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オージェ伯爵邸襲撃事件編

時のうつろい3-特別な日-

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ベッドの上で丸まって、冷や汗をかきながらもうっすらと笑った。

ようやく、ようやくだ。
お腹の奥がハンマーで抉ってくるように痛むけど、いつもなら忌まわしいその痛みさえ、私の不安を取り除いてくれる。

お腹に手をあてて、胎児のように丸まった。
特別暑くもないのに、じっとりと体が汗ばむ。

やっぱりストレスが原因だったのかなぁ。
お腹の痛みが、いつもの五割ましくらいある気がした。



女の子ならだいたい一月に一回くらいはある血祭りウィーク。私のそれは、ストレスとか不摂生で簡単に周期がずれるわ痛みがひどいわで元の世界にいたときからかなり厄介なものだった。
それが、異世界に来てさらに拍車がかかってた。

我慢できるなら我慢した方がいい。
個人差があるから、こんな程度でへばっていられない。

本当なら私のそれは放っておくべきじゃない程度のものだったのかもしれない。不妊の可能性も視野にいれて婦人科に相談しに行くべきだったんだろうけど、でも私はなんだかんだで婦人科に行く事なく異世界に来てしまった。

だから私は自分が妊娠できる体質なのかも分からないし、そもそも生理周期で把握する避妊法も宛にならない。さらには避妊薬も効いているのか分からない。そんな中で、どんどん予定日からずれていくのは恐怖に近かった。

それでもようやく生理が来てくれて、私はほっとしてる。
妊娠の可能性がなくなったから。

ようやく、ようやくまた一歩。
私は前に進める。

私はベッドの中でうつらうつらとしながら笑う。

「……子宮えぐり取りたい」
「大事なところなんだからそんなこと言わないの」

まだ冬ほど寒くはないけれど、湯たんぽを持ってきてくれたエリアがそう言う。うぅ……痛い、ほんともう、子宮えぐりとりたい。
やっぱり痛み止めは気休めにもならなくて、もうひたすら体を温めて痛みを和らげるしかないんだよね。

生理が来てくれて、嬉しい反面、やっぱりこの鈍痛は耐え難い。分かってはいたけど、気が滅入る。

「いつもこんなにひどいの?」
「ずれると……ちゃんと周期でこればこんなじゃない……」

前回の生理もずれたんだよね……療養中だったからこれ幸いとベッドにこもってたけど。

子宮の内側でボーリングでもしてるのかと思うくらいの、断続的な鈍痛はなおも続く。切実に痛み止めがほしい。もしくは睡眠薬。あっても効果がないのが悲しい。

あんまりにも痛いから目を閉じて眠ろうとしてみる。
鈍い痛みを感じるから完全には意識は落ちなくて、とろとろとした微睡みをたゆたう。

エリアも私につきっきりなるわけにはいかないから、たびたび私のそばから離れる。意識が浅いときは人の気配を感じたり感じなかったりした。

風邪でもないのに熱に浮かされたように火照った体は冷や汗でちょっとしっとりしてる。
水分とらないと。意識がちょっと覚醒したときに、お水がほしくてサイドテーブルに手を伸ばす。

「水がほしいのかい?」
「ん……」
「飲める?」
「だいじょうぶ……」

ぼんやりと何気なくお水のコップを受け取って飲み干す。あー、寝てたらだいぶ痛みがマシになった。

「もう一杯飲む?」
「ううん、いらない。ありがとうアンリ。……アンリ?」

ん? アンリ?
私は驚いてコップを差し出してくれた人物を見る。相変わらず雑にハーフアップにした銀髪をほつれさせた美人が騎士服を着てベッド脇の椅子に座ってた。

私は驚いて目を丸くする。

「どうしたの」
「寝込んでるって聞いたから、お見舞いに」

ちょっとはにかみながら言うアンリに、心がちょっぴりくすぐったくなる。あぁ、心配してくれたんだ。

アンリは私にちょっとでも変わったことがあると、すぐに来てくれる。お仕事大丈夫なのか不安になるけど、私はそれが嬉しい。
今日だってどこからか私の話を聞き付けてお見舞いに来てくれたんだろうね。

「アンリ、お仕事はいいの?」
「巡回中」

にっこりと悪戯っ子のような笑みを浮かべて、アンリは私の頭を撫でる。またそんな屁理屈で抜け出してきたのね。

私はその優しい仕草に目を細める。あぁ、また眠くなってくる。
とろりとした微睡みに誘導されて、だんだんと目蓋が下がってくる。

「眠い?」
「起きてるよー」
「いや、寝てるじゃないか」

アンリが苦笑してる気配がする。
私は目蓋を閉じながら、ふと彼に伝えたいことを思い出す。

面と向かって言うのは気恥ずかしくて、私は寝言を装った。

「あのねぇ、アンリ」
「なんだい」
「私、生理来たよ」
「んっ?」

私を撫でるアンリの手が止まる。
ちょっぴり裏返ったアンリの声に、私はゆるりと唇をゆるめた。

「だから、アンリと一緒にいられるよね。いても、いいんだよね」

アンリの手が離れる。

さすがにこれは十代には重い台詞だったかなぁ。重い女だって思われたかなぁ。
離れてしまったアンリの手が恋しくて、ゆるりと目蓋を開けた。きしっとベッドが軋んで、視界が黒く染まる。

ふにっと額に柔らかくて温かいものが触れた。
私は思わず目を閉じる。

じわじわと、触れられたところから熱を持つ。
触れてるものが何かと理解すると同時、そっとその熱が離れて耳元に吐息がかかる。

「そんな事、考えなくてもよかったのに。このお腹の中に、僕じゃない誰かの子がいたって構わなかったのに。例え君がその子を愛せなくても、僕が愛してあげたのに」

声が耳元から離れて、だんだんと遠くなっていく。
私はアンリがどんな顔をしているのか気になって、そっと目を開けた。

「ユカ、好きだ」

目の前にはわずかな空間を開けて、菫の瞳。
菫の瞳の中には、黒い瞳の私。
アメジストの中に、私は囚われる。

「君を守るよ。体も、心も、僕に守らせて。二度と君が悲しむことのないように。笑う君の隣にいる権利を、僕は欲しい」

真摯な眼差しは私の体を射ぬく。
菫色の宝石は私の心を奪う。

私はそっとアンリの頬を両手で挟んだ。

「私みたいな年増な女、アンリには勿体ないと思うよ」
「そういえばユカの方が年上だったな。気にしたこともないから問題ないね」
「私実はビッチだったみたいだし」
「ユカなら好きだよ」
「メンへラの気があるかもだし」
「ユカなら好き」
「意味わかってる?」
「分からないけど、それがユカなら全部受け止める」

なんてこともないように笑うアンリに、私はもう一つだけ念を押す。

「……もし元の世界に帰れるなら、私はアンリを置いていくかもしれない」
「いいよ。君の心がそう望むなら、僕はそれを守る。でも僕はユカと一緒にいたいから、ユカが帰りたくなくなるくらい誘惑するから覚悟して」

アンリの言葉におもわず笑ってしまう。

「誘惑するの?」
「ああ。誘惑する」
「どうやって?」

私は上目遣いにアンリを見上げる。
菫の瞳にぽつりと熱が灯る。

「こうやって」

アンリはゆっくりと私の唇に口づけた。
触れるだけの、わたがしのように優しいキス。

ようやくアンリに想いを告げられることに、アンリが私に触れてくれることに、私の体が歓喜する。
アンリならきっと、言葉を違えない。約束を守ってくれる。どんな私でも受け入れてくれると安心できる。

心の隅っこで日本の杏里ちゃんが眦を釣り上げてる気がした。
それは依存かもしれないと忠告してくる。もっとしっかり自分を持てと叱咤してくる。
そうえば杏里ちゃん、彼氏を作るときは自分にまず真っ先に報告しろとか言ってたな。自分の認めた相手じゃないと私を任せられないとか言ってたなぁ。
でも私は杏里ちゃんにごめんと謝った。

唇が離れるのを待って、私は彼に伝える。

「私も好きだよ、アンリ」

私、アンリと一緒にいたいんだ。
杏里ちゃんとはもう会えないだろうけど、許してね。
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