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ファウルダース侯爵家結婚編

王都へ2

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トントン拍子に話は進んで、私もいざ王都へという事になった。

例年ならアンリは騎士の仕事があるからと実家への帰省は年末年始だけらしいんだけど、今年は休みをもぎ取って社交に出るらしい。騎士団の仕事の関係と、実家との話し合いがあるからっていって、私より早く王都へと出立していった。

数日遅れで、私はオージェ伯爵夫妻に連れられて王都への馬車の旅に乗り出した。私がこの世界に落ちてきて二年、色んな巡り合わせのせいでシュロルムから出るのはこれが初めてだ。

王都へは馬車で五日かかるらしい。余裕をもってシュロルムを出た。慣れない私のために、伯爵夫妻はゆったりとした日程を組んでくれた。その甲斐もあってこの五日間、馬車の旅をゆとりをもって楽しめたと思う。まぁ現代の車のような乗り心地の良さではないので、小石で車輪が跳ねる度にお尻を強打してたんだけれど。

道中は野宿……をするわけでもなく、どこかの安宿を借りるわけでもなく、毎年お世話になっているという下位貴族のお屋敷に止めてもらっていた。屋敷の主に挨拶をする度、見慣れない私に怪訝そうな顔をする人が多くて辟易したけれど、ダミエル様が養子として引き取った旨を伝えるところっと態度を変える。これが貴族という生き物なんだと思うと、余計に気が滅入った。

五泊六日の旅も今日で終わると思った五泊目。ダミエル様と親しいビュスコー子爵のお屋敷で馬車が止まった。玄関先で、まだ二十代中半ほどに思われるビュスコー子爵に迎えられた。

「お待ちしておりました、オージェ伯爵。長旅お疲れさまでした」
「出迎え、感謝する」

ハンサムな顔立ちのビュスコー子爵は「とんでもございません」と慇懃無礼に対応して、私達をお屋敷に誘い入れてくれた。
そっと私が伯爵夫妻の後ろから着いていくと、ビュスコー子爵と私の視線がばっちりあった。私が曖昧に笑うと、ビュスコー子爵が白い歯を見せながら満面の笑みを返してくる。

「可愛らしいお嬢様ですね。養子を取られたと父から伺っておりましたが、蕾のように愛らしいお嬢様で少々驚きました。お名前をお伺いしても?」
「ユカという。才能を買って養子入りをさせたから、貴族としての振る舞いが出来んこともあるだろう。上手く助けてやってほしい」
「ほう、才能ですか」

ビュスコー子爵がしげしげと私を見下げてくるので、私は視線を忙しなくうろつかせた。そんなじろじろ見ないでほしい……!

「もしかして、最近右肩上がりだという工房と関係が?」
「そうだな」
「こんな子供が……」

ビュスコー子爵の視線が変わった。感心の中に同情も混じってるような視線なんだけど……ちょっと待って、子供?
これは訂正するべきなのかな……どうしよう。
微妙な心境になってつい隣にいるミリッツァ様に視線を向ければ視線がかち合った。真っ赤なルージュに彩られた唇をくすりとつり上げて、ミリッツァ様がビュスコー子爵に視線を向ける。

「子爵、ユカは今年で二十五になりますわ。きちんとレディ扱いして差し上げませんと失礼でしてよ?」
「にじゅ……っ!?」

愕然という言葉を体現するくらい、ビュスコー子爵が驚いてる。えぇ……? 私そんなに子供に見えているの……?
去年、アンリやエリアに子供扱いされたことを思い出した。一昨年だって使用人の人たちに散々からかわれたし……そんなに私って子供っぽいの?
未だに驚いている様子のビュスコー子爵に、私は苦笑いすると彼はハッとして表情を元に戻した。

「これは失礼しました、レディ。私と同い年だったのですね。大変可愛らしいので、見謝ってしまいました」
「気にしないでください。よく、言われるので」

本当によく言われるからもう諦めるしかないと思う。もうこの見た目は変えられないので仕方ない。……エリアとかミリッツァ様みたいな素晴らしい体型の人が少しだけ羨ましくはあるけど、別に今の体型に不満はないしね。

簡単な挨拶を終えると、ビュスコー子爵が食事に誘った。ダミエル様が頷くと、ビュスコー子爵が私にそっと手を差し伸べる。

これは、手をのせろということ?

困ってしまって、またミリッツァ様を見る。ミリッツァ様はこてりと首を傾けた。

「どうしましたの、ユカ」
「あの、その……手……」
「ただのエスコートでは……ああ」

ミリッツァ様がようやく心得たというように、私に笑いかけた。

「無理をする必要はありませんわ。……子爵、ユカは男性が苦手ですの。なのでお気遣いは不要です」
「そうなのですか? それは残念です。無理強いしてこんな愛らしいお方に嫌われては悲しいので、今回は辞退させて頂きますね」

爽やかに笑って、ビュスコー子爵は手を引っ込めてくれた。あっさりと引いてくれたことにほっとする。

その後もビュスコー子爵は私に気遣ってくれて、なるべく一定の距離をもって接してくれた。
夕食はさすが貴族らしく豪華にもてなされて、ついこの間まで平民だった私には気後れしてしまうくらい。
食事の時は身分の問題で、ダミエル様とミリッツァ様が仲良く上座、私の正面にビュスコー子爵が座っていた。子爵は私に気を使ってくれたのか、そもそも興味がないのかは分からないけど、時折視線がちらりと向けられるくらいで、特に私に話しかけることなく夕食を終えてくれた。

夕食の後、割り当てられた部屋に移動する。もう慣れたけれど、貴族のいう客室の豪華さは高級ホテル並みなので正直寝心地が悪い。
でもまぁ、なんとか。その日は何事もなく一夜を明かすことができた。

イレギュラーな事が起きたのは、翌朝。

窓の外の酷い轟音で目を覚ます。ザァザァと雨の音、カタカタと強い風にあおられて窓が鳴る音。
一年がゆったりとして荒れることのないルドランスの気候だけど、時折こうやって恵みの雨とも言える嵐がやって来ることがあった。

ベッドから起き上がってぼんやりと鼠色の窓の外を見ていると、寝室の入り口がノックされた。

「ユカ様、お目覚めでしょうか」
「はい」
「ご支度のご用意に参りました」

オージェ伯爵家のメイドの声ではないから、おそらくビュスコー子爵が気を回してくれたのかな? でも私は人の手を借りて支度をする事が苦手だから断りをいれなくちゃ……。

「ごめんなさい、必要ないです。着替えたらそちらに行くので、待っていてもらえませんか?」
「畏まりました」

メイドさんが私の言葉を聞いて引いてくれた。ほっとした所で、私は寝室に運び込んでいた衣装ケースから今日の服を取り出した。……こういう所が貴族だよね。トランクケースじゃなくて、衣装ケースごと持ち運びしてるんだもの。遠出用のコンパクトな衣装ケースとはいえ、鞄の代わりに渡されたときは吃驚したよね。
手早くシンプルなワンピースを身につけて、髪をとかして、軽くお化粧をする。

今日も一日気合いを入れて、と!

ドレッサーの鏡の前でにっこりと自分に笑いかける。大丈夫、今日もちゃんと笑えてる。
荒れる天候で気分が塞ぎがちになるからこそ、笑わないといけないよね。

一人で納得しながら部屋を出ると、メイドさんが私に視線を向けた後、冷たい表情のまま視線をそらした。
この一瞬の視線の交わりに首を傾げると、メイドさんが朝食だといって、食堂まで案内してくれた。

食堂には既にダミエル様、ミリッツァ様、ビュスコー子爵が揃っていた。一番最後でちょっと緊張する。

「お、遅れてすみません」
「大丈夫ですよ。私達も今席に着いたばかりですから」

ビュスコー子爵がそう言ってにっこりと笑った。爽やかに笑いかけられて、少しだけ肩から力が抜けた。家主にそう言ってもらうと、少しだけ罪悪感も薄れる。

朝食もそれなりに豪華。道中ずっと思っていたことだけど、貴族というのは朝からしっかりガッツリ食べるんだね……。
私は正直ふかふかのパンにたっぷりのジャムだけでお腹いっぱいなんだけど。テーブルの上には牛肉のソテーと、白身魚のムニエル、後ベーコンのステーキが並んでる。
切実に野菜が恋しい。オージェ伯爵家で出されていた温野菜のサラダと茹で玉子とパンだけのシンプルな朝食メニューがいい。

量的にもそんなに食べられないのでパンを一つと白身魚のムニエルだけは完食した。一口も手をつけないのは非礼になるそうなので、ソテーとベーコンも少しだけ食べた。

「もうよろしいのですか? お口に合いませんでしたか?」

昨日も豪華すぎる食事に食べ残しちゃったんだよね。

「美味しいのですが、量が多くて」
「これでも多いのですか」

ビュスコー子爵が目を丸くする。
申し訳なく思いつつも、私は困って愛想笑いを浮かべた。
私の目の前の食事は、同じ女性のミリッツァ様よりも少なめだ。昨日の食事量から調整してくれたんだろうけど……うん、ベーコンがスープ、ソテーがサラダだったらもうちょっと食べられたかもしれない。

ダミエル様の好意で貴族になったものの、私自身は庶民だから貴族からみたら粗食の部類に入る食事の方が好き。私自身が料理を嗜むことも知られていたから、オージェ伯爵家では晩餐以外、レシピを料理長に渡したり、自分で実際に料理をしたりして好きなメニューを食べさせてもらっていた。
貴族としての一通りの事は覚えてもらうけど、自由を保証してくれると言ったダミエル様はその言葉通りに、私の好きにさせてくれていた。……食べなれない朝食に胃もたれしそうになったのは、ある意味それのせいなんだろうけど。

「ユカ嬢のお腹は小鳥のように小さいのですね」

快活に笑うビュスコー子爵の言葉になんだかいたたまれなくなって、私は愛想笑いを返した。



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