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ファウルダース侯爵家結婚編

王都へ3

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王都は目と鼻の先なのに、突然の嵐のせいでもう一晩ビュスコー子爵のお屋敷に泊めてもらうことになった。

地球だったら飛行機や新幹線は運転見合わせで止まっているだろうなぁと思うくらいの悪天候。こんな天気で馬車を走らせたら馬が可哀想だし、何より馬車が横転しそうだから仕方がない。
気候ばかりはお天道様次第だよね。ぽっかりと空いてしまった時間をどう使っていいのか分からずに、割り当てられた客室に私は引きこもっていた。

オージェ伯爵家から連れてきた使用人はたったの三名だけ。去年は執事長一人だけだったから、今年はこれでも多い方。それでも貴族のお供としては少ない方なんだよね。去年メイド長が「せめて五人連れていって下さればと、何度言ったら……」とぼやいていたのを覚えている。
その今回のお供の三人の中には気心の知れてるベルさんもいるけれど、基本的にはミリッツァ様の方に優先的にフォローに行ってしまうから常に私と一緒にいるわけでもない。朝起こしてもらった後、着替えなどのお手伝いのために行ってからずっとミリッツァ様に付いているみたい。

こういう暇な時こそ話し相手になってほしいけど……わざわざベルさんを呼ぶのもなぁ。

退屈をもて余して窓の外の土砂降りに耳を済ませていると、居間の扉がノックされた。

「はい」
「グレンです。今お暇でしょうか?」

一瞬だれ……と思った後、ビュスコー子爵の声だと気がつく。
そういえば、ビュスコー子爵のお名前はグレン様だったっけ。子爵で通じちゃうから、自己紹介をされたにも関わらずすこんと名前が抜けていた。
それにしても私に何の用だろう。

不思議に思いながらも、部屋に入れる事を躊躇ってしまう。今は誰もこの部屋にいない。お世話になっているお屋敷の当主様とはいえ、今は私がこの部屋の主だからおもてなしもしないといけないだろうし……何より、男性と二人きりになるのはやっぱり抵抗があった。

「ユカ嬢? 大丈夫ですか? どこか具合でも……?」
「い、いえ、そんな事は……。あの、その……今はその都合が悪くて……誰かメイドをお呼びして頂いても……?」

そういえばベルさんが来るかもしれないと思って鍵は開けたままにしていたんだった。……ここに来て私の危機意識が正常に働いてるからか、ちょっと背中を冷や汗が伝う。あれ、これって逆に人を呼んでもらうのってアウト? セーフ? 分かんない、どうしよう……。

なんとういうか、ビュスコー子爵の顔が苦手なの。
ハンサムな顔立ちでイケメンの部類なんだけど、男らしさが過ぎるというか……男臭くて。
その上、思い出したくもないペルシャ猫に似ている某変態息子とはかけ離れてるはずなんだけど……物腰の柔らかさなのかな? フェミニストな感じに鳥肌が立つというか……。
決してビュスコー子爵が悪い訳じゃないんだけど、あまり長時間一緒にいると神経がすり減りそうだから、あんまり関わりたくないのが本音。

部屋の鍵が空いている現状、私の返答にビュスコー子爵がどう動くのか分からなくて、無駄に体が強張った。
二度あることは三度ある。
油断した過去の教訓から、私の警戒指数が最大値に達した。

息を詰めて扉を見つめていれば、ビュスコー子爵がくすりと笑う気配がした。

「申し訳ありません。未婚のレディへの配慮が足りませんでしたね。応接室の方で伯爵と夫人と共にお茶会をしないかお誘いに参ったのです。堅苦しいものではないので、ご都合がつきましたらお顔を見せていただけると嬉しいです」
「は、はい……」

どっと全身から力が抜けた。
お、お茶会……なんだ、お茶会のお誘いかぁ……。
無駄に警戒して損した気がする。
ビュスコー子爵はこの部屋にメイドを寄越すかどうかの確認をしてくれたけど、そのうちベルさんが来るからと言って丁重に断った。そして長居もせずに私の部屋の前から立ち去る気配がする。

……自意識過剰みたいで恥ずかしがればいいのかなんなのか分かんなくて、私はそのまま床に丸まった。ごめん寝ポーズでしばらく身悶えしていると、扉が音を立てて開いた。

「お嬢様!? お加減でも悪いのですか!?」
「べ、ベルさん」

慌てて身を起こすと驚いた様子のベルさんがこちらへ駆け寄ってきた。

「どうされました。ご気分が優れませんか」
「ごめんなさい、違うんです。大丈夫」

ベルさんが私の所に到達する前に自分で立ち上がると、心配そうな表情で顔を覗かれる。
うん、驚かせてごめんなさい……ただ勘違いから来る恥ずかしさに穴ほって埋まりたかっただけなのです……!

「ビュスコー子爵がお嬢様のお部屋の方から歩いてこられたのですが、もしやビュスコー子爵何かされたのでは……」

私は慌ててぶんぶんと首を振る。違うよベルさん! 謂れのない濡れ衣を被せてしまうなんてビュスコー子爵に申し訳無さすぎる。

「逆です。何もなかったので安心して……」

自分の自意識過剰さを認めるようで、ついつい尻すぼみになってしまう。
けど、ベルさんは私の言葉の意図を正しく受け取ってくれたのか、表情を緩めてそっと私を抱きしめてくれた。
優しい体温と柔らかな温もりにほっとする。

「お一人にして申し訳ありませんでした。取り次ぎができるよう、私もこちらに控えていればよろしかったですね」
「大丈夫です。ベルさんもお仕事があるんでしょう? 私は基本一人でも大丈夫ですから、ミリッツァ様の方へお手伝いに……」
「いいえ。そもそも私はお嬢様付きなんですから、本来はこちらにいて当然です。私も何でもなさるお嬢様に甘えていたので、今度からはきっちりさせていただきます」

体を離してキリッと断言したベルさん。
すごく頼もしいけど。すごく頼もしいけど……でも私、やっぱり誰かにお世話されるの慣れないんだよ……。

「私は一人でもだいじょ……」
「大丈夫じゃなかったから、こんなに震えているのでしょうに」

そう言われてようやく自分の体が震えていることに気がついた。
あ、あはは……これは所謂……武者震いという奴?

「怖かったんでしょう。お一人にして申し訳ありませんでした」

改めて私に謝罪するベルさん。またそっと抱き寄せて、背中をよしよしと撫でられる。
もうここまでされたなら、認めるしかないじゃないの……。

私はぎゅうっとベルさんに抱きついた。
暗いぬかるみに落ちていきそうになる気持ちを引きずり上げるように、何か明るいことを考えようとする。

ふと、脳裏に大好きな陽だまりの笑顔が浮かんだ。
太陽のように明るく、屈託なく笑う、年下の、私より綺麗な顔をした男の子。
数日会っていないだけなのに、こんなにも今会いたくてたまらなくなる。

「……アンリに会いたいなぁ」
「ファウルダース様ですか?」
「そう。それでこうやってぎゅってして欲しいなぁ」
「それなら、恐れながら私がファウルダース様の分までこうしてさしあげてもよろしいですか?」
「……お願いします」

ぼそぼそと言葉をこぼせば、ベルさんはそれをちゃんと拾ってくれて。
子供がえりしてしまったみたいで恥ずかしいけれど、私はベルさんに抱きついて体の震えが収まるのを待った。

無言でいるのも気まずいので、ふと思い出してベルさんに声をかけた。

「そういえば、どうしてこの部屋に? ミリッツァ様の方のお手伝いに行ってたんですよね?」
「はい。ミリッツァ様がお茶会をしたいと仰られたのでお嬢様を呼びに来たのです」
「ああ、それ……ビュスコー子爵も同じ事を言ってました」

たぶんビュスコー子爵はビュスコー子爵で、ミリッツァ様はミリッツァ様で、それぞれお茶会をしようと思い立ったのかもしれない。嵐の足止めで暇をもて余している時間ももったいないから、社交の場を……と、まぁこんな風に思考が回る辺り、ミリッツァ様のお茶会教育がそれなりに染み付いてるなぁ。

「時間取っちゃったや……今から行っても間に合いますか?」
「無理して参加はしなくともよろしいですよ。お嬢様の事について私の方からミリッツァ様にお伝えした後に、ビュスコー子爵にも失礼のないようにお伝えしますから」
「そっか」

ベルさんの甘い誘惑に誘われそうになるけど、ふと思い立つ。
そういえば、私が今回王都とへ行くのは、舞踏会のため。
舞踏会とは国をあげての社交の場。
そしてもちろんアンリのお屋敷に泊めさせてもらう訳だから、ご両親と顔を会わせるわけで。

……侯爵家だというアンリのご両親に情けない姿は見せられないよね。仮にも、こ、婚約者になるわけだし!

これはもしかして神様の与えてくれたチャンスなのかもしれない。
ビュスコー子爵とのお茶会で社交性のレベルアップを図れば、舞踏会という人混みでも少しは堪えられるのじゃないかな。

自分でも分かってる。今は去年以上に男性恐怖症に陥っているって。このままなのは嫌だって思ってる。人を常に警戒しながら過ごすのは、とても疲れるから。

だから克服しよう。
大丈夫、きっとできる。
一度は持ち直したんだもの。
またきっと慣れるはず。

思い立ったら吉日。
ここで深みにはまってしまったら抜け出せない。

私は深呼吸をすると、ベルさんから離れる。

「お茶会に行きます」

ベルさんが心配そうな顔をするけど、私は笑って応える。

大丈夫。
もうすぐアンリと会えるから、今日頑張ってアンリに褒めて貰おう。年下男子に褒めてもらおうとか思う辺り、年上としての威厳はかなぐり捨ててるけど、それでモチベーションがあがるんだから安いものだよね。
うん、俄然やる気でた。

王都へ行く前に一度、ここで社交練習をしてみよう!


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