異世界酒造生活

第二章〜セカンドフィル〜

第四十五話「時間がない中で 上」

「ショウゴや、お主の言うシェリー酒と白ワインは何が違うんじゃ？　ワシにも、この酒が従来の白ワインとは、明らかに違うことは匂いや色味、味から伝わってきた。しかし、お主はすでにこの酒の正体をわかっているようじゃな？」
「そうですね、私が知っている事を簡単にお話ししましょうか。まずワインは、四種類に分類できると言われています」
「ほぉぅ」

　俺は、アントンさんのために、身振り手振りを加えて、ワインの簡単な講座を始めた。

「まず初めに、スティルワイン。これはアントンさんもよく知っている普通のワインです。二つ目が、スパークリングワイン。炭酸が含まれた、発泡ワインですね。
　三つ目が、フォーティファイドワイン。これが今飲んだもので、他のワインと比べて醸造時にブランデーといった蒸留酒を加えることで、酒精を強化したものです。
　最後に、フレーヴァードワイン。ワインに果実や香草などを入れて、香り付けしたものになります。こう言うふうに、ワインは四つに分類することができ、ワインを勉強するときに役立ちますよ」
「なるほどのぅ、一つ目と四つ目は飲んだことも、造った事もあるが、スパークリングとフォーティファイドワインなるものは、親しみがない上に、スパークリングなど聞いたこともないぞ？　ショウゴ……その知識は一体どこで手に入れたのじゃ？」

　ぎくっ！　アントンさんの疑いの目が、俺に刺さってきた。スパークリング、この世界にないのかよ！！　炭酸の出る魔石はあるくせに、炭酸のワインが無いなんて……。いや、待てよ。

　俺は声色を、少し惚けたようにして話し始めた。

「もぅ、やだな～アントンさん！　ドワーフ王国の唯一の杜氏だった方が、スパークリングワインを知らないなんて事、ありませんよねぇ～？　おっかしぃいなぁ、結構美味しくて有名なんだけどなぁ、あ、でもぉ～世界は広いのでアントンさんが知らないお酒があっても不思議じゃないですよねぇ」

　おぉ、アントンさんが良い感じにプルプル体を震わせている。もう少しだ！

「そういえば～侯爵がアレス商国には、多くの人々が行き交う交易の国らしくて～。珍しいお酒やら、コアなお酒もあるらしいのでその中になら、あるんじゃないですかねぇ～」
「えぇい！　ワシとて、いつかはスパークリングワインを飲んでくれるわ！　それどころか、わし自ら造ってやるワイ！」

　よし！　アントンさんのプライドくすぐり作戦成功。ひとまずこれで、変な疑いはスルーできたな。爺さんになら、俺の身の上話を話しても良いが、もう少し様子を見たい。

　アントンは、一通り怒るとシェリー酒を呷り、落ち着いたようだった。

「それで、このシェリー酒なるものをどうするつもりなんじゃ？」
「うーん、このお酒自体には用がないんですよ」
「何？　ではなぜ取り寄せたのじゃ？」
「アントンさん、お忘れですか？　ウイスキーはどこで寝かせるのか……」
「むっ……まさか！　シェリー酒を熟成させていた樽を使う気か？！」

　アントンさんは、俺が示したヒントで最も簡単に答えに辿り着いてしまった。やはり、さすがドワーフ王国の酒造を一手にまとめ上げていた杜氏といったところだな。

「その通りです。ウイスキーは木に育ててもらうもの、寝かせる木が変わればウイスキーの香味も変わります。さらに、別のお酒が熟成されていた樽ならば、その香味はさらに変化するのです。特に、シェリー酒の寝かされていた樽で、熟成させたウイスキーはシェリーカスクと明記されるほど明らかな違いがあるのです」
「なるほどのう、ショウゴのウイスキーは、口当たりよく、最初に香ってくるのは花や蜂蜜といった甘い香り、そして舌を甘く痺れさせるようなピート香。そこに、この白ワインの華やかさが加われば、さらに飲みやすく、もはや酒とは思えない果実や花園といった代物になるな！」

　アントンさんは、長く白い顎髭を撫でながら、思考を口にしていた。そして、俺の意図を推測していくうちに、酒の完成形が見えて来たのか。その目には、炎が宿っていた。

　優秀なスタッフがいると、助かるな。

「はい、このシェリー酒は私の知っている代物とは、正直完成度が違いますが、苦労して作られたことは言うまでもないです。つまり、アレス商国の文化の高さを象徴するお酒に違いありません」
「なるほどのう、奴ら渾身の力作をお主のウイスキーで喰うつもりじゃな？」
　アントンは、俺の意図を理解してニヤッといやらしい笑みを浮かべた。
「えぇ、当初はそのつもりだったんですけどねぇ。時間がないので、それは間に合わないんですよ」
「むぅ、そうじゃったな。どうしたものかのぅ」

　俺たちは二人で、頭を抱えるのであった。ウイスキー造の最大の魅力は、長い時をかけて造られる酒だということ。それは逆を言えば、最大の弱点でもあった。

　いくら、時空神の加護をもつ俺でも、二週間未満の時間だけでは、ウイスキーの持つ悠久の時には敵わないのである。
「時間がないのは、分かったがワシにもお主の選択肢を教えてくれぬか？　何か思いつく事があるやも知れんからな」
「そうですね。わかりました。まず、当初の計画としては、このシェリー酒の入ったシェリー樽カスクの中身を、蒸留したてのウイスキーと入れ替え、熟成させるつもりでした」
「ふむ、それが先程の計画で予定が変わってしまった為に、頓挫したものじゃな？」
「はい、そして現在の選択肢は、熟成度が高く円熟したウイスキーを会談で提供する。ぐらいしか、思いついてないんですよね」
「う～む、しかしそれはお主が言うように、ただ美味い酒を提供するだけで、シールズの助力にはなりえない可能性がある。しかも、高額なシェリー酒を買って貰った手前、これを使わないで会談が失敗した時には、火の粉が飛んできそうじゃのう」
「えぇ、そうなんですよ……」

　あぁ、頭が痛い。閣下との関係が良好なうちは、問題ないけど、もし、悪化したら？　あの腹黒侯爵が、俺を捻り潰してもおかしくない。しかも、ユリアやティナまで奪われかねない。

　どうしてこうなった？　俺はただ、もう一度酒造りがしたかっただけで、国家権力に介入するつもりは毛頭なかったのに……。これも全部、ブルガのせいだ！！　あのクソ野郎、ユリアとも寝てやがったし、アーネット子爵まで連れて来やがって！？　いや、俺もね権力者と懇意にはしたい下心はありましたよ？　

　そりゃ、前世と比べたら無秩序な世界で生活してるんだから、保身は大事でしょ！　だぁ～～、だからと言って、侯爵クラスはないわ～。調子乗りすぎたぁ～！

　俺が後悔の念に苛まれていると、アントンが肩に手を置いてきた。いつもその手は、デカくて厚くて熱気がすごい職人の手だった。

「お主の気持ちはよくわかるぞい！　ワシも、国にいた時は国王様の無茶振りに業を煮やしたからのぅ」
「アントンさん……！」

　こ、これが吊り橋効果なのか？！　もう、世界中に残っている俺の味方は、このじぃじしかいないと思えた。いつもより、その白髪は心なしか煌めいて、その長く豊かな髭には色気が漂い、夕日のような瞳は琥珀色に輝いていた。

「さて、ウイスキーに関することで、ワシがお主の力になれる事は少ないじゃろう。何か、あったら相談ぐらいは乗るからのぅ」
「有難うございます、アントンさん！」
「そう言うわけで、このシェリー酒を一樽貰って行ってもいいかのぅ？　何か、思い浮かぶかもしれん！！」

　このジジイ！！　飲みたいだけじゃねぇか！！　畜生！！　少しでも、あんたがヒーローに見えた俺がバカだったよ！！

「えぇ、どうぞ……」

　しかし、いやとは言えない。この人は、故郷で積み上げてきた二百年の経歴を捨てて、俺のところに来てくれた人だから……。なんだよ、二百年て。想像できない分、タチが悪いわ。

　そういえば、エルフはもっと長命だとかいってたよな。ティナは、ハーフエルフだ。ハーフって、寿命も半分になるのかな？　それでも、俺よりは長生きするんだろうな。

　はぁ、女を置き去りにして死ぬか……。どこまでも俺は、情けない男だなぁ。

　俺は、気分を変えるために、地上の居住区画であるリビングに戻った。

「はぁ……」
「どうした、ため息なんかついて」
「ティナ」
「ほら、コーヒーだ」
「ありがとう、ティナは訓練終わり？」
「あぁ、最近ドワーフどものせいで碌に出来なかったからな。少し山に入って、精神についた脂肪を削ぎ落としてきた。あぁ、その際にブラッディベアーが襲って来てな」
「えぇ？！　ベアーって、熊さん？！　だ、大丈夫！？　怪我とかしてない？」

　山でクマに遭遇とか、冗談じゃないぜ！　俺の高校の時の調理科のおばあちゃん先生は、山に山菜取りに行って、熊に内臓を食われて死んでいた。

　そのせいか、俺は熊には敏感なんだ。

「心配するな、いま川の水に晒して血抜きしているから、後でお前のアイテムBOXに入れておいてくれないか？」
「え？　う、うん、わかった」

　クール！！　クールすぎる！！　何そのキノコとって来ました。的な軽いノリは！！　まぁ、ティナを心配するだけ無駄か。ごろつき百人のしても、息一つ乱れず。男一人背負って、車並みのスピードで走れる女、女？

「それで、お前はなんでため息なんかついていたんだ？」
「ん？　あぁ、実はね－－」

　俺は、ことの顛末を話した。

「シールズめ、あの無能が。あいつのせいで、ショウゴに迷惑をかけるとはどこまでもムカつくやつだ！　安心しろ、ショウゴ！　もしあいつが何かしてきたら、今度こそあいつの心臓を我が愛剣で串刺しにしてやる！！」

　おぉ、ティナの因縁がメラメラと燃えているよ。気持ちは、嬉しいよティナ、嬉しいんだけどね。何度も言ってるんだけど、それをされちゃうと、終わっちゃうのよ？　全て、お終いなのよ。

　ハァ～、これでまたミスれない理由が一つ増えちゃったよ。もう、いやや。俺は机に伏せって、スライムのように溶けてしまいたい気分だった。

「そういえば、ミラちゃんは？」
「部屋で、カイの義手制作をしているぞ？　見に行ったら、どうだ？」
「えぇ～邪魔じゃない？」
「お前には、見てほしいといっていたぞ？」
「え！　そうなの～？　なら、行っちゃおうかな？」

　俺の足取りは軽く、階段を駆け上った。ミラちゃんの部屋は、カイと同じ部屋なので俺はその部屋の扉をノックした。この世界では、ノックという文化は無い。その為、声をかけて入ったりするのだが、ウチではノックを採用している。

　特に意味はないが、俺が落ち着く。それだけである。

　ノックをしても、返事がないため、俺は声をかけながら扉を開けた。

「ミラちゃん、入るよ～」

　俺が、部屋の中に入ると、ミラちゃんは机に向かってハンダゴテみたいなのを持ちながら、机の上に固定された、素人目にはわからないが回路の塊みたいなものを弄っていた。

「ミラちゃん？」
「……」

　返事がない、ただの集中している天才のようだ。

　すごいな、これだけ近づいても気づかないなんて、ミラちゃんの手に持たれた道具の先端は、幾重にも重なった鉄の管の間に差し込まれ、紫色の光を放出していた。それに反応するように、謎の回路は緑に輝いていた。

　前世では見ることのできない、光景だった。

　俺はしばらく、ミラちゃんの後ろに立って、作業を眺めていた。カイとミラちゃんの部屋は二分されていて、仕切りは紐にかけられた布だった。どうやらベッドは、ミラちゃんに譲ったようだ。さすが、カイかっこいいねぇ～俺は、ベッド以外で寝れないから、きっとベッドは譲らないだろう……我ながらダサいな。

「俺だって、床で寝れるもん」
「へっ？！　……ショ、ショウゴさん！？」

　俺の独り言に気づいたのか、ミラちゃんは恐る恐る後ろを振り返りながら、丸眼鏡のゴーグルを外し、俺の顔を見て驚愕していた。

「はぁい、ショウゴですよ、ミラちゃ～ん」

　そんな彼女に俺は、朗らかに笑いながら、手を振った。