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オージェ伯爵邸襲撃事件編

柳下のどじょう3

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吐き気を堪えていると馬車に乗せられた。馬のいななき、数人の男達の話し声、がたごとと大きく揺れる車。そうしていつまでも移動していく。
馬車に着くまでずっと男にハンカチを当てられ続けた。気持ち悪さも吐き気も堪えられなくて、何度か意識が遠退きかけるけど、その度にぐっと自分を強く保つ。気絶したら、何されるか分からない。

ここはどこなの?
シュロルムから出てしまったの?
誰も、助けてくれないの?

これから自分の身に起きることが分からなくて、私は泣きそうになる。でも心のどこかで今度こそ助からないのではと私は思った。

どうして声で気がつかなかったんだろう。
どうして男の顔を見なかったんだろう。

香売りの男は、間違いなく、あの日、あの夜、『ジャック』と呼ばれていた男だ。
私を犯そうとして、殺し損ねた男。
そんな男に捕まって、されることなんて───

「よっと」

どさり、と馬車の床に体が投げ出される。回る視界で身動きができずにいると、腕が後ろ手に縛られる。
ジャックを含めた三人の男の会話が頭上から聞こえてきた。なんとか視界のぐらつきが治まって、うすらと眼を開ければ、座席に座った誰かの足が見える。

「なぁ、本当にこいつがか?」
「間違えねぇよ。香の裏作用がしっかり効いてる。だから連れてこれたんだろうが」
「なぁなぁ、合流はまだまだ先の方だろう。味見させてくれや」
「駄目だ。俺が最初に目つけてんだから俺が最初だろ」
「ケチだな。そんなこと言ってると本国に着くまでお預けされそうだ。そうなったらもう味見できる暇もねぇ」
「へへ、ジャックならそういうと思ってよ、お前んとこの小道具からちょいと拝借してきた」
「あっ、テメェいつの間に!」
「減るもんじゃねぇだろ?」
「減るわ! 主に俺の懐が! それ作るのも大変なんだぞ!」
「まぁまぁ、馬車だしそんな派手にイケねぇけど、先は長いんだから楽しもうぜ」

私はとりあえず気絶したフリをする。この男達がこれから何をしようとするのかは分からないけど、殺されることだけは無いように大人しくしておこう。そう思った、次の瞬間。

馬車の中に、甘い香りが漂いだす。私は全身の血の気が引いた気がした。

「ひっ……!」
「あ? 起きてたか」
「へへ、こりゃ面白くなってきたなぁ」
「チッ、言っとくが、一発目は俺にやらせろよ」

もくもくと狭い馬車にはあっという間に『それ』が充満する。一応、換気のためにか小窓は開けているみたいだけど、その程度じゃ、充満する『それ』を和らげるには不十分だった。

「いや……いやっ!」
「こら暴れんな」
「お前そっち抑えろ」
「おっと、これを蹴飛ばされると困る。主に俺の懐が。マジ泣く」

ジャックの仲間らしき男に体を抑え込まれる。ジャックは『それ』を私の手の届かない位置に移動させた。

男二人ががかりで、馬車の座席に座らされ、肩を抑えつけられ、足を思いきり左右に広げられる。私は恐怖で顔がひきつった。

「どうよ」
「そんなすぐには効かねぇよ」
「ほんとだ全然濡れてねぇ」

三人で代わる代わるスカートの中を覗かれる。『それ』と、この逃げようもない体勢に、これから何をされるのかは容易に想像がつく。
ぽろぽろと、涙がこぼれた。

ああ、私の人生こんなばっかだ。何でだろうね、なんでこうなるんだろうね。
こんなにも屈辱的な思いを何度も繰り返させられるのなら、お屋敷が襲われた日、やっぱり私も皆と一緒に死ねばよかった。

女としての尊厳が、踏みにじられていく。
ああ……この手が彼だったら。この視線が彼だったら。私も一度くらいは愛されて……ううん、愛してみたかった。

もういい、もう何も考えない。
甘い香りが思考を鈍くしていく。
どくどくと心臓が早鐘を打つ。
ぞくぞくと男達が触れる部分が熱を持つ。

ぼんやりとジャックが私の下着を剥ぎ取ろうとするのを見下ろした。

その時。

「うわっ!?」
「なんだ?」
「おい、どうしたんだ!」
「追っ手が来てる! 馬だ! 馬車じゃ追いつかれちま……ひぃっ」

馬車ががったんと荒々しく揺れて急停止した。男達が慌てて外の様子を伺おうとする。だけど、その前に馬車の扉が開いた。

鈍く光る銀色が、今ドアを開けようとした男の喉に突きつけられる。

私は、眩しくて目を細めた。
神々しいほど目映い銀の髪に、童顔に嵌め込まれた菫の瞳。黒い騎士服を身に纏い、その手には磨き抜かれた剣を持つ。

絶望の涙が歓喜への涙に変わる。
次から次へと涙がこぼれて収拾がつかない。

来てくれた。
彼は約束を守ってくれた。

今度こそ、彼は間に合ってくれた。
私が愛する、私のヒーロー。

「アンリ……」

声が掠れて上手に言葉がでなかったけど、彼はお馴染みの地獄耳で拾ってくれた。

「お待たせ、ユカ」

私の大好きな太陽のような笑顔でアンリは私を見つけてくれた。


◇◇◇


狭い馬車のなか、私と、男が三人。開かれた扉をアンリ越しに伺えば、幾つもの黒い騎士服が見えた。
アンリが、男の喉元に剣を突きつけたまま威嚇する。

「まずはその汚い手を彼女から離せ」

男達の間に緊張の糸が張り巡らされているのがわかる。ジャックと呼ばれた男と、未だ私を抑えつけている男が目配せした。これは離してくれる方針か……ひっ!?

「いやぁっ」

開かれた股ぐらにいたジャックが、下着の上から私の恥ずかしいところをぐりぐりとした。感じたくもないのに、びりびりと電撃が走るような感覚が全身を貫いた。

瞬間、馬車の温度が一気に下がる。

「ひっ、ジャック馬鹿刺激すんな! 俺を見殺しにする気か!?」
「何言ってんだ。ただの見殺しにはしねぇよ。まぁ最悪、お前が殺されるのと、俺らがこのメイドさんを殺すのはほぼ同時なわけだが」

にやにやと笑うジャック。霞がちな目をアンリに向ければ、彼はストンと感情をどこかに落っことしてきたかのように無表情だった。
私もジャックが言いたいことがわかる。アンリに剣を突きつけられてる男は、こいつらにとって人質だけど、私もアンリにとっての人質なのだと。

「さぁて、取引と行こうか騎士サマ。おおっと動くなよ。今から俺らはお楽しみタイムだ」
「やぁっ!」

下着の上から、ぐりぐりと秘所を刺激される。気持ち悪い、気持ち悪い!
足を閉じようにも、半身は男に抱え込まれ、空いてる片足もジャックが固定している。閉じられない。

「俺らは知識が欲しいんだ。何か一つこのメイドさんから金になりそうなモン聞いたら返してやるさ」
「……話を聞くだけならその手をすぐにどけろ。彼女に無体を働く必要もないだろう」
「いやー、そうしてやりたいのも山々だけどな。そこの馬鹿が馬鹿やらかして今このメイドさんの体は大変なことになってるんだよ。朦朧とした中で中途半端な知識もらっても困るし、正気づかせるためだから不可抗力な? ほらメイドさん、気持ちよくなろうぜ?」
「いやぁっ!」

びりびりと全身に快感の波が伝わる。じゅんっと下着が濡れた感触がした。やだ、見ないで、見ないでアンリ。
こんなはしたない私を見ないで。

半狂乱で首を振って抵抗していると、ゴンッという鈍い音ともにスッとジャックの首筋に剣が添えられる。

「離せ」

地を這うほど低く、凍てつくほどに冷たい声。

「離せ」

いつもは魅力的な菫の瞳が、怒りからかワントーン暗い紫闇の色になっている。
ジャックはやれやれといった体で身を起こすと、突然アンリにタックルをかまして馬車を飛び出した。

「え、あ、おいジャック!」
「逃げるが百計ってな! お前も上手く逃げろよ!」
「三班から五班動け! そいつを逃がすな!」

瞬時にアンリの怒号が響き、掛け声とともに馬の蹄が地面を蹴る音が響く。
アンリは剣を構え直し、私を拘束する男に突きつける。

「それでお前はどうする」

聞いたこともないくらい冷たい声音で、アンリは男を睨み付ける。男は、私から手をゆっくり離して両手を上げた。

「降りろ。二班、ここに転がってる奴とこいつを縛り上げろ」

アンリの指示で、男は両手を上げながら馬車を降りた所を騎士達に捕まった。馬車の床で気絶している男もついでとばかりに回収されていく。
全てを見届けたアンリが、剣を納めると放心してる私の前までやって来て膝をついた。開いていた私の足を閉じて、服も整えてくれる。腕の縄も切ってくれた。それと放置されていた『あれ』も処理してくれる。

夢かな。アンリが、助けに来てくれた。
ばんやりと甲斐甲斐しく世話をしてくれるアンリを見ていると、あれこれ終わったらしいアンリが、改めて私の正面で膝をついた。へにょりと眉が下がる。捨てられそうな子犬みたいで何だか可愛いなぁ。

「ユカ、ごめんな。これでも急いだんだけど……怖かっただろう」

アンリの言葉を噛み締める。私はふるふると首を振った。

「アンリが助けてくれたからもう怖くない」

ゆっくりと腕を伸ばす。倒れるようにして、アンリの首に腕を回す。

「夜勤明けで疲れてくれるのに……こんなに早く助けてくれるなんて思わなかった」
「もう二度と君に怖い思いをさせないって誓ったんだ。騎士団の奴等も手伝ってくれて、非番の奴らが自主的に巡回してくれたりとかしているんだ。だから君が拐われた事がすぐに分かって体勢も整えられた」

そうだったんだ。皆、心配してくれたんだ。

「本当は移動している間は何もされないだろうと思って、馬車が止まって油断したとこを助けるつもりだったんだけど……『これ』の匂いがしたから、ね。無事で、良かった」

ほっと安心するアンリに、私はぎゅうっとますますしがみつく。
一歩遅かったら私はどうなっていたことか。でも、『それ』のおかげで私はギリギリの一線を越えずに、アンリに助けてもらえた。

馬車から放り出され、陶器が割れて灰を被った『天落香』。換気のためにほんの少しだけ開けられた窓からこぼれたこの香りが、アンリの危機感を煽ってくれたらしい。

「アンリ、ありがとう。助けてくれてありがとう。大好き。もう二度と私を離さないで」
「それはこっちの台詞だ。僕だって二度と君を離さない。だから、僕のこと受け入れて。君を生涯この手で守る栄光を僕に与えてくれ」

私はそっとアンリから身体を離す。
私の心はもうとっくに決まっていた。勇気がなかっただけ。でもこれ以上意地を張ったってしょうがない。

「今日のように私を守ってね。私の騎士様」

アンリが、蕩けるような美しい笑みを浮かべる。私もつられて微笑んだ。

馬車の中で、二人だけの世界で、そっとどちらからともなく唇を寄せる。

深く深く、互いに互いを刻み付けるようなキス。

恐怖で震えていた私の体は、いつの間にか愛しい人の体温で歓喜に震えていた。
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