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オージェ伯爵邸襲撃事件編

ご主人様と天落香5

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「ユカ、少し部屋に来てくれませんか?」
「嫌です」

にっこりと微笑みながらリネン室の入り口から声をかけてきたロワイエ様に、私は顔をひきつらせて距離を取って拒否した。

数日前、私が媚薬を盛られたということは、媚薬が抜けてはっきりとした頭できちんと説明を受けた。その上で、ロワイエ様が私のために対処をしてくれたのだと言うことも。

それは間違いないんだろうとは思う。あのときの私の体は絶対におかしかった。
だからといって、拒絶したのに私を組伏せて、恍惚として私をなぶったのはロワイエ様に代わりない。それがどれだけ私の恐怖を煽ったか、この人は分かってない。

翌日、私は熱を出して一日寝込んだ。サリムさんいわく、極度の緊張と疲労らしい。
どうしてマルスラン先生を呼ばず、サリムさんが診たのか。理由を聞いたら「誰に薬を盛られたのか分からないので、しばらくは極力外部との接触を絶って欲しい」ということらしい。そのせいでこの一週間、軟禁状態だ。

今回の媚薬事件は、ロワイエ様を狙ったものか、私を狙ったものか、それとも無差別か。この三つの可能性があるらしい。私がロワイエ様に強制にゃんにゃんされてる間にサリムさんが手を回したらしいんだけど、犯人も混入したものの特定も何も出来なかったらしい。

そうやってサリムさんが東奔西走している間、私は何をしているのかというと、ロワイエ様からなるべく距離を取ってお屋敷の仕事をこなしていた。

だって嫌じゃん、私を喜んで「据え膳です」とか言って、犯そうとしてきた人と顔を合わせるの。
挿入こそしてないから、私は一応まだ処女なんだけど……あの日のロワイエ様の想像以上の変態っぷりには、今思い出しても苦いものしか込み上げない。

ロワイエ様は宣言通り、私の花芽を弄るだけで私を何度も頂へと追い上げた。それはもう、私の秘部のそれがじんじんとして感覚がなくなるほどに。
それだけでも変態と罵るのに十分だけど、その長時間に渡る奉仕の合間に、嬉々として私に自慰を見せつけてきた。

これを変態と言わず何と言う。

女好き? 遊び人?
いやいや、変態の間違いでしょ。

ともかく、私はロワイエ様のそれを見て以来、まともに顔を合わせるのが嫌すぎた。それなのに外に出させてもらえないから、渋々とお屋敷に留まり、ビジネスライクで仕事をこなしている。

「ユカ、そろそろ機嫌を直してはくれませんか?」
「直すも何も、仕事中ですので失礼します」
「そんな、つれないことを言わず」

リネン室から出たいけど、ロワイエ様が通せんぼをするから出られない。私は無表情で視線を下に落とし主人に対する礼をとった。

「……私を雇ってくださっている恩を忘れたことはございません。そのお心に報いるためにも仕事をしておりますので、どうかこのような場所にはおいでにならないでください」

さっさと自分の執務室に帰れと、遠回しに言ってみる。

すると、ロワイエ様は少し考えたように視線を漂わせた。

「それならこうしましょうか。ユカ、主人の命令です。私の部屋に来なさい」
「それ、は」
「使用人として、どうすべきかは分かりますね?」

両肩に、ロワイエ様の圧がのし掛かる。
こうやって人に命令することになれている姿は、やっぱり貴族なんだよね。

「サリムがいないので、私の携わる仕事の書類の整理を頼みたいのです」
「……分かりました」

部屋に呼ばれた理由が仕事のためと聞き、渋々承諾した。

「ふふ、お礼に天落香を焚きましょう。居眠りにだけは注意してくださいね。素晴らしい夢から覚めたくなくなってしまうかもしれませんから」

茶目っ気たっぷりに私を誘うロワイエ様にげんなりしつつ、私はリネン室を出た。その足が向かうのはロワイエ様の執務室。ああもう、今から嫌悪で鳥肌がやまないよ。

そしていざ、ロワイエ様の執務室に足を踏み込むと、甘い香りが漂ってきた。少しだけ窓を開けて換気をしているらしく、むせかえる程ではないのがありがたい。
それは一度嗅いだら忘れられない天落香の香りで間違いない。本当に良い香りなのには間違いないから。

私は執務室に入ると、まずお茶の用意をした。こぼさないように、散乱した執務机の書類を避けて茶器を置く。よく見れば床にも紙が散らばっている。

「さっきうっかり積んであった書類を崩してしまいまして。ユカにはこれを直して欲しいのです。決済済みのものばかりのはずなので、それを日付と部門毎に」
「かしこまりました」

私は机の書類と床に散った書類を抱えて、応接用のローテーブルに置いて、仕事を始める。
書類の種類はいくつかある。領民の嘆願書、オージェ領の支出報告書、税の徴収報告書、その他諸々。
ここにあるのは何年分なのだろうかというくらい古いのもある。しまわないのかな? それともしまう場所がなくてしまえないとか? だから机の上に積みっぱなしだったとか?

そこでちょっと違和感が。
そういえばここまで書類が積まれてる執務室とか見たこと無いよ? だって盗難品探しのために来たときだって、何枚かの書類は積まれてたけど、こんな量じゃなかったはず。それにいくつかの重要書類は引き出しにしまってなかった?

「……なんでこんなにも古い日付の書類が外に出ているんですか?」
「ふふ、ちょっと必要だったのです」
「使ったら片付けてください」
「ええ。使ったら片付けますよ」

ロワイエ様が不敵に笑うけど、私は書類整理に集中していたのでその顔には終始気づかなかった。

まぁ、気づいたとして、どうにかなるのかって言われたら微妙だけど。
この部屋に足を踏み入れた時点で、私に逃げ場など用意されていなかったんだから。


◇◇◇


体がおかしい。
呼吸が乱れて、体の奥がむずむずする。

しばらく書類整理を続けていて一時間ほど。
目の前が霞んで体の均衡を崩しかけて、その事に気がついた。

私、この状態を知っている。
つい最近、経験したばかりだ。

これはまずい。
何がまずいって、ロワイエ様にバレたら───

「ユカ、息が切れてますね」
「ひぅん」

いつの間に近づいてきたのか、ロワイエ様が私の耳元に息を吹き掛けるように囁いた。ぞわぞわと何かが背筋を通り抜けて足から力が抜けた。

「ろ、ロワイエ様、気のせいですよ?」
「そうでしょうか?」
「はい」
「それなら引き続き書類整理をお願いします。急ぎのものが混じってそうなので、できるだけ早く整理を終わらせたいのですよ」

ロワイエ様のお仕事を遅らせるわけにはいかないから、私は唇を噛んで自分の体から意識をそらす。できるだけ早く終わらせて退出すれば良い。それで自室でゆっくり体を休めよう、そうしよう。
そう、思っていたのに。

「あぁ、すみません」
「……」

えええええ、ロワイエ様嘘でしょう!?
せっかく私が頑張って揃えた書類を手渡ししようとしたら、手を滑らせた。つまりはまた整理のやり直し。

「……わざとですか?」
「そんなまさか。申し訳ありませんが、もう一度、お願いしますね?」

ロワイエ様がたいして申し訳なく思っていなさそうな顔で言ってくる。
何、何なの。ロワイエ様、何がしたいの。

私はおかしくなっていく体にイライラしながら、書類の整理を続ける。よくよく考えれば、この時すでに私の頭がおかしかったんだって後から気づいた。思考が鈍っていて、原因だと思われるものに気がつかなかったんだから。

「はぁ、はぁ」
「そろそろでしょうか」

ふるふると体が震える。熱で火照る体は、起こしているのもつらい。
ローテーブルの書類を崩さないように、テーブルに手をついた。足腰が生まれた小鹿のようにぷるぷるして、立つのもやったとだ。

「ロワイエ様……?」
「申し訳ありませんね。このような騙し討ちのような方法をとって。確認したいことがあったのですが、普通に考えても貴女は協力してくれませんから」

ロワイエ様が執務机から離れ、私の方に近づいてきた。そして軽く私の体を押して、ソファに座らせた。

「媚薬の出所が見つからないと言ったでしょう? それでふと思い出したことがあるのです。先日、天落香の由来をお教えしましたよね?」

なんだっけ……ええと、天降あもり人を地上へと落とす香、だったっけ。

「あれは子供向けのお伽噺としてかなり拡大解釈をしたお話なのですよ。天降あもり人を落とすという本当の意味、知っていますか?」

ロワイエ様の言葉をぼんやりする頭で聞く。何だろう、何が言いたいんだろう。

天降あもり人をのです。快楽を与え、この世を楽園と勘違いさせる。天落香は閨への誘い文句にも使われるのですよ。『今夜、天落香を焚きませんか』というように」

ゆっくりと、ゆっくりとロワイエ様が話す。まるで時間を稼いでいるような言葉選びに焦れったくなる。

「本物の天落香は私たちにとって安眠薬にしかなりません。眠っているときに嗅げば、安らぎを得られる。ですか……」
「ぁんっ」

ロワイエ様が丈の短すぎるメイド服から、大胆にもあらわになっている私の太ももを撫でた。

天降あもり人には媚薬効果をもたらす。ただの言い伝えかと思っていましたが……やはり試してみた価値はありましたね。ユカは天降あもり人なのでしょう?」

嬉しそうにロワイエ様はそう言った。
天降あもり人。それが異世界人のことを差すのなら、確かに私は天降あもり人かもしれない。

でもそれが何だというの。
それを確かめたかったのなら、こんな風に金貨三枚もする高級な香を使う必要なんてないじゃない!

別に私は異世界人だということを隠してないもん! 伯爵にはちゃんと話してある。だから、こんな形で暴いてくるロワイエ様に腹が立つ。

天降あもり人なら……はぁ……どうする、んっ、ですか」
「ふふ。今度こそ美味しく据え膳を頂きましょう。天降あもり人を地上に堕とすために、ね?」

ロワイエ様が楽しそうに微笑んだ。
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