異世界酒造生活

悲劇を嫌う魔王

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第一章〜ファーストフィル〜

第二話「行商人現る」

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 この世界に来て、すでに一月もの日々があっという間に過ぎた。この一ヶ月やっていた事といえば、周辺の探索、酒造りだ。この辺りを探索して、まず思ったことは森が豊かだという事、特に安心したのは、水が新鮮で甘みがあり、とても美味しかったことだ。

 ウイスキーに使われる水を、『仕込み水』とわざわざ呼ぶほど、ウイスキーにとって、いや、酒造りにおいて水は命だ。ウイスキー造りで、重要な役割を果たす酵母、こいつは水に含まれたミネラル分を栄養にして、麦汁の発酵を促してくれる。しかも、この酵母たちがウイスキーの風味に大きく関わってくるのだ。

 つまり、酵母が水を嫌えば、ウイスキーの風味も立ち所に損なわれ、口当たりまで悪くなってしまうとされている。ここに流れる水は、軟水で、日本やスコッチウイスキーでは軟水を多く使っている。

 名水あるところに、名酒ありというわけだ。

 その水を大量に使って、ウイスキー以外にもピュアウオッカを作ったりしていたら、神様が用意してくれていた酒造用の備蓄を全て使い尽くしてしまった。あれ程あった、大麦、ピート、酵母、砂糖、といった品々がだ。大麦、砂糖、ピートは、街に行けば買えるだろう。問題は、酵母だ。一体どうやって用意しよう……。

 街に繰り出して、いまだにエールと葡萄酒だけの文化レベルだった場合、今回使ったディスティラリー酵母、通称蒸留酒酵母は存在しないだろう。何故なら、この酵母は、ウイスキーを造る為だけに一九五〇年代に開発された酵母だからだ。

 ウイスキーは酵母が違うだけで、味が変わってしまう。まぁ、無いならないでブリュワーズ酵母、通称ビール酵母で代用して、ウイスキーづくりに励むとしよう。実のところ、蒸留酒酵母が登場するまで、ウイスキーもビールも、ビール酵母で造られていた。

 つまり、当面の課題は、いち早く人里に降りて酒を売り、売り上げた収益で酒造りに必要な物を買い揃えることだ。

「よし、無事一ヶ月異世界で生き延びたな。それも中々充実した日々を過ごせている。これも全部神様のおかげです」

 俺は今、地下の酒造工場に設置されている、クロノス様の石像前に立っていた。神様との契約を果たすためだ。俺は、石像の前にピュアウオッカが詰められた酒瓶をお供えした。なぜ、ウイスキーじゃないのか、それは、まだウイスキーの熟成期間が十分ではないからだ。その為、売り物にもしたくないので、ウイスキーが熟成するまでの代用品としてウオッカを売るつもりだ。

 このウオッカは、原料は大麦で、麦汁を単式蒸留器で何度も蒸留した、蒸留酒を活性炭で濾過したものだ。

====ピュアウオッカ====
*ウォッカのなかでも、アルコール以外の味や香りがない無色透明のモノを、ピュアウォッカと呼びます。ウォッカ本来の風味を楽しめるので、お酒好きの間ではストレートやロックで飲むのが人気です。
*一方、ほかの材料の風味を損なわないというメリットから、カクテルベースに使われることも多く、幅広い人気を集めています。まろやかで優しいウォッカの味わいを感じたい方には、ピュアウォッカがおすすめです。
===============

 活性炭は、家の周りのオークを切り倒し作った木炭を使用した。木炭さえあれば、誰でも活性炭は造ることが出来る。例えば俺は今回、レモンを使って活性炭を作成した。あらかじめ、神様に用意してもらっていたレモンをたくさん絞り、粉末にした木炭をそのレモン汁に一晩漬ける。翌日、木炭の水気を切り、木炭が湿っているのが分かるぐらいで、火にかけて三時間程待てば活性炭の出来上がりである。

 これに、蒸留酒を潜らせれば、大麦特有の匂いや味が活性炭に吸収され、雑味の無いピュアウオッカが出来上がるというわけだ。

 そうやって造ったウオッカを、配して、二拝二拍手一拝で神様に感謝の気持ちを込めた。

「神様、本当に有難うございます。これからも美味しいお酒を造りますので、どうかよろしくお願いします」

 深々とお辞儀をしていると、頭の中に直接声が聞こえた。

「見守っておるぞ」

 俺は驚いて、石像の方を見やると、お供えしたウオッカの酒瓶が淡い光に包まれて、跡形もなく消えていった。淡い光は、天上へと登っていくようだった。

「な……、お供物って、本当に消えていく物だっけ」

 俺は、最初目の前で起きた超常現象に驚きはしたが、冷静になると、今のこの生活全てがあり得ないことを思い出した。

「ははは、俺も今日は酒でも飲むか」

 というのも、この世界に来てから俺は、酒を味見以外で口にしていないことに気付いたのだ。そこで、一度ウオッカでも飲んで、ハメを外そうと思う。

「早く街に行きたいけど、この連日の雨じゃ外も出れないしな。飲むにはちょうど良い天気だよ、全く。でも少し緊張するな。ティースプーン一杯でとち狂って死んだ俺が、六十度もあるウオッカを……ゴクリッ」

 不安にはなったものの、目の前の透き通るようなウオッカを前にして、飲みたいという欲の方があっさり勝ってしまった。意を決して、ウオッカの詰まった酒瓶を手に取った。

 そして、コルクを抜くとそれはいい音が、リンビングに響き、ショットグラスに注ぐ。その時も、封を開けたばかりの酒瓶から、酒を注ぐときになる空気の音が耳に心地よい。

「Oh、Yeah!」

 思わず、昂りカタカナ英語が漏れる。

 料理のフルコースには、前菜、スープといった、メインに向けてお客の期待を高め、食欲を促進させる品がある。それはお酒も同じで、お酒は、音でお客の食欲を高めていく。これは俺だけだろうか。

 好きなウイスキーを買ってきて、グラスを準備するときのガラスがぶつかる音、新品の酒瓶からコルクを抜き、酒をグラスへと注ぐ音、時にはその温度差で氷にヒビが入る音、これら全てが酒をこれから飲むのだと教えてくれる。

「つまり、それは宴の合図。仕事の終わり、楽園の時間」

 まぁ、結局俺は前世でショット一杯も飲みきれず、飲みきれなかった酒を漏斗で瓶に戻すという、何とも情けなく、締まりのない感じだったが……、それも今日で終わりだ。

 俺は酒を飲めるようになったら、やりたかった事があった。

 それは、映画とかによく出てくる厳ついおっさんが、強い酒を一口で飲み干し、ショットグラスを机に強く叩きつけるワンシーンだ。

 並々とショットグラス一杯に注がれた、それを掲げた。

「さぁ、ショット童貞を捨てようか? 乾杯!」

 俺は高揚した勢いそのままに、約七十mlは入っていたであろうウオッカを呷った。その液体は、口の中に一度止め置かれた。あぁ、これがアルコール、そしてショットか。高濃度のアルコールが、俺の味覚、嗅覚、全てを支配していくのが分かる。

 でも、嫌じゃ無いのは何故だろうか? 前世の俺であれば、この時点で体が拒絶し吐き出し、寝込んでいただろう。でも、今では、心地よくすらある。

 それに、活性炭でしっかりと濾過したこのウオッカは、大麦の持つ独特のえぐみも無く。口当たり爽やかで、純としたアルコールを感じられた。

 俺は、スッとそれを飲みこみ、胃に収めた。

「クゥーーーー!!!!」

 そして、その勢いのまま空になったショットグラスを、木のテーブルに叩きつけたのであった。

「うんめぇええええ!!! あんなに、アルコールの匂いだけでダメだったウオッカが、今ではこんなに美味しく感じるなんて……神様すげぇ。肝臓すげぇ!! なんかもう、色々とすげぇ!! ただやっぱり、ピュアウオッカだと味気なさがあるな。フレーバードウオッカを造ってみるか?」

 フレーバードウオッカは、ウオッカに風味づけしたものの事をいうわけだ。この世界の植物を調べてみる必要がありそうだな。何が良いかな~、桜餅みたいな風味が付くといいな~と言った具合に、自分好みの風味をお酒に付けるのも醍醐味だったりする。

 その後も俺は、前世で飲めなかった分を味わうように飲み進め。気づけば、眠ってしまっていた。

 気づけば、朝日の中俺は目を覚ました。それも、誰かの来訪を教える玄関から聞こえるノックによって。

 その音は、四回ほど鳴り響き、人の声が聞こえてくる。その声色は、穏やかで透き通っていた。

「どなたか、居られませんか?」

 あぁ、早起きだけは苦手だ。前職は、夜職だっただけあって朝早いというのはまだ慣れない。まるで、宅配便が時間指定を無視して、俺の安眠を妨げたような、苛立ちを覚えた。

「……ん? なんだぁ? 人が気持ちよく寝てるってぇのに。てか、もう朝か。うぅ、うぅぅぅ……あぁ、清々しい程、晴れちゃって」

 眠い目を擦りながら、俺は起き上がり、状態を天井に向かって伸ばした。そして気づけば、リビングの机上には五、六本の一リットルサイズの空き瓶が転がっていた。
 そして、夥しい量のショットグラスまで……。あぁ、昨日の事をだんだんと思い出した。

 そこで俺は、ショットグラスを十個ほど並べて、その全てにウオッカを注ぎ、次々と飲んでみたり、全てに火をつけて飲んでみたりと、思いつく限りのショット芸を堪能したんだった。

「いくら何でも、嵌めを外しすぎだろう。ふぅ、あれだけ飲んでも二日酔いしないって、俺の肝臓バケモンだな」

 昨日の回想し、反省をする時間も束の間、玄関先の扉を叩く音が大きくなった。
 そうだった。誰か来てたんだっけな?

「行商人の者ですけどもー!」
「あぁ、はいはいはい。今行きますよ」

 行商人? この世界では、行商人が個人宅を訪ねてくるのか。山賊とかだったらどうしよう。

 とりあえず、暖炉で薪を弄る鉄製の火搔き棒を手に取った。何も無いよりはマシだろう。俺はそれを背の方に隠し、玄関まで向かい。

 その先に立っているであろう何者かに、声をかけた。

「どちら様ですかー?」

 俺は警戒して、ドアを少しだけ開けて外の様子を覗いてみた。もちろん、武器は背中に隠しつつだ。

「初めまして、私は行商を営んでいるリンランディアと申します。商談に参りました」

 俺は言葉を発せなかった、その穏やかな声の主人は、木のように佇んでいて、長い金髪に緑色の瞳、そして耳が長くとんがっていた。まさに、数多くのファンタジーで登場する長命種エルフそのものだったからだ。
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