異世界酒造生活

悲劇を嫌う魔王

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第三章〜サードフィル〜

第五十九話「通商条約締結会談 Part2」

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「本題に入ろうか、大使殿。あぁ、や、まずは食事をしよう。堅苦しい事は、食事でもしながらでなければ、互いにやってられまい?」
「無論、私も異存はございません」
 スタンプの指示によって、続々と大理石の上を豪勢な料理が埋め尽くしていった。主な料理は、魚料理でそれらの付け合わせに、パンが添えられている。もちろん、山で獲れる動物たちも酒宴を彩った。
「お口に合うと良いのだが、大使殿のために王宮より料理人を呼び寄せたのだ。特に魚はどれも新鮮で、脂が乗っている旬のものばかりだ。存分に楽しんでくれ給えよ」
「わざわざ、私の為にこのようなご配慮を頂けるとは、他の商人及び貴族が知ったらさぞ悔しがる事でしょう」
「はははは、アレス商国の大尽と彼らを比べるのは、あまりにも酷と言うものでは無いかね? だって、そうだろう。我が国は、貴国の領地を通行しなければ、北との取引が立ち行かなくなってしまうのだから、そこでだ大使殿」
「何でございましょうか?」
「貴殿も知っている通り、我が国は先日の大戦によって疲弊しておる。そのせいで、周辺諸国からあらぬ言い掛かりや、交渉を迫られているのが現状だ。勿論、貴国がそのような国だとは思ってはおらん。
 貴国とは長年、友誼を結んで来たのだからな。どうだろう、ここは我が国の惨状を知っている大使殿の力で、この先五年の利益に目を瞑っていただきたい。その暁には、我が国は貴国に対して感謝の意を表すと共に、この恩を決して忘れないだろう」

 ふふっ、我ながらよくもまぁ、これ程までに口が回るものだ。この豚は、新しい酒によってこのマリウスの虚を突き、会談の主導権を握ろうとしたのだろう。しかし、私は待ち構えていたのだ。貴様が、罠に飛び込んでくるのをな。

 私は、ショウゴの存在に十分な価値を見出していた。そして来るこの会談の為に、ある噂を流した。それは、今巷を騒がせている酒は、このシールズ侯爵によって開発された酒であると。

 この事をショウゴが聞けば、いい顔はしないだろう。が、私が謝れば済むことだ。わざわざ、奴を出迎える為にシールズ家の家紋が入った馬車を寄越したのも、私が周りにバレるようにショウゴの店へお忍びで出向いたことも、我が家紋の入った許可証を持たせた事もだ。

 全て、この街にいるであろうカシーム・ボンク! 貴様の放った鼠どもに見せつけあたかも、ウオッカが私の肝煎りであるかのように見せる為だ。貴様ら、商人のことだ。躍起になって、ウオッカを超える酒で私を見下し、利益を根こそぎもぎ取る気であったのであろう?

 今の、お前の苦々しい顔が物語っているぞ? 汚い拝金主義者め。

「お言葉ながら我らは小国の為、そのような余裕がございません。それに加え、此度の会談がこの時期に早まってしまった事にも理由がございます」
「理由だと……」

 早速、切り札を切ってきたか。相当追い詰められたか? これでは少々手応えがなさすぎるな……油断は禁物だ。

「はい、閣下。戦争でございます」
「ほぉ? それは、ラフロイグ神聖国とタリスカー帝国との戦争のことかな?」
「流石は、侯爵閣下であられます。そこまで、情報を掴んでいらっしゃったとは。いやはや、恐れ入ってしまいました。そうなのです、かの強国が戦争を始めますと当然! その隣国である我らも平穏無事ではすみません」
「それで?」
「はい、ですので我らを助けると思って、閣下には慈悲の心で我らに支援をおねがしたいと考えております」
「支援だと?」
「はい、これまではランバーグ王国との通商条約では、関税の税率はランバーグが輸出する際に売値の二割、アレスがランバーグに輸出する際には三割となっておりました。これをランバーグがアレスに輸出する際は五割、その逆はなしとして頂きたいのです」
「なっ……失礼いたしました」

 私は、スタンプを睨んだ。相手がそれなりの条件を吹っかけてくる事は、事前に予想していたはずだったからだ。ここでこちらの動揺を悟らせるような真似をしおって……。

 だが……、尋常ではない吹っかけな事も事実だ……。もしこの条件を了承してしまえば、この先五年のランバーグと北方諸国との交易は断絶するに等しい。アレスだけが、南西諸国唯一の取引相手となってしまう。

 それでは、国内の生産率が低いアレスが立ち行かなくなってしまう……。交渉の余地はあるが、これまでにない程の譲歩を私から引き出す気だな。しかし、一体この自信はどこから溢れてくるのだ。我が国は確かに、現在は弱体し憔悴してはいるものの……五年後には国力も回復し、かつての南方諸国の大国の一つとして覇を唱えるだろう。

 そうなれば、此度のような舐め腐った態度が己に返ってくるのは分かりきっている筈だ。なんだ? 一体何を隠している!

「大使殿、その話は些か暴挙じみていると思うのだが、いかがお考えか?」

 探らねばあるまい、この豚が隠し持つ真珠をな。


 クソクソクソクソ! なぜこの僕が、こんなにも早く切り札を切る羽目になっているんだっ!! 本来の計画ならば、会談の主導権はこの僕がっ、握る筈だったんだ。この男が、手塩にかけて蒸留酒を造らせていたのは、僕の優秀な諜報員たちによって知っていた!

 その為に、多大な財を注ぎ込みこの蒸留酒を開発したと言うのに、この男は欲しがる素振りどころか驚いた様子もない。絶対におかしい、この蒸留酒という発明はこの大陸全土の市場で価値がある物だ。それを出し抜けに、他人から横取りされれば、誰しも必ず心が折れるはずだ! 

 それとも、面の皮が分厚すぎるのか? それが一番濃厚な線だ。現に、こちらが出した条件に伯爵は反応したが、この男だけは憎たらしいほど表情を変えなかった。

 しかし、それでもあまりにも冷淡に事を運ばれている。貴族相手の商談は、これまでも数多く場数を踏んできた僕だが、引っ掛かる……この会談には、何かある。

 この僕が、翡翠のマリウスの手のひらで踊らされている……。なればこそ、盤上を叩き割らねばなるまい?

「ご無理を承知で申し上げているのです、侯爵閣下。貴国は、既に危機を脱しましたが、我が国はこれより戦乱に巻き込まれていくのです。図々しい事を言わせて頂けば、貴国の危急存亡をかけた先の大戦の折に、我が国は惜しみない軍需品を提供させて頂いたはずです」

「確かに……貴国の我が国に対する、特別な配慮を私を含めたランバーグの民は忘れてはいない。しかし、大戦の後に過不足分の金を支払うという契約があったはずだ。すなわち、貴国に感謝はすれど借りた恩はないはずだ?」

 ちっ、商人に負けない弁達者だ。ランバーグは大戦中、戦時に置ける特別な銀貨で商取引を行なっていた。その銀貨は、純粋な銀ではなく、青銅や、銅といった不純物の含まれたもので、大した価値のない物だった。

 それでも、アレスはこの戦争がランバーグの勝利によって終わると見て、戦後過不足分を請求すると共に、利子をつけて受け取るという契約を締結していた。

 つまり、侯爵の言い分は最もである。最もではあるが、その返済は今現在完了していない。少しは動揺を見せるかと思ったんだがな……仕方ない、やはり切り札をここで切るとするか。

「そうですか……、我が国の置かれた危機的状況をご理解頂けない様で残念です。侯爵閣下にお見せしたい物が御座います」
「何だろうか?」

 僕はウマイヤに一通の封筒を手渡した。そして、それを彼女がシールズ侯爵へとそれを運んだ。侯爵は、表情一つ変えずにその手紙の封を切り読み始めた。すると、どうだ……。

 ここまで、顔色ひとつ変えなかったランバーグの盾と言われているマリウス・シールズの鉄仮面が、目に見えて軋んでいるのがわかった。表情こそ、変えなかったものの顔色が良くないぞぉ、色男。

「如何ですかな、侯爵閣下。私は、貴国の未来を案じた上で提言している事を理解して頂けたでしょうか」
「…………」

 フハハハッ、あの翡翠のマリウスが声も出ないようだな! 今すぐにでも声高く勝鬨をあげて、笑い飛ばしてやりたい気分だ。しかし、今回ばかりは同情するよシールズぅ。

 その手紙は、ラフロイグ神聖国がアレス商国に対して認めた親書だ。内容の概略はこうだ、タリスカー帝国との戦争の折、敵国との交易を断交せよ。さすれば、神の御名によって神の軍団を動かしてやる。まぁ、こんな内容だ。

 ここでいう、神の軍団とは神聖国が抱えている、聖ラフロイグ騎士団を指している。神の名の下、どんな侵略行為も認められている軍隊で、一度神託が降れば相手が滅びるまで行軍を止めない軍隊だ。この騎士団に、ランバーグ王国は苦しめられた。

 その悪夢が再び、この会談の如何では再来するとなれば、さしものシールズも慎重にならざるを得まい?

 とはいえ、あの狂信者共が簡単に小国の言うことを聞く訳もなく、これには理不尽な条件が付いている……。そしてその条件を利に聡い我が国が受け入れるわけもない。しかし、ブラフとしては効果抜群の様だがな、ケケケッ。

「つまり、私が大使殿の条件を飲まなければ、ラフロイグ神聖国の属国である。つまり我が国隣国のボルドー騎士国が、戦争の傷も癒えぬ今再び、我が国に攻め行ってくると?」

 かかったぁ! そうだ、その思考に陥ってくれれば良いんだぁ。そうなれば、握り損ねた主導権を僕が取り戻せる! ボルドー騎士国は、先の大戦でランバーグ王国と激しい戦いを終えたばかりだが、神託となれば四肢がもげようと行軍を開始するだろうからな。
 脅しの道具としては十分だ。

「誠に遺憾ながら、そうなる可能性が高いと申し上げるほかありません。ですので、貴国の未来の為にももう一度! 先程の税率のお話を--」
「--そうだな、堅苦しい話をするには酒が必要だとは思わないか。それと何か、甘い物が食べたいな。どうだね?」

 ……私の話を遮るとは、全くもって気に食わない男だ。
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