異世界酒造生活

悲劇を嫌う魔王

文字の大きさ
上 下
67 / 95
第三章〜サードフィル〜

第六十五話「会談の後始末 Part1」

しおりを挟む
 ティナに弾き飛ばされた大使は、そのまま座っていた立派な椅子に逆さまにホールインした。彼は背もたれからずり落ちながら、鼻から血を流し、泡を吹き出して気絶していた。

 俺は怒り心頭になっているティナの腕を抱き込み訴えた。

「ティナやり過ぎだよ!!」
「どこがだ! これでも手加減してやったのだぞ? 本当なら我が剣の錆にしてやるところだ」
「そういう事じゃなくてさっ! 相手は一国のお偉いさんなんだよ!!」

 俺の叫びには悲痛なものが含まれていたのだが、残念ながら彼女には届いていない様子だった。

「ふん! だからどうした? 相手が王だろうが、神だろうがショウゴに指一本触れさせはしない!」

 ティナはすごく興奮していて聞く耳を持ってくれなかった。面と向かって言ってくれている内容はすごく嬉しいが、時と場合を考えると今は正直煩わしかった。

 俺はとりあえず気絶している大使の元まで駆け寄った。そこでは既に大使の後ろに控えていたケモミミお姉さんと魔法使いの少女が手当てを始めていた。側から見るに、大使の具合は大したことは無さそうだった。

 ひとまずティナが手加減をしたと言うのは嘘ではないらしい。それでも俺の心にかかった不安のもやは晴れなかった。

「本当にすみませんでした! 私の護衛が大使に大変な無礼を!」

 俺は何度もお辞儀をして謝罪した。すると、ケモミミお姉さんが応対してくれた。

「この事は改めて追及させて頂きますので今はご返事しかねます」
(超ぅぅぅスッキリしました!! うっ!! うぅうっかり本音を漏らしてしまった。心まで読まれる、と言うのはっ、本当に、厄介ね……苦しい。)

 先程まで冷然とした態度で俺に接していたケモミミお姉さんが、生き物が苦しむようにその無表情だった顔に生気を取り戻し、その場に苦しみながら蹲ってしまった。

 俺は思わず彼女の肩と脇に両手を差し込み彼女を支えてしまった。

「だ、大丈夫ですか?」
「だ、だいじょうぶですから、お構いなく」

 彼女は俺を突き放そうとするのだが、その手には力が入っていなくて、必死に胸の辺りを手で絞る様に押さえ付けていた。

 見るからに普通じゃない苦しみ方だった。放っては置けない! そう思ったのだが、そこへ侯爵がやってきて俺の肩をその手で後ろに引っ張った。

「ショウゴ、ここは私に任せて控えていろ」
「……はい、わかりました」

 そうだよ、ここは侯爵に任せた方がいい。平民の俺では大した謝罪も出来ないし、大使が目を覚ました後に、直接謝れるかもわからない。

 侯爵はテキパキと騎士に指示をだして、大使を担架に乗せて運び出していった。ケモミミお姉さんはそれについて行き魔法少女だけがその場に残っていた。

 俺はティナのいる場所へと仕方なく戻った。

「ショウゴ」
「……」

 ティナの声色には、少しだけ俺に対して怯えているような不安が含まれていた。
 俺は彼女を少し怒りを込めて睨みやった。でも俺はすぐに目を伏せた。ティナは俺を守ってくれたにすぎない。それにはすごく感謝しているし、彼女の愛を感じられて嬉しい事だった。

 だけど、矯正しなきゃダメだ! このままでは俺の命どころか、彼女の命まで危うくする。ティナの戦闘力は本当にすごい! ちょっとやそっとの事ではびくともしないだろう、でも法の前には彼女の剣も意味を為さない。

 ただ、その法は俺のよく知る法律の事じゃない。人の上に立っている人、そう貴族達こそがこの世界では法なのだ。

 法整備の整った日本生まれの俺にとって、人を裁いていいのは法律だけだ。法の前には王も平民も本来ない筈だ。そこにあるのは有罪か、無罪か。有罪となれば、王様ですら首を吊られなければならない。

 だけど、この世界では人を裁くのは貴族、つまりは人が人を裁いている。その人間の地位が上であればある程、白も黒に、黒もまた白となる。

 その時、俺は決して彼女を守り切れないだろう。出来るのは、後悔の念に苛まれながら自殺して後を追う事ぐらいだ。もちろん俺にそんな勇気があるのかは謎だけれど、理不尽を前にしてパワハラやセクハラを報告すれば、人事部が動いてくれた日本とここは違うんだ。

 ここは心を鬼にするのだ。彼女に嫌われるか、傷付けるかどうなるかは分からないが、彼女をつまらない人間のせいで失ってしまうよりはマシだ。

「ティナよく聞いてね」

 自分でも驚くほど低い声が出て内心びっくりした。それを堪えるように両手で拳を硬く握り俺は言葉を続けた。ティナはそんな俺の初めての声に肩を震わせた。

「前から思っていた事だけど、俺は君のことが大好きだし君の奉仕に心から感謝しているよ。でもね、君の後先考えない暴力は嫌いだ!」

 ティナの綺麗な顔に大きな影が落ちた。きっと彼女は今好きな相手に嫌いと言われてひどく傷付いているのだろう。それが容易にわかるほど彼女の動揺が明らかだったし、そんな彼女と同じくらい俺の心にも痛みが走った。

「ショ、ショウゴ? う、うそであろう? だって、そんな、私はお前を守りたかっただけで……」
「ティナの暴力だけでは俺を守れないよ」

 ティナは完全に否定されたせいで、その頭に盥でも落ちたのではないかというくらいの衝撃を受けていた。

「誰かを守るのに方法は暴力だけじゃないんだ。ティナには我慢を覚えてほしい。すぐに手を出すんじゃなくて、手を出してしまった後の事も考えてほしいんだよ。それが君のいう本当の守護になるんじゃないかな」
「……分かった。他でもないお前が言うならば努力しよう」

 くぅぅぅ、ティナのこんな切なさそうな顔を見てしまったら、今すぐにでも抱き締めてお礼を述べたい所だが、これはティナの為、ティナの為、ティナの為!!

 俺は彼女に背を向けて誘惑に対して、頑強な抵抗を示した。しかし、そんな俺の態度に慌てたティナが後ろの方で、機嫌を伺う犬のようにおろおろしている様子に思わず、ほっこりしてしまいそうになった。

 こんなに可愛いティナを私欲に走り、肥え太った豚野郎どもに渡しはしないぞ!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

二度目の異世界に来たのは最強の騎士〜吸血鬼の俺はこの世界で眷族(ハーレム)を増やす〜

北条氏成
ファンタジー
一度目の世界を救って、二度目の異世界にやってきた主人公は全能力を引き継いで吸血鬼へと転生した。 この物語は魔王によって人間との混血のハーフと呼ばれる者達が能力を失った世界で、最強種の吸血鬼が眷族を増やす少しエッチな小説です。 ※物語上、日常で消費する魔力の補給が必要になる為、『魔力の補給(少しエッチな)』話を挟みます。嫌な方は飛ばしても問題はないかと思いますので更新をお待ち下さい。※    カクヨムで3日で修正という無理難題を突き付けられたので、今後は切り替えてこちらで投稿していきます!カクヨムで読んで頂いてくれていた読者の方々には大変申し訳ありません!! *毎日投稿実施中!投稿時間は夜11時~12時頃です。* ※本作は眷族の儀式と魔力の補給というストーリー上で不可欠な要素が発生します。性描写が苦手な方は注意(魔力の補給が含まれます)を読まないで下さい。また、ギリギリを攻めている為、BAN対策で必然的に同じ描写が多くなります。描写が単調だよ? 足りないよ?という場合は想像力で補って下さい。できる限り毎日更新する為、話数を切って千文字程度で更新します。※ 表紙はAIで作成しました。ヒロインのリアラのイメージです。ちょっと過激な感じなので、運営から言われたら消します!

俺のスキル『性行為』がセクハラ扱いで追放されたけど、実は最強の魔王対策でした

宮富タマジ
ファンタジー
アレンのスキルはたった一つ、『性行為』。職業は『愛の剣士』で、勇者パーティの中で唯一の男性だった。 聖都ラヴィリス王国から新たな魔王討伐任務を受けたパーティは、女勇者イリスを中心に数々の魔物を倒してきたが、突如アレンのスキル名が原因で不穏な空気が漂い始める。 「アレン、あなたのスキル『性行為』について、少し話したいことがあるの」 イリスが深刻な顔で切り出した。イリスはラベンダー色の髪を少し掻き上げ、他の女性メンバーに視線を向ける。彼女たちは皆、少なからず戸惑った表情を浮かべていた。 「……どうしたんだ、イリス?」 アレンのスキル『性行為』は、女性の愛の力を取り込み、戦闘中の力として変えることができるものだった。 だがその名の通り、スキル発動には女性の『愛』、それもかなりの性的な刺激が必要で、アレンのスキルをフルに発揮するためには、女性たちとの特別な愛の共有が必要だった。 そんなアレンが周りから違和感を抱かれることは、本人も薄々感じてはいた。 「あなたのスキル、なんだか、少し不快感を覚えるようになってきたのよ」 女勇者イリスが口にした言葉に、アレンの眉がぴくりと動く。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

NTRエロゲの世界に転移した俺、ヒロインの好感度は限界突破。レベルアップ出来ない俺はスキルを取得して無双する。~お前らNTRを狙いすぎだろ~

ぐうのすけ
ファンタジー
高校生で18才の【黒野 速人】はクラス転移で異世界に召喚される。 城に召喚され、ステータス確認で他の者はレア固有スキルを持つ中、速人の固有スキルは呪い扱いされ城を追い出された。 速人は気づく。 この世界、俺がやっていたエロゲ、プリンセストラップダンジョン学園・NTRと同じ世界だ! この世界の攻略法を俺は知っている! そして自分のステータスを見て気づく。 そうか、俺の固有スキルは大器晩成型の強スキルだ! こうして速人は徐々に頭角を現し、ハーレムと大きな地位を築いていく。 一方速人を追放したクラスメートの勇者源氏朝陽はゲームの仕様を知らず、徐々に成長が止まり、落ちぶれていく。 そしてクラス1の美人【姫野 姫】にも逃げられ更に追い込まれる。 順調に強くなっていく中速人は気づく。 俺達が転移した事でゲームの歴史が変わっていく。 更にゲームオーバーを回避するためにヒロインを助けた事でヒロインの好感度が限界突破していく。 強くなり、ヒロインを救いつつ成り上がっていくお話。 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』 カクヨムとアルファポリス同時掲載。

処理中です...