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ファウルダース侯爵家結婚編

華やぐ夜会1

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 シンデレラは魔法使いのおばあさんの魔法で素敵なドレスアップをして舞踏会へと行ったけれど、現実はそんな甘くはなかった。

 夜会の準備ってこんなに大変なの!?

 朝も早くに起こされて、寝ぼけ眼でお風呂に入れられて、低血圧にクラクラしながらマッサージを受けて寝落ちした。
 ハッと起きたらもうお昼で、私のお肌はピカピカに磨き上げられていて、お肌もちもちのすべすべ。
 寝て起きたらまさに魔法のようではあったけれど、体が受けていた刺激というのは疲労として蓄積されていたようで、なんとなく全身が怠かった。

 あんまりにもお腹が空いてしまったから、お昼に軽食をつまんでひと休憩。
 ほっと息をついたのもつかの間、ベルさんを筆頭にメイドさんたちが私の服をひん剥くと、三人がかりでコルセットの着付け!
 これが一番地獄だった。
 ベルさん容赦ないんだもん。
 お腹と腰がペキって言って折れそうなくらいの圧力をコルセットに託して、くびれができる。伯爵家のお茶会でつけていた昼用のコルセットが断然マシだった。

「お嬢様はお胸がないので寄せて上げるしかありませんから」
「ベルさんひどい」

 私からしてみればこの世界の人達の発育がおかしいと思う!
 そう主張したところで子供にしか見られていない事実もあるので、不毛な抗議なんですが。

 ベルさんにえいやっとコルセットを締め上げられてぐったりとしていれば、次はお化粧。
 人にお化粧をしてもらうのって緊張するけれど、最近はベルさんがやってくれていたのでその延長線。全く知らない人に顔をいじられるよりは安心した。
 髪も綺麗に結い上げてもらって、最後にドレスを着れば、出来上がり。
 気がついたらすっかり日も暮れ始める頃で、成人式の振り袖のための早起きが可愛いものだったな~、なんて思っちゃったくらい。

 くたくたになってもベッドに寝転ぶことはできないから、ソファに腰掛けて、せめてコルセットの圧迫が苦しくない姿勢を探す。
 ほっと一息つく頃、客室の扉がノックされた。

「はい」
「ユカ、準備できた?」

 扉の向こうから現れたのは、素敵な王子様。
 輝くほどに美しい銀の髪はいつもと違って一つにくくられて、肩に流れている。前髪も上げてきっちりと固めてしまえば、凛々しさが際立つ。
 その細い体は黒を基調にした軍服のようなスーツを着ていた。騎士の制服に近い雰囲気があるけど、それよりは華美な装飾が目立つので、たぶん式典用の正装みたいなものなのかもしれない。

 年下の男の子だってことが頭から飛んでしまったくらいに、大人の、男の人だった。

 でもスミレ色の瞳が私を見つけて、嬉しそうに緩むから、私もつられて頬が緩んだ。

「すごく男前。見違えた」
「そういうユカこそ、すごく綺麗だ」

 私ってこんなにも単純だったのかってびっくりするくらい、ストレートな褒め言葉に心が浮足立つ。

 私のドレスは濃紺色のシルクにオーガンジーを重ねた、Aラインのドレス
 オーガンジーには裾のあたりにビーズが散りばめられていて、裾が翻るたびに光を反射する。
 そしてトップはハイネックの総レース仕立て。袖は肘までの七分丈で、鎖骨から首、二の腕までがレースで覆われている。
 背中ももちろん、傷のある位置がうまい具合に密度の高いレースで覆われていて、露出を抑えてくれている。
 その上、髪飾りやイヤリング、胸元のブローチには銀細工で飾られたアメジストがあしらわれていて、アンリと私の関係を示す色を取り入れてくれていた。

 ダミアン様とミリッツァ様から贈られた素敵なドレス。
 私のことを想ってくれた気配りが、いたるところに散りばめられたドレスだった。
 こんな大人っぽいドレス、私に似合うか不安だったけれど、アンリに綺麗だって言ってもらえて安心した。

「なんだろう、そういう格好していると、ちゃんとお姉さんに見えるや」
「もう、普段はお姉さんに見えないってこと?」
「あ~……そーいうわけじゃないけど」
「じゃあどういうわけなの?」
「……勘弁してください」

 白旗を上げたアンリ。
 ちょっと困ったような、情けないような顔をする目の前の人に、いつものアンリを見つけて、私は嬉しくなって笑ってしまった。

「笑わなくたっていいじゃないか」
「ごめんなさい。やっぱりアンリはアンリだなって思っただけ」
「そっちこそどういう意味だよ」
「そのまんまの意味だよ」

 言葉遊びをしながら笑っている間にも、アンリは大股でソファーのところまで着てしまう。
 そうして白い手袋をした右手を差し出した。

「お手を、お姫様」
「ありがとう、王子様」

 いつもの仕返し。
 たまにはこういうのもいいでしょ、と笑いながらアンリの手に自分の手を重ねる。
 でも一向にその手が引かれなくてアンリの顔を見上げれば、アンリは顔を明後日の方向に向けながら、空いてる左手で口元を覆っていた。
 え、何その反応。

「アンリ? 具合悪いの?」
「うー……ちょっと、悪いかも」
「えっ、それは大変!」

 風邪? 腹痛? それとも何か、もっと別の?
 慌てて立ち上がれば、アンリは目元を潤ませながら私の手を引いてしまう。
 立ち上がる勢いのままアンリの方へと倒れ込んだ私は、そのままアンリに抱きすくめられて。

「アンリ?」
「あーもー、ユカほんと可愛い。可愛いし、綺麗だし、それなのに僕がユカの王子様とか、浮かれちまうよ」
「ちょっとアンリ、具合悪いのならそんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
「具合が悪いのはユカのせいだ。ユカが可愛すぎて、胸が張り裂けそう」
「馬鹿なこと言ってないで、もう」

 これはあれかな、恋の病に薬なしっていうやつ。
 こんな私を可愛いだなんて、アンリも大概物好きだとは思う。でもこんな綺麗なドレスを着ている間くらい、アンリだけのお姫様になってもいいのかなって夢見がちなことすら思ってしまう私も、大概だよね。
 私もアンリも、結局は似た者同士なのかも。
 そんなこんなでしばらく抱擁を交わすと、満足したのかアンリが身体を離した。

「これ以上は駄目だ。理性が溶ける」
「アンリ、そろそろ時間じゃない?」
「あ、うん。そうだね、行こう」

 アンリがなにか独り言をぼやいていた気もするけど、気のせいだったかもしれない。
 声をかければ、今度こそアンリは私をエスコートしてくれた。


◇◇◇


 今日の夜会は「初春(ういはる)の夜会」というもので、王家主催の、社交界の幕開けを告げる大きな夜会らしい。

 シリル様とリゼット様と同じ馬車に相乗りさせてもらって、王城へと向かう。
 シリル様も貴公子然とした服装だし、リゼット様も本物のお姫様のように美しくて、目がちかちかした。そんなお二人からも綺麗だって言われて、馬車に乗っている間中、恥ずかしくて視線が合わせられなかった。

 外から見た王城は、パリのヴェルサイユ宮殿のような場所だった。
 城壁を越えてからも進んでいく馬車や遠くに見える大きな建物を見ていると、王城と呼ばれる場所の広さがよくわかる。東京ドームいくつ分だろうね?

 そうして馬車が玄関ポーチへと到着すると、まずシリル様が降りた。次にリゼット様。
 アンリが降りて、手を差し伸べてくれる。
 私はその手を取ると、馬車の外へと踏み出した。

 人生初の舞踏会。
 本当に人生って何か起きるか分からない。

 煌々と真昼のように灯されたシャンデリアの明かりがこぼれ出てくる場所には、次々と馬車が止まって、紳士淑女がお城の中へと入っていく。
 足がすくむのはしょうがないと思う。
 だって私、こんな場所に立つなんて夢にも思ったことなかったんだもの。
 気後れしていれば、私の戸惑いに気がついたらしいアンリが頬を寄せた。

「大丈夫さ、僕がいる。はぐれないようにね」
「うん。アンリこそ、私を置いてっちゃ嫌だよ」

 エスコートしてくれるアンリの手をしっかりと握れば、アンリもまた握り返してくれる。
 この手がある限り、私は前を見る。
 背筋をしゃんと伸ばして。

 いざ、貴族の世界へ。
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