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本編 19.04 - 20.03
サヨナラ/661/ジャンル不明
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ㅤ初めまして。
ㅤ真っ先に出た言葉だった。いや、別に初めて会ったわけじゃない。嫌というほど顔を合わせた仲だ。こんなことを言うのは失礼だったかもしれない。けれど、私はそれほど当時の記憶に鍵をかけたかった。彼ごと、記憶の引き出しの一番奥にしまい込みたかった。
ㅤやはり、見えないふりが良かっただろうか。
ㅤ彼は窓枠から降り、背後へと回った。なにかされる前にと立ち上がり、解きかけの問題をそのままに部屋を出た。階段を下りる足音は一つ。ドアを開け閉めする音も一回。廊下の灯りの人感センサーに反応したのも一人だけ。傘も差さずに外へ出る。暗い明かりの生活道路を南へ進む。
ㅤ水たまりを踏む足音は一つ。彼の声は、一定の距離を保って絶えず私を呼んでいる。
「悪いけど、もう遊んでられるほど子供じゃないから。受験もあるし、就職だって考えなきゃいけない。私は――」
もう、力は使わない。
ㅤそう言い切ったとき、心に閊えていた何かが溶けた。止んだ声に振り返る。雨雲の隙間から差した月明かりが、彼を包んでいた。
ㅤ君がそういうなら仕方ないね。
ㅤけれど、僕には、君しかいないんだよ。
ㅤ月の光に体が溶ける。心に栓をしていた何かが溶けて、得体のしれないものが濁流となって身体を染める。
ㅤ何が正しいのかなんてわからないくせに、何かを踏み間違えたような罪悪感が溶け残る。頬を伝う雨を拭う。隠れた月に、サヨナラと言った。
ㅤ明くる朝、私は一切の能力を封じられていた。何もできない、無力な一般人へ戻っていた。
ㅤ真っ青な空を、太陽が駆け上がる。
ㅤ雨が一筋、頬を伝う。
ㅤ真っ先に出た言葉だった。いや、別に初めて会ったわけじゃない。嫌というほど顔を合わせた仲だ。こんなことを言うのは失礼だったかもしれない。けれど、私はそれほど当時の記憶に鍵をかけたかった。彼ごと、記憶の引き出しの一番奥にしまい込みたかった。
ㅤやはり、見えないふりが良かっただろうか。
ㅤ彼は窓枠から降り、背後へと回った。なにかされる前にと立ち上がり、解きかけの問題をそのままに部屋を出た。階段を下りる足音は一つ。ドアを開け閉めする音も一回。廊下の灯りの人感センサーに反応したのも一人だけ。傘も差さずに外へ出る。暗い明かりの生活道路を南へ進む。
ㅤ水たまりを踏む足音は一つ。彼の声は、一定の距離を保って絶えず私を呼んでいる。
「悪いけど、もう遊んでられるほど子供じゃないから。受験もあるし、就職だって考えなきゃいけない。私は――」
もう、力は使わない。
ㅤそう言い切ったとき、心に閊えていた何かが溶けた。止んだ声に振り返る。雨雲の隙間から差した月明かりが、彼を包んでいた。
ㅤ君がそういうなら仕方ないね。
ㅤけれど、僕には、君しかいないんだよ。
ㅤ月の光に体が溶ける。心に栓をしていた何かが溶けて、得体のしれないものが濁流となって身体を染める。
ㅤ何が正しいのかなんてわからないくせに、何かを踏み間違えたような罪悪感が溶け残る。頬を伝う雨を拭う。隠れた月に、サヨナラと言った。
ㅤ明くる朝、私は一切の能力を封じられていた。何もできない、無力な一般人へ戻っていた。
ㅤ真っ青な空を、太陽が駆け上がる。
ㅤ雨が一筋、頬を伝う。
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