異世界酒造生活

悲劇を嫌う魔王

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第二章〜セカンドフィル〜

第四十二話「当面の目処」

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 翌朝。

「親父!! 後生だ!! 考え直してくれ!! 一緒に国へ帰ろう!!」
「いい加減、親離れせぬか馬鹿息子!!」

 俺の家の前では、中々鬼気迫る寸劇が繰り広げられていた。目の前には、目頭に熱い涙を浮かべて、鼻水が髭を濡らしている赤毛のヴァジムが地面に額を擦り付けていた。ヴァジムとその後ろでため息を吐いているドナートは、旅支度万端の様子だった。

 あとは、ヴァジムがアントンを諦めるだけだったのだが……。

「親離れはしているんだ! そうじゃなくてよ、親父以外がどうやってあの国王様の機嫌をとれるって言うんだよ!! 親父がいなくなって、米酒がなくなれば、古臭いエールを出さなきゃいけなくなって、俺は、俺は、死ぬ!!」
「少しは、甲斐性を見せぬかあほんだら!! 国王様を、満足させるような酒を造りわしを安心させんか!!」
「嫌だ!! 俺は、酒は造るが、金の方が大好きだ!! 親父が酒を造り、俺がそれを売る!! これで上手く回って来たじゃ無いか!?」
「バカもん!! お主の真は、間違いなく酒造りを示している! 貴様は、金の魅力に取り憑かれてるだけじゃ!! いい加減気づかんか!! もし、そのまま金に取り憑かれる様なら、死んでしまえ! 恥さらし目が!!」
「嫌だぁぁぁ、死にたく無いいいい、もっと、もっと、金塊に囲まれて生きていきたいよぉおお」

 ヴァジムは、幼児のように大声を上げ、涙を流し、駄々を捏ねた。そして、見兼ねたドナートが戦槌で、ヴァジムを気絶させた。

「あ」
「見るに耐えん、こいつは私が引きずってでも国へ送り返す。安心しろ、アントン。こいつの病も、追い込まれればいやでも、金の輝きなど忘れるだろうよ」
「手間をかける、ドナート。恩に着るぞい」
「ふふっ、それはお互い様だ。私らは、もう旅立つぞ。今日中に、国境を超えたいのでな。ミラよ」
「はい、叔父さん」

 ミラは、一歩前に出た。ドナートは、慈しむように彼女の頭を叩いて、撫でた。

「アントンの言うことをよく聞き、お前の真を裏切らずによく学び、その後にしかと成長し帰ってこい。お前の帰る場所は、私が必ず用意しておく」
「ずっ、ぅう……」
「泣くな、ミラ。お前は、エイリクとラマの子。二人とも、恐れ知らずの採掘家だ。涙を流さず、恐怖に立ち向かい暗闇の中で財宝を見つけるのだ。それは、お前の大事な財産となり、多くの人を笑顔にするだろう」
「……はい! 叔父さん!」

 ミラは、涙を拭い、覚悟を決めたような戦士の面持ちになっていた。そして、ドナートは全員と熱く抱擁した。

「ショウゴ、ミラを頼んだ」
「はい、ドナートさん。道中お気をつけて」
「あぁ」

 そうして彼らは、旅立っていった。若干一名、格好はついていないが、ヴァジムの回復を祈った。

 ミラは、彼らの背中が見えなくなるまで手を振っていた。そして大声で、ドナートの健康を願ったのだ。

「さて、家に入るかの。全く、ドナートのせいで湿っぽい朝になってしまった、カカカッ」
「カイ」
「うん、わかってるよ姐さん。俺は少し、ミラと一緒にいるよ」
「そうするといい。今日の追加稽古は明日に回してやる」
「ありがとう、師匠」

 カイは、ミラの側にスッとたって、その手を握った。ヒュ~さすがユリアの弟分、女心がわかってるねぇ。まぁでも、こう言っちゃ大人気ないが、相手がミラちゃんじゃ簡単だよなぁ。

「いいなぁ、カイは。あんなか弱げな少女を相手にしてて。俺なんか、魔性のおっかないお姉さんとゴリゴリの剣豪お姉さんに板挟みにされてるってぇのに」
「ねぇ、ショウゴ? 誰がおっかないって?」
「あぁ、じっくり聞かせてもらおうか。私のどこが、ゴリゴリのゴリラなのか」

 ん? なぜか、ユリアもティナもすごく怖い顔をしていた。それに、何だか俺の心を読んだのか、俺が思ったことと同じ様なことを口にしてるんだが……。

「あれ? もしかして、心の声漏れちゃってた?! いや、それはその、モノの例えであって、本心ではそんなこと思って無いですよ? えっ、いや、ほら! 少し重い朝だったから、冗談で空気を和ませようと、した、だけ、で……」
「私ね、嘘って嫌いなの。特にね、好きな人が私の顔を見て、堂々とつく嘘が本当に大嫌いなのよね」
「ほぅ、初めて貴様と意見があったな、ユリアンヌ。私もだ。男の癖に、ぐじぐじしているやつを見ると、鍛え直したくなる」

 ユリアの瞳に光はなく、口元を上品に隠しながら笑っていた。そしてティナは、拳から聞こえてはいけない、金属が折れるような関節音を鳴らしながら、両者が迫ってきた。そして、俺は腰を抜かしてしまい、彼女たちの影が俺を覆う時。

 終末が訪れたのであった……。

「いっ、いやぁぁぁぁぁん!!」
「やれやれ、若いと言うのは羨ましいが、愚かなのは頂けないのぅ」

 薄れゆく、意識の中でかすかにアントンのため息が聞こえた。
 それから時は流れて、朝食を済ませ、とうの昔にカイとユリアはアクアリンデルへ。ティナ、アントン、ミラは俺と一緒にリビングでコーヒーを飲んでいた。もちろん、ミラのコーヒーには砂糖とミルクが入っている。

「ショウゴさん……」
「何かな、ミラちゃん? もっとお砂糖入れる? コーヒー苦くない? 大丈夫?」
「えっと……、砂糖は大丈夫です。それより、ショウゴさんの方が辛そうなんですけど……だいじょうぶですか?」

 ミラちゃんの言葉は、歯切れが悪く、見るに耐えないものを見ている時のように、チラチラと俺を見ては、目を背けていた。と言うのも、俺の顔は腫れ上がり、まぶたは青く変色し、頭には積み重なるようにたんこぶが出来ていたからだ。

「ブハハハハッ、少しはいい面になったではないかショウゴ!! ブッ! 傑作じゃ!! ヒィ~、これほど見事なタコ殴りは、ドワーフの腕を持ってしても、彫刻には出来んわい!!」
「私が、冷やしてやろうかショウゴ? 私はお前の守護騎士だからな// きゃ」
「何その、セルフな看病システム。守護騎士が、主人を傷つけて、自分で甲斐甲斐しく看病してたら、世話ないよ」

 はぁ、口は災いの元だな。でもまぁ、喧嘩するほど何とやら。それぐらい、俺たちの結束は強まって来たのだろう。

「さてと、話は変わるけど。アントンさんには当分の間、二階の空き部屋に住んでもらおうと思っています。ミラちゃんは、このままカイの部屋というのは色々とまずいので、ティナとユリアの部屋で寝てもらいます」
「はい、ありがとうございます。でも、大丈夫です! カイなら安心だから」

 えっ、カイってそんなに草食なの? あれか? まだガキすぎて、たたないのか? とりあえず、この件はユリアに任せよう。

「ありがたいのぅ、ただショウゴの愛の巣に居座るのは気が引けるでの、ワシは家を勝手に建てるから、少しの間居候させてもらうだけでいいわい」
「そうですか……、わかりました。家ができるまで好きなだけ、居候してください」
「礼を言うぞ。それとだな、わし専用の酒蔵も造ろうと思うのじゃがいいかの?」
「もちろんですよ! 土地はいくらでもあるので、好きに建てちゃってください」

 おぉ! アントンさんの手によって、酒蔵の拡大を視野に入れることが出来るようになるなんて!! これは、嬉しい。となれば、様々なウイスキーの生産が可能になるのでは? アントンさんがこれから造るであろうウイスキーが詰まった樽と、俺のウイスキーをコンボさせたダブルカスク!

 夢は広がり、喉が鳴る! 楽しみだなぁ~。

「ほほっ、気前のいいことだ。そう言えばここら辺は、ショウゴの土地なのか?」
「えぇ、ここは俺の土地……なのか? いや、正確には俺の土地では無いですね。考えたこともなかったや」
「全く、お主は酒のことしか頭にないのだな」
「あははは、すみません」
「まぁ良いわ。問題が出てくる前に、貴族と話をつけるべきじゃぞ」
「はい、そうします」

 神様には、人里から離れててもいいからって、酒造りに最高の環境下に家を用意してもらったから、てっきり誰の土地でもないとか思ってたけど、そんなわけないよな。シールズ侯爵に機会があれば聞いてみよう。

「それじゃぁ、今日からはアントンさんは家造りと俺のウイスキー造りも手伝ってもらいます」
「うむ、望むところじゃ」
「ミラちゃんは、基本的に自由にしてもらっていいからね。何かあったら、カイとか家の誰かに聞けばいいから」
「はい、私はカイ君の義手造りを始めようと思います。その間で時間があれば、ショウゴさんのお酒造りを見学しても良いでしょうか? 私も、ショウゴさんみたいに、誰も造ったことが無いものを造りたいんです」
「う、うん。もちろんだよ、俺なんかから何かを盗めるのなら、いくらでもミラちゃんのものにして良いからね」
「あ、ありがとうございます!」

 なんというか、罪悪感が……。ウイスキーは別に俺が発明したものではない。だけど、ミラちゃんの大きなお目々で期待の眼差しを向けられると、否定しにくい。その上、否定したところで説明がめんどくさい。うん、ここは放置です。

 その時、アイテムBOXである巾着袋から、伝言の魔導書が飛び出してきた。そして、魔導書は勝手に広がると音声が聞こえてくる。

「ショウゴ、聞こえる?」

 どうやら、ユリアの声だった。この魔導書を使う時は、緊急の要件がある場合のみだ。俺は、少し顔をこわばらせながら、応答した。

「あぁ、聞こえるぞユリア。一体、どうしたんだ?」
「実はね、今、シールズ侯爵様の使者がお見えになってて、今すぐ城に来て欲しいって」
「え? シールズ侯爵が……分かった。今すぐ、そっちに向かうよ。あ、でもベッラはそっちにいるからすぐには向かえないかも」
「大丈夫だ、私がショウゴを担いでそちらに向かおう」
「え?」
「ティナが、そう言うなら大丈夫ね。それじゃ、伝えたからね」
「え?」
「ショウゴ、さ、私の背におぶさると良い。私は早いぞ? 振り落とされるなよ」
「え?」

 ティナは、そう言うと俺がおぶさりやすい様に、しゃがんでその広い背で待ち構えてくれたのだが……。
 俺の男としての沽券は、もうどこにも無いのだろうか……。
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