異世界酒造生活

悲劇を嫌う魔王

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第三章〜サードフィル〜

第九十一話「王都での波紋 Part3」

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 残暑と言うにはまだまだ厳しい暑さが続いている貿易都市アクアリンデル八月下旬の頃。平民街と貴族街二つの地区にまたがるこの国最大の巨港は今日も人々の活気に満ち溢れ海鳥の鳴き声が鳴り響いていた。そんな中をティナと二人で馬車で揺られていると、再び貴族街の城門をくぐった。いつここに訪れても俺はこう思う。

「いつ見ても貴族街はきれいだよなぁ」
「ふん、そうか?」

 ティナの不機嫌な声色に少し戸惑った。いやいや、どう考えても道端に馬とか人の糞尿はないし、石畳みの街道だよ? しかも建物のほとんどは塗装されていてあばら家は一軒も見当たらずレンガの屋根で木造だとしても瓦屋根だ。なのに、ティナからしたらきれいではないらしい。
 ティナは冷淡な表情で異議を申し立てた。

「私には出自といった身分にこだわっている阿呆共の巣窟にしか見えないがな。平民街は見た目こそ小汚いが誰もが助け合って生きている。ここの奴らと来たら己の利権の為に親兄弟を騙し、民を物のように扱い売る化け物だらけだ」

 おぉ……闇が深すぎるよ。でも、よそ者の俺にはわからない社会の闇ってどこにでもあるからなぁ。歌舞伎町だって一見キラキラしてイケイケな場所だけど一歩踏み入れれば利権と暴力が吹き荒れる町だったからなぁ。
 でも、ティナって貴族に厳しいし内部事情をよく見知ってるみたいなこと言うよなぁ。あ、貴族と言えば……。

「でも確かに、侯爵にも貴族との酒の取引は控えるように言われてたっけ」
「シールズが?」
「うん、なんでも俺たちのウイスキーはモノがモノだけに貴族たちも我慢できずに平民の使用人をこっそり買わせに来るじゃない?」
「うんそうだな」
「だけど最近貴族お抱えの商人集団が取引を持ち掛けてきたけど、それもすぐにあっちから白紙にしてほしいって言われたんだ」
「ほう」
「だけど、そのあとすぐに侯爵が自ら俺たちの取引に圧力をかけたって連絡が来てさ。よくわかんない感じになったんだよ」
「なんだと!? あのいけ好かないわかめ野郎今からでもたたっ斬ってやろう」

 あははー、相変わらず侯爵の事となると一層短気になられてまぁ。ティナは侯爵が俺の商売を邪魔したことが許せないらしく、褐色のこめかみに青筋が浮かんでいた。

「まぁ落ち着いてってば話の続きなんだから」
「むっ、すまない」

 ティナは小さな咳払いをすると褐色の頬を少し赤らめて恥ずかしそうに畏まった。くすっと笑ってしまいそうになる。こういうところは飼い犬みたいでかわいいんだよな。なんかこう忠犬? って感じでさ。

「まぁいいけど。話の続きでね、侯爵が言うには貴族との取引が始まれば蒸留酒市場の規模が瞬く間に膨大なものになるって言われたんだ。だから無計画のまま始めずに事業計画をたててから、侯爵家と一緒に商売しようって言われたから。経理及び現場担当のユリアに相談したら」
「うむ」
「ユリアもその考えには賛成らしく、侯爵主導の下で貴族との取引を計画した方が足元をすくわれないだろうってことになってね」
「ほうほう」
「少し違うかもだけど、ティナが貴族を警戒するのは正しい感性なんだと、ふと今思ったんだよね」

 どうせ怖い人たちと取引するなら、一番怖い人を後ろ盾にするのが一番だからなぁ。

「うぅむ、難しい商売の話は剣士の私からしたらちんぷんかんぷんだが、これだけは言えるぞ……」

 ティナが少し改まったように話す言葉に溜を作った。一体何を言われるんだろうかと少し心がそわそわした。上司から呼び出されたときに似ている。ティナの雇用主は俺なのに!

「……なんだってんだい?」
「それは! ショウゴは商売人の癖に人をはなから信じていることだ! これは護衛としてはほんとーーにやりにくくてしょうがないんだぞ? なにせ護衛対象がなんの警戒心もなく敵地に入っていくんだからな」
「あははーそういうこと、ね」

 ギクリッと心に刺さる言葉だ。歌舞伎町で店を構えていたからそれなりに腹黒さは持ち合わせているつもりだったが、ゆうて平和ボケした日本国民の一人だったからなぁ。どこか人情が前に出ちゃうんだよなぁ。
 しかも貴族で初めて会ったのはフランクな感じの腹黒アーネット伯爵だったし、そのあとのシールズ侯爵は流石に毒蛇というかタヌキやろうって感じの腹黒だったけど特に害されたわけではないしな……。どこか貴族に対して腹黒いだけの指導者的な尊敬の念がある。漢なら頭脳と権力! みたいなね。


「あーごめんごめん。でもほら、こういう性格だったからティナのことも雇えたし結果オーライじゃない?」
「おーらい? 何が何だかわからんがその言い分だとまるで、私が本来なら信用できない初印象だったみたいじゃないか!」

 ここまで来て君の理不尽にあえて触れるつもりはないよ、はははっ。

「ショウゴ様到着いたしました」

 今日は侯爵の馬車で来たから御者の馬を御する掛け声とともに馬車が止まった。いつの間にかアクアリンデル城正門前まで着いてしまっていたらしい。やっぱ話し相手がいると移動時間がとても短く感じていいな。

 馬車の扉を開けてもらうとそこには見慣れた紳士が立っていた。

「ショウゴ様お迎えいたします」
「スタンプ伯爵ごきげんよう。伯爵自らのお出迎え恐れ入ります」
「いえいえ、ショウゴ様は侯爵の大切なご友人ですから私が出迎えるのは当然の事です」

 はははっ、全然当然じゃないらしいじゃん? この前の謁見であった一部始終をユリアに話たら驚いてたし! なんでも、俺は平民だから本来は伯爵に跪いて挨拶しなければいけないらしいが、スタンプ伯爵は俺よりも先に挨拶してくれたし俺の無知な無礼を咎めるどころか怒るそぶりすら見せなかった。
 今からでも遅くはない。不敬罪で首を飛ばされるよりはましだと思い、俺は改めて馬車から降りると跪いて右手を胸に当てながら挨拶をしようとした。

「恐れながらも王国の民ショウゴが貴人様にご挨拶申し上げます」
「お、おやめなさい! ショウゴ殿、何をなさっておいでか!!」

 恐れ多くも伯爵はとても驚いたのか聞いたことのないような大声を上げた。傍に控えていた伯爵の侍従がその目配せを受けて、慌てて俺の両腕を抱えて立ち上がらせてくれた。俺は少し戸惑った。
 あれ? ユリアに教えられたとおりにしたんだけどな。

「何か失礼でもしましたか?」
「まったく貴殿ときたら……。何度も言いますが貴殿は侯爵のご友人にも等しい方なのです。つまりただの平民ではございません。ゆえに、へりくだった態度はお控えください。よろしいかな?」

 伯爵の気迫は真に迫っていた。なんかかえって失礼を働いてしまったようだ。ようは俺は侯爵のお友達だから正式な礼はいらないの?

「はぁ、わかりました」

 って、全然わからねぇよ。けど、聞き返すのもなんだか疲れる。あとでユリアに聞こうっと。

「これは王都に向かわれる前に、貴族の会話のレッスンを受ける必要が本格的にありそうですな」
「いやレッスンはちょっと……」

 俺授業とか苦手だし。ん?! え、今なんて? 何か聞きなれない言葉を聞いたし、しかも俺がその主人公ぽいんだが!

「王都? って何の話ですか?」
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