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オージェ伯爵邸襲撃事件編
拗れに拗れた話 3
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さすがの私もここまでされてまた伯爵邸で働きますとは言えなかった。アンリ曰く、リオネルさんからも「ロワイエ様接近禁止令」が出ているらしくて、私はまた以前のように診療所の部屋を借りて、エリアの薬草の手入れを手伝いながら過ごした。
アンリが毎日様子を見に来てくれる。
お仕事はいいのかって聞くと、また前みたいに「巡回は休憩時間だから」という謎の理論に言い含められてしまった。
私としては最初に夢オチだと思っちゃったのと、今回は命を奪われるような事がなかったから比較的落ち着いて生活できていると思ってる。アンリにその考え方は駄目だと言われたけど、本当の事だもん。現代日本なんて中高生でも親に隠れてヤってるんだ、処女喪失が遅すぎたから貰ってもらえてラッキーと自分に言い聞かせるように思えば、鬱々と考え込まずに済んだ。
むしろ今はこんな事になってしまって……初めてアンリの怖い顔を見てしまって、呆れられないかな、嫌われないかなと考えてしまう方がよっぽど怖い。
そう考え始めると、ロワイエ様とのアレをアンリに見られてしまっているのが私の心に重くのし掛かった。
絶対、幻滅された。
あんな風に喜んで声をあげてるところを見られたんだもの。引くよ、絶対引く、私だって知り合いのあんな姿見たら引くもん。
どんなに私が悪くないって言っても、本当のことは分かんない。
それが不安だった。
悶々としながらしゃがんでエリアのハーブに水をやっていると、頭上が陰る。
「……失礼」
「っ、ガストンさん」
見上げると熊みたいな人がのっそりと立っていた。ビクッと肩が跳ねたのは驚いただけじゃないけど、その事には目をそらした。
ガストンさんはお疲れなのか、目の下にうっすらと隈が見える。騎士団のお仕事、忙しいのかな。
「どうされたんですか? アンリはまだ巡回に来てませんけど」
「……知っている。隊長は仕事でオージェ伯爵邸だ」
「そうなんですか」
ちょっとだけ安心した。アンリは毎日私に会いに来てくれるけど、会いに来てくれるたび、私の中の不安は膨らんでいくから。
「……ユカ殿」
「はい」
「オージェ伯爵が、呼んでいる」
「はい?」
一瞬、自分の耳がちゃんと聞き取ってくれなかったかと思った。
伯爵って言った?
「旦那様が、帰られたんですか?」
「……そうだ。ロワイエ様の件で、騎士の同席のもと謝罪をと仰っている」
「そう、ですか」
ロワイエ様の名前が出て、もやっとする。
……出来れば会いたくないなぁ。
私は乗り気にはならなかったけれど、伯爵からの呼び出しなんだから断れない。
診療所に戻ってきた時にサリムさんから荷物一式を返してもらっているので、服装はこのままでも大丈夫だと思う。調剤室で作業していたエリアに事情を話すとエリアも着いてきてくれると言ってくれたんだけど、ちょうどその時急患が運ばれた。
診療所は三人で切り盛りしているから、エリアも手が離せなくなる。仕方なく、私は一人で伯爵邸へ行くことになった。実際はガストンさんの操る馬車に乗ってだけど。
伯爵邸につくと、全く知らない男性に出迎えられて足がすくんでしまった。旦那様が、新しい使用人を連れてきたのかな。
ガストンさんと一緒に案内されたのは応接室だった。
扉を開けると、まず最初に目に入ったのは、正面にある一人がけのソファに座るアッシュグレーの髪をきっちり固めた初老の男性。それからその斜め後ろに控える何故か顔の半分に包帯を巻いたロワイエ様。扉から見て右手の二人がけのソファにはダークブラウンの髪を結い上げた艶っぽい顔立ちの女性。ローテーブルを挟んで左手の二人がけソファにはリオネルさんが座っていて、その後ろにアンリが立っていた。
ガストンさんはそのまま扉の近くに使用人の如く控える。アンリが複雑な顔でこちらに来てくれて、私をリオネルさんの隣へと座らせた。
お茶が出される。顔を見れば、やっぱり知らないメイドさんだった。メイドさんはお茶だけ出してそそと退出した。
知っているお屋敷に、知らない人ばかりが働いてる。
居心地が悪くて、もう二度と知っている人がここで働くことがないんだと思わされて、胸がつまった。
「ユカ、息災だったか」
静寂につつまれた空間で、第一声を発したのは一人がけソファに座る初老の男性……オージェ伯爵だった。
私はなんとか当たり障りのないように答えようと、笑ってみせる。
「はい。旦那様のお陰で、健やかに過ごせています」
「まぁ。嘘はいけないわ、ユカ」
私の言葉に被せるように、凛とした声が上がる。
オージェ伯爵夫人が、手元の扇でビシッとロワイエを差した。
四十半ばという奥様は、いつもは妖艶な雰囲気をたっぷりと振り撒いて微笑んでいるのだけれど、今は虫でも見るような目で、自分の実の息子を睨みつけてる。
「この愚息がおイタをしたと聞きましたわ。それで息災と言えるものですか。ただでさえ、襲撃事件もあって心配していた矢先に……」
「も、申し訳ございません」
「謝るのはユカではないでしょう。愚息」
「……はい」
ロワイエ様がソファを回り、私の側へと膝をついた。綺麗なお顔の右半分に包帯が巻かれてるのがしっかりと見える。
胸に手を当て、首を垂れる。
「先日は、手前勝手な行動により貴女に多大なるご迷惑をおかけしてしまったこと、お詫びいたします。お許しくださるのであれば、私の持つもの全てで貴女に報いましょう」
「愚息、足りないですわよ」
「……お許しいただかなくとも、私の持つもの全てで……」
「誠意」
「……っ」
奥様の目が、毛虫を見るような目から汚物を見るような目へと変わる。いつも優雅にたっぷりと余裕のある振る舞いをしていらっしゃったから、こんな表情もされるなんて知らなかった。
ロワイエ様は両膝をつくと、額を床へとつけた。
これは……。
「申し訳ありませんでした……」
地面に伏せて、ロワイエ様は私に赦しを乞う。
私は何がどうしてこうなったんだろうと混乱して、結局口から溢れたのは「許す」って言葉ではなくて、その謝罪法の名称だった。
「土下座……」
そう、まさしくジャパニーズ土下座。
それを、ロワイエ様がしている。
「ユカの国の最上級の謝罪法でしたわよね?」
うふふ、と奥様が微笑まれる。
「本当は愚息の愚息を切り取って差し上げたかったのですけれど、悲しいことにこの愚息めはわたくしたち夫婦の唯一の跡取りなのです。ダミアンから止められてしまって……そのかわりに、わたくしたちから見張りをつけて行動を監視しますし、しばらくはその自慢の顔が使い物にならないでしょうから、どうかそれでご容赦くださいましね?」
艶っぽく言うけど、なんか今すごい色々聞こえたよ? 愚息の愚息を切り取る? 奥さま自ら実の息子の去勢をしようとしたのも驚きだけど、ロワイエ様顔面に何されたの? ちゃんと治る? 大丈夫?
貴族にとって、地に這いつくばるというのは非情に屈辱的なことだって聞いている。だから、物を落としてもいちいち使用人を呼ぶんだって。
それなのにロワイエ様は土下座させられて、どんなに屈辱的なんだろうか。
その上、奥様には折檻をされたわけで……なんだか許す許さないを越えて、だんだん憐れに思ってきた。
どう収拾をつければいいのか分からず、横を見る。リオネルさんが真面目な顔をしつつ、目の奥で笑っていた。必死にアイコンタクトを送るけど理解してもらえない。
視線をそらしてみる。アンリと目があった。こくりとうなずかれる。アンリはちいさく口の中で唱えた。私は、なんとかそれを読みとく。すきなようにしな、かな。……よし。
「ロワイエ様、顔をあげてください」
ロワイエ様が顔をあげる。顔が半分隠れているから分かりにくいけど、その表情はこちらの出方をうかがってる。一つしかない瞳に、私が映っている。
「終わったことは、もういいです。これ以上、何を言ったって虚しいだけですから。だけど、その、本当に反省してるなら……」
どうしようかな、これ、あんまり大きな声で言いたくないな。
私はちょっと逡巡して、声を潜めた。内緒話をするくらいの小さな声でいう。
「えっちなことは、本当に好きな人とだけしてくださいね」
私の時みたいに何かの手段とかではなくて、女性遍歴とかもろもろ含めてみても、そういう行為は本当に好きな人とするべき。一時の愛情とかじゃなくて、永遠を誓えるくらいの愛をもって。
つまり、ロワイエ様には誠実さが足りないのだ、誠実さが。
世の中には体だけの愛もあるとかいうけど、我ながらロマンチストなので、やっぱり心の愛もあったらいいと思ってしまう。この思考のせいで彼氏いない歴=年齢の喪女になってしまったんですけど……。
まぁ私のことはさておいて。
恥ずかしくて視線をうろうろしていたけれど、ふとロワイエ様が微動だにしないのが気になった。そろりと視線を戻すと、ロワイエ様が大きく目を見開いている。
視線が合うと、ほんのりと頬が赤くなった気がする。
あ、なんか本能がびびっと反応した。
身の毛がよだつよりも先に体が引いた。と同時に、ロワイエ様がパッと立ち上がり、私に迫ろうとしてくる。
「ユ……っ!」
「ロワイエ様?」
「愚息?」
アンリが私とロワイエ様の間に割り込み、奥様から底冷えするような視線が向けられる。
ばつの悪そうに身を引いたロワイエ様は、もう一度、謝罪の言葉を述べると奥様の隣のソファに座ろうとした。
「貴方はそこよ」
奥様から床を示される。ロワイエ様は顔をひきつらせてソファの横に立つだけ立つ。
「座りなさい」
「え、あの、母上……」
「座りなさい。教えたでしょう、正座よ、正座」
「……はい」
ロワイエ様いくつだっけ……私より年上だったよね……。
大の大人が正座させられてる。あれほど私に強引に我が儘を突き通していたロワイエ様が、借りてきた猫のように大人しく言うことを聞いてるのが、なんとなく不思議だ。
ぼんやりとそんな事を思っていると、誰かが咳払いした。
誰だろうと視線を巡らすと、旦那様と視線が合う。
「ユカ」
「はい」
「このような事になってしまったのには、私にも責がある。それをまずは詫びよう。すまなかった」
「い、いえ……!」
旦那様にまで頭を下げられてしまって私は恐縮してしまう。
あたふたとしていたら、旦那様がゆっくりと顔をあげた。
「君には、知る権利がある。その上で、君が好きなように選択をするべきだ」
旦那様が、一年前私を拾ったときのように眉間のしわをほぐして、優しく笑った。
アンリが毎日様子を見に来てくれる。
お仕事はいいのかって聞くと、また前みたいに「巡回は休憩時間だから」という謎の理論に言い含められてしまった。
私としては最初に夢オチだと思っちゃったのと、今回は命を奪われるような事がなかったから比較的落ち着いて生活できていると思ってる。アンリにその考え方は駄目だと言われたけど、本当の事だもん。現代日本なんて中高生でも親に隠れてヤってるんだ、処女喪失が遅すぎたから貰ってもらえてラッキーと自分に言い聞かせるように思えば、鬱々と考え込まずに済んだ。
むしろ今はこんな事になってしまって……初めてアンリの怖い顔を見てしまって、呆れられないかな、嫌われないかなと考えてしまう方がよっぽど怖い。
そう考え始めると、ロワイエ様とのアレをアンリに見られてしまっているのが私の心に重くのし掛かった。
絶対、幻滅された。
あんな風に喜んで声をあげてるところを見られたんだもの。引くよ、絶対引く、私だって知り合いのあんな姿見たら引くもん。
どんなに私が悪くないって言っても、本当のことは分かんない。
それが不安だった。
悶々としながらしゃがんでエリアのハーブに水をやっていると、頭上が陰る。
「……失礼」
「っ、ガストンさん」
見上げると熊みたいな人がのっそりと立っていた。ビクッと肩が跳ねたのは驚いただけじゃないけど、その事には目をそらした。
ガストンさんはお疲れなのか、目の下にうっすらと隈が見える。騎士団のお仕事、忙しいのかな。
「どうされたんですか? アンリはまだ巡回に来てませんけど」
「……知っている。隊長は仕事でオージェ伯爵邸だ」
「そうなんですか」
ちょっとだけ安心した。アンリは毎日私に会いに来てくれるけど、会いに来てくれるたび、私の中の不安は膨らんでいくから。
「……ユカ殿」
「はい」
「オージェ伯爵が、呼んでいる」
「はい?」
一瞬、自分の耳がちゃんと聞き取ってくれなかったかと思った。
伯爵って言った?
「旦那様が、帰られたんですか?」
「……そうだ。ロワイエ様の件で、騎士の同席のもと謝罪をと仰っている」
「そう、ですか」
ロワイエ様の名前が出て、もやっとする。
……出来れば会いたくないなぁ。
私は乗り気にはならなかったけれど、伯爵からの呼び出しなんだから断れない。
診療所に戻ってきた時にサリムさんから荷物一式を返してもらっているので、服装はこのままでも大丈夫だと思う。調剤室で作業していたエリアに事情を話すとエリアも着いてきてくれると言ってくれたんだけど、ちょうどその時急患が運ばれた。
診療所は三人で切り盛りしているから、エリアも手が離せなくなる。仕方なく、私は一人で伯爵邸へ行くことになった。実際はガストンさんの操る馬車に乗ってだけど。
伯爵邸につくと、全く知らない男性に出迎えられて足がすくんでしまった。旦那様が、新しい使用人を連れてきたのかな。
ガストンさんと一緒に案内されたのは応接室だった。
扉を開けると、まず最初に目に入ったのは、正面にある一人がけのソファに座るアッシュグレーの髪をきっちり固めた初老の男性。それからその斜め後ろに控える何故か顔の半分に包帯を巻いたロワイエ様。扉から見て右手の二人がけのソファにはダークブラウンの髪を結い上げた艶っぽい顔立ちの女性。ローテーブルを挟んで左手の二人がけソファにはリオネルさんが座っていて、その後ろにアンリが立っていた。
ガストンさんはそのまま扉の近くに使用人の如く控える。アンリが複雑な顔でこちらに来てくれて、私をリオネルさんの隣へと座らせた。
お茶が出される。顔を見れば、やっぱり知らないメイドさんだった。メイドさんはお茶だけ出してそそと退出した。
知っているお屋敷に、知らない人ばかりが働いてる。
居心地が悪くて、もう二度と知っている人がここで働くことがないんだと思わされて、胸がつまった。
「ユカ、息災だったか」
静寂につつまれた空間で、第一声を発したのは一人がけソファに座る初老の男性……オージェ伯爵だった。
私はなんとか当たり障りのないように答えようと、笑ってみせる。
「はい。旦那様のお陰で、健やかに過ごせています」
「まぁ。嘘はいけないわ、ユカ」
私の言葉に被せるように、凛とした声が上がる。
オージェ伯爵夫人が、手元の扇でビシッとロワイエを差した。
四十半ばという奥様は、いつもは妖艶な雰囲気をたっぷりと振り撒いて微笑んでいるのだけれど、今は虫でも見るような目で、自分の実の息子を睨みつけてる。
「この愚息がおイタをしたと聞きましたわ。それで息災と言えるものですか。ただでさえ、襲撃事件もあって心配していた矢先に……」
「も、申し訳ございません」
「謝るのはユカではないでしょう。愚息」
「……はい」
ロワイエ様がソファを回り、私の側へと膝をついた。綺麗なお顔の右半分に包帯が巻かれてるのがしっかりと見える。
胸に手を当て、首を垂れる。
「先日は、手前勝手な行動により貴女に多大なるご迷惑をおかけしてしまったこと、お詫びいたします。お許しくださるのであれば、私の持つもの全てで貴女に報いましょう」
「愚息、足りないですわよ」
「……お許しいただかなくとも、私の持つもの全てで……」
「誠意」
「……っ」
奥様の目が、毛虫を見るような目から汚物を見るような目へと変わる。いつも優雅にたっぷりと余裕のある振る舞いをしていらっしゃったから、こんな表情もされるなんて知らなかった。
ロワイエ様は両膝をつくと、額を床へとつけた。
これは……。
「申し訳ありませんでした……」
地面に伏せて、ロワイエ様は私に赦しを乞う。
私は何がどうしてこうなったんだろうと混乱して、結局口から溢れたのは「許す」って言葉ではなくて、その謝罪法の名称だった。
「土下座……」
そう、まさしくジャパニーズ土下座。
それを、ロワイエ様がしている。
「ユカの国の最上級の謝罪法でしたわよね?」
うふふ、と奥様が微笑まれる。
「本当は愚息の愚息を切り取って差し上げたかったのですけれど、悲しいことにこの愚息めはわたくしたち夫婦の唯一の跡取りなのです。ダミアンから止められてしまって……そのかわりに、わたくしたちから見張りをつけて行動を監視しますし、しばらくはその自慢の顔が使い物にならないでしょうから、どうかそれでご容赦くださいましね?」
艶っぽく言うけど、なんか今すごい色々聞こえたよ? 愚息の愚息を切り取る? 奥さま自ら実の息子の去勢をしようとしたのも驚きだけど、ロワイエ様顔面に何されたの? ちゃんと治る? 大丈夫?
貴族にとって、地に這いつくばるというのは非情に屈辱的なことだって聞いている。だから、物を落としてもいちいち使用人を呼ぶんだって。
それなのにロワイエ様は土下座させられて、どんなに屈辱的なんだろうか。
その上、奥様には折檻をされたわけで……なんだか許す許さないを越えて、だんだん憐れに思ってきた。
どう収拾をつければいいのか分からず、横を見る。リオネルさんが真面目な顔をしつつ、目の奥で笑っていた。必死にアイコンタクトを送るけど理解してもらえない。
視線をそらしてみる。アンリと目があった。こくりとうなずかれる。アンリはちいさく口の中で唱えた。私は、なんとかそれを読みとく。すきなようにしな、かな。……よし。
「ロワイエ様、顔をあげてください」
ロワイエ様が顔をあげる。顔が半分隠れているから分かりにくいけど、その表情はこちらの出方をうかがってる。一つしかない瞳に、私が映っている。
「終わったことは、もういいです。これ以上、何を言ったって虚しいだけですから。だけど、その、本当に反省してるなら……」
どうしようかな、これ、あんまり大きな声で言いたくないな。
私はちょっと逡巡して、声を潜めた。内緒話をするくらいの小さな声でいう。
「えっちなことは、本当に好きな人とだけしてくださいね」
私の時みたいに何かの手段とかではなくて、女性遍歴とかもろもろ含めてみても、そういう行為は本当に好きな人とするべき。一時の愛情とかじゃなくて、永遠を誓えるくらいの愛をもって。
つまり、ロワイエ様には誠実さが足りないのだ、誠実さが。
世の中には体だけの愛もあるとかいうけど、我ながらロマンチストなので、やっぱり心の愛もあったらいいと思ってしまう。この思考のせいで彼氏いない歴=年齢の喪女になってしまったんですけど……。
まぁ私のことはさておいて。
恥ずかしくて視線をうろうろしていたけれど、ふとロワイエ様が微動だにしないのが気になった。そろりと視線を戻すと、ロワイエ様が大きく目を見開いている。
視線が合うと、ほんのりと頬が赤くなった気がする。
あ、なんか本能がびびっと反応した。
身の毛がよだつよりも先に体が引いた。と同時に、ロワイエ様がパッと立ち上がり、私に迫ろうとしてくる。
「ユ……っ!」
「ロワイエ様?」
「愚息?」
アンリが私とロワイエ様の間に割り込み、奥様から底冷えするような視線が向けられる。
ばつの悪そうに身を引いたロワイエ様は、もう一度、謝罪の言葉を述べると奥様の隣のソファに座ろうとした。
「貴方はそこよ」
奥様から床を示される。ロワイエ様は顔をひきつらせてソファの横に立つだけ立つ。
「座りなさい」
「え、あの、母上……」
「座りなさい。教えたでしょう、正座よ、正座」
「……はい」
ロワイエ様いくつだっけ……私より年上だったよね……。
大の大人が正座させられてる。あれほど私に強引に我が儘を突き通していたロワイエ様が、借りてきた猫のように大人しく言うことを聞いてるのが、なんとなく不思議だ。
ぼんやりとそんな事を思っていると、誰かが咳払いした。
誰だろうと視線を巡らすと、旦那様と視線が合う。
「ユカ」
「はい」
「このような事になってしまったのには、私にも責がある。それをまずは詫びよう。すまなかった」
「い、いえ……!」
旦那様にまで頭を下げられてしまって私は恐縮してしまう。
あたふたとしていたら、旦那様がゆっくりと顔をあげた。
「君には、知る権利がある。その上で、君が好きなように選択をするべきだ」
旦那様が、一年前私を拾ったときのように眉間のしわをほぐして、優しく笑った。
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