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第三章〜サードフィル〜
第七十四話「樽造り Part2」
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ウイスキー樽、こいつ次第でウイスキーの全てが変わると言っていい。どれくらい変わるのか、例えば酸っぱくて堪らないレモンが甘くて美味しいオレンジに、苦くて飲めないブラックコーヒーが子供から大人まで大好きなホットチョコレートに変貌するくらい。
ウイスキーにとって樽とはそれほど大事なのだ。樽造りで重要なことはどんなウイスキーを造りたいのかが明確な事。
俺が今まで使用していた樽は恐らく地球でいうアメリカンホワイトオークだと思う。と言うのもこの樽で熟成することで得られる香味に、バニラやカラメル、ハチミツなどの甘いフレーバーとアーモンドやヘーゼルナッツなどの香ばしさ、それに加えて時空魔法によって長期熟成させた物には、ココナッツミルクの様な香味も感じられたからだ。
俺が造りたいウイスキー、それは無着色にこだわりコクのある琥珀色が目を通して華やかな味わいを期待させてくれる。
それでいて気の遠くなる長い年月によって、熟成されたウイスキーから迸る幾重にも折り重なるスパイスとフルーツの香り達。匂いを嗅ぐだけでモルティーな香ばしさと同時に華やかな世界に誘われ、一度口に含めば驚くほど柔らかい口当たりと、揮発する酒精によって香り高く広がる華やかな香味。
その酒が一度喉を通れば、えも言われぬ満足感が心と脳天を満たしてくれる、そんなウイスキー。
しかし、立場がある俺が目指すべき所はワインを一度熟成させた樽を使用した。ワイン樽ウイスキーなのかも知れない。
と言うのも今現実的に着手できそうな材料を考えると、ワイン樽、オーク樽のこの二つだけだ。この世界のワインの品質は中々良いし、ワインの風味が残っている方がこの世界の客層にも受け入れてもらいやすい気がする。
そうやってウイスキーの味を浸透させてから、俺好みのモルティーな穀物の香りと少しのフルーティーさ、そして香るピート臭が味を締めるそんなウイスキーを造れば良い。焦る必要はない。俺には時空魔法もあるし、ウイスキー造りにおいて時間のアドバンテージがあるのは最大の武器だ。
「ショウゴ」
「あ……」
ヤベェ、また自分の世界にトリップしていた。ほったらかしにされたアントンさんが冷ややかな視線を俺に向けてきていた。
「酒の事を考えていたのは見れば分かったぞ。一人で酒を飲む仕草をして悦に浸っておったからの」
「えっ、俺そんな事してましたか?」
し、死ぬほど恥ずかしい。そんなの独り言ってレベルじゃないぞ! 俺は自分の顔が真っ赤になっていくのを理解した。
「お主の妄想癖にも慣れたわい。どちらにせよここの杜氏はお主じゃからな。それで何が決まったのか教えてくれるかの?」
アントンさんの大人というより年長者の、余裕のある感じは本当に頼もしい限りだ。
「はい。とりあえず、いきなりアントンさんが好きな泥炭臭や穀物の香りが強いウイスキーではなく。ワイン樽にて熟成するウイスキーを販売しようかと思いました。その方が売れそうな気がするので」
「ふむ、それは何故じゃ? お主の今あるウイスキーを販売しても十分に売れると思うぞ? 顧客に寄り添うのは大事じゃが、寄り添いすぎて味を失っては元もこうもないのではないか?」
あぁ……言われてみればそうかも? 多分ウイスキーの最初の客層は貴族階級だと思う。いくら酒とはいえ、いきなり平民も飲めるバカ美味い酒は権力好きの彼らにとって面白くない事態だろうからな。俺としてはそんな見栄、気にする事ないんだが、今の俺には守るべき仲間がいるから面倒ごとは避けたい。
となると貴族の侯爵閣下は、俺が最初に造ったモルティーかつフルーティーでピートが効いたウイスキーを気に入っていた。つまり、あの味を造り続けても売れる可能性は十分にあるが……。売れなかったらどうしよう……。あぁ、これが俺一人の事なら好きな酒を思うように造って、ダメだったら俺だけが爆死すればいいだけなんだけどなぁ。
なんか俺爵位もらっちゃうじゃん? 爵位ってよく知らんけど責任ありそうだし、お金かかりそうだし……ってはぁ。
「その様子だとわしらの事を考えて決めた様じゃな?」
「えぇ、はい実はそうなんです」
「わしらに何か隠している事があるんじゃないのか? お主が利益だけで酒造りをしていない事はよく知っているからの、理由がなければこの決定には納得できんわい」
ギクッ、爵位の件はまだティナしか知らない。まぁアントンさんにだったら良いか。なんか良さげな助言をもらえそう。
「実は……」
俺は爵位の件を話した。
「なるほどのぉ、どうりで職人気質なお主が己を曲げてまで利益重視な思考に陥る訳じゃい」
「面目ない」
「責めてる訳ではない。お主の気持ちもよく分かる。ワシもドワーフ王国の国民の唯一の娯楽である、酒を造っていた時に同じような重荷を背負っておったからのぉ。造りたい酒はあれど国民が気に入らなければ売れんし、不味い酒は精神的にも悪影響で採掘中の事故発生率にも直結しよったからのぉ」
確かに、アントンさんも責任ある立場に居た人だもんな。それも国中に配給する酒造りを……ゾッとする話だ。
「じゃがのぉ、己の理想を後回しにして周りの為に遠回りする時間がお主にあるのか? 聞けばウイスキーは何十年と時をかけるそうでは無いか。ドワーフのワシやハーフエルフのティナ嬢ならまだしも、人間のお主にそんな時間があるのか?」
「あぁ……」
そう、俺だって時空魔法がなかったら売れる売れないに関係なく自分の造りたい酒だけひたすら造ったさ。でも、俺は一番寿命の短い人間だが時間はあるのだ。特に物造りをする時間が……。この事を知っているのはティナだけだ。ティナは俺の急所となる秘密は決して漏らさないだろう。その点は心配ない。
これから酒造りを共にするアントンさんにはいずれバレることだ。話しても良いのかも知れない……。ただ、アントンさんの胸の内を聞いておきたい。
俺は徐に腰の巾着袋をテーブルに置いた。アントンさんは少し不思議そうな顔をしていた。そして俺がその袋に手を突っ込んで巾着袋より遥かに大きい酒瓶を取り出すと、そのつぶらな瞳を見開き白い顎髭を蓄えたお口をあんぐりと開けた。
震える指先でアイテムBOXを指差しながらアントンは尋ねてきた。
「ショショ、ショ、ショウゴ、そ、そそれは」
「ふふっ、はい、アイテムBOXです」
「ッ……! ぶったまげたわい」
開いた口が塞がっていないアントンさんを尻目に、俺はテーブルに酒瓶とグラス二つを並べた。その様子をアントンは目だけで追っていた。
「これからする話には酒が必要だと思ったので」
「……うむ、絶対に必要じゃな。それも浴びるほどの酒が……」
俺的にはアイテムBOXなんて物は大した事ないんだが、アントンさんにとってみれば先程まで話題に出ていた神業物がポンと出てきたんだ、驚くのも無理はないだろう。
ウイスキーにとって樽とはそれほど大事なのだ。樽造りで重要なことはどんなウイスキーを造りたいのかが明確な事。
俺が今まで使用していた樽は恐らく地球でいうアメリカンホワイトオークだと思う。と言うのもこの樽で熟成することで得られる香味に、バニラやカラメル、ハチミツなどの甘いフレーバーとアーモンドやヘーゼルナッツなどの香ばしさ、それに加えて時空魔法によって長期熟成させた物には、ココナッツミルクの様な香味も感じられたからだ。
俺が造りたいウイスキー、それは無着色にこだわりコクのある琥珀色が目を通して華やかな味わいを期待させてくれる。
それでいて気の遠くなる長い年月によって、熟成されたウイスキーから迸る幾重にも折り重なるスパイスとフルーツの香り達。匂いを嗅ぐだけでモルティーな香ばしさと同時に華やかな世界に誘われ、一度口に含めば驚くほど柔らかい口当たりと、揮発する酒精によって香り高く広がる華やかな香味。
その酒が一度喉を通れば、えも言われぬ満足感が心と脳天を満たしてくれる、そんなウイスキー。
しかし、立場がある俺が目指すべき所はワインを一度熟成させた樽を使用した。ワイン樽ウイスキーなのかも知れない。
と言うのも今現実的に着手できそうな材料を考えると、ワイン樽、オーク樽のこの二つだけだ。この世界のワインの品質は中々良いし、ワインの風味が残っている方がこの世界の客層にも受け入れてもらいやすい気がする。
そうやってウイスキーの味を浸透させてから、俺好みのモルティーな穀物の香りと少しのフルーティーさ、そして香るピート臭が味を締めるそんなウイスキーを造れば良い。焦る必要はない。俺には時空魔法もあるし、ウイスキー造りにおいて時間のアドバンテージがあるのは最大の武器だ。
「ショウゴ」
「あ……」
ヤベェ、また自分の世界にトリップしていた。ほったらかしにされたアントンさんが冷ややかな視線を俺に向けてきていた。
「酒の事を考えていたのは見れば分かったぞ。一人で酒を飲む仕草をして悦に浸っておったからの」
「えっ、俺そんな事してましたか?」
し、死ぬほど恥ずかしい。そんなの独り言ってレベルじゃないぞ! 俺は自分の顔が真っ赤になっていくのを理解した。
「お主の妄想癖にも慣れたわい。どちらにせよここの杜氏はお主じゃからな。それで何が決まったのか教えてくれるかの?」
アントンさんの大人というより年長者の、余裕のある感じは本当に頼もしい限りだ。
「はい。とりあえず、いきなりアントンさんが好きな泥炭臭や穀物の香りが強いウイスキーではなく。ワイン樽にて熟成するウイスキーを販売しようかと思いました。その方が売れそうな気がするので」
「ふむ、それは何故じゃ? お主の今あるウイスキーを販売しても十分に売れると思うぞ? 顧客に寄り添うのは大事じゃが、寄り添いすぎて味を失っては元もこうもないのではないか?」
あぁ……言われてみればそうかも? 多分ウイスキーの最初の客層は貴族階級だと思う。いくら酒とはいえ、いきなり平民も飲めるバカ美味い酒は権力好きの彼らにとって面白くない事態だろうからな。俺としてはそんな見栄、気にする事ないんだが、今の俺には守るべき仲間がいるから面倒ごとは避けたい。
となると貴族の侯爵閣下は、俺が最初に造ったモルティーかつフルーティーでピートが効いたウイスキーを気に入っていた。つまり、あの味を造り続けても売れる可能性は十分にあるが……。売れなかったらどうしよう……。あぁ、これが俺一人の事なら好きな酒を思うように造って、ダメだったら俺だけが爆死すればいいだけなんだけどなぁ。
なんか俺爵位もらっちゃうじゃん? 爵位ってよく知らんけど責任ありそうだし、お金かかりそうだし……ってはぁ。
「その様子だとわしらの事を考えて決めた様じゃな?」
「えぇ、はい実はそうなんです」
「わしらに何か隠している事があるんじゃないのか? お主が利益だけで酒造りをしていない事はよく知っているからの、理由がなければこの決定には納得できんわい」
ギクッ、爵位の件はまだティナしか知らない。まぁアントンさんにだったら良いか。なんか良さげな助言をもらえそう。
「実は……」
俺は爵位の件を話した。
「なるほどのぉ、どうりで職人気質なお主が己を曲げてまで利益重視な思考に陥る訳じゃい」
「面目ない」
「責めてる訳ではない。お主の気持ちもよく分かる。ワシもドワーフ王国の国民の唯一の娯楽である、酒を造っていた時に同じような重荷を背負っておったからのぉ。造りたい酒はあれど国民が気に入らなければ売れんし、不味い酒は精神的にも悪影響で採掘中の事故発生率にも直結しよったからのぉ」
確かに、アントンさんも責任ある立場に居た人だもんな。それも国中に配給する酒造りを……ゾッとする話だ。
「じゃがのぉ、己の理想を後回しにして周りの為に遠回りする時間がお主にあるのか? 聞けばウイスキーは何十年と時をかけるそうでは無いか。ドワーフのワシやハーフエルフのティナ嬢ならまだしも、人間のお主にそんな時間があるのか?」
「あぁ……」
そう、俺だって時空魔法がなかったら売れる売れないに関係なく自分の造りたい酒だけひたすら造ったさ。でも、俺は一番寿命の短い人間だが時間はあるのだ。特に物造りをする時間が……。この事を知っているのはティナだけだ。ティナは俺の急所となる秘密は決して漏らさないだろう。その点は心配ない。
これから酒造りを共にするアントンさんにはいずれバレることだ。話しても良いのかも知れない……。ただ、アントンさんの胸の内を聞いておきたい。
俺は徐に腰の巾着袋をテーブルに置いた。アントンさんは少し不思議そうな顔をしていた。そして俺がその袋に手を突っ込んで巾着袋より遥かに大きい酒瓶を取り出すと、そのつぶらな瞳を見開き白い顎髭を蓄えたお口をあんぐりと開けた。
震える指先でアイテムBOXを指差しながらアントンは尋ねてきた。
「ショショ、ショ、ショウゴ、そ、そそれは」
「ふふっ、はい、アイテムBOXです」
「ッ……! ぶったまげたわい」
開いた口が塞がっていないアントンさんを尻目に、俺はテーブルに酒瓶とグラス二つを並べた。その様子をアントンは目だけで追っていた。
「これからする話には酒が必要だと思ったので」
「……うむ、絶対に必要じゃな。それも浴びるほどの酒が……」
俺的にはアイテムBOXなんて物は大した事ないんだが、アントンさんにとってみれば先程まで話題に出ていた神業物がポンと出てきたんだ、驚くのも無理はないだろう。
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