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第三章〜サードフィル〜
第七十八話「神様は少し怒っている 上」
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ティナを振り払い家の玄関先まで来て、俺は走る足を緩めた。
勢いで始めた樽造り、とはいえその工程はまだ始まったばかりだ。とりあえず今は、アントンさん次第だな。オークの木の皮を剥いて、材木にして、乾かす。ここまでやってやっと半分ほどの工程だな。その後は、虫食いや、亀裂、を目で見て仕分けて、樽の形に組んでいって……。
うわぁ、分かっていたけど気が遠くなるな。まず材木を乾かす時点で、時空魔法が使えなかったら約二年……まぁこだわらなければ一年か。
長げぇ……果てしなく長い気がする。
俺はうな垂れた。お菓子を買って貰えなかった、子供のように駄々をこねたい気分だった。地面に寝転がり、手と足を四方に目一杯広げ、振り回しながら……。
ウイスキーを前にすると、人間は自分が持っている時間の短さに気付かされる。荒れ狂う日本海を前にした時に、簡単にその荒波に飲み込まれて、海の藻屑になってしまうようで、自分の存在がちっぽけに感じる時のように。
前世で何気なくブレンドしていた原酒たちの香りを嗅ぎ、味を調べていた時必ず思うことがあった。
「このウイスキー、俺が生まれる前のやつじゃん」
この一言にどれだけの畏敬と儚さが込められていたか。
あの時の不可思議な感情は一生忘れることはないし、この先も何度となく思うことだろう。もちろん今の俺には時空魔法がある。だとしたら、そんな感動も薄れてしまうんだろうか。
「何が生まれたんだ?」
「えっ」
そばにはティナがいた。独り言を聞かれたらしい。
「いや何でもない」
「……そうか、家に入らないのか?」
「ん、あぁ」
ティナに促されるまま、俺は扉を開けて中に入って行った。リンビングまで足を進めて背伸びをした。ティナはキッチンに向かっていった。
「ふぅ疲れたな」
「お疲れ様です!」
弾むような元気な声が二階から聞こえてきた。俺は声がした二階へと続く階段を見やった。
「やぁミラちゃん、休憩かい?」
「はい、ちょっとトイレに!」
ミラちゃんは少し恥ずかしそうに言うと、小走りで階段を駆け降りた。そして小さな旋風のようにトイレの中へと駆け込んでいった。
どうやら俺もよくやるが、尿意を限界まで我慢して作業を敢行していたようだ。本当にこれはやめたほうがいい、下手をしたら膀胱炎になりかねない。というか、経験者の俺が言うんだから間違いない。
ただ、これは全てのクリエイターに言えることだが、作業がノってくると食事も尿意も後回しにしたくなるものなんだよなぁ。
俺はリビングのテーブルに、ティナがお昼に淹れてくれたままのコーヒーを発見した。その時の出来事が俺の頭の中にフラッシュバックした。
「悪い事しちゃったよな」
俺は座って冷め切ったコーヒーを飲んだ。冷めていても美味しかった。誰かが淹れてくれるコーヒーは心が温まるもんだな。
その時だった。
家が激しく揺れ始めたのだ。初期微動もなく、突然激しい横揺れが我が家を襲った。固定されていない皿や、花瓶は容赦無く地面に落ちて砕け散った。もちろん俺の手に持っていた、コーヒーもその中身のほとんどをこぼしてしまった。
「じ、地震か?!」
「ショウゴ、大丈夫か!」
ティナがこの揺れの中でも、しっかりとした足取りで駆けつけてきた。
「う、うん! 俺よりミラちゃんを!」
「私が見てこよう! お前はテーブルの下に隠れていろ!」
「わかった!」
今ではティナが危険な役目を担うことに、俺は何の違和感も無かった。ティナに言われるがままに、俺はリビングのテーブルの下で四つん這いになり、頭を両手で守った。
「くそっ! 一体いつまで続くんだよ!」
一向に地震が収まる気配がない、むしろひどくなっている気がする。どんどん心の中で大きくなる不安に怯えていた時だった。
俺の瞳が視界の端に強い光を捉えた。
余裕がない中で気になった、その光はキッチンからのものだった。なんだ? キッチンに何か光るものを置いてたか? 俺は家の中の記憶を探る。キッチンに取り付けられた魔灯、それ以外あそこに発光源は思い当たらない。
しかもその眩いほどの白い光は下方……つまり、床下から上に向かって差していた。ますますわからなくなったその時、何かが聞こえた。軽やかな金属細工がぶつかり合うような音だ。んっ、この音聞き覚えがある……。
それも遠くない昔に。
「簪……」
思い当たった言葉が自然と溢れた。そこから記憶を辿り、ある一人の人物を思い出させた。俺の知り合いで、簪を使っている知り合いはただ一人だ。
「神様」
俺がそう言うと揺れが見事に収まった。俺はあたりを確認して、すぐにトイレに向かった。
「ティナ、ミラちゃん無事か?!」
すると、ちょうどティナがトイレの中で、ミラに覆い被さっているところだった。ティナが身を挺してミラちゃんを守っていたようだ。さすがだと思った。
「あぁ大丈夫だ。ミラも怪我ないか?」
「……はぃ、すん、大丈夫れす」
ティナの銀髪は多少乱れていて、ミラちゃんは半ベソをかいていた。無理もない、子供ならこんな地震怖くて当然だ。にしても一つ不思議なことがある。地震がおさまってから、時間が経ったが何故アントンさんが駆け込んでこないんだ? あのアントンさんのことだ、心配して駆け込んできても良いはずだ。
まさか地割れに巻き込まれて?!
俺は慌てて玄関から飛び出した。すると、アントンさんは鍛冶場で作業をしていた。鉄を打ってる最中のようだ。驚いた。あの地震から、こんなにもすぐに立ち直れる物なのか?
いや、そうじゃない。外は揺れてなかったんだ。これは神様の仕業なんだ!
勢いで始めた樽造り、とはいえその工程はまだ始まったばかりだ。とりあえず今は、アントンさん次第だな。オークの木の皮を剥いて、材木にして、乾かす。ここまでやってやっと半分ほどの工程だな。その後は、虫食いや、亀裂、を目で見て仕分けて、樽の形に組んでいって……。
うわぁ、分かっていたけど気が遠くなるな。まず材木を乾かす時点で、時空魔法が使えなかったら約二年……まぁこだわらなければ一年か。
長げぇ……果てしなく長い気がする。
俺はうな垂れた。お菓子を買って貰えなかった、子供のように駄々をこねたい気分だった。地面に寝転がり、手と足を四方に目一杯広げ、振り回しながら……。
ウイスキーを前にすると、人間は自分が持っている時間の短さに気付かされる。荒れ狂う日本海を前にした時に、簡単にその荒波に飲み込まれて、海の藻屑になってしまうようで、自分の存在がちっぽけに感じる時のように。
前世で何気なくブレンドしていた原酒たちの香りを嗅ぎ、味を調べていた時必ず思うことがあった。
「このウイスキー、俺が生まれる前のやつじゃん」
この一言にどれだけの畏敬と儚さが込められていたか。
あの時の不可思議な感情は一生忘れることはないし、この先も何度となく思うことだろう。もちろん今の俺には時空魔法がある。だとしたら、そんな感動も薄れてしまうんだろうか。
「何が生まれたんだ?」
「えっ」
そばにはティナがいた。独り言を聞かれたらしい。
「いや何でもない」
「……そうか、家に入らないのか?」
「ん、あぁ」
ティナに促されるまま、俺は扉を開けて中に入って行った。リンビングまで足を進めて背伸びをした。ティナはキッチンに向かっていった。
「ふぅ疲れたな」
「お疲れ様です!」
弾むような元気な声が二階から聞こえてきた。俺は声がした二階へと続く階段を見やった。
「やぁミラちゃん、休憩かい?」
「はい、ちょっとトイレに!」
ミラちゃんは少し恥ずかしそうに言うと、小走りで階段を駆け降りた。そして小さな旋風のようにトイレの中へと駆け込んでいった。
どうやら俺もよくやるが、尿意を限界まで我慢して作業を敢行していたようだ。本当にこれはやめたほうがいい、下手をしたら膀胱炎になりかねない。というか、経験者の俺が言うんだから間違いない。
ただ、これは全てのクリエイターに言えることだが、作業がノってくると食事も尿意も後回しにしたくなるものなんだよなぁ。
俺はリビングのテーブルに、ティナがお昼に淹れてくれたままのコーヒーを発見した。その時の出来事が俺の頭の中にフラッシュバックした。
「悪い事しちゃったよな」
俺は座って冷め切ったコーヒーを飲んだ。冷めていても美味しかった。誰かが淹れてくれるコーヒーは心が温まるもんだな。
その時だった。
家が激しく揺れ始めたのだ。初期微動もなく、突然激しい横揺れが我が家を襲った。固定されていない皿や、花瓶は容赦無く地面に落ちて砕け散った。もちろん俺の手に持っていた、コーヒーもその中身のほとんどをこぼしてしまった。
「じ、地震か?!」
「ショウゴ、大丈夫か!」
ティナがこの揺れの中でも、しっかりとした足取りで駆けつけてきた。
「う、うん! 俺よりミラちゃんを!」
「私が見てこよう! お前はテーブルの下に隠れていろ!」
「わかった!」
今ではティナが危険な役目を担うことに、俺は何の違和感も無かった。ティナに言われるがままに、俺はリビングのテーブルの下で四つん這いになり、頭を両手で守った。
「くそっ! 一体いつまで続くんだよ!」
一向に地震が収まる気配がない、むしろひどくなっている気がする。どんどん心の中で大きくなる不安に怯えていた時だった。
俺の瞳が視界の端に強い光を捉えた。
余裕がない中で気になった、その光はキッチンからのものだった。なんだ? キッチンに何か光るものを置いてたか? 俺は家の中の記憶を探る。キッチンに取り付けられた魔灯、それ以外あそこに発光源は思い当たらない。
しかもその眩いほどの白い光は下方……つまり、床下から上に向かって差していた。ますますわからなくなったその時、何かが聞こえた。軽やかな金属細工がぶつかり合うような音だ。んっ、この音聞き覚えがある……。
それも遠くない昔に。
「簪……」
思い当たった言葉が自然と溢れた。そこから記憶を辿り、ある一人の人物を思い出させた。俺の知り合いで、簪を使っている知り合いはただ一人だ。
「神様」
俺がそう言うと揺れが見事に収まった。俺はあたりを確認して、すぐにトイレに向かった。
「ティナ、ミラちゃん無事か?!」
すると、ちょうどティナがトイレの中で、ミラに覆い被さっているところだった。ティナが身を挺してミラちゃんを守っていたようだ。さすがだと思った。
「あぁ大丈夫だ。ミラも怪我ないか?」
「……はぃ、すん、大丈夫れす」
ティナの銀髪は多少乱れていて、ミラちゃんは半ベソをかいていた。無理もない、子供ならこんな地震怖くて当然だ。にしても一つ不思議なことがある。地震がおさまってから、時間が経ったが何故アントンさんが駆け込んでこないんだ? あのアントンさんのことだ、心配して駆け込んできても良いはずだ。
まさか地割れに巻き込まれて?!
俺は慌てて玄関から飛び出した。すると、アントンさんは鍛冶場で作業をしていた。鉄を打ってる最中のようだ。驚いた。あの地震から、こんなにもすぐに立ち直れる物なのか?
いや、そうじゃない。外は揺れてなかったんだ。これは神様の仕業なんだ!
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