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第二章〜セカンドフィル〜
第二十八話「新たな関係」
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「ふぅ……、疲れた」
俺は、伯爵に最初通された部屋とは別の客間で寛いでいた。
この部屋には、ゴテゴテとした装飾品はあまりない。ただ、とても凄く良い部屋だ。部屋に入ると、テラスがある壁側は一面ガラス張りで、海を一望できる。今は夜だから、シャンデリアの光でよく見えない。それでも、部屋の灯りを消せば月明かりに照らされた海を見ることができるだろう。
「まるで、リゾートホテルのスイートだな」
部屋の色調は真っ白で、上品に金細工が施されている。カーテンや絨毯、ベッドの布は赤く、刺繍は金糸だった。常に、部屋の中に使用人が控えていて、落ち着かないと言う理由で下がってもらった。
「せっかくだ、寝る前に晩酌でもするか」
アイテムBOXから、お気に入りのグラスとウイスキーの入った酒瓶を取り出した。俺は、グラスに半分ほどウイスキーを注いだ。このウイスキーは、十二年もののシングルモルトウイスキーで、熟成期間としてはスタンダードなものになる。
俺はグラスを片手に、テラスに出てみた。
「最高の夜景だな……」
テラスの手すりに、肘をかけてアクアリンデルの灯がついた街と海を一望した。アクアリンデルの港は、円状の入江になっている。入江への入り口はとても狭く、両岸は断崖絶壁でそこに海門が設置されているのだ。その絶壁の頂上には、灯台が設置されていて、夜はその灯台から魔法の黄色い炎が絶え間なく、船を見守っている。
そして異世界の街でも、夜に灯がついている事は珍しくなかった。もちろん、東京の夜景に比べれば、電球と蛍ぐらい差はあれど、風に乗って聞こえる海の音と頬を撫でる潮風が、疲れた俺の心を十分に癒してくれた。
「ショウゴか」
不意に、少し遠い右隣から声が聞こえた。
そこには、白い軍服の上着を脱ぎ、タンクトップとズボン姿のティナが立っていた。ティナは、隣の部屋でタイミングよくテラスに出て来た様だった。その手には、愛用のレイピアを持っていた。
「ティナ、もしかして訓練かい?」
「ん、あぁ。そうだ、今日はシールズのせいでストレスが溜まったからな。気晴らしに素振りでも、と思ってな」
「ははははっ、今日は肝を冷やしたよ。侯爵と面識があったなら、先に俺に教えておいてよね」
「済まなかったな。昔と違って、冷静に振る舞えるつもりだったんだが、あの人を食った態度が、お前に向いたら、居ても立ってもいられなくなってな」
ティナは、少し罰が悪そうに頬を掻きながら、謝ってきた。
「怒ってはいないよ。いや、怒ってるかも。でもまぁ、俺もティナにみんなの前で酷い事したし、これでおあいこって事で」
俺はティナに向かって、グラスを掲げた。
「な!? それでは、私の方が損をしていると思うぞ!! だ、第一お前は、あの売女のことが……す、好きなのであろう。なぜ私にあのような真似を」
「……もう、戻るよ」
「あ、あぁ……おやすみ」
「おやすみ、ティナ」
俺は、部屋に戻りテラスの扉を閉めて、ウイスキーの入ったグラスを一気に呷った。その後も、ウイスキー樽を取り出して、少し荒れたように酒をグラスに注いでは、呷り、何かを払拭するように酒を飲んだ。
それでも、俺は酔えなかった。
「これだけ飲んでも、酔えないのか……酔えないって言うのも、案外辛いんだな。酔う様に、スピリタスでも造るか?アルコール度数九十八度、それくらいあればさすがに酔えるだろうな~~」
俺は、キングサイズのベッドに倒れ込んだ。ベッドの生地がひんやりしていて気持ちよかった。
俺は両手で、二回手を叩いた。すると、部屋の明かりが全て消えていく。メイドに教えてもらったことだ。
月明かりが、テラスから差し込んでくる。普段は、真っ暗じゃなきゃ寝れない俺も、疲れているせいか、どうでもよくなった。俺は目を閉じて、寝ようとした。
と、その時。部屋の扉が開く音がした。
「ショウゴ、もう寝たか?」
俺は、首を真上にあげて声のした正面を向いた。
声からして、半開きの扉からのぞいているのはティナだ。暗くてよく見えないが。
「どうしたの、ティナ? こんな夜遅くに」
「入っても、良いか」
ティナの声はいつもより、艶っぽくて少し震えている気がした。
「う、うん、どうぞ」
俺は、起き上がってベッドに腰をかけた。
彼女は、ゆっくりと入ってきて扉を閉めた。そしてその扉を背に、彼女は立ち止まった。彼女のシルエットの下半分を月明かりが照らし、上半分は暗がりの中だった。
俺は、彼女の照らし出された下半身を見た時、無意識のうちに生唾を飲んだ。いつもティナは、寝るときはショートパンツを履いている。だけど今日は、膝下までの紫色のネグリジェを着ている様だった。
「そ、そちらに行ってもいいか?」
「……うん」
こう言う時、どうすれば良い。だめだ、ただ、胸が高鳴って、何も考えられない。ただ、この先を見てみたいと、思ってしまう。
ティナは、いつもの堂々とした歩き方は見る影もなく、多少内股気味にこちらに歩いてきた。ティナが一歩前へ出るたびに、彼女のシルエットが月明かりに晒されていく。
ティナは、紫色のネグリジェをやはり、着ていた。しかも、スケスケである。彼女が物理的に、近くなる程に、俺の頭の中は真っ白になっていった。
「ス、ストップ!!!」
「え……」
彼女の顔に影が落ちる。俺は、一度欲望に負けて、承諾したにも関わらず、突然自分の中にある一線を感じとってしまった。
「あ、いや、その、違うんだ。ティナは、一体何の用で来たのかな」
俺は、ださいとは分かっていても、何とか誤魔化そうとした。すごい挙動不審だし、早口にもなってしまった。
「……用はない。ショウゴ、お前に会いに来たのだ」
「あっ、そう。用は、ないんだ。そっか、そうなんだね」
これ以上、言葉を繋げれなかった。分かっている……。彼女が何をしに来たかなんて、俺も中身はおっさんだ。そこまで綺麗な心は持ち合わせていない。き、気まずい。
「私では駄目なのか」
「っ」
やめてくれよ。
「私ではショウゴの女として、役不足なのか」
「ちがっ、あぁ、そんなんじゃなくて」
「やはり、あの売女だけが、お前の女なのか?」
「……」
「答えろ、ショウゴ!! 私に恥を掻かせて追い返すだけなど、許さんぞ!!」
ティナは、顔を赤く染め、瞳には怒りながらも涙を浮かべていた。そんな顔を見せつけられた俺は、瞬間的に彼女の胸の内を想像した。
そうだよ、な。据え膳食わねば男の恥……馬鹿! そうじゃない、そうじゃなくて……。
高潔なティナが、どんな思いで俺の部屋に来たのか。それだけは、短い付き合いでもわかる。恋心にあくせくする十九歳、そして短気で豪胆な武人でもあるティナなら、きっと、何時間も夜が深けるまで部屋の中をぐるぐる歩いていたに違いない。ふふっ、可愛いな。
そう考えたら、ふと柔らかい笑みが溢れてしまった。
「何を笑っている?」
その声色は今にも俺を殺したいと言わんばかりの怒りがこもっていた。
やべ、侮辱したと思われるよな。俺の馬鹿野郎。
「ごめん。ティナを笑ったわけじゃないんだ。分かった、あんまり思いを伝えるのは、得意じゃないんだけど、答えるから誠心誠意。だから、ここに座ってくれるティナ」
俺の心に、余裕ができた。さっきまでは、突然のハニートラップで頭が真っ白になって、ひどい仕打ちをしてしまった。それでも、今はもう大丈夫。ティナには、俺の気持ちを素直に伝えて、あとは彼女の判断に委ねよう。
仮に、それで彼女が俺のそばから離れてしまったとしても、悲しくはなるけど、恨みはしない。
「良いだろう」
ティナは、少し怒ったまま俺の隣に座ってくれた。ただ予想外なことに、ティナは俺との距離が、とても近いところに座った。それこそ肌と肌がくっつく程だ。それでお互いの心臓が跳ね上がったのを感じとった。俺が避けるわけにも行かない。そう思っていたら、彼女が人一人分離れてくれた。
俺は、ほっとした。
「そ、それで! 話というのは何なんだ////」
「あ、うん。まずね、ティナがいうユリアンヌは、俺の女じゃないよ」
「嘘を言うな。あの売女の為に、お前がブルガと戦ったのを知っているのだぞ」
「あーー、うん。ティナ、ユリアはもう売女じゃないよ」
俺は、ただ真っ直ぐティナを見つめて、それを訴えた。ティナの口は、モゴモゴと動いていたが、何かに気圧されるように口を一文字に閉めた。
「分かった」
素直なところが憎めないんだよな。
「うん、それでね。確かに、俺はユリアの事好きだったよ」
「……だった?」
「うん。もちろん今でも、ユリアの事が好きだよ。でもね、彼女はもう俺の部下で守るべき存在なんだ。もうお金で、彼女を買うことは無くなったんだよ。そしたらさ、なんていうか、当たり前と言えば、当たり前なんだけどね」
「な、なんだその煮え切らない態度は」
「ごめんな、俺、こう言うことは口下手なんだ。だからさ、ティナもユリアも、もう俺の掛け替えのないビジネスパートナーだからさ。恋愛感情を持って、接し難いんだよ」
嘘は言っていないし、これは俺の本心だ。お金で彼女たちを雇っている以上、彼女たちに手を出すなんて、まるで悪代官だ。それに、ユリアに関しては今年で十六歳の少女だ。彼女が娼婦の時も、少なからず罪悪感があったのに、今では堅気の女性で、もう色々とそう言う目で見れなくなっていた。
確かに一時期は、彼女に惚れていた。でもそれは、娼館の中での話で、外の世界での俺とユリアはまだ始まったばかりだ。それに比べたらティナは、一番俺のそばにずっといてくれた。年齢だって、見た目二十歳の俺からしたら一つ下でお似合いかもしれない。
「それは、私がお前に雇われているから、お前が余計な事を考えてしまうという事か?」
ティナの雰囲気が変わった。彼女の心の何かが、吹っ切れたみたいに表情が軽くなり、何か大きな気持ちが動いているようだった。
俺は、彼女のその何かに気圧された。
「え、う、うん。そうだね、形式上は僕が立場的に上だし、ケジメはつけたいよね」
「そうか、なら答えは一つしかあるまい」
ティナは、立ち上がって、ベッドに腰掛けた俺の前に堂々と立ちはだかった。そして、片膝をつき、彼女は跪いたのだ。右手を胸に当て、真っ直ぐと俺の瞳をみてくる。
その白銀の髪は月明かりによって煌めき、金色の目は輝きを増していた。そして澄んだ声で、彼女は宣言した。
「今をもって、私は貴様との警護に関する契約を一方的に破棄する。そして、剣士ファウスティーナは、貴様に我が剣を捧げ、この身が朽ちるその時まで、貴様のその身に降り掛かる、一切の災いを振り払う事を誓う」
「だめだよ、ティナ」
剣士が、剣を捧げる。どんな意味があるのかは、正直わからない。それでも、それがティナにとって大事なことだけは、俺の全身に伝わってきた。
「だめじゃないさ、ショウゴ。お前の誠意、確かに聞き届けた。その上で、私はお前と対等になりたいのだ。そうでなければ、振り向いてくれないのであろう?」
「そうだけど、俺にそんな価値はないよ」
俺は自然とそう口にしてしまった。
「あるさ。そう私が決めたのだ。お前が何と言おうと、私にとってのショウゴを決めるのは、他の誰でもない私だけだ。私はお前に出会えた事を、いま、心から剣神に感謝している。私の道の先に、ショウゴがいた事で、どれだけ孤独だった、私が救われたか。お前には分かるまい。お前がこの先、誰と寝ようと私は貴様の剣であり続けよう。そして、もし私に運があるならば、その時私をお前の女にしてくれないか」
「……っ、っ、ぅぅ」
「なんだ、泣いているのか」
こんなのずるいだろ。不意打ちにも程がある。誰かに、こんなに真っ直ぐな想いを、ぶつけられた事はない。それにこれじゃぁ、いつまで立っても男である俺の立つ背がないよ。
「な、泣いてない。嬉しいだけだよ、ティナ」
「そうか、なら我が剣を受けてくれるか」
「後で後悔しても、知らないからな」
「構わない、感情だけで決めた事ではないからな。その時は、それまでだったということだ」
俺は立ち上がり、ティナの肩を両手で引き上げた。そして彼女を今度は、純粋な気持ちで抱きしめた。ティナの心臓は、力強く大きな音を鳴らしていて、その高揚感が伝わってきた。
俺は、いつもながら彼女を見上げて、承諾した。
「これからもよろしく頼むよ、我が剣士ファウスティーナ」
「あぁ、任せろ。我が主人、ショウゴ」
彼女と俺は、一緒にベッドで横になり、今日あった出来事やティナとシールズの出会いとか色んな話をした。それは、お互いが眠りにつくまで続いたんだ。
俺は、伯爵に最初通された部屋とは別の客間で寛いでいた。
この部屋には、ゴテゴテとした装飾品はあまりない。ただ、とても凄く良い部屋だ。部屋に入ると、テラスがある壁側は一面ガラス張りで、海を一望できる。今は夜だから、シャンデリアの光でよく見えない。それでも、部屋の灯りを消せば月明かりに照らされた海を見ることができるだろう。
「まるで、リゾートホテルのスイートだな」
部屋の色調は真っ白で、上品に金細工が施されている。カーテンや絨毯、ベッドの布は赤く、刺繍は金糸だった。常に、部屋の中に使用人が控えていて、落ち着かないと言う理由で下がってもらった。
「せっかくだ、寝る前に晩酌でもするか」
アイテムBOXから、お気に入りのグラスとウイスキーの入った酒瓶を取り出した。俺は、グラスに半分ほどウイスキーを注いだ。このウイスキーは、十二年もののシングルモルトウイスキーで、熟成期間としてはスタンダードなものになる。
俺はグラスを片手に、テラスに出てみた。
「最高の夜景だな……」
テラスの手すりに、肘をかけてアクアリンデルの灯がついた街と海を一望した。アクアリンデルの港は、円状の入江になっている。入江への入り口はとても狭く、両岸は断崖絶壁でそこに海門が設置されているのだ。その絶壁の頂上には、灯台が設置されていて、夜はその灯台から魔法の黄色い炎が絶え間なく、船を見守っている。
そして異世界の街でも、夜に灯がついている事は珍しくなかった。もちろん、東京の夜景に比べれば、電球と蛍ぐらい差はあれど、風に乗って聞こえる海の音と頬を撫でる潮風が、疲れた俺の心を十分に癒してくれた。
「ショウゴか」
不意に、少し遠い右隣から声が聞こえた。
そこには、白い軍服の上着を脱ぎ、タンクトップとズボン姿のティナが立っていた。ティナは、隣の部屋でタイミングよくテラスに出て来た様だった。その手には、愛用のレイピアを持っていた。
「ティナ、もしかして訓練かい?」
「ん、あぁ。そうだ、今日はシールズのせいでストレスが溜まったからな。気晴らしに素振りでも、と思ってな」
「ははははっ、今日は肝を冷やしたよ。侯爵と面識があったなら、先に俺に教えておいてよね」
「済まなかったな。昔と違って、冷静に振る舞えるつもりだったんだが、あの人を食った態度が、お前に向いたら、居ても立ってもいられなくなってな」
ティナは、少し罰が悪そうに頬を掻きながら、謝ってきた。
「怒ってはいないよ。いや、怒ってるかも。でもまぁ、俺もティナにみんなの前で酷い事したし、これでおあいこって事で」
俺はティナに向かって、グラスを掲げた。
「な!? それでは、私の方が損をしていると思うぞ!! だ、第一お前は、あの売女のことが……す、好きなのであろう。なぜ私にあのような真似を」
「……もう、戻るよ」
「あ、あぁ……おやすみ」
「おやすみ、ティナ」
俺は、部屋に戻りテラスの扉を閉めて、ウイスキーの入ったグラスを一気に呷った。その後も、ウイスキー樽を取り出して、少し荒れたように酒をグラスに注いでは、呷り、何かを払拭するように酒を飲んだ。
それでも、俺は酔えなかった。
「これだけ飲んでも、酔えないのか……酔えないって言うのも、案外辛いんだな。酔う様に、スピリタスでも造るか?アルコール度数九十八度、それくらいあればさすがに酔えるだろうな~~」
俺は、キングサイズのベッドに倒れ込んだ。ベッドの生地がひんやりしていて気持ちよかった。
俺は両手で、二回手を叩いた。すると、部屋の明かりが全て消えていく。メイドに教えてもらったことだ。
月明かりが、テラスから差し込んでくる。普段は、真っ暗じゃなきゃ寝れない俺も、疲れているせいか、どうでもよくなった。俺は目を閉じて、寝ようとした。
と、その時。部屋の扉が開く音がした。
「ショウゴ、もう寝たか?」
俺は、首を真上にあげて声のした正面を向いた。
声からして、半開きの扉からのぞいているのはティナだ。暗くてよく見えないが。
「どうしたの、ティナ? こんな夜遅くに」
「入っても、良いか」
ティナの声はいつもより、艶っぽくて少し震えている気がした。
「う、うん、どうぞ」
俺は、起き上がってベッドに腰をかけた。
彼女は、ゆっくりと入ってきて扉を閉めた。そしてその扉を背に、彼女は立ち止まった。彼女のシルエットの下半分を月明かりが照らし、上半分は暗がりの中だった。
俺は、彼女の照らし出された下半身を見た時、無意識のうちに生唾を飲んだ。いつもティナは、寝るときはショートパンツを履いている。だけど今日は、膝下までの紫色のネグリジェを着ている様だった。
「そ、そちらに行ってもいいか?」
「……うん」
こう言う時、どうすれば良い。だめだ、ただ、胸が高鳴って、何も考えられない。ただ、この先を見てみたいと、思ってしまう。
ティナは、いつもの堂々とした歩き方は見る影もなく、多少内股気味にこちらに歩いてきた。ティナが一歩前へ出るたびに、彼女のシルエットが月明かりに晒されていく。
ティナは、紫色のネグリジェをやはり、着ていた。しかも、スケスケである。彼女が物理的に、近くなる程に、俺の頭の中は真っ白になっていった。
「ス、ストップ!!!」
「え……」
彼女の顔に影が落ちる。俺は、一度欲望に負けて、承諾したにも関わらず、突然自分の中にある一線を感じとってしまった。
「あ、いや、その、違うんだ。ティナは、一体何の用で来たのかな」
俺は、ださいとは分かっていても、何とか誤魔化そうとした。すごい挙動不審だし、早口にもなってしまった。
「……用はない。ショウゴ、お前に会いに来たのだ」
「あっ、そう。用は、ないんだ。そっか、そうなんだね」
これ以上、言葉を繋げれなかった。分かっている……。彼女が何をしに来たかなんて、俺も中身はおっさんだ。そこまで綺麗な心は持ち合わせていない。き、気まずい。
「私では駄目なのか」
「っ」
やめてくれよ。
「私ではショウゴの女として、役不足なのか」
「ちがっ、あぁ、そんなんじゃなくて」
「やはり、あの売女だけが、お前の女なのか?」
「……」
「答えろ、ショウゴ!! 私に恥を掻かせて追い返すだけなど、許さんぞ!!」
ティナは、顔を赤く染め、瞳には怒りながらも涙を浮かべていた。そんな顔を見せつけられた俺は、瞬間的に彼女の胸の内を想像した。
そうだよ、な。据え膳食わねば男の恥……馬鹿! そうじゃない、そうじゃなくて……。
高潔なティナが、どんな思いで俺の部屋に来たのか。それだけは、短い付き合いでもわかる。恋心にあくせくする十九歳、そして短気で豪胆な武人でもあるティナなら、きっと、何時間も夜が深けるまで部屋の中をぐるぐる歩いていたに違いない。ふふっ、可愛いな。
そう考えたら、ふと柔らかい笑みが溢れてしまった。
「何を笑っている?」
その声色は今にも俺を殺したいと言わんばかりの怒りがこもっていた。
やべ、侮辱したと思われるよな。俺の馬鹿野郎。
「ごめん。ティナを笑ったわけじゃないんだ。分かった、あんまり思いを伝えるのは、得意じゃないんだけど、答えるから誠心誠意。だから、ここに座ってくれるティナ」
俺の心に、余裕ができた。さっきまでは、突然のハニートラップで頭が真っ白になって、ひどい仕打ちをしてしまった。それでも、今はもう大丈夫。ティナには、俺の気持ちを素直に伝えて、あとは彼女の判断に委ねよう。
仮に、それで彼女が俺のそばから離れてしまったとしても、悲しくはなるけど、恨みはしない。
「良いだろう」
ティナは、少し怒ったまま俺の隣に座ってくれた。ただ予想外なことに、ティナは俺との距離が、とても近いところに座った。それこそ肌と肌がくっつく程だ。それでお互いの心臓が跳ね上がったのを感じとった。俺が避けるわけにも行かない。そう思っていたら、彼女が人一人分離れてくれた。
俺は、ほっとした。
「そ、それで! 話というのは何なんだ////」
「あ、うん。まずね、ティナがいうユリアンヌは、俺の女じゃないよ」
「嘘を言うな。あの売女の為に、お前がブルガと戦ったのを知っているのだぞ」
「あーー、うん。ティナ、ユリアはもう売女じゃないよ」
俺は、ただ真っ直ぐティナを見つめて、それを訴えた。ティナの口は、モゴモゴと動いていたが、何かに気圧されるように口を一文字に閉めた。
「分かった」
素直なところが憎めないんだよな。
「うん、それでね。確かに、俺はユリアの事好きだったよ」
「……だった?」
「うん。もちろん今でも、ユリアの事が好きだよ。でもね、彼女はもう俺の部下で守るべき存在なんだ。もうお金で、彼女を買うことは無くなったんだよ。そしたらさ、なんていうか、当たり前と言えば、当たり前なんだけどね」
「な、なんだその煮え切らない態度は」
「ごめんな、俺、こう言うことは口下手なんだ。だからさ、ティナもユリアも、もう俺の掛け替えのないビジネスパートナーだからさ。恋愛感情を持って、接し難いんだよ」
嘘は言っていないし、これは俺の本心だ。お金で彼女たちを雇っている以上、彼女たちに手を出すなんて、まるで悪代官だ。それに、ユリアに関しては今年で十六歳の少女だ。彼女が娼婦の時も、少なからず罪悪感があったのに、今では堅気の女性で、もう色々とそう言う目で見れなくなっていた。
確かに一時期は、彼女に惚れていた。でもそれは、娼館の中での話で、外の世界での俺とユリアはまだ始まったばかりだ。それに比べたらティナは、一番俺のそばにずっといてくれた。年齢だって、見た目二十歳の俺からしたら一つ下でお似合いかもしれない。
「それは、私がお前に雇われているから、お前が余計な事を考えてしまうという事か?」
ティナの雰囲気が変わった。彼女の心の何かが、吹っ切れたみたいに表情が軽くなり、何か大きな気持ちが動いているようだった。
俺は、彼女のその何かに気圧された。
「え、う、うん。そうだね、形式上は僕が立場的に上だし、ケジメはつけたいよね」
「そうか、なら答えは一つしかあるまい」
ティナは、立ち上がって、ベッドに腰掛けた俺の前に堂々と立ちはだかった。そして、片膝をつき、彼女は跪いたのだ。右手を胸に当て、真っ直ぐと俺の瞳をみてくる。
その白銀の髪は月明かりによって煌めき、金色の目は輝きを増していた。そして澄んだ声で、彼女は宣言した。
「今をもって、私は貴様との警護に関する契約を一方的に破棄する。そして、剣士ファウスティーナは、貴様に我が剣を捧げ、この身が朽ちるその時まで、貴様のその身に降り掛かる、一切の災いを振り払う事を誓う」
「だめだよ、ティナ」
剣士が、剣を捧げる。どんな意味があるのかは、正直わからない。それでも、それがティナにとって大事なことだけは、俺の全身に伝わってきた。
「だめじゃないさ、ショウゴ。お前の誠意、確かに聞き届けた。その上で、私はお前と対等になりたいのだ。そうでなければ、振り向いてくれないのであろう?」
「そうだけど、俺にそんな価値はないよ」
俺は自然とそう口にしてしまった。
「あるさ。そう私が決めたのだ。お前が何と言おうと、私にとってのショウゴを決めるのは、他の誰でもない私だけだ。私はお前に出会えた事を、いま、心から剣神に感謝している。私の道の先に、ショウゴがいた事で、どれだけ孤独だった、私が救われたか。お前には分かるまい。お前がこの先、誰と寝ようと私は貴様の剣であり続けよう。そして、もし私に運があるならば、その時私をお前の女にしてくれないか」
「……っ、っ、ぅぅ」
「なんだ、泣いているのか」
こんなのずるいだろ。不意打ちにも程がある。誰かに、こんなに真っ直ぐな想いを、ぶつけられた事はない。それにこれじゃぁ、いつまで立っても男である俺の立つ背がないよ。
「な、泣いてない。嬉しいだけだよ、ティナ」
「そうか、なら我が剣を受けてくれるか」
「後で後悔しても、知らないからな」
「構わない、感情だけで決めた事ではないからな。その時は、それまでだったということだ」
俺は立ち上がり、ティナの肩を両手で引き上げた。そして彼女を今度は、純粋な気持ちで抱きしめた。ティナの心臓は、力強く大きな音を鳴らしていて、その高揚感が伝わってきた。
俺は、いつもながら彼女を見上げて、承諾した。
「これからもよろしく頼むよ、我が剣士ファウスティーナ」
「あぁ、任せろ。我が主人、ショウゴ」
彼女と俺は、一緒にベッドで横になり、今日あった出来事やティナとシールズの出会いとか色んな話をした。それは、お互いが眠りにつくまで続いたんだ。
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太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
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