異世界酒造生活

悲劇を嫌う魔王

文字の大きさ
上 下
85 / 95
第三章〜サードフィル〜

第八十三話「ミラちゃんと酒庫 Part3」

しおりを挟む
「それじゃぁニューポットについては大丈夫かな?」
「はい! これがウイスキーの最初の姿なんですね」
「その通りだよ」

 ウイスキーの熟成を説明するには、ニューポットを理解してもらう必要が不可欠だ。本当なら、これの味見をして欲しいんだが子供に飲ませる訳には……ミラちゃんの先程の様子だと匂いだけでも、ニューポットの荒々しさを理解してもらえていた様だったし大丈夫か?

 俺が少し悩ましそうな顔を呈しているとミラちゃんが口を開いた。

「ウイスキーってすごいですね、こんなに荒々しい無色透明のお酒が、ショウゴさんの魔法のお陰で角が取れた美しい黄金色になるんですから」
「んっ? あれ、俺ミラちゃんに時空魔法の話したっけ?」

 あれ、時空神の加護を受けた話はしたけど、酒樽に時空魔法を掛けていることはまだ話していないのに。

「ふふっ、もう良いじゃないですか。ショウゴさんが時空神様の使徒だって言うことはもう知っちゃったんですし」

 えぇ、なんか十一歳の少女から出てはいけない、余裕のある女性オーラが滲み出てやがる。これは将来、怖い女になるで!

 でも、いやまじでなんで時空魔法の事を知ってるんだ? ティナが話た? 理由もなくそれはない。……あ。そういえばアントンさんもこの家の各所に組み込まれた魔法陣について気付いていたけど、俺から話すまでは知らんぷりしてくれてたっけ……。

「もしかして、最初から気づいてたの?」
「ん~~、えへっ」

 ミラちゃんは顎に人差し指をあてて、少し考えたのちに舌をちろっと出して悪びれた。普段大人びた喋り方をしていても、見た目はスーパー少女の突然の子供らしさは、保護欲に致命的な打撃を与えてきた。これでは何も言えない。

「マジか」
「ショウゴさんがドワーフ相手に、この家を含めた魔道具に込められた魔法術式になんの秘匿魔法も掛けていないこと自体、本当は考えられませんよ? ドワーフやエルフなら簡単に見破れちゃいますから、無用心も良いところです。でも、その疑問もさっき解決しちゃいました!」
「えっ……あぁ俺が異世界の人間だからか」
「はい。人間族とドワーフ族は仲が良くないんです。人間の浅ましさと欲望の深さは、ドワーフにとっては軽蔑の対象だからです。ただ、商売はします。人間はお金を溜め込む能力だけは五種族の中でも群を抜いていますから。だから、人間はドワーフを信用していませんし、ドワーフは人間を軽蔑しています。それが常識なのに、この家の高度の魔道具から、酒樽に掛けられた第十位階相当の魔法までおっぴろげられちゃいくらドワーフでもちびっちゃいま……す、よ」

 うん? オタク然とした態度で流暢に話していたミラちゃんの口調が終盤緩んだ。それどころか顔がどんどん赤くなっていった。

 ははぁん、おしっこちびっちゃうくらい恥ずかしいんだな? 女の子なのに、言葉遣いが汚いことに気づいてしまったようだ。俺がわかったように少し笑いながら意地悪な視線を送ると、さらに顔を赤くしながらミラちゃんは言い訳を始めた。

「こ、これは違うんです! 毎日のように叔父さんたちのお客さんと喋っていたら、その言葉遣いを覚えてしまっただけで、私は普段はもっと、良い子、なんです……よ?」

 えぇ、泣かせちゃったよ。紅潮した頬に、顔を覆った小さな手から覗く彼女の潤んだ瞳がこちらを下から突き上げてきた。

 これはフォローしておかないと、後が怖い。ユリアとかユリアとかユリアとか。俺はしゃがんで彼女の小さな肩を手で抱いた。

「気にしてないよミラちゃん。仕方ないよね、ドナートのお客さんの大半が荒くれ者の鉱夫だし、ただでさえドワーフは気が大きいからね」

 俺がそう言うと元気よく彼女は、俺の手から逃れて怒りをあらわにした。それはまるで日頃から溜まっている不満を撒き散らす様だった。

「はっ! はい! そうなんですよ! 全く、少しは叔父さん達にも気を使うって事を覚えて欲しいです! 年頃の女の子の前であられもない事をおっぴろげに言い出すんですから!」

 おぉ、怒り気味だが元気になってくれた様だった。あんなに弱々しい小動物が今では小さな怒り肩を作り、腕を組んで堂々と怒っていた。

 そんな姿に俺は自然と笑ってしまった。

「でもそっか、なら話が早いよ。ミラちゃん」
「はい?」
「机の上には他に三つのグラスがあるけど、例えばこのグラスに入っているウイスキーは、魔法なしでどれくらいの時間が必要かわかるかい?」

 俺はそう言って、時空魔法によって十二年ものの時間が経っているウイスキーが入っているグラスを指さした。

 ミラちゃんは少しの間、そのグラスを眺めた後に他の二つもじっくり眺めて、匂いを嗅いでいった。それに加えて、驚いた事にミラちゃんがグラスを掲げて、瞳を閉じて何やら小言を呟いた。すると、中に入っていたウイスキーが黄金色に輝き出した。その光をしばらく観察したミラちゃんはため息を吐いた。

 そして、困った様な顔を呈して白旗をあげてきた。

「ウイスキーの色が濃くなるほどに、ウイスキーの匂いもまた芳醇な香りがしています。それこそ、ニューポットの持っていた鼻を突くような強い酒精の香は息を潜めて、代わりに麦の香ばしい匂いが鼻いっぱいに広がってきました。だから、それなりの年月が経っているのだと思います。でも……」

 ミラちゃんは匂いに敏感な様だった。それもあって、今回ミラちゃんに提示したウイスキーは酒樽にチャーが施されていないもの、つまり酒樽を焦がして熟成させたウイスキーでは無いものをグラスに入れてある。

 これによって、ミラちゃんはキャラメル的な甘い香りに惑わされる事なく、モルティーな香で熟成具合をその優秀な鼻で感じ取れる筈だった。そしてそれは狙い通りのようで一安心だったのだが……。

「でも?」
「ショウゴさんの魔法が完璧すぎて、逆算できません」
「……どう言うこと」

 なの? 俺は思わず頭の中が?で一杯になった。この世界ではウイスキーの話をしていても魔法が必ず入ってくるから、魔法素人の俺は毎回頭を抱えることになる。俺は最近考えるのだ、それは魔法の先生が欲しいって事!!

「えっと、私はウイスキーについては詳しくないので、魔法術式の粗から生じる歪みの頻度で過ぎ去った時間を測ろうとしたんですけど……ショウゴさんの時空魔法は未だかつて見た事がないぐらい、術式に綻びも粗もないの見事なものなので、魔法による影響を感じられないんです。魔法を知らないショウゴさんにはピンと来ないかもしれませんけど……」
「うん、そうだね……はははっ、はは、ちんぷんかんぷんだよ。要するに、想像もつかないのかな?」

 俺は苛立ちを少しミラちゃんにぶつけてしまったようで、それを感じたミラちゃんが少し怯えてしまった。……大人気ないぞ俺。

「はい……すみません! 紛らわしい事を言ってしまって、職業柄どうしても術式に目が行ってしまうんです!」

 ミラちゃんは、両手の掌をこちらに向けながら申し訳なさそうに弁明してくれた。いやさせてしまった。

 まぁ、ミラちゃんが何を言っているかは一割もわからなかったが、要はミラちゃんんなりの方法で必死に考えてくれたんだろうね。うん、そうしよう!

「今ミラちゃんが持っているグラスのウイスキーはね。本来なら十二年はかかるものなんだよ」
「えっ!? 十二年ですか?! お酒にそんな時間をかけるなんて……信じられないです」
「そして、これが八年でこっちが四年ものだ」
「全部、二の倍数ですね。何か、理由があるんですか?」
「うーん、理由はある様でないんだよ。そうだね、強いて言うなら不思議と十二年と言う年月がウイスキーを育てる期間として、一つの節目になりやすいんだよ。ただ、これまた一概に全てがそうとは言えないんだ」

 ミラちゃんは案の定、首を傾げてしまった。

 ウイスキーはその熟成年数を積み重ねるほど、価格が高くなる。だから、美味しい……。これは大間違いである。勘違いされやすいのだが、ウイスキーの熟成年数が重なるほど天使の分け前によって、その希少価値が高くなる故に価格が高くなると言う意味合いの方が強い。

 もちろん、瓶詰めされたウイスキー三十二年や、二十一年など様々な表記で販売されているシングルモルトウイスキーは美味しいだろう。なぜなら、裏で美味しくなる様にブレンダーがブレンドしているからである。
しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

亡霊剣士の肉体強奪リベンジ!~倒した敵の身体を乗っ取って、最強へと到る物語。

円城寺正市
ファンタジー
勇者が行方不明になって数年。 魔物が勢力圏を拡大し、滅亡の危機に瀕する国、ソルブルグ王国。 洞窟の中で目覚めた主人公は、自分が亡霊になっていることに気が付いた。 身動きもとれず、記憶も無い。 ある日、身動きできない彼の前に、ゴブリンの群れに追いかけられてエルフの少女が転がり込んできた。 亡霊を見つけたエルフの少女ミーシャは、死体に乗り移る方法を教え、身体を得た彼は、圧倒的な剣技を披露して、ゴブリンの群れを撃退した。 そして、「旅の目的は言えない」というミーシャに同行することになった亡霊は、次々に倒した敵の身体に乗り換えながら、復讐すべき相手へと辿り着く。 ※この作品は「小説家になろう」からの転載です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

異世界転生が単なる無能貴族だって聞いてない!〜捨てられた俺は美少女悪魔に拾われ無能の称号脱却へ。人類最強、いや魔王になります〜

鬼ノ紙ゆうき
ファンタジー
男は突然、日々の疲労から過労死した。 目を覚ますと見に覚えのない光景。それも貴族の家柄に転生していたのだ。しかし無能力だと発覚すると、すぐに男は赤ん坊の姿のまま森の中にに捨てられてしまう。 なのだが、そこで運命的な出会いがあった。 頭から二本のツノを生やし、サラッとした白銀の髪を揺らす美女悪魔との出会い。ヤンデレ過保護な彼女の名前はリリス。 男はリリスから名前を与えられネオと名付けられる。彼女に面倒を見てもらい、年を重ね、一緒に生活し、それはまるで家族のような関係となっていくのだった。 それからというものネオは特殊な力に目覚めたり、魔王の器だと発覚したりと大忙し。学園に入学し、様々な人と出会い、剣術・魔術を学ぶことによってやがてネオは世界最強の一角と呼ばれるまでに成長する。 相対関係にある転移者(勇者)を相手にしながら……。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

処理中です...