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ファウルダース侯爵家結婚編
貴族の生活2
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ミリッツァ様の宣言に顔をひきつらせていると、紅茶を楽しむミリッツァ様が「そういえば」と何かを思い出したように声をあげた。
何だろう。また何か大変な爆弾発言がかまされるのかな……。
思わず身構える。
「ファウルダースの三男、あれから連絡はあって?」
「あれから?」
「貴女がうちの娘になった日ですわ」
やんわりとオブラートに包んだ言葉に、ミリッツァ様のお気遣いが感じられて嬉しくなる。
でも実際には、その内容によって気分がまた急下降してしまったのだけれど。
「アンリからは何も……彼にもお仕事がありますし、事件も大詰めなんですよね。以前みたく、毎日お見舞いに来てくれていた方が稀なんだということは理解してますから」
アンリだって社会人なわけで、その職権濫用があったからこそ、毎日のように会いに来てくれていたんだって理解している。例え、私が不安に思ったりしてアンリに会いたくなっても、本当ならそんなに気軽に会える訳じゃないんだ。
仮にも私だって社会人していたんだし、それくらいの分別はある。
よく付き合ってる人たちが「私と仕事どっちが大事なの!」と言う展開があるけど、相手の仕事を理解していたらそんな言葉出ないと思う。ある程度のコミュニケーションがあること前提だけど。
だから大丈夫なんだと笑顔で伝えれば、ミリッツァ様は微妙な顔をなさった。
「毎日ねぇ……」
しみじみと呟かれた言葉に、どうしたのかと思って首を捻れば、ミリッツァ様は何とも生温い視線をこちらに寄越してくる。
「そんなに溺愛しているのなら、うちの愚息にちょっかい出される前に少しばかり強引にでも嫁にすればよろしかったのに」
「え……いや、あの、ミリッツァ様」
「肝心なところでヘタレるのはさすがファウルダースの男ですわ。あそこの男どもは相変わらずヘタレの集まりばかり……次男がようやく結婚にこぎ着けましたけど、次男の顔を立てている間に愛しい女を寝取られるなんて……あぁ、まったく嘆かわしいですわ」
ね、寝取られ……え、えっと、これ、私のことだよね? 私と、アンリの事だよね?
明け透けなミリッツァ様の言葉に、一瞬脳が理解することを放棄しかけた。いやいや、自分のことだからちゃんと理解するべき。
「やっぱり男性はわたくしの旦那様のように強引な所のある方ではないと。かといって女の尻を追いかけてばかりいる愚息なんて言語道断ですけれど。良いですか、ユカ」
「は、はい!」
突然名前を呼ばれてビクッてなるけれど、なんとか返事をすれば、ミリッツァ様はティーカップを置いて私を真っ直ぐに見ていた。
「恋に時間なんて関係ありません。この人と思った人のみを愛し尽くすのですよ。貴女が心からファウルダースの三男を愛する覚悟があるなら、オージェ家は家位をかけて貴女を援助します。それが貴女に対するわたくし達の贖罪であり、我が家に入った娘への情ですわ」
目が渇くんじゃないかと自分でも思うくらい瞬きしないでミリッツァ様を見る。
ダミエル様は私に対して伯爵家の庇護をと仰った。それは、この間みたいな、とても怖い人たちから守ってくれるだけの事だと思っていた。オージェの名を名乗ることで、少なくとも身の安全は確保されるんだと。
でも、そうだよね。アンリが貴族の人なら、私はどのみち茨の道を突き進むことになった。アンリがどうするつもりだったのかは分からないけれど、ダミエル様の計らいのお陰で、少なくとも最低限の身分は保証されたことになるんだし。
物語でよくあるシンデレラストーリー。自分の身に起きたらいざ大変なんだろうなぁというのは、大人になってから分かったこと。そうやって身分相応を探して、誰とも付き合ってこなかったんだけど。
そんな私が、アンリと身分相応に?
……本当に、いいのかな。
やっぱり尻込みしてしまうのは、アンリが貴族だという実感がないからなのかな。
それに、実父も実母も元の世界で生きていることを思えば、新しく両親を得ているこの状況は居心地が悪い。
うんともすんとも言えなくて、曖昧に笑って見せれば、ミリッツァ様はちょっと拗ねたように唇を尖らせた。子供っぽいしぐさでも、ミリッツァ様がやるとドキドキしてしまうのは、これが大人の色香というものなのか……。
「ユカ、そろそろあの事件の方も片が着く頃でしょう。一度、きちんと今後の事をお話しなさい」
誰と、とは言われない。
そんな相手は一人だけだって決まってる。
「でも、アンリが忙しいならまだ先でも……」
「いいこと?」
ぴしゃりとミリッツァ様が私の言葉を弾く。足と腕を組んで、背筋をピンと伸ばしたミリッツァ様は、きりっとした眼差しで私を諭す。
「そうやって自己主張をしないのはユカの欠点だとわたくしは言いましたわ。それにこれくらいの我が儘、仮にも貴女の婚約者なら聞き届けるべきです」
「でも、お仕事は」
「仕事と貴女、どちらが大切なのかは彼が決めることです」
いや、考えるまでもなく仕事でしょ。
ミリッツァ様には言いたい事が幾つかあるけど、結局私はこの方に逆らえるほど強くはないので言葉を飲み込む。
それにしても婚約者って。
私達、恋人ではあるけれど、婚約者だとはまだ言えない気が……それともこの世界では、恋人同士になると婚約者認定されるのかな。
またぐるぐると思考が巡り始める。
あれもこれも、言葉が足りない、知識が足りない。足りない尽くしで、私は本当にこのままでいいのかな。
「さて、それではそうと決まったら早速行動に移しましょう。ダミエルに騎士団の動きを確認して、手透きの時にでもファウルダースの三男にこちらへ来てもらうように手配しなくては」
「み、ミリッツァ様!」
「駄目ですわ、ユカ」
私はまだ何も言っていないのに、ミリッツァ様はにぃっこりと私に笑顔の威圧をかけてくる。
「貴族の娘になるのですから、これぐらいの傲慢さを持ちなさい。都合が悪ければ相手方が調整しますから、自分から声をかけることを躊躇わないことですわ」
席を立ち、ミリッツァ様はこちらに歩み寄ると私の顎に指を添えてくいっと上向ける。
「受け身でいては、また同じ事の繰り返しですわよ」
ミリッツァ様の言葉に、私は二の句を告げれなかった。
受け身でいてはまた同じ事の繰り返し。
何を指しているのかなんて論じるまでもない。
それは、私に関する全て。
現実逃避をしていたことも。
助けを求めるべき時に適切な対処ができなかったのも。
ここに今、私がいるのも。
私が受け身でいたことの結果。
それじゃ、私が能動的にやったことって何がある?
何もないのかな……でも、一つだけ。たった一つだけは私の願い。
アンリの側にいること。
あの陽だまりの側にいること。
そのために私は変わらなきゃいけない。
トラウマがなんだ、不遇がなんだ。
乗り越えなきゃ。
大丈夫、一人じゃない。ミリッツァ様もダミエル様も、エリアだってマルスラン先生だっている。
支えてくれる人たちがいる。
だから大丈夫。
待ってて、アンリ。
私はきっと、心の底から、この世界を、あなたを、望んで見せるから。
───そのためにも、二人の将来設計、ちゃんと教えてね。
何だろう。また何か大変な爆弾発言がかまされるのかな……。
思わず身構える。
「ファウルダースの三男、あれから連絡はあって?」
「あれから?」
「貴女がうちの娘になった日ですわ」
やんわりとオブラートに包んだ言葉に、ミリッツァ様のお気遣いが感じられて嬉しくなる。
でも実際には、その内容によって気分がまた急下降してしまったのだけれど。
「アンリからは何も……彼にもお仕事がありますし、事件も大詰めなんですよね。以前みたく、毎日お見舞いに来てくれていた方が稀なんだということは理解してますから」
アンリだって社会人なわけで、その職権濫用があったからこそ、毎日のように会いに来てくれていたんだって理解している。例え、私が不安に思ったりしてアンリに会いたくなっても、本当ならそんなに気軽に会える訳じゃないんだ。
仮にも私だって社会人していたんだし、それくらいの分別はある。
よく付き合ってる人たちが「私と仕事どっちが大事なの!」と言う展開があるけど、相手の仕事を理解していたらそんな言葉出ないと思う。ある程度のコミュニケーションがあること前提だけど。
だから大丈夫なんだと笑顔で伝えれば、ミリッツァ様は微妙な顔をなさった。
「毎日ねぇ……」
しみじみと呟かれた言葉に、どうしたのかと思って首を捻れば、ミリッツァ様は何とも生温い視線をこちらに寄越してくる。
「そんなに溺愛しているのなら、うちの愚息にちょっかい出される前に少しばかり強引にでも嫁にすればよろしかったのに」
「え……いや、あの、ミリッツァ様」
「肝心なところでヘタレるのはさすがファウルダースの男ですわ。あそこの男どもは相変わらずヘタレの集まりばかり……次男がようやく結婚にこぎ着けましたけど、次男の顔を立てている間に愛しい女を寝取られるなんて……あぁ、まったく嘆かわしいですわ」
ね、寝取られ……え、えっと、これ、私のことだよね? 私と、アンリの事だよね?
明け透けなミリッツァ様の言葉に、一瞬脳が理解することを放棄しかけた。いやいや、自分のことだからちゃんと理解するべき。
「やっぱり男性はわたくしの旦那様のように強引な所のある方ではないと。かといって女の尻を追いかけてばかりいる愚息なんて言語道断ですけれど。良いですか、ユカ」
「は、はい!」
突然名前を呼ばれてビクッてなるけれど、なんとか返事をすれば、ミリッツァ様はティーカップを置いて私を真っ直ぐに見ていた。
「恋に時間なんて関係ありません。この人と思った人のみを愛し尽くすのですよ。貴女が心からファウルダースの三男を愛する覚悟があるなら、オージェ家は家位をかけて貴女を援助します。それが貴女に対するわたくし達の贖罪であり、我が家に入った娘への情ですわ」
目が渇くんじゃないかと自分でも思うくらい瞬きしないでミリッツァ様を見る。
ダミエル様は私に対して伯爵家の庇護をと仰った。それは、この間みたいな、とても怖い人たちから守ってくれるだけの事だと思っていた。オージェの名を名乗ることで、少なくとも身の安全は確保されるんだと。
でも、そうだよね。アンリが貴族の人なら、私はどのみち茨の道を突き進むことになった。アンリがどうするつもりだったのかは分からないけれど、ダミエル様の計らいのお陰で、少なくとも最低限の身分は保証されたことになるんだし。
物語でよくあるシンデレラストーリー。自分の身に起きたらいざ大変なんだろうなぁというのは、大人になってから分かったこと。そうやって身分相応を探して、誰とも付き合ってこなかったんだけど。
そんな私が、アンリと身分相応に?
……本当に、いいのかな。
やっぱり尻込みしてしまうのは、アンリが貴族だという実感がないからなのかな。
それに、実父も実母も元の世界で生きていることを思えば、新しく両親を得ているこの状況は居心地が悪い。
うんともすんとも言えなくて、曖昧に笑って見せれば、ミリッツァ様はちょっと拗ねたように唇を尖らせた。子供っぽいしぐさでも、ミリッツァ様がやるとドキドキしてしまうのは、これが大人の色香というものなのか……。
「ユカ、そろそろあの事件の方も片が着く頃でしょう。一度、きちんと今後の事をお話しなさい」
誰と、とは言われない。
そんな相手は一人だけだって決まってる。
「でも、アンリが忙しいならまだ先でも……」
「いいこと?」
ぴしゃりとミリッツァ様が私の言葉を弾く。足と腕を組んで、背筋をピンと伸ばしたミリッツァ様は、きりっとした眼差しで私を諭す。
「そうやって自己主張をしないのはユカの欠点だとわたくしは言いましたわ。それにこれくらいの我が儘、仮にも貴女の婚約者なら聞き届けるべきです」
「でも、お仕事は」
「仕事と貴女、どちらが大切なのかは彼が決めることです」
いや、考えるまでもなく仕事でしょ。
ミリッツァ様には言いたい事が幾つかあるけど、結局私はこの方に逆らえるほど強くはないので言葉を飲み込む。
それにしても婚約者って。
私達、恋人ではあるけれど、婚約者だとはまだ言えない気が……それともこの世界では、恋人同士になると婚約者認定されるのかな。
またぐるぐると思考が巡り始める。
あれもこれも、言葉が足りない、知識が足りない。足りない尽くしで、私は本当にこのままでいいのかな。
「さて、それではそうと決まったら早速行動に移しましょう。ダミエルに騎士団の動きを確認して、手透きの時にでもファウルダースの三男にこちらへ来てもらうように手配しなくては」
「み、ミリッツァ様!」
「駄目ですわ、ユカ」
私はまだ何も言っていないのに、ミリッツァ様はにぃっこりと私に笑顔の威圧をかけてくる。
「貴族の娘になるのですから、これぐらいの傲慢さを持ちなさい。都合が悪ければ相手方が調整しますから、自分から声をかけることを躊躇わないことですわ」
席を立ち、ミリッツァ様はこちらに歩み寄ると私の顎に指を添えてくいっと上向ける。
「受け身でいては、また同じ事の繰り返しですわよ」
ミリッツァ様の言葉に、私は二の句を告げれなかった。
受け身でいてはまた同じ事の繰り返し。
何を指しているのかなんて論じるまでもない。
それは、私に関する全て。
現実逃避をしていたことも。
助けを求めるべき時に適切な対処ができなかったのも。
ここに今、私がいるのも。
私が受け身でいたことの結果。
それじゃ、私が能動的にやったことって何がある?
何もないのかな……でも、一つだけ。たった一つだけは私の願い。
アンリの側にいること。
あの陽だまりの側にいること。
そのために私は変わらなきゃいけない。
トラウマがなんだ、不遇がなんだ。
乗り越えなきゃ。
大丈夫、一人じゃない。ミリッツァ様もダミエル様も、エリアだってマルスラン先生だっている。
支えてくれる人たちがいる。
だから大丈夫。
待ってて、アンリ。
私はきっと、心の底から、この世界を、あなたを、望んで見せるから。
───そのためにも、二人の将来設計、ちゃんと教えてね。
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ユカとアンリの姫初め小説は こちら
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