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デトゥック村
エリシアの決断-Ⅴ-
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外の騒ぎが知らずに俺の閉じていた瞼を開らかせる。
すると今度は足音が聞こえ、次第に大きくなると不意にピタリと止む。
奥の扉が開かれ、二つの松明が現れた。
そこには大男と老婆の二人が立っていて、老婆が俺の姿を確認し「出てきな」と命令する。
二人への嫌悪感から最初は無視を決め込むも、二言目に、
「ナルシャに会いたくないのか」と云われ、仕方なく俺は腰を上げ入口に向かった。
地上に出ると、開口一番に老婆が告げる。
「あんたの身柄をバルドルの街へ移す。
本当は置いていっても、あたしゃ構わないんだけどね。
ナルシャがあそこまで構うわけだし・・・
まあ、あんたの処遇は一旦保留にしてやるさね。
だから、さあさあ、奴らが来る前に此処を出るよ」
「奴ら?」
状況が飲み込めない俺が聞き返すと、大男が無愛想に応えた。
「SAWの奴らだ」
・・・また、SAW、かよ。
聞き知った言葉にうんざり顔の俺とは対照的に、老婆と大男は険しい。
詳しい説明もなく、大男に腕を掴まれ再び俺の両手は後手に拘束された。
老婆が無言のまま踵を返し、来た道を戻る。
背中を大男に押され、俺も後に続いた。
屋敷の入口に出ると、屋根付きの馬車があった。
それほど大層なものではなく、乗ってきた荷馬車ものに屋根を付けた程度の代物。
そこに見知らぬ少年二人がいて、慌しく屋敷から運び出した荷物を積んでいた。
こちらに二人が気づき軽く会釈すると、再び屋敷に戻る。
しばらくして、二人が今度は担架を担いでやってきた。
乗せている人物に目を瞠る、・・・ナルシャだ!
思わず駆け寄ろうとして、大男に首根っこをつかまれた。
そのまま後方へ投げ飛ばされ、大男が鋭く威圧する。
「静かにしてろ」
片瞳で睨まれ一瞬怯むも、今の俺はそれだけじゃ引き下がらない。
立ち上がり、大男の片瞳を見据えたまま精一杯に強がってみせる。
「おい、ナルシャは無事なんだろうな」
大男の太い眉が僅かに上がった。
思わぬ反応だったのか、驚きの表情を見せると老婆から煩わし気な声が飛んでくる。
「ナルシャは大丈夫だよ。それより、さあ早く乗りな」
馬車を指差すと、ナルシャを乗せ終えた少年二人が揃って頭を下げ、丘下の村へ走っていく。
俺は大男に連れられ馬車まで歩み寄った。
馬の手綱を御者台に座った大男が握り、
「おまえはこっちだよ」と老婆に指示され、俺は馬車の中に入る。
三畳ほどの狭い中には、既にナルシャが仰向けに横たわっていた。
鎧と髪飾カチューシャを身に着けておらず、代わりに薄い布が掛けられている。
俺は荷物を押しのけ、腰を下ろした。
寝顔に魅入っていると、ナルシャが急に寝返りを打った。
布がはだけ、素肌の太腿が露になる。
胸元が大きく開いたブラウスから豊かな谷間が見えるも、注視する前に横から不意に小突かれた。
「どこ見てんだい」
老婆が布を掛け直し、じろりと俺を睨む。
「いや、べ、別にどこも見てねぇよ」
自分で言って情けなくなる程の嘘の下手さに、老婆が忠告する。
「この子に妙な真似したら、タダじゃおかないよ」
そう云い残すと、老婆は馬車を降り、御者台へ向かった。
数泊置いて御者台から幾つか声が飛び交うのが聞こえ、老婆が再び戻ってきた。
何故か馬車には乗らず、俺を見据えたまま言い放つ。
「本来はナルシャと同じ馬車に乗せるつもりはなかったんじゃが、カッシムのせいで馬が足らん。
だから仕方なく同席させるんじゃ。
念を押すけどね、この子に妙な真似をしたら、あたしがタダじゃおかないよ、いいね?」
あまりの迫力に俺は黙って頷いた。
そもそも言われなくても、そんな気はない。
老婆が、馬車の縁を数回叩いた。
すると馬の嘶く音が聞こえ、ゆっくりと車輪が廻り出す。
・・・そういえば!
大剣の少女はどこ行ったんだ?
ふと違和感に気づき老婆に尋ねると、「さっき着いたはずだよ」とだけ告げられた。
あいつがナルシャを置いて先に行くのを不思議に思いながらも、次第に車輪の速度が上がっていく。
けれど老婆は、未だに馬車に乗ってこない。
馬車はさらに速度を上げ、老婆との距離を広げる。
見送る老婆を見て、俺は叫ぶように尋ねた。
「あんたは、乗らないのか?」
「あたしには、まだやる事がある―――」
遠のく老婆の言葉は、それっきり聞こえなくなった。
馬車が勢いよく丘を下り、村の入口へと駆ける。
老婆の最後の言葉。
「ヤナン、でな」
そう聞こえたのは、俺の気のせいだろうか。
すると今度は足音が聞こえ、次第に大きくなると不意にピタリと止む。
奥の扉が開かれ、二つの松明が現れた。
そこには大男と老婆の二人が立っていて、老婆が俺の姿を確認し「出てきな」と命令する。
二人への嫌悪感から最初は無視を決め込むも、二言目に、
「ナルシャに会いたくないのか」と云われ、仕方なく俺は腰を上げ入口に向かった。
地上に出ると、開口一番に老婆が告げる。
「あんたの身柄をバルドルの街へ移す。
本当は置いていっても、あたしゃ構わないんだけどね。
ナルシャがあそこまで構うわけだし・・・
まあ、あんたの処遇は一旦保留にしてやるさね。
だから、さあさあ、奴らが来る前に此処を出るよ」
「奴ら?」
状況が飲み込めない俺が聞き返すと、大男が無愛想に応えた。
「SAWの奴らだ」
・・・また、SAW、かよ。
聞き知った言葉にうんざり顔の俺とは対照的に、老婆と大男は険しい。
詳しい説明もなく、大男に腕を掴まれ再び俺の両手は後手に拘束された。
老婆が無言のまま踵を返し、来た道を戻る。
背中を大男に押され、俺も後に続いた。
屋敷の入口に出ると、屋根付きの馬車があった。
それほど大層なものではなく、乗ってきた荷馬車ものに屋根を付けた程度の代物。
そこに見知らぬ少年二人がいて、慌しく屋敷から運び出した荷物を積んでいた。
こちらに二人が気づき軽く会釈すると、再び屋敷に戻る。
しばらくして、二人が今度は担架を担いでやってきた。
乗せている人物に目を瞠る、・・・ナルシャだ!
思わず駆け寄ろうとして、大男に首根っこをつかまれた。
そのまま後方へ投げ飛ばされ、大男が鋭く威圧する。
「静かにしてろ」
片瞳で睨まれ一瞬怯むも、今の俺はそれだけじゃ引き下がらない。
立ち上がり、大男の片瞳を見据えたまま精一杯に強がってみせる。
「おい、ナルシャは無事なんだろうな」
大男の太い眉が僅かに上がった。
思わぬ反応だったのか、驚きの表情を見せると老婆から煩わし気な声が飛んでくる。
「ナルシャは大丈夫だよ。それより、さあ早く乗りな」
馬車を指差すと、ナルシャを乗せ終えた少年二人が揃って頭を下げ、丘下の村へ走っていく。
俺は大男に連れられ馬車まで歩み寄った。
馬の手綱を御者台に座った大男が握り、
「おまえはこっちだよ」と老婆に指示され、俺は馬車の中に入る。
三畳ほどの狭い中には、既にナルシャが仰向けに横たわっていた。
鎧と髪飾カチューシャを身に着けておらず、代わりに薄い布が掛けられている。
俺は荷物を押しのけ、腰を下ろした。
寝顔に魅入っていると、ナルシャが急に寝返りを打った。
布がはだけ、素肌の太腿が露になる。
胸元が大きく開いたブラウスから豊かな谷間が見えるも、注視する前に横から不意に小突かれた。
「どこ見てんだい」
老婆が布を掛け直し、じろりと俺を睨む。
「いや、べ、別にどこも見てねぇよ」
自分で言って情けなくなる程の嘘の下手さに、老婆が忠告する。
「この子に妙な真似したら、タダじゃおかないよ」
そう云い残すと、老婆は馬車を降り、御者台へ向かった。
数泊置いて御者台から幾つか声が飛び交うのが聞こえ、老婆が再び戻ってきた。
何故か馬車には乗らず、俺を見据えたまま言い放つ。
「本来はナルシャと同じ馬車に乗せるつもりはなかったんじゃが、カッシムのせいで馬が足らん。
だから仕方なく同席させるんじゃ。
念を押すけどね、この子に妙な真似をしたら、あたしがタダじゃおかないよ、いいね?」
あまりの迫力に俺は黙って頷いた。
そもそも言われなくても、そんな気はない。
老婆が、馬車の縁を数回叩いた。
すると馬の嘶く音が聞こえ、ゆっくりと車輪が廻り出す。
・・・そういえば!
大剣の少女はどこ行ったんだ?
ふと違和感に気づき老婆に尋ねると、「さっき着いたはずだよ」とだけ告げられた。
あいつがナルシャを置いて先に行くのを不思議に思いながらも、次第に車輪の速度が上がっていく。
けれど老婆は、未だに馬車に乗ってこない。
馬車はさらに速度を上げ、老婆との距離を広げる。
見送る老婆を見て、俺は叫ぶように尋ねた。
「あんたは、乗らないのか?」
「あたしには、まだやる事がある―――」
遠のく老婆の言葉は、それっきり聞こえなくなった。
馬車が勢いよく丘を下り、村の入口へと駆ける。
老婆の最後の言葉。
「ヤナン、でな」
そう聞こえたのは、俺の気のせいだろうか。
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