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オージェ伯爵邸襲撃事件編

黒宵騎士団の砦にて1

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人通りの多い市へ行っても私の発作は起きなかった。
それならばと、マルスラン先生から外出の許可もおりたので、最近の私はよく外へと出かけていた。

と、言っても一人で何かあったら危険だというので、たいがい誰かがついているけど。
それはエリアだったり、イアン君だったり、巡回に来たアンリだったり。

町へ出歩くようになって気づいたんだけど、騎士団の本拠地は町の真ん中にあるわけじゃなくて、もっと街道の方にあるらしい。砦のような要塞が国境間近にあるんだって。町中にある詰所は、町の人たちのためにあるらしい。

アンリも詰所に泊まったり、砦から来たりとその時々によっている場所が違うらしい。砦から来る時は町のすぐそばまで馬を使うのだとか。この間自転車を使っているのを見たから、町中でも走れる自転車を使えばといいのにと言ったら、数に限りがあって中々使えないのだとか。

さて、話はそれたけどそんな私は、いまだにお見舞いだと笑ってやって来るアンリを驚かせようと、差し入れをもってエリアと騎士団へと向かう最中です。
騎士の足ではすぐだというけど、女性の足、ましてや私の足では時間がかかるというので国境まで出ている乗り合い馬車を使っての移動だ。

ゆっくりと馬車に揺られて三十分もしない内に、騎士団の砦が見えた。今日のアンリは砦の方にいるらしいと事前情報を巡回していた騎士の人たから聞いた。

騎士団の砦の前で降りる。国境を越える人たちは、ここで騎士に出国手続きを受けるそうだ。砦っていうけど、半分は関所の役割を持ってるみたい。

「おー、ユカちゃん、エリアちゃん、ご無沙汰」
「ユーグさん」

さてこれからどうやって騎士団の中へと入ろうかと思っていたら、ちょうど町の方から帰ってきたユーグさん含む小グループの人達に出くわした。
グループから馬から降りたユーグさんが、馬を引いて歩み出てくる。

「どうしたんだ、こんなところで」
「あの、アンリに会いに来たんです。いつもお見舞いに来てくれるので、今日はそのお礼に」

ざわっとユーグさんの後ろの人達がざわめく。

「隊長ほんとマメだな」
「珍しく世話焼きだよな」
「幼女メイド……」
「これ脈ありか?」
「隊長の十代最後の青春か?」
「お? 処す? 処す?」
「でも隊長の好みとは違うでしょ」
「いやいや、恋に好みは関係ないぜ?」

なんか色々と言われてる。途中幼女とかいう単語が聞こえたけど気のせいだろうか。

グループのなかから一人の騎士が馬を歩かせてこちらまで出てくる。

「ユーグ、お前はこのままお嬢さん方を隊長のところまで案内してやれ」
「うっす」
「お嬢さん、隊長をよろしく頼むよ。ユーグ、馬を預かる」
「班長あざーす」

ユーグさんが騎士さんに馬の手綱を渡すと、グループの人達は手を振ったり、にっこりと笑顔になったりしながら一足先に砦の中へ入っていった。

ユーグさんはこっちに向き直ると、にっこりと笑った。

「ようこそ黒宵騎士団シュロルム支部へ。んじゃ、隊長の部屋行くか」


◇◇◇


騎士団の砦は規模としてはかなり大きい方なんじゃないかなと思う。
見張り台はもちろん、訓練場や馬場も充実した広さがあるのだとか。
執務をしたり、寝泊まりをするための建物も大きい。部屋は狭いながらも、王都から派遣されるという騎士達が全員収容できる規模だそうだ。

仕事用の建物に足を踏み入れる。四階建ての建物の三階に、アンリの執務室はあるらしい。

「はぁぁぁ」
「お疲れさん」
「大丈夫?」

さすがに体力が戻ってきつつあるとは言っても、階段三階分はキツいです。すっごい疲れた。足つりそう。

「ここが隊長の部屋だ。隊長、失礼しまーす」

ふらふらと着いていった先で、ノックもそこそこに、ユーグさんは声をかけて扉を開けた。

「隊長、お客さんすよー」
「ごめん、何、ちょっと待っててもらって。今これやってるから。これ終わらせないと今日ユカんとこに行けないんだよ」

アンリががしがしとハーフアップにされた銀髪を豪快にかき混ぜた。何度もその仕草をしてるのか、結んでいる意味の無いくらいボサボサになってる。

夢中で書類に目を走らせるアンリ。どうしよう、忙しそうだよね。これ帰った方がいいのかな?

そう思ってユーグさんを見上げると、ユーグさんはニヤニヤと楽しそうにアンリを見ていた。

「隊長、別にそんな突貫でやらんくってもよくないすか?」
「駄目だよ。襲撃事件の調査成果が上がってないせいで、第二がピリピリしてるんだ。その上ロワイエ様の接待があるだろ? あの狐目野郎の仕事がこっちに回ってきてんだよ」
「まぁまぁ、焦っても良いことありませんって」
「分かってるってそれぐらい、でもやらなきゃ巡回行かせてくれないって言うんだよ。脅すなんて卑怯だ」
「さすが陰気な第二部隊長っすね、嫌がらせの仕方をわかってる……っと話がずれた。隊長ー、今日くらい巡回行かなくてもバチは当たらんから、休憩しません?」
「しつこい。ユカに会いに行けないなら半日でこんな量の仕事こなすか」
「そんなにユカちゃんに会いたい? おっ、口説くか青少年?」
「そりゃユカにその気があるなら……って何言わせるんだユーグ!」

書類に目を通しながらユーグさんと言い合っていたアンリが、ようやく顔をあげた。
ばっちりと視線が絡み合う。
私と。

「……………………………………………………………………え、ユカ?」
「…………はい」

なんだろう、この公開処刑されたような気分。
アンリが無意識にユーグさんにかけていた言葉が頭の中で再生される。恥ずかしくて、すすすとエリアの後ろに隠れた。

対するアンリも真っ赤になって口をパクパクさせている。数秒エア呼吸をして、ユーグさんを怒鳴り付けた。

「ユーグお前なぁ!!」
「俺言ったじゃないっすかー、お客さんすよーって」
「言葉が!! 足りない!!」

いや、うん、あの、ね。
急に来た私も悪かったと思うんだけどね。
その、ね。

「アンリ、お仕事大変そうだし帰った方がいい?」
「え!? い、いや、大丈夫! えぇと、休憩にするからキリのいいとこまで待ってて。ユーグ、茶淹れてこい」
「あいよー」
「ふふ、私手伝いますよユーグさん」
「お、そりゃいい」
「え」
「え?」

今まで沈黙を保っていたエリアさんが、ニヤニヤとしたユーグさんについて部屋を出ていってしまった。
アンリの執務室に取り残されたのは、アンリと私の二人だけ。

ちょちょちょ、エリアさん!? まさかの私放置ですか!?

気まずくて、私は入り口の所に立ちっぱなしだ。
無情にも廊下へと繋がる扉は閉められてしまった。

頬っぺたが熱いのが分かる。だってあんなにもダイレクトに好意を示されたのは初めてだったから。

「あ、あのさユカ?」
「ふぁい!」

ちくしょう噛んだ! 余計に気まずい!

「とりあえず座りなよ。それで、この書類終わるの待ってて」
「はい……」

驚いたのは一瞬だったのか、アンリは澄ました顔で私に応接用のソファを勧めてくれた。私は籠を手に、そそそとソファに座る。でも私は見てしまった。アンリの耳が今だ赤いのを。ちょっと止めて、私も照れちゃうから!

そわそわと待っていると、暫くアンリが紙をめくる音と、ペンが走る音、そして二人文の呼吸だけがこの部屋に響き渡る。

私はどうしようと頭をぐるぐるさせる。

アンリが、アンリが、私に会うために大変なお仕事を一生懸命こなしてたんだって。しかも私にその気があるなら、私を口説いてくれるんだって。

こんな美人な男の子が私を口説く?
嘘でしょ?

ねぇねぇ、実はこれどっきり?? 日本でお馴染みのモニタリングする番組かな?? 私騙されてる?? 世界規模で??

そこまで考えて、スンッと冷静になった。
いやいや、ここは異世界。テレビがなければドッキリ企画もありません。だって今日は本当に急に思い立って騎士団を訪ねたんだから。

それならアンリのあの言葉は本心? 本当に? だって相手私だよ? 出会って一ヶ月だよ? もしかして同姓同名の別人とか?

「ユカ」

一目惚れってこの世に本当にあるの? それともアンリが相当の女好き? 嘘やだそれは幻滅するわ。いやでもアンリが女好きなんて噂聞いたこと無いよ?

「終わったよユカ」

そもそも私が幻聴を聞いたのかもしれないし。だってさ、これはさ、私にとって相当都合がよすぎる展開では?

だってさ、だってさ、私、アンリのこと。

「あのさ、ユカ? 聞いてる?」
「聞いてた! 好きだよ!?」

部屋に、私の言葉がこだました。
…………そう、こだました。

いつの間にやらアンリが私の隣に座ってる。



そして私は今、何を口走った?
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