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第一章〜ファーストフィル〜
第十九話「その女、娼婦につき Fin」
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真夏の日差しが、砂埃舞う大通りを照らしていた。まるで、カウボーイの決闘直前みたいな雰囲気だ。ブルガと俺は、道のど真ん中で睨み合った。
「よく来たな。酒野郎」
「テメェこそ、よくも無関係な人間巻き込みやがったな」
「あぁ? 俺の女をどうしようと、俺の勝手だろ」
いやだめだろ。物じゃ無いんだぞ。こいつにそう言っても、無意味だわな。女使って飯食ってるわけだし。
「……まぁ良い。ブルガ、俺とタイマン張れや」
ブルガは目を少し丸くした。まさか、みるからに貧弱そうな俺からこんな言葉が出るとは、夢にも思わなかったのだろう。それもそうだ、荒っぽい事は全部ティナさんに任せてたからな。こうなると、つくづく女の子に守られてた俺って……。
「この野郎……。テメェが俺に喧嘩で勝てると、本気で思ってるのか?」
ブルガは、自分が舐められてると思ったのか。こめかみに青筋をたて、岩のような拳を握りしめた。
おいおい、分かっちゃいたけど沸点低すぎるだろ。ここは、気迫で一旦抑え付けるしかないな。
「勝てるわけないだろ!!」
自分から言い出しても何だが、ここは毅然と否定しておく。誰が、お前みたいなボディビルダーと殴り合いしたいんだよ。俺は大晦日にだって、ボクシングじゃなくて紅白派だ。
ブルガは、あまりの俺の堂々とした言いっぷりに、気が抜けたようだった。
「はぁ」
「そう直ぐに拳作んなよ。なぁ腹割って、話そうや。そうだなぁ、ちょっと待てよ。確か、あったあった。こんなこともあろうかと、机を用意してたんだ。」
そう言って俺は、腰に付けてるいつもの紫色の巾着袋から、机と酒瓶、タンブラーを取り出した。ちゃちな袋から、次々と物を出している俺を見て、ブルガは予想外の出来事に若干気圧されていた。
「お、おい、そりゃ伝説のアイテムBOXじゃねぇか。」
「あぁ、そうだよ。この際だ、もう隠してたってしょうがねぇだろ。どうだい、俺の勝負に勝てばこれもくれてやるよ。」
街の顔役連中と付き合っていくんだ、もうアイテムBOXの存在くらいどうにでもなれ。何ならくれてやるよ。彼女の安全の為なら、惜しくも何ともない。それに、これからの勝負でお前が勝つことは、万に一つもないからな。
「……良いだろう。何で勝負する気だ。」
「そりゃおめぇ、酒に決まってんだろ。勝負で負けた方が、酒を飲んで相手の質問に真実を返す。簡単だろ」
これも前世でよく流行っていた奴だ。BARでお近づきになりたい女の子とか、親友の隠し事を探る時なんかに使うゲームだ。まぁ、俺にとっては必敗のゲームだったけど、神様のくれたこの肝臓があれば大丈夫だろ。
「へっ、テメェはどこまでも酒なんだな」
「当たり前だ、酒職人だからな。いつまでも、お前みたいなヤクザもん相手にしてられっかよ。どうすんだ、この勝負受けるのか、受けないのか、どっちなんだい?」
ブルガは、腕を組みニヤッと笑った。
「やってやるよ。すっかり、お前に毒されちまったみたいだ。だが、言っておくぜ。俺は、相当いける口だ」
なるほど、後ろの子分達の勝利を確信したような表情を見るに、ブルガも酒には強いみたいだな。だけど、その自信はどうでも良いんだよ。本当の狙いは、和解にあるんだからな。
「へぇ、そりゃぁ楽しみだ。俺は生まれてこの方、限界まで飲んだことが無いんだよ。がっかりさせるなよ」
「で、勝負は一体なんなんだ」
「そりゃ、決まってるさ。--」
ブルガと俺のアクアリンデルの裏社会頂上決戦が始まった。その様子を、奴の子分と娼婦のお姉さんが見守っていた。そしてその呟きは、俺のところまで聞こえてくる。
「裏社会の頂上決めるって言うのに、まさか子供のお遊びで決めるとはな」
「一体、親分は何考えてるんだ?」
「ふふふっ、本当に酒の旦那はどこまでも面白い人だよ」
みんなが呆れ果てたり、若干一名は楽しんでくれているようで良かった。そう俺が、奴とのゲームに選んだのは、誰もが知っているあの……。
「「最初は、グー、じゃんけんぽん!!」」
「くっ、また負けた。テメェ、イカサマこいてんじゃねぇだろうな?!」
すでにブルガは、十連敗を喫しっていた。そして飲んだウオッカの量は、二升を超えている。酒に強い自信があるだけあるぜ、こいつ。普通の人間だったら、急性アル中であの世行きだ。ちなみに俺は、まだ一度も負けてなかった。
馬鹿なやつだ。お前みたいな単細胞、グーかパーしか出さないって相場が決まってるんだよ。
「バーカ、じゃんけんにイカサマもクソもあるかよ。ほら飲めよ。」
「ちっ」
勝負に使っているタンブラーは、鉄製で三合は入る代物だ。アルコール度数六十度はあるウオッカを、奴は軽々と胃に流し込んでいく。今の俺なら容易だが、見ているだけで胸焼けを起こしそうだ。
それでも、さしもの大酒豪ブルガも酔っ払い始めていた。交渉を始めるには、ちょうど良い頃合いだろう。
「それじゃぁ、そろそろ本題だ。お前、薬に変わるシノギがあれば文句ねぇだろ?」
「あぁ? 何当たり前なこと言ってんだ」
ブルガは、赤くなった顔をその手で覆いながらそう言った。
「そうか、なら新しいシノギがあれば、俺に噛み付いてこないんだな?」
「だから、寝ぼけたこと言ってんじゃねぇ!! そんなんあったら、苦労しねぇんだよ!!」
酔っ払っても、短気なのは変わらないのな。いや、酔っ払うと短気になるのが普通か? まぁいいや、ブルガにシノギを提供してやろう。野犬は、腹さえ一杯なら襲ってこないからな。それは人も同じことだ。
「俺の酒、造らせてやるよ」
「はぁ?! お前の酒って、そしたらお前はどうするんだよ。金の卵を手放すなんて、聞いたことないぞ」
金の卵ねぇ……。ブルガは、分かっていない。俺には、蒸留酒なんて金の卵じゃ無いんだ。せいぜい、銅だな。それに、お前に教える蒸留酒は、せいぜい鉄だな。まさか、俺の家の単式蒸留器を使わせるわけにはいかないからな。
お前に教えるのは、世は密造酒時代!! ふふふっ、その時代に生まれた蒸留器で造られた酒なら、俺のウイスキーの脅威にはなり得ない。ま、でもここはとりあえず条件を出して、それらしく高値で売り払う演技をしておこう。これは彼女を解放するチャンスでもあるからな。
「あぁ、だからタダじゃない。二つ条件がある」
「聞くだけ聞いてやろうじゃねぇか」
酔ってる酔ってる。こういう時、人の心のガードは下がりやすいんだよなぁ。まぁ酔われすぎて、全部忘れられちゃ困るんだが。
「俺は、ブルガに今飲んでる蒸留酒の造り方を教授するし、軌道に乗るまで相談も受けよう。その代わり、この街でシャブを売るのはやめてもらう」
「そんな事か、別に良いぜ。どうせ、子爵の野郎にも睨まれ始めたしな。それで、二つ目は?」
やけにあさっりだな、まぁでもこいつも、ゲームの中で、この街のスラム街で生まれ育ったとか言ってたし、この街を愛してるとも言ってたから。あながち、薬で街がだめになるのが嫌だったのかもな。
憶測だけど、アーネット子爵が言っていた火の粉って、ブルガの資金源を取り上げるって事だったのかもな。それでブルガは、躍起に俺の息の根を止めようとしていた。そう考えれば、筋が通るな。なら、これ以上の追求は必要ない。一番大事なことを、飲んでもらわないとな。
「あの女は俺が貰う。二度と手を出すな」
「ッ ……旦那ぁ」
そう聞いた、娼婦のお姉さんは、顔を赤くして泣いていた。喜んで……いるのかな。そうだと良いんだが、なんか俺まで恥ずかしくなってきた。勢いで言っちゃったけど、冷静になって考えてみると本当にブルガの女だったらどうしよう!!
それって凄い恥ずかしい! 消しゴム拾ってくれただけでこの女俺の事が好きなんだ! って勘違いしてた小学生の時の俺ぐらい恥ずかしい!
そんな俺の不安もよそに、ブルガはニヤニヤして俺のことを見てくる。ったく何笑ってんだよ、あの娼館街全部お前がケツ持ちだろう? お前が首を縦に振れば娼館のオーナーも嫌とは言えないんだから早く答えてくれ。
「お前も好きだなぁ、娼婦のどこがそんなに良いんだか。まぁ、別に良いぜ。新しいシノギがあれば、商売女の一人ぐらい安いもんだ」
ブルガが、全部の要求を飲んでくれて、ホッとした。なら、さっさとここからおさらばしたいよ。
「よし、交渉成立だな」
「待てよ。俺からも条件がある」
うっ、そうだよな。ブルガにも言い分があって、然るべきなことを忘れていた。
「なんだよ」
「お前の取り分はなしだ。俺達が造った酒で売り上げた金は、全部俺たちのものだ」
あぁ~~ね。そんな事か、まぁ確かに酒の造り方を教えるのは俺だしな。俺がその利益を欲しがるのは、当たり前と言えば当たり前。けど、そんな金に興味はない。俺はただ、この街で理想のウイスキーをみんなに飲んでもらいたいだけだから。
「はっ、当たり前だろ。構わないぜ、俺はお前らみたいな馬鹿に、絡まなければそれでいい」
「ふっ、馬鹿はどっちだよ。商人のくせに、欲のねぇやろうだな」
「うるせぇ! 俺は静かに酒を造れればそれで良いんだよ。それじゃ、これで交渉成立だな」
「あぁ、一先ずはな」
お互いの腹の探り合いが、無事に終わり空気が弛緩する。そこへ、飛び込んでくる女性の姿があった。
「旦那ぁぁぁあああ!!」
「おっと! んっんん……プハァ! 怪我は、痛くありませんか?」
娼婦のお姉さんだ。やたら、激しいキスをサービスしてくれた。良かった……俺の対応は彼女にとって喜ばしいことだったんだ、本当に良かった。この年で、勘違いを暴走させてたら、正直、墓に入りたくなっていた。
でも、そんな不安は杞憂だった。彼女の晴れやかな顔を見ればわかる。それに、薔薇の香水の匂いだ。この匂いを嗅ぐと、いつも俺の心の中に込み上がってくる、この想いは……。
「痛いもんか! こんなに嬉しいのに、怪我なんて痛くも痒くもないよ」
彼女の瞳には、涙が浮かび、頬は赤く染まっていた。初めて会った時、彼女は薔薇だと思った。棘が彼女にあるんじゃなくて、彼女にたくさん棘が刺さってると思った。その傷から流れる赤い血で、彼女は誰よりも赤い花を咲かせていた。
俺はそんな彼女に、同情心から赤いバラを送ったわけじゃない。
「そうですか。さぁ、帰りましょう。そんな格好じゃいけません」
「はい……」
何とも、艶やかな雰囲気だろうか。最近、ご無沙汰だったのでくるものがあった。そんなサービスタイムに、無粋な聞きたくも無い男の声が響く。
「おい、まだ話は終わってねぇぞ」
「ひとまず今日はこれで帰る。後日連絡するよ、その時まで薬の製造所は全部無くしておけよ。じゃ無かったら、この話は無しだ」
「おいおい、担保もなく。こっちにだけ約束守らせるのか?」
担保ねぇ。早く帰らせて欲しいな、とりあえず……。
「はぁ、取り敢えず十樽置いていく。少しの間は、これで良いだろう」
アイテムBOXから、ウオッカの樽を取り出して積み上げた。
「あぁ、十分だ。近いうちに顔出しに行くからな」
ブルガは満足したようで、子分達に運ばせ始めた。
俺は、彼女を背負って娼館に向かった。彼女は、靴も履かせてもらえずここまで連れて来られてたからだ。彼女は俺の背中を抱きしめるように、おぶさってくれた。
「ねぇ、旦那。」
「うん」
「あたし、一人の女として旦那のことが好きなんだ」
彼女は、今日の天気を話すように、軽快に告白してくれた。もう彼女が、娼婦だから言ってるとか、ブルガの女なんじゃ、なんて野暮な考えは出て来なかった。
「うん、わかってる」
「……旦那は、あたしのこと、どう思ってるんだい」
そうだよな、彼女にだけ想いを言わせるのは、男じゃない。正直に、誠実に今の気持ちを伝えよう。
「正直、まだわからない。でも、君の名前を今まで聞かなかったのは、たぶん、知ってしまったら、もう戻れないと思ったんだ。……君が俺の名前を聞かなかったのも、そうだと嬉しい、かもしれないな」
彼女の、腕の締め付けが強くなった。それだけで、彼女の恋慕の想いが伝わってきて、むず痒くなる。
「…………ぅん、そうだね」
少しの沈黙でさえ、愛しさを感じた。そういえば、バーボンウイスキーの銘柄に、薔薇にまつわる美女の話があったな。
たしか、絶世の美女と出会った酒職人が、彼女に一目惚れをするんだ。その場で職人は、彼女にプロポーズをする。だけど彼女は、「どうか、次の舞踏会までお待ちください。プロポーズを受けるなら、薔薇のコサージュをつけて参ります」って言って、次彼女が彼と出会った時、五輪の真っ赤な薔薇を胸に飾って、プロポーズを承諾する恋のお話。その酒職人は、自分の酒を五輪の薔薇と名付けて、永遠にした。
俺は、彼女との出会い、それからの甘い逢瀬を思い出した。僕は彼女の客だったはずなのに、願わぬ恋が叶ったような充実感を感じている。そういえば、前世のお客さんの中に、今日こそキャバ嬢落とすぞぉとか息巻いてる人いたなぁ~~。あはは、俺は内心無理だよって突っ込んでたのになぁ……。
形は違えど、同じ酒職人として彼女に酒を贈りたくなった。
「部屋に着いたら、君にお酒を贈るよ」
「お酒? ハハハッ、こんな時にもお酒かい」
「俺は酒が命のように大事だから、大事な人にはお酒を贈りたいんだよ」
「ふーーん、あたし大事な人なんだ。そうか、そうか、うん! 苦しゅうない! あたしに酒を振る舞うことを許す!」
背中にいて見えない筈の、彼女が、今だけは十代の少女に戻っている気がした。
「よく来たな。酒野郎」
「テメェこそ、よくも無関係な人間巻き込みやがったな」
「あぁ? 俺の女をどうしようと、俺の勝手だろ」
いやだめだろ。物じゃ無いんだぞ。こいつにそう言っても、無意味だわな。女使って飯食ってるわけだし。
「……まぁ良い。ブルガ、俺とタイマン張れや」
ブルガは目を少し丸くした。まさか、みるからに貧弱そうな俺からこんな言葉が出るとは、夢にも思わなかったのだろう。それもそうだ、荒っぽい事は全部ティナさんに任せてたからな。こうなると、つくづく女の子に守られてた俺って……。
「この野郎……。テメェが俺に喧嘩で勝てると、本気で思ってるのか?」
ブルガは、自分が舐められてると思ったのか。こめかみに青筋をたて、岩のような拳を握りしめた。
おいおい、分かっちゃいたけど沸点低すぎるだろ。ここは、気迫で一旦抑え付けるしかないな。
「勝てるわけないだろ!!」
自分から言い出しても何だが、ここは毅然と否定しておく。誰が、お前みたいなボディビルダーと殴り合いしたいんだよ。俺は大晦日にだって、ボクシングじゃなくて紅白派だ。
ブルガは、あまりの俺の堂々とした言いっぷりに、気が抜けたようだった。
「はぁ」
「そう直ぐに拳作んなよ。なぁ腹割って、話そうや。そうだなぁ、ちょっと待てよ。確か、あったあった。こんなこともあろうかと、机を用意してたんだ。」
そう言って俺は、腰に付けてるいつもの紫色の巾着袋から、机と酒瓶、タンブラーを取り出した。ちゃちな袋から、次々と物を出している俺を見て、ブルガは予想外の出来事に若干気圧されていた。
「お、おい、そりゃ伝説のアイテムBOXじゃねぇか。」
「あぁ、そうだよ。この際だ、もう隠してたってしょうがねぇだろ。どうだい、俺の勝負に勝てばこれもくれてやるよ。」
街の顔役連中と付き合っていくんだ、もうアイテムBOXの存在くらいどうにでもなれ。何ならくれてやるよ。彼女の安全の為なら、惜しくも何ともない。それに、これからの勝負でお前が勝つことは、万に一つもないからな。
「……良いだろう。何で勝負する気だ。」
「そりゃおめぇ、酒に決まってんだろ。勝負で負けた方が、酒を飲んで相手の質問に真実を返す。簡単だろ」
これも前世でよく流行っていた奴だ。BARでお近づきになりたい女の子とか、親友の隠し事を探る時なんかに使うゲームだ。まぁ、俺にとっては必敗のゲームだったけど、神様のくれたこの肝臓があれば大丈夫だろ。
「へっ、テメェはどこまでも酒なんだな」
「当たり前だ、酒職人だからな。いつまでも、お前みたいなヤクザもん相手にしてられっかよ。どうすんだ、この勝負受けるのか、受けないのか、どっちなんだい?」
ブルガは、腕を組みニヤッと笑った。
「やってやるよ。すっかり、お前に毒されちまったみたいだ。だが、言っておくぜ。俺は、相当いける口だ」
なるほど、後ろの子分達の勝利を確信したような表情を見るに、ブルガも酒には強いみたいだな。だけど、その自信はどうでも良いんだよ。本当の狙いは、和解にあるんだからな。
「へぇ、そりゃぁ楽しみだ。俺は生まれてこの方、限界まで飲んだことが無いんだよ。がっかりさせるなよ」
「で、勝負は一体なんなんだ」
「そりゃ、決まってるさ。--」
ブルガと俺のアクアリンデルの裏社会頂上決戦が始まった。その様子を、奴の子分と娼婦のお姉さんが見守っていた。そしてその呟きは、俺のところまで聞こえてくる。
「裏社会の頂上決めるって言うのに、まさか子供のお遊びで決めるとはな」
「一体、親分は何考えてるんだ?」
「ふふふっ、本当に酒の旦那はどこまでも面白い人だよ」
みんなが呆れ果てたり、若干一名は楽しんでくれているようで良かった。そう俺が、奴とのゲームに選んだのは、誰もが知っているあの……。
「「最初は、グー、じゃんけんぽん!!」」
「くっ、また負けた。テメェ、イカサマこいてんじゃねぇだろうな?!」
すでにブルガは、十連敗を喫しっていた。そして飲んだウオッカの量は、二升を超えている。酒に強い自信があるだけあるぜ、こいつ。普通の人間だったら、急性アル中であの世行きだ。ちなみに俺は、まだ一度も負けてなかった。
馬鹿なやつだ。お前みたいな単細胞、グーかパーしか出さないって相場が決まってるんだよ。
「バーカ、じゃんけんにイカサマもクソもあるかよ。ほら飲めよ。」
「ちっ」
勝負に使っているタンブラーは、鉄製で三合は入る代物だ。アルコール度数六十度はあるウオッカを、奴は軽々と胃に流し込んでいく。今の俺なら容易だが、見ているだけで胸焼けを起こしそうだ。
それでも、さしもの大酒豪ブルガも酔っ払い始めていた。交渉を始めるには、ちょうど良い頃合いだろう。
「それじゃぁ、そろそろ本題だ。お前、薬に変わるシノギがあれば文句ねぇだろ?」
「あぁ? 何当たり前なこと言ってんだ」
ブルガは、赤くなった顔をその手で覆いながらそう言った。
「そうか、なら新しいシノギがあれば、俺に噛み付いてこないんだな?」
「だから、寝ぼけたこと言ってんじゃねぇ!! そんなんあったら、苦労しねぇんだよ!!」
酔っ払っても、短気なのは変わらないのな。いや、酔っ払うと短気になるのが普通か? まぁいいや、ブルガにシノギを提供してやろう。野犬は、腹さえ一杯なら襲ってこないからな。それは人も同じことだ。
「俺の酒、造らせてやるよ」
「はぁ?! お前の酒って、そしたらお前はどうするんだよ。金の卵を手放すなんて、聞いたことないぞ」
金の卵ねぇ……。ブルガは、分かっていない。俺には、蒸留酒なんて金の卵じゃ無いんだ。せいぜい、銅だな。それに、お前に教える蒸留酒は、せいぜい鉄だな。まさか、俺の家の単式蒸留器を使わせるわけにはいかないからな。
お前に教えるのは、世は密造酒時代!! ふふふっ、その時代に生まれた蒸留器で造られた酒なら、俺のウイスキーの脅威にはなり得ない。ま、でもここはとりあえず条件を出して、それらしく高値で売り払う演技をしておこう。これは彼女を解放するチャンスでもあるからな。
「あぁ、だからタダじゃない。二つ条件がある」
「聞くだけ聞いてやろうじゃねぇか」
酔ってる酔ってる。こういう時、人の心のガードは下がりやすいんだよなぁ。まぁ酔われすぎて、全部忘れられちゃ困るんだが。
「俺は、ブルガに今飲んでる蒸留酒の造り方を教授するし、軌道に乗るまで相談も受けよう。その代わり、この街でシャブを売るのはやめてもらう」
「そんな事か、別に良いぜ。どうせ、子爵の野郎にも睨まれ始めたしな。それで、二つ目は?」
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憶測だけど、アーネット子爵が言っていた火の粉って、ブルガの資金源を取り上げるって事だったのかもな。それでブルガは、躍起に俺の息の根を止めようとしていた。そう考えれば、筋が通るな。なら、これ以上の追求は必要ない。一番大事なことを、飲んでもらわないとな。
「あの女は俺が貰う。二度と手を出すな」
「ッ ……旦那ぁ」
そう聞いた、娼婦のお姉さんは、顔を赤くして泣いていた。喜んで……いるのかな。そうだと良いんだが、なんか俺まで恥ずかしくなってきた。勢いで言っちゃったけど、冷静になって考えてみると本当にブルガの女だったらどうしよう!!
それって凄い恥ずかしい! 消しゴム拾ってくれただけでこの女俺の事が好きなんだ! って勘違いしてた小学生の時の俺ぐらい恥ずかしい!
そんな俺の不安もよそに、ブルガはニヤニヤして俺のことを見てくる。ったく何笑ってんだよ、あの娼館街全部お前がケツ持ちだろう? お前が首を縦に振れば娼館のオーナーも嫌とは言えないんだから早く答えてくれ。
「お前も好きだなぁ、娼婦のどこがそんなに良いんだか。まぁ、別に良いぜ。新しいシノギがあれば、商売女の一人ぐらい安いもんだ」
ブルガが、全部の要求を飲んでくれて、ホッとした。なら、さっさとここからおさらばしたいよ。
「よし、交渉成立だな」
「待てよ。俺からも条件がある」
うっ、そうだよな。ブルガにも言い分があって、然るべきなことを忘れていた。
「なんだよ」
「お前の取り分はなしだ。俺達が造った酒で売り上げた金は、全部俺たちのものだ」
あぁ~~ね。そんな事か、まぁ確かに酒の造り方を教えるのは俺だしな。俺がその利益を欲しがるのは、当たり前と言えば当たり前。けど、そんな金に興味はない。俺はただ、この街で理想のウイスキーをみんなに飲んでもらいたいだけだから。
「はっ、当たり前だろ。構わないぜ、俺はお前らみたいな馬鹿に、絡まなければそれでいい」
「ふっ、馬鹿はどっちだよ。商人のくせに、欲のねぇやろうだな」
「うるせぇ! 俺は静かに酒を造れればそれで良いんだよ。それじゃ、これで交渉成立だな」
「あぁ、一先ずはな」
お互いの腹の探り合いが、無事に終わり空気が弛緩する。そこへ、飛び込んでくる女性の姿があった。
「旦那ぁぁぁあああ!!」
「おっと! んっんん……プハァ! 怪我は、痛くありませんか?」
娼婦のお姉さんだ。やたら、激しいキスをサービスしてくれた。良かった……俺の対応は彼女にとって喜ばしいことだったんだ、本当に良かった。この年で、勘違いを暴走させてたら、正直、墓に入りたくなっていた。
でも、そんな不安は杞憂だった。彼女の晴れやかな顔を見ればわかる。それに、薔薇の香水の匂いだ。この匂いを嗅ぐと、いつも俺の心の中に込み上がってくる、この想いは……。
「痛いもんか! こんなに嬉しいのに、怪我なんて痛くも痒くもないよ」
彼女の瞳には、涙が浮かび、頬は赤く染まっていた。初めて会った時、彼女は薔薇だと思った。棘が彼女にあるんじゃなくて、彼女にたくさん棘が刺さってると思った。その傷から流れる赤い血で、彼女は誰よりも赤い花を咲かせていた。
俺はそんな彼女に、同情心から赤いバラを送ったわけじゃない。
「そうですか。さぁ、帰りましょう。そんな格好じゃいけません」
「はい……」
何とも、艶やかな雰囲気だろうか。最近、ご無沙汰だったのでくるものがあった。そんなサービスタイムに、無粋な聞きたくも無い男の声が響く。
「おい、まだ話は終わってねぇぞ」
「ひとまず今日はこれで帰る。後日連絡するよ、その時まで薬の製造所は全部無くしておけよ。じゃ無かったら、この話は無しだ」
「おいおい、担保もなく。こっちにだけ約束守らせるのか?」
担保ねぇ。早く帰らせて欲しいな、とりあえず……。
「はぁ、取り敢えず十樽置いていく。少しの間は、これで良いだろう」
アイテムBOXから、ウオッカの樽を取り出して積み上げた。
「あぁ、十分だ。近いうちに顔出しに行くからな」
ブルガは満足したようで、子分達に運ばせ始めた。
俺は、彼女を背負って娼館に向かった。彼女は、靴も履かせてもらえずここまで連れて来られてたからだ。彼女は俺の背中を抱きしめるように、おぶさってくれた。
「ねぇ、旦那。」
「うん」
「あたし、一人の女として旦那のことが好きなんだ」
彼女は、今日の天気を話すように、軽快に告白してくれた。もう彼女が、娼婦だから言ってるとか、ブルガの女なんじゃ、なんて野暮な考えは出て来なかった。
「うん、わかってる」
「……旦那は、あたしのこと、どう思ってるんだい」
そうだよな、彼女にだけ想いを言わせるのは、男じゃない。正直に、誠実に今の気持ちを伝えよう。
「正直、まだわからない。でも、君の名前を今まで聞かなかったのは、たぶん、知ってしまったら、もう戻れないと思ったんだ。……君が俺の名前を聞かなかったのも、そうだと嬉しい、かもしれないな」
彼女の、腕の締め付けが強くなった。それだけで、彼女の恋慕の想いが伝わってきて、むず痒くなる。
「…………ぅん、そうだね」
少しの沈黙でさえ、愛しさを感じた。そういえば、バーボンウイスキーの銘柄に、薔薇にまつわる美女の話があったな。
たしか、絶世の美女と出会った酒職人が、彼女に一目惚れをするんだ。その場で職人は、彼女にプロポーズをする。だけど彼女は、「どうか、次の舞踏会までお待ちください。プロポーズを受けるなら、薔薇のコサージュをつけて参ります」って言って、次彼女が彼と出会った時、五輪の真っ赤な薔薇を胸に飾って、プロポーズを承諾する恋のお話。その酒職人は、自分の酒を五輪の薔薇と名付けて、永遠にした。
俺は、彼女との出会い、それからの甘い逢瀬を思い出した。僕は彼女の客だったはずなのに、願わぬ恋が叶ったような充実感を感じている。そういえば、前世のお客さんの中に、今日こそキャバ嬢落とすぞぉとか息巻いてる人いたなぁ~~。あはは、俺は内心無理だよって突っ込んでたのになぁ……。
形は違えど、同じ酒職人として彼女に酒を贈りたくなった。
「部屋に着いたら、君にお酒を贈るよ」
「お酒? ハハハッ、こんな時にもお酒かい」
「俺は酒が命のように大事だから、大事な人にはお酒を贈りたいんだよ」
「ふーーん、あたし大事な人なんだ。そうか、そうか、うん! 苦しゅうない! あたしに酒を振る舞うことを許す!」
背中にいて見えない筈の、彼女が、今だけは十代の少女に戻っている気がした。
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生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
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