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名もない平原
馬車は揺れる-Ⅲ-
しおりを挟む「ナルシャ、お前・・・」
思わず言葉が漏れる。
目が合い、察したナルシャが俺の手を強引に振り解き、顔を背けた。
「そんなお前では、ヤナンに行っても役には立たん」
そこへ大男の声が割って入ってきた。
大男もナルシャの状態に気づいたのか。
無情の言葉をナルシャに浴びせると、振り解いたナルシャの手が拳へと変わり、震え始める。
そして耐え切れなくなったその怒りは、言葉となって飛び出した。
「それでも、私は行かなくてはいけないのです!」
そう言うと、ナルシャは踵を返した。
その、次の瞬間。
突風が馬車の中に突然巻き起こった。
一瞬で視界を塞がれ、俺は無意識に両腕を前に交差して顔を守る。
風は、明らかにナルシャを発生源としていた。
荒ぶる風がまるで何かの指揮下に置かれたかのようにナルシャを覆い、ふわりと宙に浮かせる。
ナルシャを見上げる俺。
そして、その俺を見下ろすナルシャ。
「・・・ごめんなさい」
呟くような声だったが、はっきりとそう告げられた。
そして俺の伸ばした手は今度は空を切り、ナルシャは馬車から飛び去った。
後に残された俺。
御者台からは「まったく、あいつは!」という大男の怒号と深い溜息が聞こえてくる。
苛立つ大男と、唖然とする俺。
どう、なっているんだ・・・
抑えられなくなった疑問を、俺は大男にぶつけた。
「おい、一体どうなってんだ!
あの婆さん、凄い魔法使いなんだろ?
だったら、何でナルシャまで行かなきゃならないんだよ!」
「長に、・・・あの方に人並み外れた魔力があったのは、大昔のことだ」
大男は煩わしそうにそう応えると、急に手綱を引いて馬車を止めた。
そして俺に振り返り、こう続ける。
「それに現在は、もう御老体の身。
魔力もそれほど多くない。
その中で魔力を大きく消耗する転送魔法を続けて二度も使った。
ヤナンに着いても最早戦う力は少ないはず。
・・・分かるか?それは、つまりどういうことか。
長は、命を賭して戦いに向かわれたということだ!」
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