異世界酒造生活

悲劇を嫌う魔王

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第三章〜サードフィル〜

第六十一話「通商条約締結会談 Part4」

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 今頃、侯爵とアレス商国のお偉いさんが、あぁだこうだ言い合ってるんだろうなぁ。

 俺とティナは、この城の宴会の間にやって来ていた。

 高校の体育館くらいある広さと、高い天井、そこからぶら下がるシャンデリアの煌びやかな光が、何列もある長机を埋め尽くす程の人と、その上に所狭しと並べられている豪華な料理を照らしていた。

「うおぉ、めっちゃ美味そう! 侯爵気合い入れて準備したんだなぁ。ねぇ、ティナ!」
「ふぉんだ?」

 ……めっちゃ食ってる。ティナは中々引き締まった身体をしているが結構大食いだ。そして食事というものを、カロリーを摂取する行為としか考えていない。まぁ、俺が食べる料理を作る時は真剣で可愛いんだけどね。

 宴会の間には、俺たち以外にこの城の騎士団、アレス商国の御一行といった総勢七百名ほどが、飯をかっ喰らい、ワインを浴びる様に飲んでいた。主に騒いでいるのはアレス商国の一団だ。彼らだけで、二百名ほど居るんじゃないだろうか。彼らの衣装は、前世でいうアラブ系の人達に格好がとても似ている。暑い地域の為、涼しそうな白色の衣装だ。そしてそこに、彼らの民族模様か何かが刺繍されていた。

 上座は用意されていたが、現在侯爵とその大使は空席になっている。会談が終わり次第合流するようだった。

「隣に失礼するぞ」
「ん? あぁ、子爵! どうぞ、どうぞ」

 声をかけられて、振り返ったら宝石が嵌め込まれた銀製の盃を片手に、隣に座ろうとしているアーネット子爵の姿があった。下級貴族の最上位に位置する子爵の服装は、平民の俺からしたら十分に輝いて見えた。特に印象深いのは、橙色の髪色とあっている、色鮮やかな紅葉を思い浮かばせるコーディネートだ。

「子爵がこんな下座にいて大丈夫なんですか?」
「構わないさ、挨拶回りも済んだし接待は部下に押し付けて来た。それに、上層部の連中は私がいる方が楽しめんだろうよ」
「はははっ……でも、下層の人間は貴方がいるだけで緊張してしまうと思いますよ?」
「……ふむそれは一理あるが、私がどこに居ようと私の勝手だろ」
「えぇ、まぁ……その通りです」

 ったく、これだから上級国民は嫌いなんだ。気を遣っているようで、まるで気を遣えていないんだからな。

「どうだ、宴は楽しんでいるか?」
「それが全くですね……、俺が造った酒がなんて言われているか気がかりで……」
「アハハハッ、相変わらず貴様は酒のことしか頭にないのだな。少しは、酒が不出来で侯爵の不興を買う事を考えられぬのか?」
「それを含めてですよ。今回のお酒は俺としては、本当は献上したくなかったんです」
「というと?」
「妥協したって言う事ですよ。時間がありませんでしたから」
「貴様が酒造りに妥協しただと? クククッ明日は槍の雨が降るやもしれぬな」
「馬鹿言わないでくださいよ。納期に間に合わせる、これも立派な社会人の務めですよ」

 子爵は少し、社会人という言葉に違和感を感じた様だったが、俺はそれを別段訂正する気はしなかった。このファンタジー世界で社会人に代わる言葉を俺は知らないからな。

 それと酒に至っては妥協したと言っても味見は済んでいた。理想の酒では無いが、安価で多くの人に楽しんでもらえる程度のレベルには達していた。ただ、神様の時空魔法の加護がなければ、到底為し得ない事だった。

 子爵と俺が話していると、何やら俺の背後から剣呑な雰囲気を感じた。俺の背後といえば、ティナがいる筈で何やら嫌な予感がした。

「貴様、先程からしつこく殺気を飛ばすとは……どう言うつもりだ?」

 ティナは肉を片手にそれを噛みちぎりながら、鋭い視線を右斜め対面に座った大柄な男へと飛ばしていた。その男はというと、立派な顎髭が特徴的で顔の彫りが深く焦茶色の短髪といった印象だった。

 俺でも分かるほど、鍛え抜かれた体とその厳つい顔つきから、彼もまたティナと同じ武人の類だと直感した。

「人違いじゃなければ、あんたが噂の狂姫だと思うんだが違うか?」
「……人違いだ。貴様のちっぽけな脳みそでも分かる通り、私は食事中だ。そのむさ苦しい顔をこちらに向けないでくれないか、飯が不味くなる」

 あちゃ~、なんか屈強そうな男に絡まれちゃってらぁ(まぁ話しかけたのはティナだが)ティナってば、有名人なのねぇ。男の目的はわからないが、これ以上ティナを刺激しないでほしい。いや、マジで。

 しかし、俺の願いは届かず。その男は鉄製のジョッキを片手に立ち上がり、長机を回り込んでティナのすぐ背後近くまで寄って来た。

「いいや、人違いじゃないな。銀髪のハーフエルフなんてそうそう居るもんじゃない。それに、俺の僅かな殺気に逸早く気付き、鋭い殺気を飛ばし返して来た。しかも、この俺が身も凍るような一流の殺気だったよ」
「知らんな。ハーフエルフなど探せばいくらでも居るだろう。それに、むかついたから睨んだだけだ。貴様はただ、女に睨まれてパンツを濡らすような臆病者というだけだろう」

 ティナの揶揄いを受けて、その周りが少しだけ男を笑った。

 男はエールを片手に飲みながら話ていて、ティナは相変わらず肉を手放そうとしない。それに痺れを切らした男がティナの顔のそばまで顔を近づけて、何かを囁いた。 
 すごく、すごく嫌な予感がする。

 その直後、ティナがあれだけ手放さなかった肉を銀皿に強く叩きつけた。

 はい、来たぁ!

 男は数歩戯けた様に後退り、ティナは肉の油で汚れた指を豪快に舐めとりながら席を立ち、彼と向かい合った。

 そして男に向かって、熾烈な視線を送っている。

「貴様、もう一度言ってみろ。いや、口を開くな不快だすぐに殺してやる」
「釣れない事を言うなよ、俺はただあんたと手合わせ願いたいだけさ。狂姫ファウスティーナ、ダークエルフ王の落とし子にして剣神に愛されし焔の巫女。これほどのお相手はそうそうお目にかかれないだろ? なぁにちょっとした宴の余興さ」

 はぁ、変な輩が出てきてすごい情報を聞かせられる。知ってしまった俺は、ティナの前で聞いて良い話題なのか探らなきゃいけなくなる。これで、何度目だ? 狂姫の異名の下りだって、まだ本人から聞いた事がないのに、今度はどこかの王様の落し子だって?!

 ティナ、君って一体何者?

「貴様ぁ……是が非でも死にたい様だな」

 おぉ、おぉ! そんなこと考えてる場合じゃなかった。この状況をなんとか収めなければ!!

「し、子爵!? なんとかして下さいよ!」
「ふっ、私にどうしろと言うのだ。あの男はアレスの大使の護衛、それも最高責任者であり特級冒険者だ。私の魔法ではどうする事もできないよ。それにその相手が、あのファウスティーナ卿だ。私に死ねと言うのか?」
「も、もういいです。自分でなんとかします」

 ったく、権力者の威厳をここで使わずにどこで使うって言うんだ!? それにニヤニヤしやがって、どうせこれを催しかなにかと勘違いしてるんじゃないか? これだから貴族はやっぱり嫌いだ!!

 俺はとにかく、慌てて長椅子から立ち上がり、今にも殴り合いでも初めそうな二人の間に割って入った。凄いな、二人とも獰猛な笑みを浮かべて、目を血走らせてやがるっ!

「あの! 二人とも落ち着いて下さい! ここは楽しい宴の席ですし、ここはお二人でお酒を飲み直しっ--」
「--外野はすっこんでろ」

 俺はこの男に軽く胸下から上へと押された、筈だった。さすが特級冒険者と言ったところだろうか。俺の体は簡単に浮き上がり宙を浮いた。そして、その間にティナの瞳が、しっかり飛んでいく俺の事を追っていたのが分かった。

 まずい、終わった。

 俺は尻餅をついて、手に鋭い痛みが走ったのを感じた。

「イッテェ」

 俺のその声がゴングとなり、ティナの堪忍袋の尾が完全に切れてしまった。俺は直観的に目の前の男の未来を悟り、憐れんだ。

 俺が瞬きをする間に、ティナはいつの間にか身体を大きく回転させ、その勢いのまま堅い金属が仕込まれている、ニーハイブーツを履いた御御足を振り上げていた。

 まさに電光石火の回し蹴りが、その男の顔に炸裂したのである。

 それは一撃必殺だった。その蹴りはティナの身長よりも高い、二メートルはあろうかという大男の顎を打ち砕いたのだ。

 俺があたりを見渡した時、一人の女性が驚いた様に「うっそぉん、あのディートハルトを一撃ぃ?」と呟いた。

「「「うおぉぉぉぉぉぉぉおお」」」

 その声を皮切りに、宴の間からすごい歓声が湧き上がった。どうやらいつ間にか、この二人のやり取りは野次馬の恰好の見せ物にされていたらしい。

 俺は痛む左手首をさすりながら、ティナに近寄ろうと思ったが気付けば俺は、ティナの腕の中にいた。

 俺はティナにお姫様抱っこをされていたのである。デジャビ!!

「へっ? ティナ?!」
「アーネット子爵医務室はどこだ」
「案内させよう、おいそこの貴様!」

 子爵がそういうと、使用人が一人やってきて子爵の命令を受けていた。その使用人を先頭に俺はティナに抱っこされながら、医務室へと向かおうとした。

 と、そこへ別の使用人が現れて子爵に耳打ちをした。

「ファウスティーナ卿、待たれよ! シールズ侯爵閣下がショウゴをお呼びだ」
「待たせておけ! ショウゴの手当が先だ。それ以外は全て些事である!」

 ティ、ティナぁかっこいいよぉ~~!!!!

 で、でもね、俺の、俺の男としての沽券にも気を遣って欲しいなぁ~なんてね。とくだらない悔し涙を流しながら、俺は手当てを受けて侯爵の待つ、晩餐の間へと向かったのである。
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