天空の蒼鷲 ーされど地に伏す竜 ー

すだちかをる

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デトゥック村

エリシアの決断-Ⅳ-

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 振り返ると、婆さんが目前の床を指で叩いている。
 ・・・そこに座れということか?
 仕方なくオレは促されるまま、婆さんの正面で胡坐をかいた。
 何事かと尋ねる前に、婆さんが機先を制す。
 
「エリシア、あんたはあたしの転送魔法でエヴァーフォーンに帰りな。
 一人くらいなら、今の老体あたしにだって飛ばせるさね。
 そして王に伝えておくれ・・・ヤナンは滅びたとね」
 
「えっ」
 
 オレは思わず間の抜けた声を零すも、直に真意を問う。
 
「ヤナンが滅びたってどうゆう事だよ?」
 
「・・・ヤナンは、恐らく助からん」
 
 憂いを帯びた婆さんの瞳が、オレを刺した。
 命の選択を下した時、人はこういう目をするのだろうか。
 それはつまり、婆さんがヤナンを見捨てたという証。
 オレは立ち上がり、勢いよく声を荒げた。

「おいっ!さっきの話と全然ちげえじゃ」

「あたしは!」

 婆さんの覇気のある声が、オレは言葉を圧倒する。
 そして。
 
「あたしは、この村・・・の長。
 この村の民を守る事が最優先なんじゃ。
 あたしの決断が村人の行く末を決める。
 だから間違った選択は許されん。
 さっきはああでも言わなきゃ皆が混乱するし、彼らに無用な罪悪感を背負わせたくないんじゃ。
 ・・・ヤナンは運が悪かった、仕方がない諦めておくれ」
 
 そう言った婆さんは、オレに直ぐ支度をしろと命じた。
 ・・・運がなかったから、諦めろ?
 婆さんの言葉が頭の中で反芻するも、理解など出来るはずも無い。
 だから次の瞬間、婆さんの胸倉に掴みかかっていたのは必然だ。
 
「くそババァ!てめぇ、それ本気でいってんのかよ!!」
 
「口を慎め、エリシア!長も辛い決断をされたのだ」
 
 オレの腕を強引に掴み取り窘めたのは、それまで静観していたアルドフのおっさんだった。
 そのままオレを突き放すと、老婆の前に割って入る。
 咳込む婆さんを見て、おっさんは「大丈夫ですか」と声をかけた。
 喉を押さえた婆さんが小さく頷き、すくっと立ち上がる。
 
「・・・さあ、話は此れで終わりだ。
 早く支度をしてきな、間に合わなくなるよ。
 それとも何だね。
 あんたはこの村の、救える命も無駄にしようと云うのかい?」
 
 それは―――とオレが言葉を詰まらせた時、突然、外で悲鳴が沸き上がった。
 オレとアルドフのおっさんが無意識に部屋を飛び出し、屋敷の入口へ駆け出す。
 まさか、SAWがもうこの村まで!?
 嫌な予感を胸に入口の門扉を開くと、ちょうど馬が数頭、丘を下るところだった。
 先頭を駆る人物の顔に見覚えがある。
 あれは、・・・カッシム!
 声をかける間もなく、カッシムを乗せた馬は後続を従え見えなくなった。
 土煙が消え、地に男が突っ伏しているのに気づく。
 アルドフのおっさんが抱き起こし、男の頬を叩いた。

「おい、大丈夫か。何があった?」

 男が薄っすらと目を開き、弱々しく応える。
 
「あんた、たちに、持ってきた馬、を・・・」

 そう言い残し、男は力尽きたように再び目を閉じた。
 アルドフのおっさんが男の鼻上に片手をあてた。

「・・・大丈夫、気絶しただけだ」
 
 そこへ、婆さんが遅れてやって来た。
 息を乱しながらも周囲を警戒し、オレとアルドフ、そして気絶した男を瞳に捉える。
 足早に近づくと、矢継ぎ早に婆さんが尋ねた。

「一体、これは何が起きたんだい?」
 
「カッシムが馬を奪って逃げた。
 おそらく、メイアを助けにヤナンに向かったんだ」
 
 オレが応えると、婆さんの顔色に驚きが加わり、そして怒りへと変わった。

「あの、大馬鹿者がっ!」

 アルドフのおっさんが他に何人か連れがいた旨を付け加えると、
 婆さんは「村の若い連中だろうさね」と吐き捨てる。
 顎に手を充て考え込んだ婆さんに、オレは頼み込む。
  
「婆さん、オレに今すぐ転送魔法を使ってくれ」

  意図を察した婆さんが険しい表情で即答した。
 
「あんたをヤナンに送る気はないよ。これ以上、問題事を増やさないでおくれ」

  けれどオレは首を振り、胸を拳で叩いた。
 
「ヤナンじゃなく、バルドルに送ってくれ。
 バルドルにも少なからず、飛空隊スカイキーパーが配属されているだろ。
 今から飛んでこの事を知らせれば、ヤナンの援護に間に合うかもしれない」

 婆さんの片眉が、ぐいっと上がった。
 再び暫く考え込むと、穏やかに、けれど冷たく言い放つ。
 
「もしそれで無理だと分かれば、あんたにヤナンを見捨てる覚悟があるのかい?」

  オレは言葉に詰まり、・・・そして頭を掻き毟った。
 
「そんなのオレには分かんねえ。
  けど、そうならない為にオレはオレなりの全力を尽くす。それだけだ」
 
「・・・はあ、やれやれ。
 やはりエリシアよ、おまえは頭が単純なのが、ちと傷じゃな」
 
 婆さんが呆れたように溜息を吐くも、その次にはオレを見据えて不適な笑みを見せた。
 
「けれど、あんたのそういう所、あたしゃ嫌いじゃないよ。
 さあ早く支度してきな、直ぐに魔法の準備に取り掛かるよ!」
 
 そう聞くや、オレは一目散に部屋へと駆け出した。
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