異世界酒造生活

悲劇を嫌う魔王

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第三章〜サードフィル〜

第九十話「王都での波紋 Part2」

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 王城の謁見の間に門衛の声が響いた。扉が開け放たれ神聖国の使者一行が姿を現した。神々の権威を示すためにその身に纏う衣装の数々は、差し込む陽光が反射し眩いばかりだ。そして、その手には神々に祝福されたとされている聖杖を携えている。
 神聖国との謁見の日ばかりは陛下も威厳を保つべく着飾られるのだが、着替えをお手伝いする身としては気をすり減らすことばかりだ。

「神々に感謝を。ラフロイグ神聖国が使徒、枢機卿ファイルが国王陛下に拝謁いたします」

 神聖国の使者は相変わらず陛下に敬意を示さなかった。跪きもせず鷹揚に挨拶をするとは神々を推戴していたとしても無礼が過ぎる。侍従の私としても眉にしわが寄りそうなものだが、陛下が無表情なのだしもべの私がでしゃばるわけにはいかないな。

「うむ、久しいなファイル。してこの度は何用で遥々参られたのか?」

 陛下もあえて無礼には触れぬつもりか。さっさと帰ってほしいんだろうな。その後も陛下と使徒の問答は続いた。結局彼らの要求は先の大戦におけるお互いの弁償額の増額であったり譲歩に関するものだった。
 陛下は一貫として既に締結した停戦宣言時の条件を遵守すると言っていた。使徒は露骨に不機嫌な態度をとっていたが陛下は取り合わなかった。

「陛下コーヒーでございます」
「……気が利かぬ酒もいれよ」

 執務の間に戻った陛下にコーヒーをすかさず淹れるのが侍従の仕事の一つでもある。陛下はたいてい執務中はお酒を召し上がらないのだが、何か煩わしさを感じるそぶりを見せていた。おそらく先ほどの謁見でのことで苛立っておいでなのだろう。

「陛下おそれながら、今朝方すでに酒を召されておりますので今はお控えになったほうがよろしいかと……」
「口答えをいたすな! この後は神殿の老害どもとも会わねばならぬのであろうがっ!」
「ぎょ、御意」

 珍しく声を荒げた陛下を前にさすがの私も肝が冷えた。私は迅速にウイスキーと砂糖を小さな器に移し掻き混ぜたものをコーヒーの入ったカップに注いだ。陛下は匂いを嗅ぎもせずに一口あおった。そして陛下はようやく一息ついたように長いため息を一つはいた。

「ふぅ、実にうまいな。そのまま飲むのもよいがやはり余はこれが一番である」

 陛下はしばらくの間余韻を楽しまれていたが、今度は困ったようなため息を一つはいた。

「陛下、いかがされましたか?」
「うむ、余を癒すこの酒もあと半時もすれば、頭痛の種に変わってしまうとは実に残念だ」
「陛下そのお話は一体どういうことでしょうか?」
「……」

 陛下は沈黙しわずかに口を結んだ。これはしまった! 一介の侍従がどうやら政治に口をはさんでしまったらしい! そういう時は決まって陛下がお黙りになるのだ。私はすかさずその場に跪き首を垂れて謝罪した。

「もうよい。それより宰相をここへ」
「御意!」

 私は姿勢を低くしたまま執務の間を後にした。扉が閉まる音が背後からして初めて生きた心地がした。冷たい汗で背中はびっしょりだった。

「私の馬鹿野郎! 半時後は陛下と神殿長たちの会談じゃないか! その時点で気づくべきだったんだよ! 一体何年侍従やってんだよお前は!!」

 突然の割り込みスケジュールのせいか、最近三十を過ぎて寝ても疲れが取れにくくなってきたせいなのか。頭の冴えがよくない気がするな。

「侍従官」
「はい?」

 自省の念に駆られていたところへ背後から不意に声を掛けられた。振り向けばそこにはよく知っている大柄な初老の男性が立っていた。

「これは宰相閣下これは気づかず失礼いたしました」

 うぉぉまた一難去ってもう一難だぞぉぉ! 呼びに行こうとした相手が突然現れちまった。

「陛下は執務の間か?」
「左様でございます。それとですが宰相閣下」
「ん、どうかしたか?」
「陛下がお呼びでございます」
「左様か」
「はい」
「ふむ、ちょうどいい。このまま向かおう」
「畏まりました」

 宰相閣下は無類のお香好きで今日もまた白檀のような匂いを服からさせていた。それにしてもなぜ突然宰相閣下が現れたんだ? まだ呼んでもいないのに……。

「なぜ私がここにいるか不思議か?」
「い、いえ、そのようなことは」

 怪物なのか? 私の心が読まれた。

「顔に書いてあるのだ。心を読むまでも無かろうよ」
「さ、左様でございますか。あは、ははは」
「陛下は例の酒を飲まれたか?」

 例の酒……。ここでいう例の酒はおそらくウイスキーの事だろう。アクアリンデルから献上されたあの品は貴族の上層部にしか知られていないものだからな。

「えぇ、陛下は例のお酒を飲まれながら何やら悩んでいるご様子でした」
「くくっ、であろうな。この世の酒はエールとワインだけであった。ワインを飲めるのは貴族と富豪のみいわば権力の象徴だったのだ。そこに新種のどえらい旨い酒が現れた。当然酒で利益を得ている輩が蜂の巣を突いた様に騒ぎ出すだろうよ」
「酒で利益を得ている者たちですか……商人たちのことでしょうか」

 そう言った俺を宰相は可哀そうなどぶネズミでも見るように私を見てきた。

「よくその程度の頭で陛下のそばに侍れるものだな。頭の悪い世話係などいっそのこと殺してしまおうか?」

 殺気。まさしく恐ろしいほど肌に突き刺さる殺気が放たれていた。どうやら私は宰相閣下の地雷を踏んでしまったようだ。閣下はこの国を代表する文人であられるその学閥には貴族の子弟一千名が所属するとされていて、文人たちの領袖。噂では出来の悪い弟子を毎年詩で争わせ最下位には毒酒を賜るのだとか……!!

「お、お許しください。わたくしの特技は陛下の身の回りのお世話だけでございまして、学の方はさっぱりなのでございますぅぅ」

 気づけば跪きひたすら平伏していた。少しして殺気が霧散したのがわかった。

「くくっ、冗談だ冗談。陛下の侍従を私が勝手に殺せるわけあるまい? ほれ立ちなさい」
「は、はぁ」

 私はよろよろっと腰に力が入らないながらもなんとか立ち上がった。

「酒を造り売るのは何も商人たちだけではない。ワインでもなくエールでもない酒を売っている集団がもう一つあるではないか?」

 そんな集団あったか? 私はしばらく歩きながら考え込んだが全く分からなかった。閣下と歩いていると神殿長に仕えている神官たちとすれ違った。そこで気づいたのだ。

「あ、神殿!! ……はっ、失礼いたしました!」

 思わず大きな声が出てしまった。閣下を驚かせたどころか神官までもがこちらをいぶかしむ始末だ。くぅ恥ずかしい。もういっそ殺しておくれ。

「全く騒がしいやつだな。だが気づいただけ良しとするかな。そう、神殿は薬と称して数々の薬草を酒で漬け、その酒を神々の御名のもと薬として売っている。エールでもなくワインでもない酒をな」
「えぇ、神殿が売っているその酒は確かに薬としても使われていますが、実際には民草の大事な娯楽ですからね。その利益は莫大で陛下は教会から酒税を取っていられました」

 閣下は得意げに笑いながらさらに教えてくれた。

「ある意味その酒は神殿の寡占産業であり、大きな収益源だ。しかしどうだ? そこへ教会で買うよりも安価で旨い酒が市場に出回ったら」
「それは……いくら御利益のある薬だとしても、懐の寂しい者たちはいやおうなしに安い酒を買いますね。そうなれば神殿の収益が大きく減ってしまいますね!」
「それだけではない。神殿の権威までも失墜するであろうな」

 なるほどぉ、だから神殿長たちが慌てて陛下に詰め寄りに来たのか。それで陛下は頭を悩ませていた。だから私は政治に口を出したことになったのか!!

「これからは学をつけるべきであろうな。命が惜しくばな」
「っ……はい、そういたします」

 私はがっくりと首を垂れながら執務の間の扉前にて閣下のご来訪を陛下に告げた。閣下が中に入っていくと、陛下の愉快な声が響いてきた。その内容はたった今宰相閣下を呼んだばかりで、こんなに早く来るとは思わなかったといったものだった。私はすぐに閣下にお出しするコーヒーを用意したのだった。
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