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オージェ伯爵邸襲撃事件編

市へ行こう2

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軟膏は診療所に戻ってから塗ろうという話になって、またぶらぶらと露店を見て回る。

エリアの本日の目的は達成したので、もう後は何を見るにも自由だ。伯爵から頂いたお金にも余裕があるので、好きなものを買って良いと言われた。

さすがに「人様のお金で好きに買うのは出来ないよ」と言うと「伯爵からのお小遣いと思いなさい。診療所が受け取ったお金はもう診療所のものなんだから、内訳なんて自由なんだもの」と言われてしまった。マルスラン先生にも、今日は自由に遊んでおいでと言われているのでお言葉に甘えることにした。

服を買おうと思ったけど、エリアにロワイエ様から贈られたという服がまだ何着かあるらしいから確認した後の方がいいと言われてしまった。

「そういえばこの服いつ届いたの?」
「貴女が抜糸した日の、次の日だったかしら。ロワイエ様がいらっしゃった時、貴女病人服だったでしょ? アンリが貴女が服を持っていないことを言ったらしくて、贈られてきたのよ。教えようにも、貴女自分の服について何も言わないし、ロワイエ様に苦手意識持ってるしで、言わなかったのよ」
「それ正解」

ロワイエ様からのプレゼントとか言われてその場で渡されていたら確実に捨ててた……げふんごふん、じゃなくて着ないでどこかにしまい続けていたと思う。

ロワイエ様、いい人だとは思うよ。レディファースト精神あるから女性には優しいし。

でもその目が見返りを求めるから。
それが、私にとって好ましくないどころか、苦手たる所以だ。

「あれから時間も経ったからちょうど良いかしらと思って、今回引っ張り出したのよ」
「さすが貴族様だよね。センスは良いもの」

憎いことに、このワンピースのデザインは素直に可愛い。ただ、自分で買うかと言われたら可愛らしすぎて困るけど。私としてはエリアさんみたいなシンプルな服の方が好きなので。

二人で話しながら露店を冷やかしていくと、ふと一つの露店に目が行った。
香ばしい、この匂いは……。
くんくん、と誘われるままに足を向ける。

たどり着いた露店には、醤油味の団子が炙られていた。

「お団子だ! お醤油だ! 和食? この世界で和食できるの?」
「ちょ、ユカ、落ち着きなさいって」

炙られているお団子をガン見する。
じっと見ていると、気前のいいおばちゃんがひょいっも目の前に一本のお団子を差し出してくれる。

「お嬢ちゃん、味見するかい?」
「え、あの、買います! エリアエリア、これ買って!」
「はいはい」

エリアがお団子の値段を聞いて、銅貨を四枚だした。二本のお団子と交換される。お団子一本、パンと同じくらいのお値段か。

「いただきます!」
「お、お嬢ちゃん、ちゃんと食事の挨拶ができるんだねぇ。偉い偉い」

なんか誉められた。
おばちゃんの前で、お団子にかぶりつく。お醤油の甘辛いような、しょっぱいような味が広がって、熱々のお団子が口の中に、もちもちと粘る。
餅米かと思ったらこれ普通のお米だ。もちもちするけど、餅米ほど粘りけがない。半殺しか!

「おしょーゆだー、おこめだー」
「よく知っているねぇ。もしかしてお嬢ちゃん、イムトウ出身かい?」
「いむとう?」

知らない言葉に首を傾げる。でも会話の流れ的に、もしかしてそのイムトウとやらには日本食が置いてあるのかな?

隣で同じようにお団子を食べていたエリアが教えてくれる。

「東の方の国よ。隣の大陸にあるの。こちらの大陸の玄関と言われてる港を持つ国よ」
「あっはっはっ、イムトウを知らないのかい。てっきりお嬢ちゃんはその見た目だし隣の大陸出身かと思ったよ」
「見た目?」

気前のいいおばちゃんが笑いながら教えてくれる。

「隣の大陸はね、肌の色こそ黒かったり白かったり色々いるが、こっちの大陸と違って黒髪が多いんだよ。特にイムトウには黒髪に黒目が多いと聞くよ」
「そうなんだ……」
「あたしのこの団子は、隣の大陸から輸入してきたもんで作ってんのさ。こっちの大陸にはないもんだからね、レシピと一緒にさ」

どうやら私の求める食材は隣の大陸だと手に入りやすいのかもしれない。

お醤油があるということは、お味噌があるかもしれないし、豆腐だってあるかもしれない。
日本人が大豆一つで様々な喪のを作り出せたように、イムトウも色々作っている可能性がある!

「おばちゃん、このお醤油とお米、どこで買えるの?」
「おや、欲しいのかい?」
「うん!」
「なら直接売ってあげるよ。長期保存が効くからと多目に仕入れたはいいが、こっちの大陸の人にゃあまりウケなくてね。売れ残ってんだよ」

おばちゃんとの交渉の結果、お醤油を瓶三つ分と、米の袋二つ、格安で売ってくれることになった。それでも金貨一枚。エリアさんに懐具合を窺うと、薬代が残ってるから買えると言われたのでお願いする。大陸間の貿易は港の関税が高いんだって。

荷物が重いから、支払いと商品の引き渡しは夕方、診療所に届けに来てくれるときにという話になった。
おばちゃんとは一旦、お別れする。

「ふふ、お醤油とお米……ふふふ、何作ろうかな……」
「すごく嬉しそうね」
「はい! だってこの国に来て初めてお醤油とお米を見つけたんですもん! やっぱりお米とお醤油は日本人のソウルフード、安心と信頼の伝統料理ですよ!」
「え? え、ええ」

私の勢いに圧されたか、エリアさんがたじろいだ。
私は上機嫌で通りを闊歩する。

「今日の夕飯は私が作っていもいいですか?」
「ええ。ユカがそんなにはりきってるんだもの。私も食べてみたいわ」

そういうことなので、帰りにあの食べ物屋さんの通りに寄る。食材を色々と買い足そう。

八百屋さんやお肉屋さんを巡って、夕食の買い出しをする。じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、豚肉……そう、私は肉じゃがを作る気満々です!

うきうきと買い物をしていると、エリアがふとこんなことを言ってきた。

「そういえばユカはどこ出身なの? 私も貴女がそんな見た目だから隣の大陸出身なのかと思っていたけど、違うのよね?」

すごく答えにくい質問に、私はじゃがいもを見定める手を止めた。ぎゅっと心臓がつままれた心地になる。

どこか。
私がいったいどこからやって来たのか。
それこそ、私が知りたい。

「……この大陸の人たちが知らないくらい遠い国かな」
「それじゃ、やっぱり隣の大陸なのかしら」
「隣の大陸の人も知らないと思うよ」

だって世界からして違うから。

「私、自分がどこから来たのか分からないの。誰かに連れてこられたんだと思うんだけど、言葉が通じること以外は分からなくて」
「……記憶喪失では、ないわよね?」
「違うよ。自分の国が、ルドランスから見てどこの位置にあるのかすら分かんないの。今まで生きてきて、ルドランスも、オルレットも、イムトウも、聞いたこと無い国だったし」

庶民は地図を手に入れることが難しい。伯爵でも、数十年前の地図を一つ持ってるだけだった。商人や騎士だったら精度の高い地図の一つや二つ持っていそうだけど、エリアくらいならこれで十分はぐらかせるはずだ。

案の定、エリアはそれ以上深く追求してこなかった。
それを良いことに、私はそそくさと材料を買いそろえて診療所へ戻る。

戻る途中、巡回中だというアンリと偶然会ったので夕飯に誘ってみたけど、仕事があるからそこまで長居はできないということで、今度何か差し入れることにした。
アンリには何を作ろうか。タッパという文明の利器がないので、食べやすく、持ち運びのしやすいものを考えないとね。

診療所にお醤油とお米が届くと、私はささっと夕飯の支度に取りかかった。お米と水の具合が分からなかったので、それだけは露店のおばちゃんに教えてもらう。おばちゃんにはお礼代わりに肉じゃがのレシピを教えてあげた。すごく喜んでくれた。

その日の夕食は久々の和食で、私は半泣きでご飯と肉じゃがと菜っぱのお浸しを食べたし、診療所の三人も美味しいと褒めてくれた。作った甲斐があったと大満足だ。



故郷の味は心の拠り所。
ずっと張りつめていた緊張の糸が弛んだのか、その日私は、久しぶりに日本の家族の夢を見た。杏里ちゃんがお泊まりに来てくれた日の夕食時の夢。

あまりにも懐かしすぎて、翌朝起きたときは目元が涙で腫れてしまった。
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