異世界酒造生活

悲劇を嫌う魔王

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第二章〜セカンドフィル〜

第二十三話「密造酒を造ろう 下」

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「へぇ、結構でかい工場だなぁ。だけど、もう少し掃除したほうがいいぞ?」
「はぁ?どこのエール工場も、大体こんなもんだろうが」
「うぇ、マジかよ。俺もう、エール飲めないかも」

 さすが、中世ヨーロッパ世界といった所だろうか、衛生観念が無さすぎるぞ。工場の床は、もちろんコンクリートではなく地面が剥き出しで、所々雑草が生えているところもあった、木の壁には穴が空いていて、ネズミが出入りをしている。

 しかも、麦汁の甘い香りに誘われて、小虫がぶんぶん飛んでいる。この分だと、大麦を発酵させる木桶の中は、小虫の温床だろうな。

 工場の最奥には、エールの原料である収穫された麦が山積みにされていて、そこで十日程かけて麦芽にする。その麦芽を、粉砕して麦汁を造るわけだが、どうやらここでは大きな石臼を手動で動かして、粉砕しているようだ。

「清潔感は皆無だけど、結構しっかり造ってんじゃん。ゴロツキの癖して、真面目に働いてんだなぁ」
「当たり前だ! 大事なシノギだからな。ふざけた奴には、焼を入れてわからせるのさ」

 ブルガは、自慢の岩のような拳を見せて言った。そりゃ、誰だってあんな拳は貰いたくないわな。見た感じ、かなりボロい工場だが、この分なら蒸留酒造りは問題なく進むんじゃないかな。

「一番安い、穀物とかあるか?」
「あぁ? なんでまたそんな事を聞くんだ?」
「蒸留酒はエールと違って、原料は別に何でもいいんだよ。だから、原料費を考えたら、大麦より安い穀物があれば、それが一番いいだろ」

 俺が、そうやって話していると、ブルガの目が見開かれていくのが分かった。

「おい! それはマジな話なのかよ?!」

 ブルガが、急に俺の肩を鷲掴みにして揺らすもんだから、頭が激しく揺れた。

「お、おう、本当だからもう揺らさないでくれ」

 俺は案の定、その場でゲロってしまった。マジで歩く凶器だなこいつの腕力は……。すると、そこへブルガが見覚えのあるような無いような、穀物を持ってきた。

「なんだよ、これ」
「モロッコだ。知ってるだろ?」
「知らないよ、なんだよこれ」
「一度くらい食った事ないのかよ、平民の俺たちにとっちゃ命綱にも等しい作物さ」
「へぇ」

 そう言われて、渡された作物は、野球ボールサイズの丸くて黄色い穀物だった。ぱっと見は、丸いとうもろこしだ。

「これが、大麦より安いのか?」
「あぁ、味は悪いし、腹にはたまらないが、救荒作物なんだよ。ただな、最近はこの辺の大麦は豊作が続いていてな。食卓に、パンが溢れちまってモロッコが売れなくなった。そのせいでモロッコ農家どもは、借りてる土地代を払うだけで、一杯一杯になってんだよ」
「なるほど、つまりこいつは痩せた土地でも収穫が期待できる作物ってわけだな」
「あぁ」

 痩せた土地を借りて救荒作物を作ったところで、自分たちの腹は膨れても、売れなくなっちまえば、痩せた土地で他の作物は育たない。そんな土地を高値で、貴族たちが貧困層に貸しているんだろう。そしてその貧困層で、組織されている<三頭蛇>の親玉としては、渡りに船か。

「意外と面倒見がいいんだな、お前」
「けっ、ウルセェな それでどうなんだよ、モロッコで酒は作れんのか?」

 ブルガは照れ隠しで鼻を手で擦り上げるような動作をしてみせた。

「まぁ、待てって」

 俺は確認しないといけない事を確かめた。モロッコをそのまま生で食べてみると、微かにではあるが甘みがあった。酵母は、糖分を栄養にして、アルコールと二酸化炭素を生成する。穀物に糖がないと、大変なわけだ。

「うん、これだったら何とかなるだろうな。一つ貸しだぞ、ブルガ」
「ちっ、分かったよ」
「よっし、原料はこれでいいとして、あと必要なのは砂糖と道具だ。用意できそうか?」
「砂糖は、どれぐらい必要なんだ?」
「一つの木桶に対して、最低でもバケツ一杯は欲しいかな」
「うーん、それぐらいなら何とかなるだろう。幸運なことに、ここは港町だからな各地から砂糖が集まってくる。道具は、ここのを併用して使うとしよう」
「あぁ、それで良いんじゃないか」

 本当は、もっと砂糖が欲しいところだが、平民階級が砂糖を用意できる事は、まずありえないことだ。日々の生活が苦しいのに、白い砂金とも呼ばれている砂糖を用意することは、年に一回あるかないかだろう。

 まぁ、原料費が浮いた分で何とか砂糖を用意してもらわないと困る。蒸留酒の原料になる麦汁のアルコールの強さは、砂糖の量に直結するからだ。そしてそこから、アルコールを抽出するにしても、蒸留器はガラクタに等しく、何度も蒸留したところで、効果が薄くなる。そういう時は、元の麦汁のアルコール度数をあげるしかない。

「もし実現すれば、ワインより強い酒精を持った酒になるはずだぜ」
「本当かよ! そうなりゃ、すげーシノギになるぜ! しかも合法だ! あんなにクソ野郎だと思っていたお前が、今じゃ福の神になろうとしてるな? こりゃぁ、何の冗談だよガハハハハハッ!!」

 俺は、お前に絡まなければそれでいいよ。あはははっ。それに、蒸留酒が庶民に根付くことができれば、俺の酒も多くの人に行き渡ることになる。何といっても、俺の酒は格が違うからな。

 ブルガに造らせようとしているのは、前世でいう密造酒だ。味ははっきりいって低品質だし、ひどい二日酔いだってする。それでも、何といっても安い、その為に前世でいう現代でも、海外では多くの人が、密造酒を求めていたくらいだ。

「なんか、酒造りたくなってきたから帰るわ。蒸留器が出来上がったら、また呼んでくれや」
「あぁ、わかった。その時は、必ず呼ぶぜ」

 俺は、入ってきた入り口から、工場を後にした。すると、工場の前に豪華な馬車が停まっていた、馬は真っ青な地竜で、馬車も青を基調にしたものだった。アーネット子爵の馬車じゃないな。紋章が違う。この紋章は一体?その紋章は、竜の顔を模していて、その鉤爪には船の錨が握られていた。

 そして、その馬車から知った人物が降りてきた。

「アーネット子爵」

 ブルガと一度俺の店に訪れた貴族だ。貴族だけあって、真っ白なお下ろしたてのようなシャツに、茶色のチェック柄パンツを履いてのご登場だ。この暑い夏らしい服装だった。陽光に照らされた、彼の橙色の髪の毛と顎髭は綺麗に切り揃えられていた。

「やぁ、ショウゴ。悪いが、一緒に来てくれるか?シールズ侯爵が君をお呼びなんだ」

 本当は、断りたいところだが、周りを囲む青色の地竜に乗った騎士を見るに、選択肢はないようだった。

「わかりました」

 俺は承諾して、馬車に乗り込もうとした、すると子爵が空を見上げて大きな声を出した。

「そんな所にいないで、君も一緒に乗ったらどうかね?」

 誰に向かって、言っているんだ? そう思っていると、黒いローブに身を包んだ人間が工場の屋根から降りてきた。

「うわ」

 思わず、声を上げて驚いてしまった。その人は、ローブを外して素顔を現した。

「ティナ! こんなところで、何してるの?」
「お前の護衛に決まっているだろう。あの薄らバカと二人きりなにして置けるものか! お前もお前だ! 出かける時は、一声私に声をかけろ!」

 おぉ、随分とご機嫌斜めだ。そういえば、ユリアとの喧嘩のフォローもまだだった。あ、なんか頭痛がしてきた……。

「ごめんよ、ティナ。次から気をつけるよ」
「ふっ」

 彼女は、腕組みをして仁王立ちになってしまった。

「さて、話は済んだかな?」
「はい、お見苦しいところをお見せしました」
「いやいや、構わないとも私も貴重なものを見させてもらったよ。まさか、平民の君が、この王国の5本の指に入ると言われた、狂姫をここまで手懐けているとはね」

 狂姫と聞いて、ティナは鋭い殺気を子爵に飛ばした。すると、周りの青い重鎧を身につけている騎士たちが一斉に、剣の柄に手をかけた。それを、子爵が手で制する。騎士たちは、剣の柄から手を離した。

 俺も、ティナの手を握った。すると彼女の、褐色の頬が心なしか赤みを帯びた。

「ティナ、だめだよ。さ、行こう」
「……」

 彼女は無言の抵抗をしてきたが、俺が手を引くと素直に馬車に乗ってくれた。
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