異世界酒造生活

悲劇を嫌う魔王

文字の大きさ
上 下
84 / 95
第三章〜サードフィル〜

第八十二話「ミラちゃんと酒庫 Part2」

しおりを挟む
 素敵な響き……か。まさか、こんな少女に天使の分け前のニュアンスを理解されてしまうなんてね。理解してもらうには、もう少し手こずると思ったんだけどこの大人びたというか、子供っぽくない所がミラちゃんの長所な気もするんだよな。
 
 早熟……この世界はあまりに子供の成長が早すぎる。だからといって、ミラちゃんはやっぱりまだ子供で周りの大人達から天才と持て囃されたせいか、早くも自分の世界をしっかり抱いていて、あらゆる可能性を拒否して完璧を求めた結果、失敗に怯えて作品作りが止まっている。

 そんな彼女の凝り固まった完璧主義を、どうにかしてほぐしてあげたい所だ。だって、この先何百年というドワーフ生を生きる彼女が、目先の完成度にばかりいちいち目を取られていては気が狂ってしまうだろうよ。

 それに完璧主義っていうのは悪いことじゃない。己のこだわりを貫き通せてこそ、一人前の職人なんだと思う。というのも、これは受け売りだがブレンダーの先輩が言っていた事で「翔吾、お前はまだ若いから理想の為に馬鹿をやれ。あまりにも間違えていたら俺がなんとかしてやるから」そう言われた時は、なんとなくそんな迷惑はかけれないと思っていた。

 でも今なら、全て自分の責任で酒造を経営している今ならわかる気がする。あの言葉の前後には、完璧を求めすぎて慎重になるな。何も恐れや勤勉だけが完璧に辿り着く事ではなくて、思い切った挑戦や、根拠のない自信が成功への鍵だったりする。そんな意味で、鋭い味覚と嗅覚を評価された結果、実質鳴り物入りでブレンダー室に入って来た、若い新人の俺に向けて言ってくれた言葉だったんだと思う。

 あの頃は、周りが大先輩ばかりだったから彼らのように舐められない為にも、ミスをしないようにって、そればかり気にして緊張していた。でも今考えれば、俺に求められた本当の役割って若者が持っている突拍子もない発想だったり、若さ故の無謀みたいな革新だったりしたのかもしれない。

 だから、ミラちゃんにもまずは完璧なんて物はない事を理解してもらいたい。その上で、自分の抱いている世界観を一度傍において、柔軟な思考を身につけて失敗を恐れないで欲しいな。そう言うのって、どうしても若い時の方が踏み切れる事だから。それを伝えるにはやっぱり、ウイスキーの無限の可能性を大きく左右させる熟成について伝えたい。

 きっとそこにミラちゃんの為になるヒントがある筈だ。

「それじゃぁ、次はそれぞれの樽に詰められたウイスキーを見てみようか」
「良いんですか!」

 これまた彼女の瞳がまん丸に見開かれ、紫色の宝石が輝いているようだった。
 本当に、十一歳だよな……この子。どこの世界にウイスキーの話に、ここまではしゃげる十一歳がいるのだろうか。流石天才義肢職人。物作りは全て通じているんだなぁと思う。

「あっ、はははっ、はは、もちろんだよ。気が済むまで熟成の世界を案内してあげるから安心して」
「やった! これで何か職人として掴めそうな気がします!」

 そんな力強く握り拳を作って、喜ばれるとなんだかプレッシャーだなぁ。もちろん嬉しさが勝つんだけどね。

 俺はそんなことを思いながら、熟成によってウイスキーに変化が現れている物を用意した。ウイスキー樽からレードルを使って汲み取ったものを、それぞれティスティンググラスへと注いでいく。そしてそれらをアイテムボックスから取り出した、木組の折り畳みしきテーブルの上に並べて見せた。

「それじゃぁ完成されたウイスキーとは何か説明するよ」
「はい! ショウゴさん!」

 ミラちゃんはいつの間にかドワーフが作り出したという、重複記録石板を取り出して、一言も聞き漏らさない! そんな意思を感じさせる真剣な眼差しでこちらを見てきた。ははっ、新入社員みたいだな。懐かしい。

「まず、結論から言うと完成されたウイスキーなんて物は存在しないんだよ」
「えっ? ショウゴさんのウイスキーは完成したウイスキーですよね? 売り物にできる物は、完成品だからで……?」

 言ってしまった。
 俺の言葉を聞いてミラちゃんは混乱してしまったようだが、熟成のあいうえおを聞いてから勘違いを正されるよりは良い筈だと思ったんだがな……。いや、大丈夫、少しずつ誤解を解いていこう。

「確かに、侯爵様やアントンさん達に飲んでもらったウイスキーも、ユリアが大好きなシナモンウイスキーも喜ばれるお酒だから、ある意味完成品だ。だけどね、ウイスキー造りに終わりなんてないし、もっと言えば終わりや完璧なんてものが無いからこそウイスキーは魅力的なんだ。俺はこれを未完の美って思ってるんだよ」
「未完の美……」

 ミラちゃんは俺の話を聞けば聞くほど、首が九十度に折れ曲がっていった。混乱は深まるばかりのようだ。

「さて、今は俺の言っていることが分からないだろうけど、これからそれを説明するからね」
「はい……よろしく、お願いします」

 おっと、すでにオーバーヒートしそうな面持ちだぞ? 頼むからもう少しぐらいもってくれよ! 俺はそんな期待を抱きつつミラちゃんを前に説明を始めた。

「まず、ミラちゃんから見て左端の無色透明の液体。これはなんでしょうか?」

 俺がまず指し示したのは、無色透明の液体が入ったグラスだった。ミラちゃんは石板を胸に抱きつつ、そろりと一歩前に踏み出してグラスをよぉく観察した。その他に机上には四年、八年、十二年と熟成された事になっているウイスキーを並べていた。

 ミラちゃんは俺が指し示したグラスをよおく眺めた後に、グラスを手に取り俺の方をちらちらと伺いながら、大人がやっていたようにグラスをぎこちなく揺らして匂いを嗅ぎ取っていた。その匂いを嗅いだミラちゃんは、眉間と鼻頭に皺を寄せて明らかな嫌悪感を示していた。

「うぅっ、すごいお酒くさいです! 二日酔いのドワーフの匂いがしますぅ」
「はははっ、酒臭いおっさん臭みたいな匂いがするでしょ? ミラちゃんの言う通りで出来立てのウイスキーはただの酒精を含んだ液体なんだ。荒々しくて、どうしようもない暴れ馬、躾のなっていない手のかかる子供、すぐに怒り出すティナ……」

 やばい、俺はニューポットの事を分かりやすく説明したかっただけなのに、ティナが勝手に思い浮かび上がってしまった。今のは失言だったな……。

「あはははっ、ティナさんが暴れ馬ですか? ティナさんには悪いと思うけど、なんかしっくり来ちゃいました」
「ほっ……まぁその今のは、忘れて?」

 俺はひとまず受けたことに安堵して、バツが悪そうにお願いした。彼女はにこやかな笑顔を浮かべて承諾してくれた。

「ふふっはい。ティナさんに悪いですもんね」
「おっほん、話を元に戻すと。このグラスに入っているのは、ニューポットと言って麦芽を原料にして蒸留した生まれたてのモルトウイスキーなんだ」
「えっ? これもモルトウイスキーなんですか? 無色透明で、匂いだってすごい刺々しいのに……」

 ミラちゃんが疑問に思うのも無理はないことだ。
 
 彼女がいつも見ていたのは、綺麗な琥珀色をしたウイスキーであって、香味ともに長い熟成を経て荒らしさが取れたものばかり。それを俺たちがうまそうに飲んできたものだから、この無色透明で荒々しさしか無い液体をウイスキーだとは思えないのも無理はないことだよな。


====ニューポット====
 単式蒸溜機《ポットスチル》から溜出したばかりの若いモルト・ウイスキーのことをいう。アルコール濃度約60~70%で、この段階ではまだ無色透明。若くて火のように激しく、鋭い香気にあふれている。
 これがホワイト・オーク(木製)の樽に詰められ、長い間の貯蔵熟成を重ねると、あの琥珀色が生まれ、モルト・ウイスキー独特のコクのあるまろやかな風味を醸し出すのである。
==============

しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?

ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。 それは——男子は女子より立場が弱い 学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。 拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。 「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」 協力者の鹿波だけは知っている。 大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。 勝利200%ラブコメ!? 既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...