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ファウルダース侯爵家結婚編

重ねた約束と重なる言葉6

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 馬車が進む。
 人の目を盗んで進んだ馬車は途中で馬車を乗り換えられ、また人目を避けるように進む。

 そうして私たちはオルレットの大使館に戻ってきてしまった。
 エンゾ様の楽しそうに笑う表情が脳裏に浮かぶけど、あれが偽りの表情だと思うと、胸の内がひどく冷える。
 こんな手間のかかることをして、何もないなんてありえない。

 アンリと私は別々で運ばれた。
 客室らしい部屋の一つに連れて行かれた私は見張りらしき馬車で同乗してた人にここで待つように言われる。
 アンリと一緒がいいと訴えたけど、聞き入れて貰えなかった。
 そうして待つことしばらくして、部屋の扉がノックされる。

「ユカ様!」
「エンゾ様」

 驚いた表情で入ってきたのはエンゾ様だった。
 その後ろから、トビ様も入ってくる。

「トビ、いったいこれはどういうことです。このように攫うような真似をして」
「エンゾ。控えろ。お前の話は後で聞いてやる」

 トビ様は言い募るエンゾ様を置いて、私の方へと歩み寄る。
 そして手に持っていた何かを私の方へ見せつけるように掲げて見せた。

「これはお前のだな」

 『ユカの詩集』。

 そう表紙に書かれたそれは、私が一年前、オージェ伯爵家のあの騒動の中、失くしたと思っていたもの。
 私は思わずそれに手を伸ばした。
 だけどトビ様は私の手が触れる前に、その本を後ろへと引く。

「……どうして、それがここに」
「うちの名を騙る馬鹿がいたと聞いて、調べていたら出てきたものだ。川辺の石に金が出るとはよく言ったものだな」

 私はみるみるうちに全身の血の気が引いていくのが分かった。
 手の先が冷え切って、しびれてすらいるような錯覚に陥る。

「たとえばそれが私のものだとして、このようなことをされる覚えはございません」
「威勢がいいな。よほど肝がすわっているか、よほどの馬鹿かは分からんが……先程の茶会で素直にしていれば良かったものを」

 トビ様がじろりと私を睨みつけてくる。
 まるで射殺さんばかりのその鋭い気配に、身が竦んだ。

「いったい、なんのことですか」
「しらを切るつもりか。そうであれば途方もない馬鹿だな」

 鼻で笑ったトビ様は、手に持った本をエンゾ様に渡す。
 エンゾ様は困惑した表情でそれを受け取ると、ページをめくり、その表情を強ばらせた。

「天降り人の文字……まさか、そんな」
「読めぬなど嘘をつくとはな。この本を見つけてから色々とお前の身辺を探っていた。天降り人の文字、二年前に突然現れた伯爵家の拾い子……喜べエンゾ。生きる伝説がここにいるぞ」

 口の橋を上げて笑うトビ様とは対象的に、エンゾ様は愕然としたあと、その目の色がみるみるうちに喜色ばんでいく。

「あぁ、あぁ……すごい、これはすごい! 歴史的瞬間にまさか立ち会えるなんて……!! あぁ、どうしてトビはこんな素晴らしいことを教えてくださらなかったのですか!」
「お前が知るとそうやってうるさいからだ」

 飛び跳ねんばかりに鼻息荒くトビ様につめよりだしたエンゾ様を鬱陶しそうに払い除けている。
 私はその様子をまるでテレビの向こうから見ているような、どこか他人事のような気持ちで見ていた。
 頭の奥で警鐘が鳴る。
 このままじゃダメだと、心を、身体を、頭を動かす。

「……私に、何か御用があれば、伯爵家に正式にご連絡ください。このように人攫いの真似事などされれば、困るのはあなた達でしょう」
「伯爵家に行ったところで秘蔵のお前をそんなほいほいと差し出すことはない。その証拠に、自分の手元に置かず、婚約者の家に入れて姿を隠させていた。どうつなぎを取るべきか考えていたら、エンゾが思いもよらぬところからつなぎを得たのだから、感謝せねばな」

 褒められたらしいエンゾ様は頬を紅潮させて、私を見つめている。その視線が気持ち悪くて思わず一歩下がったら、エンゾ様はその場で跪いた。

「ああ、ユカ様……いいえ、天降りの姫君。そんなお顔をめされますな。ご心配には及びません。俗世のことはこちらで全て担いますので、ご安心を」
「姫君? 俗世? いったい何を言って……っ」

 大仰なまでのエンゾ様の言葉に、私がおののけば、トビ様がエンゾ様の後の言葉を引き継いだ。

「お前にはオルレットに来てもらおう。香の大家には天降り人の宮があるからそれをお前にくれてやる。そこで大人しくしていろ」
「なっ」

 とんでもない暴挙に、さすがの私も黙ってはいられなかった。

「私はオルレットに行きません! これではまるっきり人攫いじゃないですか!」
「いいや、来てもらう。天降りは人にとって吉とも凶ともなる。西の大陸において、その吉凶を定めて管理するのは香の大家としての義務だ。それは天降り人であるお前も含まれる」

 まるで物のような扱いに、私は怒りがわいてくる。

「だからって、こんな物のような扱いをされる謂れはありません! 私は自分で良し悪しの判断ができる一人の人間です!」
「だが天降りは危険だ。過去に天より落ちてきたばかりの矢が火を吹き、石を弾き、地面をえぐり、人を何百人と殺したこともある。そんな異物が存在する天界の人間が、皆、フーミャオのように善人だとも?」

 トビ様―――ううん、トビの言葉に、私は返す言葉もなくなった。
 たぶん、トビが言った天降りでもたらされたものというのは、爆弾か何かだったのだろう。
 あれは人間の悪性の塊だ。
 それを危険視した人たちが、天降りを管理するという考えになるのも、仕方のないことだったのかもしれない。

 だからって……!

「……私にルドランスに残るという選択肢はくれないのですか」
「ないな」
「アンリはどうなりますか」

 オルレットに連れて行かれることは決定事項らしい。
 その上でアンリのことを聞けば、トビは冷めた目で私を見てきた。

「……正直、殺すのが後腐れがないと思っていたが、お前はよほどあの男に執着していると見てるからな。生かしてやることにした。だが、ルドランスに置いていくと厄介そうだ。隠蔽は手間だがアレも連れて行こう」

 殺すつもりだったと言われて心臓が爆発するんじゃないかと思うくらい痛く鼓動したけれど、生かしてくれるらしいと聞いていくらかマシになった。
 良かった……アンリの無事を思うだけで足元から力が抜ける。

「姫君!」
「っ、こないで!」

 エンゾ様が崩れ落ちた私の方へと足を踏み出そうとしたのが分かったから、先に叫んだ。
 痛む心臓をぐっと握っていると、トビが頭上からもう一つ、言いつけてくる。

「ただ宮に閉じ込めるだけも可哀想だからな。仕事もくれてやる。我々が今まで集めた、フーミャオの日記を解読をしてもらおうか」
「私、読めないって言いました」
「嘘をつくな。お前の詩集とフーミャオの日記を照合したが、所々一致した。お前には読めるはずだ」
「それは……」

 同じ漢字を使っているけど、日本語と中国語じゃ全然違う。
 それを説明しても、トビは鼻で笑って取り合ってはくれなかった。

「話はこれでしまいだ。エンゾ、俺は先にオルレットへ戻る。後始末をしたら、お前も早々に帰ってこい」
「はい」

 笑顔で請け負ったエンゾ様が憎らしい。
 二人が出ていった後、私は震えだした自分の身体を抱きしめる。

 ここには誰もいない。
 エリアも、ベルさんも、アンリも。
 私を抱きしめて、不安を拭ってくれる人は誰もいない。

「アンリ……っ、ごめん、ごめんね……っ」

 私のせいで怪我をさせてしまったアンリを想う。
 トビはアンリのことを生かしてくれると言ったから、今はその言葉を信じるしかない。
 優しい彼の想いに、私はいつも報えない。

 それがとても悲しくて、情けなくて、こんな自分が嫌で。

 私はいつも後悔ばかりをしている。

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