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ファウルダース侯爵家結婚編
取り戻した婚約者
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ようやくすべての後始末が終わる頃には、もうすっかり社交シーズンは終わっていた。
香の大家で起きた事件について、すべての後片付けが終わるまでまは、被害者である由佳とアンリはオルレット内に留め置かれた。特に由佳は、その後も天降り人としてオルレット王家からしきりに国に留まるように言われていたけれど、この滞在は一時的なものであるとアンリがごり押しての滞在だ。
それももう終わる。この人騒がせな事件に関して残っているのは、由佳とアンリに対する損害賠償くらいだ。
由佳とオルレットの橋渡し役になっているアンリは、由佳の希望を聞くべく、香の大家内にある天落の宮へと足を踏み入れた。
オルレット滞在にあたって、その滞在場所をどうするかでオルレットの王家と揉めたが、オルレットの騎士を派遣することを条件に、由佳は香の大家に滞在することを決めた。
というのも、由佳曰く「オルレットにいるうちに、天降りのものを色々と見ておきたい」のだそう。
アンリとしては普通に宿を取るなどして欲しかったけれど、由佳が世話役の老女であるオレリーと別れ難そうにしていたので、結局は由佳の意見を飲む形をとった。
ちなみにアンリも香の大家で部屋を借りてはいるけれど、オルレットの騎士とのやり取りが予想外に多く、半ば騎士団の詰め所に住む勢いで通っている状態だ。由佳と落ち着いた時間も取れず、夜はオレリーが不埒物を撃退するべく天落の宮に不寝番のメイドを置いているので、こっそり忍んでいくこともできない。
これだけの大騒動があった後なので、婚約者と少しぐらい甘い時間を過ごしたいと思っているアンリとしては、なかなか世知辛い状況だった。
「やぁ、由佳。何してるんだい?」
「アンリ。お仕事おつかれさま」
天落の宮の机で、オレリーと一緒に何かの作業をしていたらしい由佳が顔を上げる。
ここに来てからというもの、由佳は腰紐でウエストを縛るだけの、ひらひらとした簡易な衣装を好んで着ていた。一度、監禁状態だったアンリのもとで事故が起きてしまった心もとないあの衣装。アンリとしてはルドランスでよく着ていた、もっと防御力が高めの服を着てほしいと思ってる。
アンリが近づくと、由佳はそれまで立っていた場所をアンリに譲った。
由佳が見ていたのは、大きな一枚の絵だった。
机いっぱいに広げられたその絵は、とても色鮮やかで、青い地に赤や黄色で模様が描かれていた。
ギザギザとした模様が大きいもので七つ。小さいものを含めれば無数にある。
「由佳、これは?」
「世界地図。私の世界の。天降りの宝物庫にあったの」
地図。
アンリは目を瞬く。
由佳はそんなアンリに向けて、丁寧に教えてくれた。
「この範囲にある青色が海。色がついているのが大陸。こっちが北で、こっちが南。これが赤道で、これが日付変更線」
「待った待った。なに、セキドウって。なに、ヒヅケヘンコウセンって」
「説明が難しいんだけど……とりあえず世界を半分にしたときの折り目と思って。北と南のちょうど真ん中で、太陽に一番近い地域。太陽に近いから、赤道に近いほど熱くなるし、北や南に行くほど寒くなる」
「北が寒いのは分かるけど、南も寒くなるのかい?」
「うん。太陽が遠いから」
由佳の言うことは時々難しい。
アンリはいまいち太陽が遠いから寒いという南の地域が想像できなかった。
「太陽が遠いってことは、暗いのか?」
いまいちピンときていないアンリに、由佳が楽しそうに笑った。
「アンリ、オレリーさんと同じこと言うね」
「姫様いわく、南や北の端では太陽が一日中出ることもあるらしいですよ」
ますます意味が分からない。
ころころと楽しそうに笑う由佳は少し机を離れると、果物が盛られた皿を持ってくる。少食な由佳のためのおやつだろう。
その中から葡萄を一つつまむと、まっすぐに楊枝を突き刺した。
「これが私の世界。地球。丸い形をしてるの。こことここが北と南の端。で、こっちが太陽」
丸っとした赤い林檎を籠から出して地図を横にそっとどけると、由佳はその林檎を机においた。
「この太陽の周りを地球が回るんだけど、地球は少し傾いているの。その上で、この爪楊枝を軸に自転してる。この自転が昼と夜の差。太陽が向いていれば昼で、後ろを向いていれば夜」
それから由佳は白夜と極夜を説明する。
こうして斜めに傾いているから、北と南の端は太陽が一日出る日と、出ない日があることを。
アンリとオレリーは興味深い眼差しでそれを見ていた。
「太陽から遠いというのは地球が丸いから。この赤道に比べて、南と北は距離が離れるでしょう?」
「へぇ」
「もっと詳しく言うと、この赤道を境界線に太陽と地球の位置で季節が変わる。たとえば、日本は北半球だから、ここにあると太陽から距離が遠くなって冬……夜の季節になるし、ここにあると太陽が近くなって暑くなるから、昼の季節になる」
まったく初めて聞く世界の構造に唸っていると、アンリはさらに聞いたことのない名前が出たことに気がついた。
「ニホンって?」
「あれ? 言ってなかったっけ? 私の国の名前」
由佳が不思議そうに首を傾げるから、アンリはつとめて何気ないふうを装った。
「なかったと思う。はじめて聞いた」
「そっか。アンリには元の世界の話をたまにしてたから、話してたと思った」
実際に由佳の口から由佳の故郷の名前を聞くのはこれが初めてだった。
由佳がアンリに故郷の話をする時、国の名前を言うことはなく「故郷」とか「元の世界」と言っていた。本人に自覚がないあたり、無意識にそういった元の世界を鮮明に思い出させるものを避けていたのかもしれない。
「由佳の国はどこにある?」
「日本は、ここ。で、私の生まれ育ったのはこの辺り」
それは地図の端の方だった。
とても小さな島で、南北に長く、不思議な形をしていた。
その中でも由佳は海に近い、ゆるりとカーブを描く島国の出っぱったところを指さした。
「ちなみにフーミャオさんの国はたぶんここ」
「ずいぶんと大きゅうございますね」
「土地としては二番目に大きな国で、人口は一番多い国って言われてた。多民族国家で、千年くらい前はここからここまでが一つの国だって言われてたくらい」
由佳の国と比べたら、フーミャオの国はずいぶんと大きかった。それでも二つの国を合わせても、世界の半分には満たなくて、由佳の世界はずいぶんと広く見える。
「……ちなみに東のウスイ家を興した、シゲゾー・ウスイはどこだと思う?」
「ウスイ・シゲゾウさんだね。名前からたぶん、私と同じ国」
「では、リュンに嫁いだとされる天降りの姫は?」
オレリーの問いに、由佳はうなる。
「名前は伝わってないんですよね」
「ですが、黒髪黒目だったと伝わっております」
「ならたぶんアジア圏の人なので、私かフーミャオさんの国とそう変わらないと思います。こっちの大陸やこの辺りの人たちは色素が薄くて、金髪や色白の人が多いですから」
そう考えると、天降りは同じような場所から来ている印象だ。
なんとも不思議なことだと思っていると、由佳が神妙な面持ちになる。
「不思議だね。天降りは色んな国の物が落ちてくるのに、天降り人はアジア圏ばかりなんて。案外黒髪黒目が目立っただけで、もしかしたらもっと天降り人はもっといたのかも」
「え? 天降りは同じような場所から来るんじゃないのか?」
「たぶん地球のどこからでも来るよ。この地図が証拠」
そう言って由佳は地図を差す。
「これは英語の地図。世界地図は基本的に発行された国が中央に書かれるの。これはたぶんイギリスから来たものだと思う。イギリスはこの国ね」
「エイゴ、とはなんでございますか?」
「イギリスの言葉です。例えばこの国は地図だと『United Kingdom』ってなってますが、私の国だと『イギリス』、フーミャオさんの国だと『英国』って書きます」
別の机から紙とペンを持ってきた由佳はそう言って三つの言葉を並べた。
スラスラと三つの言葉を操る由佳にアンリは驚く。
「……由佳って頭がいいって思ってたけど、三つの国の言葉が分かるのか?」
「母国語は日本語だけど、英語は世界共通言語だから学校である程度は勉強するよ。中国語は大学の第二外国語として学んだから、挨拶程度ならできる」
「はぁ~……よく分かんないけど、すさまじいな」
自分の婚約者はアンリが思う以上に頭のいい人らしい。
そんな人を自分の婚約者として独り占めしていいものか躊躇ってしまうけれど、アンリが望んだことだ。今更手放せるわけもなかった。
由佳はちょっとだけ照れたように笑うと、地図を片づける。
「すっかり話し込んじゃった。そういえばアンリ、何か用事があって来たんじゃないの?」
「そうだった」
由佳に聞かれ、アンリは目的を思い出す。
「今回の件で後始末がそろそろ終わるんだけど、最後に賠償請求どうするか聞きたくて。オージェ伯爵家とうちの侯爵家としては話がついてるけど、由佳個人の希望の確認しにきた」
「えぇ……めんどくさい。賠償ってお金でしょう?」
「普通はね。でもお金に限らず、物とか人とかで賄うこともあるし、賠償をとらずに量刑の加味の申請もできる」
「ふぅん……」
由佳は眉をしかめると、おもむろに机の上を見た。
何かを考えるようにコツコツと指で机を叩く仕草が可愛らしい。
しばらく考える様子を見せていた由佳がアンリを見る。
「それじゃあ、二つお願いしていい?」
「なんだい?」
「香の大家が持つ天降りの物の一部を譲って欲しい。それから、過去未来問わずに香の大家が見つけた天降りの物に対する消却権、かな」
意外なものを要求する由佳に、アンリは首を傾げた。
「天降りの物が欲しいってのは分かるけど……消却権?」
「そう。オレリーさんに宝物庫を見せてもらってるけど、結構危ないものがあるから。人を殺す道具とか、扱いを間違えると死んじゃうような道具はいらないでしょう?」
「なるほどな。了解。それで交渉するよ」
頭のいい由佳のことだから、これを見越して香の大家への滞在を決めてたのかもしれない。今回の賠償請求がなくとも、いずれはそういった話を自分から持ちかけるつもりだったのかも。
アンリはうなずき、さっきから手に持ったままだった葡萄を口に含む由佳を見た。
難しいことを話しながら小さな葡萄を口に含む由佳は普段よりも大人びて見えて、こういう時に年上のお姉さんなのだと感じる。
この小さなお姉さんの世界をもっと知りたいなと、そう思った。
香の大家で起きた事件について、すべての後片付けが終わるまでまは、被害者である由佳とアンリはオルレット内に留め置かれた。特に由佳は、その後も天降り人としてオルレット王家からしきりに国に留まるように言われていたけれど、この滞在は一時的なものであるとアンリがごり押しての滞在だ。
それももう終わる。この人騒がせな事件に関して残っているのは、由佳とアンリに対する損害賠償くらいだ。
由佳とオルレットの橋渡し役になっているアンリは、由佳の希望を聞くべく、香の大家内にある天落の宮へと足を踏み入れた。
オルレット滞在にあたって、その滞在場所をどうするかでオルレットの王家と揉めたが、オルレットの騎士を派遣することを条件に、由佳は香の大家に滞在することを決めた。
というのも、由佳曰く「オルレットにいるうちに、天降りのものを色々と見ておきたい」のだそう。
アンリとしては普通に宿を取るなどして欲しかったけれど、由佳が世話役の老女であるオレリーと別れ難そうにしていたので、結局は由佳の意見を飲む形をとった。
ちなみにアンリも香の大家で部屋を借りてはいるけれど、オルレットの騎士とのやり取りが予想外に多く、半ば騎士団の詰め所に住む勢いで通っている状態だ。由佳と落ち着いた時間も取れず、夜はオレリーが不埒物を撃退するべく天落の宮に不寝番のメイドを置いているので、こっそり忍んでいくこともできない。
これだけの大騒動があった後なので、婚約者と少しぐらい甘い時間を過ごしたいと思っているアンリとしては、なかなか世知辛い状況だった。
「やぁ、由佳。何してるんだい?」
「アンリ。お仕事おつかれさま」
天落の宮の机で、オレリーと一緒に何かの作業をしていたらしい由佳が顔を上げる。
ここに来てからというもの、由佳は腰紐でウエストを縛るだけの、ひらひらとした簡易な衣装を好んで着ていた。一度、監禁状態だったアンリのもとで事故が起きてしまった心もとないあの衣装。アンリとしてはルドランスでよく着ていた、もっと防御力が高めの服を着てほしいと思ってる。
アンリが近づくと、由佳はそれまで立っていた場所をアンリに譲った。
由佳が見ていたのは、大きな一枚の絵だった。
机いっぱいに広げられたその絵は、とても色鮮やかで、青い地に赤や黄色で模様が描かれていた。
ギザギザとした模様が大きいもので七つ。小さいものを含めれば無数にある。
「由佳、これは?」
「世界地図。私の世界の。天降りの宝物庫にあったの」
地図。
アンリは目を瞬く。
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「この範囲にある青色が海。色がついているのが大陸。こっちが北で、こっちが南。これが赤道で、これが日付変更線」
「待った待った。なに、セキドウって。なに、ヒヅケヘンコウセンって」
「説明が難しいんだけど……とりあえず世界を半分にしたときの折り目と思って。北と南のちょうど真ん中で、太陽に一番近い地域。太陽に近いから、赤道に近いほど熱くなるし、北や南に行くほど寒くなる」
「北が寒いのは分かるけど、南も寒くなるのかい?」
「うん。太陽が遠いから」
由佳の言うことは時々難しい。
アンリはいまいち太陽が遠いから寒いという南の地域が想像できなかった。
「太陽が遠いってことは、暗いのか?」
いまいちピンときていないアンリに、由佳が楽しそうに笑った。
「アンリ、オレリーさんと同じこと言うね」
「姫様いわく、南や北の端では太陽が一日中出ることもあるらしいですよ」
ますます意味が分からない。
ころころと楽しそうに笑う由佳は少し机を離れると、果物が盛られた皿を持ってくる。少食な由佳のためのおやつだろう。
その中から葡萄を一つつまむと、まっすぐに楊枝を突き刺した。
「これが私の世界。地球。丸い形をしてるの。こことここが北と南の端。で、こっちが太陽」
丸っとした赤い林檎を籠から出して地図を横にそっとどけると、由佳はその林檎を机においた。
「この太陽の周りを地球が回るんだけど、地球は少し傾いているの。その上で、この爪楊枝を軸に自転してる。この自転が昼と夜の差。太陽が向いていれば昼で、後ろを向いていれば夜」
それから由佳は白夜と極夜を説明する。
こうして斜めに傾いているから、北と南の端は太陽が一日出る日と、出ない日があることを。
アンリとオレリーは興味深い眼差しでそれを見ていた。
「太陽から遠いというのは地球が丸いから。この赤道に比べて、南と北は距離が離れるでしょう?」
「へぇ」
「もっと詳しく言うと、この赤道を境界線に太陽と地球の位置で季節が変わる。たとえば、日本は北半球だから、ここにあると太陽から距離が遠くなって冬……夜の季節になるし、ここにあると太陽が近くなって暑くなるから、昼の季節になる」
まったく初めて聞く世界の構造に唸っていると、アンリはさらに聞いたことのない名前が出たことに気がついた。
「ニホンって?」
「あれ? 言ってなかったっけ? 私の国の名前」
由佳が不思議そうに首を傾げるから、アンリはつとめて何気ないふうを装った。
「なかったと思う。はじめて聞いた」
「そっか。アンリには元の世界の話をたまにしてたから、話してたと思った」
実際に由佳の口から由佳の故郷の名前を聞くのはこれが初めてだった。
由佳がアンリに故郷の話をする時、国の名前を言うことはなく「故郷」とか「元の世界」と言っていた。本人に自覚がないあたり、無意識にそういった元の世界を鮮明に思い出させるものを避けていたのかもしれない。
「由佳の国はどこにある?」
「日本は、ここ。で、私の生まれ育ったのはこの辺り」
それは地図の端の方だった。
とても小さな島で、南北に長く、不思議な形をしていた。
その中でも由佳は海に近い、ゆるりとカーブを描く島国の出っぱったところを指さした。
「ちなみにフーミャオさんの国はたぶんここ」
「ずいぶんと大きゅうございますね」
「土地としては二番目に大きな国で、人口は一番多い国って言われてた。多民族国家で、千年くらい前はここからここまでが一つの国だって言われてたくらい」
由佳の国と比べたら、フーミャオの国はずいぶんと大きかった。それでも二つの国を合わせても、世界の半分には満たなくて、由佳の世界はずいぶんと広く見える。
「……ちなみに東のウスイ家を興した、シゲゾー・ウスイはどこだと思う?」
「ウスイ・シゲゾウさんだね。名前からたぶん、私と同じ国」
「では、リュンに嫁いだとされる天降りの姫は?」
オレリーの問いに、由佳はうなる。
「名前は伝わってないんですよね」
「ですが、黒髪黒目だったと伝わっております」
「ならたぶんアジア圏の人なので、私かフーミャオさんの国とそう変わらないと思います。こっちの大陸やこの辺りの人たちは色素が薄くて、金髪や色白の人が多いですから」
そう考えると、天降りは同じような場所から来ている印象だ。
なんとも不思議なことだと思っていると、由佳が神妙な面持ちになる。
「不思議だね。天降りは色んな国の物が落ちてくるのに、天降り人はアジア圏ばかりなんて。案外黒髪黒目が目立っただけで、もしかしたらもっと天降り人はもっといたのかも」
「え? 天降りは同じような場所から来るんじゃないのか?」
「たぶん地球のどこからでも来るよ。この地図が証拠」
そう言って由佳は地図を差す。
「これは英語の地図。世界地図は基本的に発行された国が中央に書かれるの。これはたぶんイギリスから来たものだと思う。イギリスはこの国ね」
「エイゴ、とはなんでございますか?」
「イギリスの言葉です。例えばこの国は地図だと『United Kingdom』ってなってますが、私の国だと『イギリス』、フーミャオさんの国だと『英国』って書きます」
別の机から紙とペンを持ってきた由佳はそう言って三つの言葉を並べた。
スラスラと三つの言葉を操る由佳にアンリは驚く。
「……由佳って頭がいいって思ってたけど、三つの国の言葉が分かるのか?」
「母国語は日本語だけど、英語は世界共通言語だから学校である程度は勉強するよ。中国語は大学の第二外国語として学んだから、挨拶程度ならできる」
「はぁ~……よく分かんないけど、すさまじいな」
自分の婚約者はアンリが思う以上に頭のいい人らしい。
そんな人を自分の婚約者として独り占めしていいものか躊躇ってしまうけれど、アンリが望んだことだ。今更手放せるわけもなかった。
由佳はちょっとだけ照れたように笑うと、地図を片づける。
「すっかり話し込んじゃった。そういえばアンリ、何か用事があって来たんじゃないの?」
「そうだった」
由佳に聞かれ、アンリは目的を思い出す。
「今回の件で後始末がそろそろ終わるんだけど、最後に賠償請求どうするか聞きたくて。オージェ伯爵家とうちの侯爵家としては話がついてるけど、由佳個人の希望の確認しにきた」
「えぇ……めんどくさい。賠償ってお金でしょう?」
「普通はね。でもお金に限らず、物とか人とかで賄うこともあるし、賠償をとらずに量刑の加味の申請もできる」
「ふぅん……」
由佳は眉をしかめると、おもむろに机の上を見た。
何かを考えるようにコツコツと指で机を叩く仕草が可愛らしい。
しばらく考える様子を見せていた由佳がアンリを見る。
「それじゃあ、二つお願いしていい?」
「なんだい?」
「香の大家が持つ天降りの物の一部を譲って欲しい。それから、過去未来問わずに香の大家が見つけた天降りの物に対する消却権、かな」
意外なものを要求する由佳に、アンリは首を傾げた。
「天降りの物が欲しいってのは分かるけど……消却権?」
「そう。オレリーさんに宝物庫を見せてもらってるけど、結構危ないものがあるから。人を殺す道具とか、扱いを間違えると死んじゃうような道具はいらないでしょう?」
「なるほどな。了解。それで交渉するよ」
頭のいい由佳のことだから、これを見越して香の大家への滞在を決めてたのかもしれない。今回の賠償請求がなくとも、いずれはそういった話を自分から持ちかけるつもりだったのかも。
アンリはうなずき、さっきから手に持ったままだった葡萄を口に含む由佳を見た。
難しいことを話しながら小さな葡萄を口に含む由佳は普段よりも大人びて見えて、こういう時に年上のお姉さんなのだと感じる。
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