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オージェ伯爵邸襲撃事件編
拗れに拗れた話 1
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ぽやぁと意識が浮上した。
なんだかとても気持ちいい夢を見ていたようで、気分が高揚している。
でも、まるで心が二つあるかのようにその気持ち良さに包まれていたい気持ちと、そこから逃げ出すべきだと相反する感情が反発してる。
目を背けるようにその気持ちから目をそらして、まぶたを開けた。
……あれ? 緑の天井?
おかしいな、私、確かロワイエ様の所に住み込みになるって……それで夏至も過ぎて、お仕事も慣れてきてたはずなのに。
夢だったのかな?
眠る前の事を思い出す。
確か、ロワイエ様のお仕事に呼ばれて、一緒に手伝ってたんだ。それから、ロワイエ様が天落香を焚いてて……えっちな気分になって。
……私の処女が、奪われたんだと、思う。
「でも夢だったら関係ないか……すごい欲求不満だったのかも……」
もぞもぞと寝返りをうった。
長い夢を見ていたのかもしれない。
長い夢を見ていたのなら、きっと今日はロワイエ様の所に住み込みで働きに行く日だ。夏至のお祭りも、市場へ行ったのも、お仕事をしてたのも、ロワイエ様にえっちなことをされたのもきっと全部夢だった。
それにしても夢であんなことしてるなんて、私実はヌードメイドプレイしたかったってことなのかな? やだ、そんな深層心理気づきたくなかった!
「お父さん、お母さん、由佳は何かをこじらせてしまったようです……」
ここにはいない両親に懺悔をして、体を起こした。
ええと、午前中にロワイエ様付の従者であるサリムさんが来てくれるから、それまでに用意しないと。
既視感があるのには気づかないふりをして、つらつらと考えながらベッドから降りる。
カーテンを開くと、ちょうどエリアが入ってきたところだった。
「エリア」
「ユカ!」
私の姿を視認して驚いたように目を丸くしたエリアは、次の瞬間、柔らかく微笑んだ。
え、何々、何でそんな驚かれてるの?
「良かったわ。貴女、丸一日眠っていたのよ」
「えっ、そんなに? どうしよう、サリムさんお迎え来ていたでしょう? 初日から迷惑かけちゃったかな……これじゃ仕事をするなんて夢のまた夢かな?」
「……ユカ?」
がっくりと肩を落とした私に、エリアが不審そうな声を出す。
私はきょとんと首を傾げた。
「なぁに、エリア?」
「いえ……そう、そうね。ねぇ、眠る前何をしていたのか、覚えてる?」
「眠る前?」
問われてさっきまで見ていた夢じゃない方を思い出そうとする。えぇと確か……。
「引っ越すための、荷物のチェックをしていた……気がする」
遠くに追いやられた物を思い出すときのように朧気だったけど、なんとか答える。
昨日の事より、さっきまで見ていた夢の方が鮮明で、ちょっぴり頬が赤くなる。あああ、私なんて破廉恥な夢を……!
「ユカ……!」
エリアが悲壮な声で、顔をくしゃりと歪めて、私を抱き締める。
「ごめんなさいね。私たちがもっと強く止めればよかったのよ。ちょっと今のユカは普通じゃないの。ロワイエ様の所には私たちから連絡しておくから、もうしばらくここでゆっくりしていきましょう。ね?」
「え? え?」
同い年のくせして私よりも発育がいいエリアさんに、ぎゅうぎゅう抱き締められて私は身動きがとれない。
何事だ。
ちょ、エリアさん、胸押し付けないで窒息する!
もがもがしてると、ようやく落ち着いたらしいエリアさんが私から体を離した。
それからサイドテーブルの水差しと、薬を渡される。
「これ、飲んでね」
「何の薬?」
「……栄養剤」
いつもはきっぱり言うエリアさんが、少しどもった気がした。気のせいかな。
でも言われるまま私は薬を飲み干した。丸薬だから飲みやすい。
「アンリがとても心配していたわ。連絡いれても大丈夫? もう一度眠るのならやめておくけれど」
「いれてあげて。私、元気だから」
「本当? 無理はしていないのよね?」
「してないよ」
苦笑すれば、エリアはちょっと躊躇ったように逡巡して、それじゃ連絡入れるわねと言って退出していった。
丸一日眠ってしまうとは……これはかなり心配させたかもしれない。
いそいそとベッドに戻りつつそう思ってると、ふと気づいた。
なんで私丸一日眠っちゃったの?
前日の行動をぼんやり思い出しても、特別変わったことは何もしてないし……。
体調が悪化した? でも怪我はほとんど完治してる。背中の傷もうっすらと痕が残ってるだけだ。
それにエリアの言葉の意味。
どうしてエリアが謝るんだろう。
うんうん唸ってみても分からない。
二度寝しようにも目が冴えちゃって眠れない。
ちょっと散歩でもしよう。
思い立ったら吉日なので、逆戻りしたベッドとおさらばする。
寝過ぎたのか、体がちょっと気だるいけどこれくらいの疲労感なら問題ない。
病室を出て、庭の花の手入れをしようとして首を傾げる。
全部枯れてる。
夏至まではまだ咲くと言っていた花でさえ枯れてしまっている。
つつー……と私の背中を冷や汗が過ぎる。
わざわざ綺麗な花壇に除草剤なんて巻く理由がない。
それに薬草としてエリアも大切にしていた花壇だ。
私が夢だと思っていた出来事が急速に脳裏を駆け巡る。色々なものが邪魔をしたり、霞がかって思い出せないこともあるけど、必死に意識を落とす直前を思い出す。
誰かが私の名前を呼んでいた。
ロワイエ様じゃない。
あの声は。
「お、ねーちゃん久しぶり」
不意に門の方から声をかけられる。
男の声。
ぞわっと鳥肌がたった。
小さく悲鳴をあげそうになるのを堪えてそちらを見ると、いつぞや見た不審者……もとい香売りの男がいた。
「え……、と」
「忘れちまったのか? ひどいなぁ、ちゃんとサービスしてやったのに」
「……天落香の?」
「なんだ、覚えんじゃん」
声は低く抑えられているけど、男からは楽しそうな雰囲気が伝わってくる。
反対に私は、全部夢じゃなかったんだなっと遠い目をしてしまった。
夢だったら良かったのに。
「どうした?」
「いえ、あのお香のせいで散々な目に遭ったばかりなので……」
「お? なんだ、あの優男の旦那に抱かれたのか?」
「な……っ!?」
まさしく言い当てられて、どくどくと心臓が跳ね上がる。
「お熱いねぇ。やっぱりあれか? 主人とメイドの駆け落ちか? あの旦那、ここらの領主の息子なんだろ? 玉の輿じゃねぇか」
にやにやと言い募る男に、私はわなわなと震える。
遠くにあった気がした心が、そろりと私にすり寄った。
ロワイエ様と駆け落ちからの玉の輿?
冗談じゃない!
「百歩譲って治療行為だって言われても、私怖かったんだから!」
「ん、んん? なんだ、合意じゃなかったのか?」
不思議そうに首を傾げた香売りの男に、私の中で停滞していた心の何かが、堰をきったかのように溢れた。
「馬鹿馬鹿! なんでロワイエ様にあんなお香売ったのよ! あれが天落香じゃなかったら、あんなことにはならなかったのに! は、初めては好きな人とが良かったのにぃ……」
最後の方はもう涙目だ。
夢だと思ってたことが一気に現実だったんだと突きつけられて、私はこの世界に来たときと同じくらい混乱した。
ぐすぐすと泣いていると、あたふたしていた男はふと気がついたように言う。
「ちょ、な、泣くな……! そ、そういやねーちゃん、なんかの病気なの? ここ診療所だよな? 寝てなくていいのか?」
そんなの、私が知りたい!
なんか色々吹っ切れた私は、八つ当たりのごとく男に詰め寄った。
「知らないわよ! ロワイエ様に抱かれてから知らない内にここに運ばれたんだから!」
「ちょ、さすがに昼間っからそんな大声で抱くとかは」
「なんで夢じゃないのよ! もう既に私二回は死んでるじゃない! なんで助かっちゃうのよ! 助かっちゃったから、ロワイエ様とあんなことしなきゃいけなかったの? ねぇ、なんで? ねぇ!」
「お、俺に聞くな!」
「なんであの時よりにもよって天落香を薦めたのよ! もっと別のお香でも良かったじゃない! ばかばかばか!」
男が私の剣幕に押されて、ちょっと後ろに足を引いた。それからピクリと体を震わせる。フードのせいで、顔が見えないけど、たぶん強ばってる気がした。
「……ユカに何してるんだ?」
「え、は?」
「ちょっと詰所で話を聞いてもいいかい?」
「げ、騎士……!?」
まずった、とでも言うように、怪しい男は声をひきつらせると、騎士の手を振りほどいて脱兎のごとく逃げ出した。
騎士はそれを追うことはなくため息をつくと、ぽんぽんと私の頭を撫でてくれた。
「ユカ、どうしたのさ、そんなに大声で泣いて」
「アンリちゃん……」
ぶわっと溢れそうになる涙を必死になだめていると、困ったようにアンリが眉尻を下げた。
「なんでなのかなぁ……なんで私ばっかりこんな目に会うの……」
ぽろりとこぼれるのは私の本音だ。ずっとずっと、隠そうとしていた本音だ。
「私、何も悪いことしてないよ。それなのになんで階段から落ちてさ、知らないところに来てさ、殺されそうになってさ、ようやくまた平和になったって思ったのにさ、ロワイエ様が……」
脳裏に浮かぶのは、壮絶な色気を纏いながら、私を楽しそうに視線でねぶるロワイエ様。
最初の一回は治療だった。そう言われたから、不本意だけど納得はした。
でも二回目は。……自分からねだっておいて、とは思うけど、でもあれは私にとって「ロワイエ様が仕向けた」ことに等しい。だから納得いかない。納得したくない。
私にだって、プライドがある。
「はじめては、好きな人とが良かった」
アンリがぴたりと私を撫でる手を止めた。それがさらに私の気分を逆撫でする。どうしてかは分かんない。
「……ねぇ、なんで撫でるのやめちゃうの?」
「え、いや……」
アンリが私の質問に口ごもる。
もしここで「なんとなく」とかでもいいから、何か言ってくれたら良かったのに。
変に口ごもったのも癪にさわって、私は余計な憶測をよんで口から吐き出す。
「汚らわしい? 好きでもない男に抱かれて、被害者ぶってこんなこと言う私」
「そんなことない」
「嘘よ。だって見たでしょ。私が喜んでロワイエ様に抱かれてるの。ぼんやりとだけど、覚えてるよ。部屋に入ってきたのアンリでしょ」
「いや、だからってそんなこと思わない」
「絶対嘘! だってロワイエ様も言ってたもん! 私淫乱だって! 淫乱だからきっと私誰にでもあんなふうになっちゃうもん! 汚らわしくないなんて思わない方がおかしいもん! だからアンリもほんとは私に触りたくないんでしょ!? だから撫でるのやめちゃったんでしょ!?」
「ユカ!!」
アンリが強く私の名前を呼ぶ。彼が今どんな顔をして私の名前を呼んだのか分からなくて顔をあげようとすると、その前にぐっと抱き締められた。私はパニックになってさらに暴れる。
「やだっ、やだ離して! こんな女、触らない方がいい!」
「僕は触りたい!」
離れて、と叫ぶと、アンリに怒鳴り返された。
その剣幕が怖くて、ビクッと肩が跳ねる。
はじめてアンリを、怖いと思った。
「全然、汚らわしくなんかない。僕はユカに触れていたいよ。それにユカをあんな風にしたのはロワイエだ。媚薬を使われたのなら仕方ない」
でも怖いと思ったのは一瞬で、アンリはすぐに声を和らげた。
こんこんと、私に非は無かったんだと教えてくれる。
「僕らが悪かったんだよ。ロワイエが女にだらしないって知っていたのに、ユカを強く引き留めなかった。もっと強く引き留めておけば、こんなことにならなかったんだ」
「ううん、私だよ。ロワイエ様の所に行くって決めたのは私だよ。だからアンリ、悪くない」
アンリが、前みたいに背中をとんとんと叩いてくれる。子供のようにあやしてくるそれに、だんだんと落ち着いてくる。
涙もしゃくりも止まっても、アンリはしばらく私の背中を撫でてくれた。
なんだかとても気持ちいい夢を見ていたようで、気分が高揚している。
でも、まるで心が二つあるかのようにその気持ち良さに包まれていたい気持ちと、そこから逃げ出すべきだと相反する感情が反発してる。
目を背けるようにその気持ちから目をそらして、まぶたを開けた。
……あれ? 緑の天井?
おかしいな、私、確かロワイエ様の所に住み込みになるって……それで夏至も過ぎて、お仕事も慣れてきてたはずなのに。
夢だったのかな?
眠る前の事を思い出す。
確か、ロワイエ様のお仕事に呼ばれて、一緒に手伝ってたんだ。それから、ロワイエ様が天落香を焚いてて……えっちな気分になって。
……私の処女が、奪われたんだと、思う。
「でも夢だったら関係ないか……すごい欲求不満だったのかも……」
もぞもぞと寝返りをうった。
長い夢を見ていたのかもしれない。
長い夢を見ていたのなら、きっと今日はロワイエ様の所に住み込みで働きに行く日だ。夏至のお祭りも、市場へ行ったのも、お仕事をしてたのも、ロワイエ様にえっちなことをされたのもきっと全部夢だった。
それにしても夢であんなことしてるなんて、私実はヌードメイドプレイしたかったってことなのかな? やだ、そんな深層心理気づきたくなかった!
「お父さん、お母さん、由佳は何かをこじらせてしまったようです……」
ここにはいない両親に懺悔をして、体を起こした。
ええと、午前中にロワイエ様付の従者であるサリムさんが来てくれるから、それまでに用意しないと。
既視感があるのには気づかないふりをして、つらつらと考えながらベッドから降りる。
カーテンを開くと、ちょうどエリアが入ってきたところだった。
「エリア」
「ユカ!」
私の姿を視認して驚いたように目を丸くしたエリアは、次の瞬間、柔らかく微笑んだ。
え、何々、何でそんな驚かれてるの?
「良かったわ。貴女、丸一日眠っていたのよ」
「えっ、そんなに? どうしよう、サリムさんお迎え来ていたでしょう? 初日から迷惑かけちゃったかな……これじゃ仕事をするなんて夢のまた夢かな?」
「……ユカ?」
がっくりと肩を落とした私に、エリアが不審そうな声を出す。
私はきょとんと首を傾げた。
「なぁに、エリア?」
「いえ……そう、そうね。ねぇ、眠る前何をしていたのか、覚えてる?」
「眠る前?」
問われてさっきまで見ていた夢じゃない方を思い出そうとする。えぇと確か……。
「引っ越すための、荷物のチェックをしていた……気がする」
遠くに追いやられた物を思い出すときのように朧気だったけど、なんとか答える。
昨日の事より、さっきまで見ていた夢の方が鮮明で、ちょっぴり頬が赤くなる。あああ、私なんて破廉恥な夢を……!
「ユカ……!」
エリアが悲壮な声で、顔をくしゃりと歪めて、私を抱き締める。
「ごめんなさいね。私たちがもっと強く止めればよかったのよ。ちょっと今のユカは普通じゃないの。ロワイエ様の所には私たちから連絡しておくから、もうしばらくここでゆっくりしていきましょう。ね?」
「え? え?」
同い年のくせして私よりも発育がいいエリアさんに、ぎゅうぎゅう抱き締められて私は身動きがとれない。
何事だ。
ちょ、エリアさん、胸押し付けないで窒息する!
もがもがしてると、ようやく落ち着いたらしいエリアさんが私から体を離した。
それからサイドテーブルの水差しと、薬を渡される。
「これ、飲んでね」
「何の薬?」
「……栄養剤」
いつもはきっぱり言うエリアさんが、少しどもった気がした。気のせいかな。
でも言われるまま私は薬を飲み干した。丸薬だから飲みやすい。
「アンリがとても心配していたわ。連絡いれても大丈夫? もう一度眠るのならやめておくけれど」
「いれてあげて。私、元気だから」
「本当? 無理はしていないのよね?」
「してないよ」
苦笑すれば、エリアはちょっと躊躇ったように逡巡して、それじゃ連絡入れるわねと言って退出していった。
丸一日眠ってしまうとは……これはかなり心配させたかもしれない。
いそいそとベッドに戻りつつそう思ってると、ふと気づいた。
なんで私丸一日眠っちゃったの?
前日の行動をぼんやり思い出しても、特別変わったことは何もしてないし……。
体調が悪化した? でも怪我はほとんど完治してる。背中の傷もうっすらと痕が残ってるだけだ。
それにエリアの言葉の意味。
どうしてエリアが謝るんだろう。
うんうん唸ってみても分からない。
二度寝しようにも目が冴えちゃって眠れない。
ちょっと散歩でもしよう。
思い立ったら吉日なので、逆戻りしたベッドとおさらばする。
寝過ぎたのか、体がちょっと気だるいけどこれくらいの疲労感なら問題ない。
病室を出て、庭の花の手入れをしようとして首を傾げる。
全部枯れてる。
夏至まではまだ咲くと言っていた花でさえ枯れてしまっている。
つつー……と私の背中を冷や汗が過ぎる。
わざわざ綺麗な花壇に除草剤なんて巻く理由がない。
それに薬草としてエリアも大切にしていた花壇だ。
私が夢だと思っていた出来事が急速に脳裏を駆け巡る。色々なものが邪魔をしたり、霞がかって思い出せないこともあるけど、必死に意識を落とす直前を思い出す。
誰かが私の名前を呼んでいた。
ロワイエ様じゃない。
あの声は。
「お、ねーちゃん久しぶり」
不意に門の方から声をかけられる。
男の声。
ぞわっと鳥肌がたった。
小さく悲鳴をあげそうになるのを堪えてそちらを見ると、いつぞや見た不審者……もとい香売りの男がいた。
「え……、と」
「忘れちまったのか? ひどいなぁ、ちゃんとサービスしてやったのに」
「……天落香の?」
「なんだ、覚えんじゃん」
声は低く抑えられているけど、男からは楽しそうな雰囲気が伝わってくる。
反対に私は、全部夢じゃなかったんだなっと遠い目をしてしまった。
夢だったら良かったのに。
「どうした?」
「いえ、あのお香のせいで散々な目に遭ったばかりなので……」
「お? なんだ、あの優男の旦那に抱かれたのか?」
「な……っ!?」
まさしく言い当てられて、どくどくと心臓が跳ね上がる。
「お熱いねぇ。やっぱりあれか? 主人とメイドの駆け落ちか? あの旦那、ここらの領主の息子なんだろ? 玉の輿じゃねぇか」
にやにやと言い募る男に、私はわなわなと震える。
遠くにあった気がした心が、そろりと私にすり寄った。
ロワイエ様と駆け落ちからの玉の輿?
冗談じゃない!
「百歩譲って治療行為だって言われても、私怖かったんだから!」
「ん、んん? なんだ、合意じゃなかったのか?」
不思議そうに首を傾げた香売りの男に、私の中で停滞していた心の何かが、堰をきったかのように溢れた。
「馬鹿馬鹿! なんでロワイエ様にあんなお香売ったのよ! あれが天落香じゃなかったら、あんなことにはならなかったのに! は、初めては好きな人とが良かったのにぃ……」
最後の方はもう涙目だ。
夢だと思ってたことが一気に現実だったんだと突きつけられて、私はこの世界に来たときと同じくらい混乱した。
ぐすぐすと泣いていると、あたふたしていた男はふと気がついたように言う。
「ちょ、な、泣くな……! そ、そういやねーちゃん、なんかの病気なの? ここ診療所だよな? 寝てなくていいのか?」
そんなの、私が知りたい!
なんか色々吹っ切れた私は、八つ当たりのごとく男に詰め寄った。
「知らないわよ! ロワイエ様に抱かれてから知らない内にここに運ばれたんだから!」
「ちょ、さすがに昼間っからそんな大声で抱くとかは」
「なんで夢じゃないのよ! もう既に私二回は死んでるじゃない! なんで助かっちゃうのよ! 助かっちゃったから、ロワイエ様とあんなことしなきゃいけなかったの? ねぇ、なんで? ねぇ!」
「お、俺に聞くな!」
「なんであの時よりにもよって天落香を薦めたのよ! もっと別のお香でも良かったじゃない! ばかばかばか!」
男が私の剣幕に押されて、ちょっと後ろに足を引いた。それからピクリと体を震わせる。フードのせいで、顔が見えないけど、たぶん強ばってる気がした。
「……ユカに何してるんだ?」
「え、は?」
「ちょっと詰所で話を聞いてもいいかい?」
「げ、騎士……!?」
まずった、とでも言うように、怪しい男は声をひきつらせると、騎士の手を振りほどいて脱兎のごとく逃げ出した。
騎士はそれを追うことはなくため息をつくと、ぽんぽんと私の頭を撫でてくれた。
「ユカ、どうしたのさ、そんなに大声で泣いて」
「アンリちゃん……」
ぶわっと溢れそうになる涙を必死になだめていると、困ったようにアンリが眉尻を下げた。
「なんでなのかなぁ……なんで私ばっかりこんな目に会うの……」
ぽろりとこぼれるのは私の本音だ。ずっとずっと、隠そうとしていた本音だ。
「私、何も悪いことしてないよ。それなのになんで階段から落ちてさ、知らないところに来てさ、殺されそうになってさ、ようやくまた平和になったって思ったのにさ、ロワイエ様が……」
脳裏に浮かぶのは、壮絶な色気を纏いながら、私を楽しそうに視線でねぶるロワイエ様。
最初の一回は治療だった。そう言われたから、不本意だけど納得はした。
でも二回目は。……自分からねだっておいて、とは思うけど、でもあれは私にとって「ロワイエ様が仕向けた」ことに等しい。だから納得いかない。納得したくない。
私にだって、プライドがある。
「はじめては、好きな人とが良かった」
アンリがぴたりと私を撫でる手を止めた。それがさらに私の気分を逆撫でする。どうしてかは分かんない。
「……ねぇ、なんで撫でるのやめちゃうの?」
「え、いや……」
アンリが私の質問に口ごもる。
もしここで「なんとなく」とかでもいいから、何か言ってくれたら良かったのに。
変に口ごもったのも癪にさわって、私は余計な憶測をよんで口から吐き出す。
「汚らわしい? 好きでもない男に抱かれて、被害者ぶってこんなこと言う私」
「そんなことない」
「嘘よ。だって見たでしょ。私が喜んでロワイエ様に抱かれてるの。ぼんやりとだけど、覚えてるよ。部屋に入ってきたのアンリでしょ」
「いや、だからってそんなこと思わない」
「絶対嘘! だってロワイエ様も言ってたもん! 私淫乱だって! 淫乱だからきっと私誰にでもあんなふうになっちゃうもん! 汚らわしくないなんて思わない方がおかしいもん! だからアンリもほんとは私に触りたくないんでしょ!? だから撫でるのやめちゃったんでしょ!?」
「ユカ!!」
アンリが強く私の名前を呼ぶ。彼が今どんな顔をして私の名前を呼んだのか分からなくて顔をあげようとすると、その前にぐっと抱き締められた。私はパニックになってさらに暴れる。
「やだっ、やだ離して! こんな女、触らない方がいい!」
「僕は触りたい!」
離れて、と叫ぶと、アンリに怒鳴り返された。
その剣幕が怖くて、ビクッと肩が跳ねる。
はじめてアンリを、怖いと思った。
「全然、汚らわしくなんかない。僕はユカに触れていたいよ。それにユカをあんな風にしたのはロワイエだ。媚薬を使われたのなら仕方ない」
でも怖いと思ったのは一瞬で、アンリはすぐに声を和らげた。
こんこんと、私に非は無かったんだと教えてくれる。
「僕らが悪かったんだよ。ロワイエが女にだらしないって知っていたのに、ユカを強く引き留めなかった。もっと強く引き留めておけば、こんなことにならなかったんだ」
「ううん、私だよ。ロワイエ様の所に行くって決めたのは私だよ。だからアンリ、悪くない」
アンリが、前みたいに背中をとんとんと叩いてくれる。子供のようにあやしてくるそれに、だんだんと落ち着いてくる。
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