異世界酒造生活

悲劇を嫌う魔王

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第二章〜セカンドフィル〜

第五十二話「出会いは厨房で」

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 今俺たちは、ベッラを伴った自分達の幌馬車で貴族街に通じる、内門前で手続き中だった。貴族では無い者、つまり平民が貴族街に入る為には、貴族が同伴するか、どこかの家紋が入った許可証が必要となる。

 俺が持っているのは、先日俺の店に来た侯爵から頂いた、シールズ家の家紋入り許可証だった。つまり、このアクアリンデルでは、最強の印籠と言うことになる。

 目の前では、俺の許可証を念入りに確認する兵士の姿があった。兵士といっても、飲んだくれの平民門番ベンなどとは比べ物にならない威容だった。ベンの装備といえば、古びてカビ臭い革鎧に、木の柄で出来た槍、草臥れた革ブーツと言ったものだ。

 しかし、目の前の兵士は、もちろん何処かの貴族の子弟で、立派な板金鎧に、鉄の柄の槍、ピカピカの革ブーツ、きっとつま先には鉄板が仕込まれていることだろう。まさに、兵士の装備としては一級品と言っていい。

 つまり、彼は今俺たちの事を最大限怪しんでいるのだ。一平民が、自分の上司の上司、そのまた上司のボスの家紋が入った通行許可証を持っている。これは一体なんの冗談なのか。しかし、俺にはその疑問を解決してあげられる術がない。

 貴族街に入る理由も尋ねられないまま、沈黙していると、ようやく兵士がある可能性に辿り着いたようだった。

「まさか、貴様ら城へ招かれた酒職人か?」
「あっ! はい! そうです、そうです。アレス商国の使節団の皆様に振る舞われる、酒を届けるところなんです」
「そっ、そうだったか。話は聞いている。通るが良い!」
「あっ、どうもご苦労様です。失礼しますねぇ」

 この世界では、目下のものが目上のものに対して、ご苦労様という習慣がある。元日本人としては、恐れ多いものがあるんだよなぁ。

 ていうか、もっと俺が今日来ることをしっかり、周知しとけよ!! 門番がびっくりしてるじゃないか。しっかり、その商人が平民だと言うことをだね!

 そう思っていたら、ティナが俺の頬を指でツンツンしてきた。

「な、何してんの?」
「いや、お前は考えていることが、よく顔に出るなと思ってな」
「えっ? マジ?」
「あぁ、今お前、シールズなど死んでしまえ! って思ってただろ?」
「思ってないよ?! そんな過激派じゃないよ! 俺は」

 全く、この娘はすぐ人を殺そうとするんだから……。まぁでも、侯爵のことがムカつくのは同意するけどね。どうせ、今回も城門であたふたする俺が見たかったんじゃないかな。

 それにしても、さっきから貴族街の住人から奇異の目を向けられている。まぁそうだよな。貴族街に出入りする商人は大抵金持ちで、身なりもそれなりに小綺麗で、馬車だって豪華なものに乗っている。

 何より、貴族街にも貴族の商人が揃っているから、平民感丸出しの俺が立派とは言えない幌馬車を立派な地竜に牽かせてたら、此処ではそれはそれは珍しい組み合わせだろうね。しかも隣には、ダークエルフの美女が座ってるんだ。それもかなりの身長差で……。

 ティナの身長は百九十はあるんじゃないかと思う。俺が百七十あるかないかくらいだから。その差は並んで座っても、顕著な差がある。

 ほら、横を向けば、軍服に包まれた彼女の豊満な胸が目に入る。

「おい、どこを見ている」
「胸を見ています」
「お前には、羞恥心というものは無いのか」

 ティナは、ようやく顔を赤らめ、俺に抗議の視線を送ってくるが……。

「ティナに遠慮する気はないよ」

 これから死ぬかもしれない俺にとって、そんなものはわずかばかりも残っていなかった。この世界は死と隣り合わせで、殺虫剤をかけられたゴキブリが卵を産む気持ちが、今なら少しわかる。生き物って、死を前に子孫を残したがるものなんだなぁ。

 この会談をミスったら、打首! なんて事になったらどうしよう。そう思うと昨日は一睡もできなかったんだよなぁ。みんなの前では、気丈に振る舞って此処まできたけど、今になって気が重い。

 そうこうしている内に、アクアリンデル城にたどり着いてしまった。城門の上に立っている兵士が大きな声で話しかけてくる。

「ショウゴ殿御一行か?」
「そうです! シールズ侯爵閣下の命の元、馳せ参じました!」
「よし! 開門! 開門!」

 ここは、特に許可証を提示する必要もなく入場できた。まぁ、一度チェックは受けてるし、城の兵は閣下の直近の私兵だから、教育も行き届いてるんだろうな。その証拠に、明らかに身分の高そうな兵士が、俺の名前を敬称で呼ぶんだからさ。

 そして、見覚えのある場内の広場にたどり着いた。相変わらず、美しい青玉色の歴史を感じられる城壁だ。

 そしてそこには、一人の貴族が俺を出迎えてくれた。

「アーネット子爵閣下、お久しぶりです」

 俺とティナは馬車から降りて、屈折礼をした。閣下は、少し笑って迎えてくれた。

「久しぶりだな、ショウゴ。と言っても、まだ半月と経っていないが」
「あはは、そうですね。それにしても閣下も準備で忙しいはずなのに、出迎えていただき恐縮です」
「ふふっ、本当にその通りだ。だが、それだけ侯爵閣下はお前に期待していると言うことだ。どうだ、自信の程は?」
「えぇ、それなりに。と言うところですかね」

 勝算はあるが、これは虚勢だ。本当は今にもちびりそうで、ティナの背中に隠れて、此処から消え去りたい!

「そうか、平民の癖にこの大舞台でそれだけ言えれば、十分だろう。馬車にあるものはどこへ運ばせる?」
「あぁ。それじゃぁ、全てお城の台所までお願いします」
「良いだろう。案内は、そこのメイドたちにさせる。何か、申しつける事あれば好きに使うといい。では、私はこれで失礼するよ。下っ端は忙しいものでね」
「ははは、ご苦労様です」

 子爵は、使用人たちに指示を出すと、城の中へと消えていった。この世界で、初めて出会った貴族がアーネット子爵だった。最初の印象は最悪で、やっぱり貴族っていうものはイケすかない人種だと思った。

 しかし、上には上がいるもので、侯爵に比べれば子爵は善良な貴族だ。

 俺たちは早速、運び込まれる物資とともに台所へと急いだ。日の傾き具合からして今は、昼前ぐらいだろう。会談が行われる晩餐は夕方だから、今から準備をしないと間に合わない。

 台所に着くと、侯爵お抱えの料理人や使用人が忙しなく動き回っていた。そりゃそうだ。会談のために、最高の料理を多くの人数に出すのだから。いくつもある竈門に薪が焼べられ、そこから火が吹き出し、その炎で料理人の汗ばんだ肌が照らされ、女たちの手によって、肉、魚、野菜、がシェフの指示通りに捌かれて行く。

 今は、料理の為の下拵えを行っているのだろう。料理人を目指していた身として、厨房の活気ある動きは、見ていて実に気分がいい光景だった。 

 今回の会談自体は、侯爵とアレス商国使節代表とのサシ飲みって聞いているけど、その他大勢が別室で飲み食いする料理の準備も考えたら、忙しくなるだろうな。

 案内してくれたメイドが、狭くはないスペースに俺たちを案内してくれた。

「ショウゴ様、こちらが伯爵様より仰せつかった作業場になります。お申し付け通り、竈門、鍋、水、石臼をご用意しました」
「有難うございます! これだけあれば十分です。スタンプ伯爵にお礼申し上げます」
「それでは、私は仕事に戻りますので、何かあれば近くのものにお申し付けくださいませ」

 そう言って、メイドはどこかへと消えていった。今、この城で暇な人は誰もいないだろう。

「さ、ティナ手伝ってくれる?」
「もちろん構わないが、何をしたら良いんだ?」
「これを死ぬ気ですり潰して欲しいんだよ」

 俺はそう言って、ティナの目の前にナッツの親父から受け取ったブツを広げた。すると、ティナは見たことが無いものを前にして、匂いを嗅ぎ始めた。

「おぉ、嗅いだことのない匂いだが……実に食欲をそそる匂いだな。これがナッツ店の店主から受け取ったものか?」
「うん」

 俺は、その物を一つ手にとって、木の棒で砕いた。そしてその一欠片を手に取って、ティナに手渡した。

「食べてみる? おい、しいよ?」

 木の実を差し出す、俺の手先が少し震えた。

「……ふむ、良いだろう。お前が何か隠しているように見えるが、それもこれで明らかになるだろう」

 俺は笑いを堪えるのに必死だった。ティナに渡したこの木の実は、俺の知っている通りの物だとすれば、生では食えた物じゃないのだ……。

 ティナはそのカケラを口に運んでいった。俺は罠にかかる彼女を眺めて、しめしめと思いながら、そろそろ大爆笑できると期待に胸を膨らませていたのだが--。

「馬鹿者、私がこんな見え透いた罠に掛かるものか! そんなに食べたければお前が食べるがいい!」
「うっ! うわぁ!」

 ティナは、信じられない速さで俺を捕まえて、その木の実を俺の口に放り込んだ。

「に、に、ニッゲェえええええ!!! ペッ! ペッ! ペッェェ!!」

 み、水! 俺は近くの水桶に入っている水で口を濯いで、全てを吐いた。この野郎……。ティナめ!

「ふん! 私を謀るなど百年早かったな、ショウゴ」
「うぅ……覚えてろぉ」

 ティナは、勝ち誇った様にニヤつきながら、先程俺が食べた木の実を手に取って見ていた。

「それで、結局この木の実は一体なんなんだ? 匂いは実に芳しいが、見た通り食べれもしなくては意味がないだろう?」
「あぁ、それはね」
「それカカオ豆ですか?」
「えっ?」 

 俺が、木の実の名を口にする前に何者かが、その名を口にした。俺とティナは、仲良く声がした方を振り向くと、そこには上下黒い襤褸を着た美しい栗毛色の長髪と瞳をした女性が立っていた。服はボロボロなのに、身なりは綺麗、どういうことだ。

 しかし、俺はそんなことよりも、重大なある事実に気づく。それは、彼女の頭にある、あるものに目がいったからだ。

「そ、それは、み、耳が、ふさ、ふさ」

 そう、彼女にあるはずの両耳がそこには無く、まるで動物のように頭に何かが生えていた。それもふさふさの栗毛が生えて……。俺は驚いて、あまり声が出なかった。 
 
 しかし、ティナは実に落ち着いていた。

 まるで、彼女にとって、目の前の女性の存在が、何も珍しくないかのように……。

「ふむ、獣人か、それに奴隷の様だな。貴様、この木の実を知っているのか?」
「えぇ。私のいるところでは、珍しくもない苦い豆よ」

 俺は知る由もなかった、この出会いが、この世界に来て最大の危機を迎える、始まりだった事を。
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