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ファウルダース侯爵家結婚編

かけがえのない日々3-異世界の結婚事情-

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 結婚が、次の春に決まった。
 ルドランスの結婚というのは、貴族の場合、王家への挨拶と披露宴のようなパーティーがあるようで、挙式のようなものはないみたい。
 神様にも人にも愛を誓わないというから、なんとも不思議な気分。

「平民だとリュンと天降りの姫をなぞらえた余興をすることがあるけれど、それに近いかしら?」
「おとぎ話扱いかぁ。ルドランスの結婚って結構さっぱりしてるんだね」
「お嬢様の国ではどう誓うのですか? 騎士の誓いのようなものでしょうか」

 今日は私の定期診断をしにきたエリアを捕まえて、ベルさんを含めて三人でお茶会だ。
 お茶会のテーマはずばり、結婚式について。
 ルドランスのよくある結婚像をエリアとベルさんに聞いているうちに、日本の結婚式についても言及されているところです。

「よくあるのは指輪の交換と誓のキスかな。左手の薬指に既婚者の証である指輪をお互いにはめて、神様や祝福する人たちに、永遠の愛を誓ってキスをするの」
「まぁ……」
「熱烈でございますね」

 エリアが目を丸くして、ベルさんがポッと頬を赤らめる。
 他人事だから言うけど、確かに人前でキスをするのは勇気がいるよね。

「ルドランスには指輪交換みたいなのはないの?」
「そうね……指輪ではないけれど、花嫁が履く靴は、男性側が贈るのが普通ね」
「へぇ。なんで?」
「靴って寝ている時とお風呂の時くらいしか脱がないでしょう? どんな靴を贈るのかで、男性の気持ちが分かるって言われてるわ」

 んん??
 どういうこと?

「一般的に脱ぎやすい靴を贈ると、その男性は花嫁に対して情熱的な夜を過ごしたいと思っているという意味になります」
「わぁ……あけすけ」
「反対に、脱ぎにくい靴を贈ると、その人は花嫁への独占欲が強くて誰にも取られまいって牽制してるって捉えられるわ」
「どっちも対して変わらないじゃない」

 ベルさんとエリアが教えてくれるその意味に、私は脱力する。どっちにしたって新郎さんが新婦さんのこと大好きだってことしか伝わらないよ!

「他にもヒールの高さでも意味が変わりますよ」
「えぇ?」
「ヒールのない靴は憧れの人、低めのヒールは共に歩みたい人、高めのヒールは守りたい人、とかね」
「なんでヒールに意味があるの?」

 単純な疑問を浮かべれば、エリアが説明してくれた。
 曰く、ヒールがなければ花嫁は一人でも歩けるから、男性はその背中を追おうとする。
 曰く、ヒールが普通の高さであれば、男性は花嫁をエスコートして、隣に並んで歩くことができる。
 曰く、ヒールが高い花嫁は歩けなくなるから、花嫁が怪我をしないように男性は宝物のように抱き上げて移動することになる。
 だからそういう意味がついたらしい。
 靴一つにそんなにも意味が……と感心していたら。

「後はヒールの太さにも」
「まだあるの!?」

 靴一つでそんなにこだわる異世界ギャップにちょっとびっくりだよ!?

「ちなみに、ヒールが太いとどうなるの?」
「ゆっくりと愛を育みましたって意味になるわ」
「細いと?」
「一目惚れです、って意味になります」

 公開処刑じゃーん。
 なにその、好きになったのはいつですか? みたいな感じのカミングアウト。
 なんで異世界そんな文化ができたのか、すごく気になるんだけど。

「靴選び大変そうだね……」
「そう聞くわね。贈る側の男性は当日まで靴を内緒にする人が多いらしいから、ドレス選びも慎重になるみたいよ」
「そっか」

 この間、ミリッツァ様と王家への挨拶用のドレスと、披露宴用のドレスのデザイン相談をしてたんだけど、靴のことがあるならアンリにも相談したほうがいいのかな?

「……アンリ、どんな靴を選ぶんだろう?」
「あの子結構素直だから、脱ぎやすい靴を選びそうね」
「そうでしょうか? 脱ぎにくい靴をお選びになられそうな方だと思いますけど」
「あれでも健全なオトコノコなのよ。ヤることヤりたいに決まってるでしょう」
「エリア、アンリに辛辣すぎない?」
「本当のことを言ってるだけよ。いい、ユカ。アレは可愛い顔して狼だからね。イヤなことはイヤと言うのよ」

 エリアが真顔でそんなことを言うものだから、アンリがちょっと不憫に思えてきた。アンリ、いったいエリアの前で何をやらかしたのやら。
 まぁでも、あながちエリアの言いたいことは、分からないでもないけど。
 香の大家にいた時に、お香の影響で理性がゆるゆるしていたアンリのことをふわっと思い出してしまったので、エリアの言葉は否定できなかった。

「まぁ、靴のことが分かったからいいとして……他にはないの?」
「他ねぇ。ユカのところではどうかしら?」
「パッと思いつくのは、ブーケトスとかケーキ入刀とかかなぁ」
「それはどんなものなんですか?」

 ベルさんに尋ねられて、私は答える。

「ブーケトスは花嫁さんが持ってる花束をお客さんに投げるんです。で、それを受け止めた人が次の花嫁になるって言われてるの」
「素敵ですね」
「ケーキ入刀って言うのは?」
「大きなケーキに二人でナイフを差し入れるの。だいたい『夫婦初めての共同作業です~』って謳い文句がつくかな」
「なぁにそれ」

 エリアはケーキ入刀のイベントが変にツボに入ったようで、ころころと笑いだした。
 ベルさんもつられてくすくすと笑ってる。
 二人が笑ってるのを見ながら私も冷静になって考えた。夫婦初めての共同作業がケーキを切るって、確かに面白いかもしれない。他にも色々あっただろうに、なんでケーキだったんだろう? ふわっとしか分かんないけど、入刀されたケーキを配って幸せのおすそわけをするからだったっけ?

「ケーキで思い出したけれど、披露宴で振る舞われるお酒にはね……って、あら?」
「お嬢様?」

 そういえば結婚式終わった後ってお菓子が配られるよね。あれも幸せのおそわけって聞いたけど、ケーキ入刀と被ってない? その場で振る舞うのと、お持ち帰りのは別なのかな? 幸せのおすそわけいっぱいなのはいいことだけど。みんな幸せならいいことだよね?

「また悪い癖が出てるわね」
「ふふ。お嬢様、お嬢様。何を考えていらっしゃるんですか」
「……へっ?」

 ベルさんに肩を揺すられて、私はびくっと視線をあげた。どうやら考え込んでしまってたようで、テーブルの向かいに座るエリアは呆れ顔。ベルさんもくすくすと笑っている。

「ごめん、何の話をしてたっけ……」
「お酒の話。ルドランスでは結婚の時に振る舞うお酒の中に、グルナディエの種を入れるのよ」
「グルナディエ?」
「そう。知らない? 赤い魚卵のような果物なんだけど、子宝に恵まれるって縁起物だから、その種をグラスに入れてお酒を注ぐのよ。もちろん、種は飲まないけどね」

 聞けば聞くほど、沢山の話が出てくる。
 うなずきながらそれを聞いてれば、すっかりと冷めてしまった紅茶をベルさんが淹れ直してくれた。

「そういえば、結婚といえば一番大切なことを失念しておりました」
「大切なこと?」
「私たちは当たり前に知っていますが、もしかしたらお嬢様は知らないかもしれませんので、お伝えしておきますね」

 なんだろう?
 そんな改まって言わないといけないことがあるのかな?
 首をひねってエリアを見れば、エリアも心当たりがないという顔をするけど。

「初夜のお作法です」
「ごほっ」

 ちょっ、待っ、むせたっ!
 ベルさんが真顔で何を言い出すかと思えば、そんな、ダイレクトな!

「大丈夫ですか?」
「だいじょうぶ……えぇ、でも、初夜って、初夜……?」
「お知りでないですか? 子作りの作法なのですが」
「知ってるよ!? 大丈夫よ!?」

 そんな真顔で言わないで!
 なんか改めてそういうことを! 他人から! 言われると! すごく精神的な何かが削られるっ!
 だけどベルさんは容赦なかった。

「本当に大丈夫ですか? お嬢様は体がとても弱いので、心配しているのですが」
「いや、私別に子供じゃないから、そういうことだけは耳年増で……、………………体が弱い? 心配?」

 あれ? 私なにか誤解してる??

「ユカ、とりあえず確認のために伝えておくわ」
「う、うん……」
「リュンはね、絶倫だったのよ」

 はい?
 リュンって、あれだよね? さっきも話に出ていたけど、年越しの時にお嫁さんくださいって父神様にお願いして、初代の天降り人をお嫁さんにした人。
 その人が、え?? ぜつ?? え???
 突然始まった神話レベルの猥談に私は目を白黒させる。

「えぇと……? それが、なに?」
「ルドランスだけなのかどうかは知りませんが、初夜はリュンに倣う男性が多いと聞きます」
「と、言いますと……?」
「三日三晩初夜と称して花嫁を抱き潰す男がいるのよ。というか、三日三晩花嫁を部屋から出さないくらいに抱き潰して愛を捧げることで、男の愛情深さと甲斐性を示すのだとか。……女側からしたらとんでもない悪習なんだけどね」

 うわぁい。
 知りたくなかった異世界の性事情。

「なんというか……いつだったか忘れたけど、結構この世界の人って性に奔放なイメージあるなって思ったんだよなぁ……あの鬼畜ペルシャエロ猫様とか……他にも、色々」
「きちくぺる……?」

 私の天敵ですよ、ベルさん。
 わざわざ名前を出す必要もないので笑って濁せば、エリアは苦笑しながら教えてくれる。

「比べる基準がないから分からないけれど……夫婦の初夜事情があけすけなのは、暗黙の了解みたいなところがあるわね」
「……なんか結婚式しなくても良いんじゃないかなって思えてきた」
「えぇ? せっかくの一生に一度のことなのですから、そんなことを仰ってはアンリ様が可哀想ですよ」
「いやだって私の精神が持たない。むり。恥ずかしい……」

 急に熱の出た顔を覆っていれば、エリアが呆れたように言う。

「人前でキスをするっていうユカの国の文化の方がよっぽど恥ずかしくないかしら」
「えっちぃの暴露される方が恥ずかしいよ」

 抗議の声をあげれば、エリアはくすりと笑った。

「ま、こればっかりは当日にならないと分からないから。アンリが貴女を抱くって決まったわけじゃないし」
「初夜なのにしなくていいの?」
「絶対にしないといけないわけじゃないわ。そういうのは夫婦のタイミングがあるもの。それに女性側の体が受け入れない時もあるわ」

 女性側の体が受け入れない……。
 エリアの言葉にちょっとだけ不安になる。
 私、大丈夫かな。
 香の大家でアンリとそんな雰囲気になった時は平気だって思ったけど……いざそうなると思うと、緊張で死ぬかもしれない。

「……今からすごく憂鬱になってきた」
「薬師として私から言えることは一つ。イヤなことはイヤだと言いなさい」

 良い笑顔で私に念を押すように二度目の忠告をするエリア。
 次の春とはいえ、準備をしていたらあっという間だ。
 その間に覚悟は決めておかないといけないようです。
 私はエリアの言葉に、神妙にうなずいたのだった。

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