訳ありませんが、そろそろ拒絶査定不服審判を進めていただいてもよろしいでしょうか?』

 あっ、完全に忘れてた。

「ごめん、忘れてた」

 イグニールも俺と同じだったみたい。中二病の同士なんだ。いつか彼と、かっこいい魔法詠唱についてゆっくり語らい合いたいな。

「はい、補正書確認しました。特許査定ね」

 チラッと補正書に目を通し、イグニールは判子のようなものを補正書に押した。

 それで特許査定になったらしい。

『えっ』
「えっ?」

「大紅蓮双刃斬、かっこいいよね。こーゆーの、すごく良いよ!」

『え、えっと。補正した請求項の限定的減縮に問題なかったということで、よろしいのでしょうか?』

「このユーマの脳内に響いてる声が、ガイドラインのアイリスだよね」

 精霊にはガイドラインの声も聞こえているらしい。

「君が提出してくれる明細書も意見書も補正も、全部正確ですごく良く書けてる。ほんとは大紅蓮双刃斬も最後の拒絶理由通知なんて出す必要なかった」

『では、今回はなぜ?』

「僕が君たちに会いたかったからだよ! 僕だけじゃない。他の属性の精霊たちもふたりに会いたがっている。だからそれぞれ1個はわざと特許査定しないようにして、拒絶査定不服審判の対応で君らの所に顕現できるようにしたんだ」

 そう言いながらイグニールは手を合わせて頭を下げた。

「無駄な手間をとらせちゃったことは、この通り謝る。だけど今のユーマの魔攻じゃ、僕ら大精霊を召喚することなんてできない。こうする以外に顕現する手段がなかったんだ」

「それじゃあ、残りの9個も権利化できるんですか?」

「そうだよ。他の精霊たちも君に会いたがってるから、一回は面談してあげてね」

「てことは」
『えぇ。そうです』


「特許登録100件、達成だぁぁぁあぁあああ!!」
『祐真様。やりましたね!』

 俺とアイリスはやり遂げた。

 あとはこれを世に広めるって課題はあるが、まずはやり切ったことを称え合おう。
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