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ファウルダース侯爵家結婚編
初めてのご挨拶1
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立派な門をくぐりぬけると、その先には季節の花が植えられた絨毯のような庭があって、その先にオージェ伯爵のお屋敷よりも立派な構えをしたお屋敷が見えた。
……本当にアンリってお貴族様だったんだ。
正直半信半疑だったけど、こんな立派なお屋敷を見てしまうと信じるしかないや。
花壇に植えられたお花を見下ろしていると、アンリの手綱で馬が進んでいく。
玄関ポーチまで来ると、ようやく降ろしてもらえた。
「ちょっと待ってて。センリを厩舎に連れてくから」
「うん。いってらっしゃい」
またねと馬のセンリちゃんにふりふり手を振る。センリちゃんは尻尾をふりふりしながらアンリに連れられていった。
手持ち無沙汰になりながら、玄関ポーチで一人立ち尽くす。
ちょっと肩透かし食らった気分かも。道中で止まったお屋敷では、使用人が馬車とか馬の手配していたから、アンリが自分で馬をしまいに行くのを見て、少しだけ肩の力が抜けた。
ダミアン様よりも位の高い侯爵家だって言うから緊張してたけど、緊張しなくても大丈夫だったのかな。道中のお屋敷では歓迎の意思表示なのか、使用人がずらっと並んでお出迎えされたこともしばしばあったので、それを思えば気が楽かも。
ぼんやりと雨上がりの澄んだ空を見上げていれば、後ろから何かが軋む音がした。
「まぁ。可愛らしいお嬢さんね。一人でどうしましたの」
玄関の扉が開いて、中から出てきたたおやかな女性と目が合った。
茶色の髪を綺麗に結い上げた、穏やかな雰囲気の女の人。
ドレスを着てるその人の目はスミレ色で。
すごく親近感のわく目元。
もしかしてこの人、アンリのお母様だったりする?
私は慌てて頭を下げた。
「お邪魔でしたら申し訳ありませんでした。私は由佳と申します。こちらのご子息であるアンリ様に、ここで待つようにと言われたものですから」
「まぁ。じゃあ貴女がアンリの言っていたお客様なのね。私はエディット・ファウルダースと申しますの。よろしくお願いしますね」
おっとりと微笑むエディット様。
なんだろう、一緒にいるとすごく空気の和む人。
私もつられてふんわりと笑う。
ほのぼのとした空気に、アンリのお母様への初対面という緊張はどこかに行っちゃった。
「ユカさん、よろしかったら中へお入りくださいな。こちらで立っているのも疲れますでしょう?」
「いえ、突然いなくなると心配かけてしまいますから」
「いいのよ。心配させてこそ、愛が深まると言うでしょう?」
おっとりとした声でエディット様が言うけれど、私としては余計なことでアンリに心配をかけたくない気持ちのほうが強いかも。
さすがに邸内で大事になるようなことはないとアンリも分かってるだろうけど、今まで散々心配かけてきてるから、こういう小さなことでも心配はかけたくない。
「ありがたい申し出ですが、私は少しでも彼に心配をかけさせたくないのです。これまでにも随分、心配をかけてしまっていたので」
やんわりとお断りすれば、エディット様は気を悪くすることもなく、はんなりとした表情でふふふと笑った。
その笑顔を見るだけで、空気がまろやかになる。
「それなら仕方ないわね。あぁ、噂をすればだわ。アンリ、おかえりなさい」
「母上? どうしたんですがこんな所へ」
「どうしたも何も、あなたが黙ってお屋敷から出て行ったのを見ていたのよ。たぶんお客様をお迎えに行ったのだろうと思ってお待ちしていたのだけれど、あなたといえばこんなに可愛らしいお客様を置いて馬小屋に行ってしまうんだもの。あなたの代わりにお屋敷をご案内して差し上げようと思って」
「どこから見てたんですか……」
ふんわりとした空気はそのままで、エディット様は言いたいことを言い切った。言われてしまったアンリはといえばしくじったと言いたげに額に手を当ててる。
アンリってはお仕事だったら過不足なく立派に隊長さんができるのに、私生活だと報連相がとたんにできなくなるタイプなのかな。そういうのはちゃんとしないといけないよ?
「ユカ、紹介するよ。僕の母だ。母上、彼女が僕の恋人のユカ」
「改めまして、アンリの母です。ユカさん、よろしくお願いしますね」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
ドレスをつまんだ淑女のカーテシー。
私もハッとしてカーテシーを返す。
ちょっとぎこちないのは許してほしい。
「ユカ? 顔が赤いけど大丈夫かい?」
「平気。なんでもないよ」
「いーや、疲れてるんだろう。馬車でゆっくり来るはずだったのを馬でかっ飛ばしたからな……母上、ユカを休ませても?」
「ええ。ゆっくりなさいな。家の者へのご挨拶は元気になってからで大丈夫よ」
「ありがとうございます。よし、行こうかユカ」
「わっ」
大丈夫って言ってるのに、アンリは私の膝裏をさらうとあっという間に横抱きにしちゃう。
まさかまさか、ご挨拶したばかりのお母様の前でまで抱っこされるなんて!
「あ、アンリちゃん、私歩けるからっ」
「顔赤くさせといて何言ってるんだ。大人しくしてなって」
顔が赤いのはあなたがナチュラルに「恋人です」ってお母様に紹介したからなのと、恥ずかしげもなく抱き上げられたからです!
恥ずかしすぎて顔から火が噴きそう。
私は赤い顔を隠すようにアンリの胸に顔を寄せた。
「具合悪い?」
「……へーきだってば」
そんな様子の私をさらに心配したのか、頭上から声が降ってくる。私はアンリの心臓の音を数えることで平常心を保とうとした、けど。
「アンリ、心臓の音、早くない?」
「ちょ、なに聞いてるのさ」
ちらっと上目遣いでアンリを見上げれば、アンリがスミレの瞳をまん丸くして、ふいっと視線をそらす。
その目尻がほんのりと赤くなってるのを見つけちゃった。
アンリの羞恥が私にもうつる。
心臓の音を聞ける距離にいることを思い出して、また恥ずかしさが帰ってきちゃう。
私は再び顔を下げて、恥ずかしさを誤魔化した。
ゆらゆら。
こつこつ。
アンリの足は止まることなく廊下を進んでいく。
すると。
「あら、お客様?」
「アンリ、どうかしたのか?」
可愛いらしい女の人の声と、爽やかな男の人の声。
アンリが足を止めた。
顔を上げれば、ドレスを着た金髪の女の人と、快活そうな茶髪の男の人が、部屋の一つから出て来たところだった。
「シリル兄上、リゼット義姉上」
アンリが二人に応える。
私も二人と目があったので目礼して、そのまま視線を下げた。
……目を、合わせ、づらい。
アンリ今、兄と姉って呼んだよね。
てことはこの二人はアンリの兄夫妻だよね。
そんな二人にこんな情けない格好でご挨拶とか、さっきのエディット様の時より残念なご挨拶になりませんか!?
一人で悶々と葛藤していれば、頭上でアンリたちが会話を交わしていく。
「紹介するよ。彼女が僕の恋人のユカ。ユカ、顔上げれるかな。僕の上の兄のシリルと、その奥方のリゼット様だ」
「……このような格好で申し訳ありません。ユカ、と申します……」
「シリルだ」
「リゼットです」
恥ずかしさのあまりに、なんとか絞り出した言葉は消え入りそうなくらい小さい。
さすがに初対面の身内を前に開き直れるような神経は持ち合わせてはないよ!?
お兄様方の視線が気になって居心地が悪い。
私はもう一度、主張してみた。
「あの、アンリ、一人で歩けるから、降ろして?」
「無理するなって」
「無理はしてない」
「部屋までもうすぐだからさ」
あーもー、聞いちゃくれない!
何を言ってものれんに腕押しなアンリ。どうしてやろうか。
「ご気分が優れないのですか?」
「長旅の疲れが出てるんですよ。しばらく休ませるつもりです」
リゼットさんが心配そうに私の表情をのぞいてくるものだから、私はますます恥ずかしくて視線をそらしてしまった。
「アンリ、降ろしてって」
「だめだ」
もー!
これじゃ埒が明かない!
恥を忍んで、すぐそばにいるリゼット様に助けてくださいと救難信号を送る。
その視線を受け取ったリゼット様は少しだけ目を丸くした後、おかしそうに笑いだした。
「ふふ」
「リゼット?」
「いいえ、さすがご兄弟だわ、と」
え、なんですかその不穏な言葉は。
リゼット様は微笑みながらアンリへと視線を上げる。
「甘やかしたいのも大事だけど、ほどほどにね」
「甘やかしてるわけじゃないですよ」
「ですって、ユカさん。顔色が悪いのは本当ですから、甘んじてお受けなさいな。体を横たえるだけでも疲れは取れますし、ゆっくりお休みなさって」
リゼット様にまで顔色が悪いと言われてしまえば、もうこれ以上の抵抗が無意味だ。
羞恥で顔が熱を持ってるのは分かるのに、そんなに私の顔色って悪いのかな。
今朝、出立前に鏡を見てお化粧していたけど、普段とそう変わらないと思っていたのに。
アンリだけではなく、兄嫁様にまで諭された私は、しぶしぶ頷いたのだった。
……本当にアンリってお貴族様だったんだ。
正直半信半疑だったけど、こんな立派なお屋敷を見てしまうと信じるしかないや。
花壇に植えられたお花を見下ろしていると、アンリの手綱で馬が進んでいく。
玄関ポーチまで来ると、ようやく降ろしてもらえた。
「ちょっと待ってて。センリを厩舎に連れてくから」
「うん。いってらっしゃい」
またねと馬のセンリちゃんにふりふり手を振る。センリちゃんは尻尾をふりふりしながらアンリに連れられていった。
手持ち無沙汰になりながら、玄関ポーチで一人立ち尽くす。
ちょっと肩透かし食らった気分かも。道中で止まったお屋敷では、使用人が馬車とか馬の手配していたから、アンリが自分で馬をしまいに行くのを見て、少しだけ肩の力が抜けた。
ダミアン様よりも位の高い侯爵家だって言うから緊張してたけど、緊張しなくても大丈夫だったのかな。道中のお屋敷では歓迎の意思表示なのか、使用人がずらっと並んでお出迎えされたこともしばしばあったので、それを思えば気が楽かも。
ぼんやりと雨上がりの澄んだ空を見上げていれば、後ろから何かが軋む音がした。
「まぁ。可愛らしいお嬢さんね。一人でどうしましたの」
玄関の扉が開いて、中から出てきたたおやかな女性と目が合った。
茶色の髪を綺麗に結い上げた、穏やかな雰囲気の女の人。
ドレスを着てるその人の目はスミレ色で。
すごく親近感のわく目元。
もしかしてこの人、アンリのお母様だったりする?
私は慌てて頭を下げた。
「お邪魔でしたら申し訳ありませんでした。私は由佳と申します。こちらのご子息であるアンリ様に、ここで待つようにと言われたものですから」
「まぁ。じゃあ貴女がアンリの言っていたお客様なのね。私はエディット・ファウルダースと申しますの。よろしくお願いしますね」
おっとりと微笑むエディット様。
なんだろう、一緒にいるとすごく空気の和む人。
私もつられてふんわりと笑う。
ほのぼのとした空気に、アンリのお母様への初対面という緊張はどこかに行っちゃった。
「ユカさん、よろしかったら中へお入りくださいな。こちらで立っているのも疲れますでしょう?」
「いえ、突然いなくなると心配かけてしまいますから」
「いいのよ。心配させてこそ、愛が深まると言うでしょう?」
おっとりとした声でエディット様が言うけれど、私としては余計なことでアンリに心配をかけたくない気持ちのほうが強いかも。
さすがに邸内で大事になるようなことはないとアンリも分かってるだろうけど、今まで散々心配かけてきてるから、こういう小さなことでも心配はかけたくない。
「ありがたい申し出ですが、私は少しでも彼に心配をかけさせたくないのです。これまでにも随分、心配をかけてしまっていたので」
やんわりとお断りすれば、エディット様は気を悪くすることもなく、はんなりとした表情でふふふと笑った。
その笑顔を見るだけで、空気がまろやかになる。
「それなら仕方ないわね。あぁ、噂をすればだわ。アンリ、おかえりなさい」
「母上? どうしたんですがこんな所へ」
「どうしたも何も、あなたが黙ってお屋敷から出て行ったのを見ていたのよ。たぶんお客様をお迎えに行ったのだろうと思ってお待ちしていたのだけれど、あなたといえばこんなに可愛らしいお客様を置いて馬小屋に行ってしまうんだもの。あなたの代わりにお屋敷をご案内して差し上げようと思って」
「どこから見てたんですか……」
ふんわりとした空気はそのままで、エディット様は言いたいことを言い切った。言われてしまったアンリはといえばしくじったと言いたげに額に手を当ててる。
アンリってはお仕事だったら過不足なく立派に隊長さんができるのに、私生活だと報連相がとたんにできなくなるタイプなのかな。そういうのはちゃんとしないといけないよ?
「ユカ、紹介するよ。僕の母だ。母上、彼女が僕の恋人のユカ」
「改めまして、アンリの母です。ユカさん、よろしくお願いしますね」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
ドレスをつまんだ淑女のカーテシー。
私もハッとしてカーテシーを返す。
ちょっとぎこちないのは許してほしい。
「ユカ? 顔が赤いけど大丈夫かい?」
「平気。なんでもないよ」
「いーや、疲れてるんだろう。馬車でゆっくり来るはずだったのを馬でかっ飛ばしたからな……母上、ユカを休ませても?」
「ええ。ゆっくりなさいな。家の者へのご挨拶は元気になってからで大丈夫よ」
「ありがとうございます。よし、行こうかユカ」
「わっ」
大丈夫って言ってるのに、アンリは私の膝裏をさらうとあっという間に横抱きにしちゃう。
まさかまさか、ご挨拶したばかりのお母様の前でまで抱っこされるなんて!
「あ、アンリちゃん、私歩けるからっ」
「顔赤くさせといて何言ってるんだ。大人しくしてなって」
顔が赤いのはあなたがナチュラルに「恋人です」ってお母様に紹介したからなのと、恥ずかしげもなく抱き上げられたからです!
恥ずかしすぎて顔から火が噴きそう。
私は赤い顔を隠すようにアンリの胸に顔を寄せた。
「具合悪い?」
「……へーきだってば」
そんな様子の私をさらに心配したのか、頭上から声が降ってくる。私はアンリの心臓の音を数えることで平常心を保とうとした、けど。
「アンリ、心臓の音、早くない?」
「ちょ、なに聞いてるのさ」
ちらっと上目遣いでアンリを見上げれば、アンリがスミレの瞳をまん丸くして、ふいっと視線をそらす。
その目尻がほんのりと赤くなってるのを見つけちゃった。
アンリの羞恥が私にもうつる。
心臓の音を聞ける距離にいることを思い出して、また恥ずかしさが帰ってきちゃう。
私は再び顔を下げて、恥ずかしさを誤魔化した。
ゆらゆら。
こつこつ。
アンリの足は止まることなく廊下を進んでいく。
すると。
「あら、お客様?」
「アンリ、どうかしたのか?」
可愛いらしい女の人の声と、爽やかな男の人の声。
アンリが足を止めた。
顔を上げれば、ドレスを着た金髪の女の人と、快活そうな茶髪の男の人が、部屋の一つから出て来たところだった。
「シリル兄上、リゼット義姉上」
アンリが二人に応える。
私も二人と目があったので目礼して、そのまま視線を下げた。
……目を、合わせ、づらい。
アンリ今、兄と姉って呼んだよね。
てことはこの二人はアンリの兄夫妻だよね。
そんな二人にこんな情けない格好でご挨拶とか、さっきのエディット様の時より残念なご挨拶になりませんか!?
一人で悶々と葛藤していれば、頭上でアンリたちが会話を交わしていく。
「紹介するよ。彼女が僕の恋人のユカ。ユカ、顔上げれるかな。僕の上の兄のシリルと、その奥方のリゼット様だ」
「……このような格好で申し訳ありません。ユカ、と申します……」
「シリルだ」
「リゼットです」
恥ずかしさのあまりに、なんとか絞り出した言葉は消え入りそうなくらい小さい。
さすがに初対面の身内を前に開き直れるような神経は持ち合わせてはないよ!?
お兄様方の視線が気になって居心地が悪い。
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「あの、アンリ、一人で歩けるから、降ろして?」
「無理するなって」
「無理はしてない」
「部屋までもうすぐだからさ」
あーもー、聞いちゃくれない!
何を言ってものれんに腕押しなアンリ。どうしてやろうか。
「ご気分が優れないのですか?」
「長旅の疲れが出てるんですよ。しばらく休ませるつもりです」
リゼットさんが心配そうに私の表情をのぞいてくるものだから、私はますます恥ずかしくて視線をそらしてしまった。
「アンリ、降ろしてって」
「だめだ」
もー!
これじゃ埒が明かない!
恥を忍んで、すぐそばにいるリゼット様に助けてくださいと救難信号を送る。
その視線を受け取ったリゼット様は少しだけ目を丸くした後、おかしそうに笑いだした。
「ふふ」
「リゼット?」
「いいえ、さすがご兄弟だわ、と」
え、なんですかその不穏な言葉は。
リゼット様は微笑みながらアンリへと視線を上げる。
「甘やかしたいのも大事だけど、ほどほどにね」
「甘やかしてるわけじゃないですよ」
「ですって、ユカさん。顔色が悪いのは本当ですから、甘んじてお受けなさいな。体を横たえるだけでも疲れは取れますし、ゆっくりお休みなさって」
リゼット様にまで顔色が悪いと言われてしまえば、もうこれ以上の抵抗が無意味だ。
羞恥で顔が熱を持ってるのは分かるのに、そんなに私の顔色って悪いのかな。
今朝、出立前に鏡を見てお化粧していたけど、普段とそう変わらないと思っていたのに。
アンリだけではなく、兄嫁様にまで諭された私は、しぶしぶ頷いたのだった。
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