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オージェ伯爵邸襲撃事件編
オージェ伯爵の宝1
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一週間も臥せっていたという事実は、自分が思っている以上に体を衰えさせるんだなぁとしみじみと思った。
エリアが持ってきてくれた淡いレモンイエローのブラウスに紺のスカートを合わせて身を包む。髪は邪魔にならないようにメイドの仕事のときにによくやっていた、くるりんぱを活用したシニヨンに。
私がこの世界で着た服はメイド服か寝巻きくらいしかなかったので、約一年ぶりのお洒落に胸がときめいた。
ただし、エリアに借りた服なので、サイズが一回り大きい。半袖のブラウスの袖が肘近くまであるし、丈が長い。エリアなら胸で引っ掛かるから調度良いサイズになるんだろうなぁと思わず遠い目になってしまった。
着替えも背中の傷を庇いつつだったので少し大変だったけど、その後がもっと大変だった。
太陽が真上に来た頃、診療所の玄関を出る。
診療所の玄関の先にはお庭があって、庭の先から通りに面するんだけど、その通りに騎士団が回してくれた馬車があった。
私は久々の外の世界に浮かれていたのだと思う。馬車までの短い距離、庭に咲く花や草木の何気なさにすら感動してあっちこっちうろちょろしてしまった結果、馬車に乗り込む頃には疲れて息が上がってしまっていた。
「ユカ、息切れてる」
「つ、つかれた……」
「これから大事なお仕事があるんだから、あんまりはしゃがない方がいいよ」
アンリが苦笑しながら馬車の中へエスコートしてくれる。そのまま自分も乗り込んで、私の話し相手になってくれた。
御者は黒宵騎士団の騎士の一人でユーグさんという人。アンリが率いる第一部隊の一班の副班長さんなんだって。二十五歳で、赤みがかった黒髪に、赤色の目が特徴で、ひょろりと線が細い。ちょっとおどけた性格の男性だ。
シュロルム支部の騎士団は第三部隊まであって、各部隊には五班ずつあるらしい。アンリはその一部隊の隊長だと改めて教えてもらって、すごい人なんだなぁと思う傍ら、そういう上の立場の人でも巡回に出るくらい騎士団って人がいないのかなとか思ってしまった。だってそういう偉い人って自分から動かず、内側で仕事をしてるイメージ。いわゆる中間管理職的な?
シュロルム支部というくらいだから、地方派遣の騎士の実情は世知辛いのかなぁ。でも一部隊五班もあれば相当人数いるよね?
やっぱり上の人自ら動くべきっていう尊い考え方とか? それともこれもリオネルさんの「親しみやすいように」という配慮とか?
暇潰しに教えてもらったことについて、つらつらと考えていると、正面に座っているアンリが、車窓に頬杖をついてこっちを見て笑っている。
「……なに?」
「いや、一人で考え込んでるから何を考えてるのかなって思ってさ。何考えてたんだ?」
「アンリって暇人なのかなって」
「なんでさ」
「だっていつもお見舞い来てくれるし」
私の思考が予想外のとこにあったのか、アンリの頬が頬杖からずり落ちた。
アンリが半眼でこちらを見てくるけど、全然怖くなんかない。むしろ美人の視線を一身に受けて役得とすら思う。
「ちゃんと仕事してるよ。ユカのお見舞いも仕事のついでだって言っただろ」
「だって毎日三部隊全員が巡回してる訳じゃないでしょ? そんだけ部隊あれば毎日同じ人が巡回する必要なくない?」
アンリは初めて会った日の翌日から、毎日欠かさずお見舞いに来てくれる。同じ人が、しかも隊長さんが毎日仕事で巡回って、治安維持のための人が足りてない証拠じゃないの?
「ユカは、僕がお見舞いに来ると困るかい?」
「ううん、そんなことはないの。むしろ嬉しいよ。私、知り合いが誰もいないから。だからこそ、アンリが休み無く働いてるのは心配」
私が知っているだけでもまるっと一週間、アンリは巡回しているわけで。休みのなさを考えると、まさにブラック企業並みだ。
伯爵邸の皆が死んでしまった今、この世界で私を知る人は両の指で数えられてしまう。こんなにも私に気を使ってくれているアンリに、彼が体調を崩すのを心配するのは駄目?
アンリは私の言葉を飲み込むと、その意味を理解したようですぐに破顔した。
「心配してくれるんだ」
「……ちょっとだけね」
「そっかそっか」
にっこにっこと楽しそうに笑うアンリ。
うっ、光のオーラ全開というか、無邪気に笑うその表情に自分がなんて恥ずかしいことを言ってしまったんだろうという気分になる。
嬉しそうにこっちを見てくるアンリに、気恥ずかしくて視線が合わせられない。あちらこちらと視線をうろつかせる。余裕のあるアンリが恨めしい。
「休みは、今はオージェ伯爵邸の事件があるからしばらくないよ。うちの部隊は昼勤がメインだから心配しなくていいよ。襲撃者に対する警戒も強めてるから、手の空いてる奴は皆巡回行ってる。僕の場合は休憩も兼ねてるからさ、仕事のついでだっていうのは本当だ」
さすが皆の町を守る騎士様だ。年下とはいえ、立派にその肩書きに相応しい仕事をしているということなのかな。
すごいなぁ。
私がアンリの時くらいって、大学入学した頃でしょ? 仕事してる友達もいたけど、まだまだ友達と馬鹿やってた。仕事なんてお小遣い稼ぎ程度のものでしかなくて、アンリのように責任を持ってやっていたようなものじゃなかった。
手に職をつけるというのはこういうことなのかな。
私も、こんな異世界に来なければ、元の世界で自分の仕事にやりがいを感じたり、責任を持って働けたりしたのかな。
「ユカ? 今度は何を考えてるんだい?」
私はかぶりを振る。
この一年、どれだけ帰りたいと思っても、帰る方法は無いのだと現実を突きつけられてきた。それに一年も経ってしまえば、入社したばかりの私の存在なんて元から無かったものに戻ってしまうんじゃないかな。
「アンリはすごいなぁって。お仕事頑張ってるのえらいなぁって」
私はどうやら仕事に縁がないらしい。二度の就職も強制退職させられているわけで……いや、メイドの仕事は伯爵に見捨てられない限りはできるのかな? まだ解雇だと決まった訳じゃないし。保護してくれるつもりもあるみたいだし。
でも男性恐怖症を克服できないまま、またお屋敷勤めができる気がしない……。
悶々としていると、アンリが目を細めて柔らかく微笑んでいる。
「面と言われると照れるなぁ。親にもそんなこと言われたこと無いよ。周りも実力者ばっかりだから、できて当たり前の世界だしね」
言葉通り、ちょこっと耳が赤くなってる。
アンリはどうやら褒められ慣れていないのか、居心地が悪そうに身じろぎをした。
「すごいよー。だって私より年が下なのに、もう隊長さんなんでしょ? 私なんて、アンリと同じ年の頃、まだ働くことすらイメージ沸かなくて大学行ってたしね」
「いめぇじ?」
「あー、私の国でええと……想像っていう意味の言葉」
「へぇ。だいがくってのは?」
「学校だよ。勉強するところ」
しまった、と閉口しそうになった。この一年で、外来語は伝わりにくいということは学習していたから使わないようにしていたのに……うっかり使ってしまった。
「ユカは学校行っていたのか。女の子なのに珍しいな」
「ルドランスは女の子は学校行かないの?」
「学ぶことなんてないだろ? 政治も、武力も、男の世界だ。むしろ、ユカが学校で何を学んでたのか気になる」
アンリの言葉に苦笑をこぼしそうになった。
エリアから女性の騎士や医師なんていないって言葉を聞いて薄々感ずいていたけれど、この国はあんまり女性の社会進出は進んでいないのかもしれない。
それとも科学が進んでいないからかな?
科学が進めば、後進を残そうとするのが自然な流れで学校とかも普及するはず。医師とか特殊技能者に関しては、知識に対する寡占状態が続いてそう。
「ユカって二ヵ国語操れちゃうくらい頭良いからな。大学とやらの勉強も成績よかったりして?」
二ヵ国語って日本語とルドランス語の事かな。
残念ながら自動翻訳機能があるらしく、ルドランス語イコール日本語なんですよね、とは言わない。むしろ英語使えるし、大学で第二外国語をとっていたので三ヵ国語どころか四ヵ国語使えちゃいます。
この世界では意味ないけどね。
まぁ、そんなことで揚げ足を取るのも無駄だし意味がないので、その辺りは適当に受け流す。
「どうだろ。うちの学部はゆるかったからなぁ……あ、でも高校、中学は成績よかったよ。その甲斐あって、大学はそこそこ良いところに入れたし」
「こーこー? ちゅーがく?」
「あ、ごめん。えーと、私の国だと年齢毎に通う学校が違うの」
何かこの流れ、前にも伯爵相手にやった気がするなぁ。
二度目だからか、説明しやすくて良いけど。
私はアンリに小学校から大学までの、一般的な日本人の就学を説明してみる。アンリは目を丸くしてそれを聞いてくれた。
「十六年も勉強するのか。しかも男女関係なく……そんなに勉強することなんてあるのか?」
「あるよ? 国語に数学に歴史に経済、倫理思想、物理生物化学地学、保健体育、美術、音楽……」
「まてまてまて、なんだって? 国語は分かる。数学ってあれだろ、算術の専門家のだろ? 算術以上を学んでも生活に役に立たないじゃないか」
それなのに学ぶの? と言外に聞いてくるアンリ。
本当ね、そうだよね。
私もそう思っている時期がありました。
「四則演算ができれば生活には事足りるけど、数学的な思考は科学に必要なのよ」
「かがく?」
「物理生物化学地学」
「ぶつりせーぶつか、がくち……?」
混乱してるのか、言葉の意味がわかってないアンリに思わず吹き出してしまう。
アンリはむっとしたような顔をした。そういう表情は、童顔のせいか子供っぽく見える。
「……笑わなくてもいいだろ」
「ふふ、ごめんね」
「あーもー、いいや。ユカがとんでもなく頭が良いのは分かった!」
「そこまで頭が良い訳じゃないよ? 専門家じゃないから。私の国はそうやって幅広く浅く知識を身に付けることで、将来の自分の職業を選ぶの」
「へぇ、ルドランスと全然違うなぁ」
ルドランス国どころか世界も違いますけどね。
アンリはハーフアップにしてる肩までの髪をがしがしと豪快にかいた。あぁ、もう、せっかくさらさらで綺麗に結ばれてるのに。ぼさぼさになって勿体ない。
「隣国だとそんな風に学校の制度が確立してる国は聞いたこと無いから、ユカはほんと遠くから来たんだなぁ」
「そうだね。随分遠いところに来ちゃったなぁ……」
それは他愛ない相槌のつもりだった。
久し振りに日本の話ができて、頬が緩んだ。懐かしくても、もう届かないその場所に思いを寄せていた。
何かを考え出すと、自分の思考に耽ってしまうのは私の悪い癖だ。
だから、私の言葉にアンリが目を丸くして、伯爵邸に着くまで黙ってしまったことに、私は気がつかなかった。
エリアが持ってきてくれた淡いレモンイエローのブラウスに紺のスカートを合わせて身を包む。髪は邪魔にならないようにメイドの仕事のときにによくやっていた、くるりんぱを活用したシニヨンに。
私がこの世界で着た服はメイド服か寝巻きくらいしかなかったので、約一年ぶりのお洒落に胸がときめいた。
ただし、エリアに借りた服なので、サイズが一回り大きい。半袖のブラウスの袖が肘近くまであるし、丈が長い。エリアなら胸で引っ掛かるから調度良いサイズになるんだろうなぁと思わず遠い目になってしまった。
着替えも背中の傷を庇いつつだったので少し大変だったけど、その後がもっと大変だった。
太陽が真上に来た頃、診療所の玄関を出る。
診療所の玄関の先にはお庭があって、庭の先から通りに面するんだけど、その通りに騎士団が回してくれた馬車があった。
私は久々の外の世界に浮かれていたのだと思う。馬車までの短い距離、庭に咲く花や草木の何気なさにすら感動してあっちこっちうろちょろしてしまった結果、馬車に乗り込む頃には疲れて息が上がってしまっていた。
「ユカ、息切れてる」
「つ、つかれた……」
「これから大事なお仕事があるんだから、あんまりはしゃがない方がいいよ」
アンリが苦笑しながら馬車の中へエスコートしてくれる。そのまま自分も乗り込んで、私の話し相手になってくれた。
御者は黒宵騎士団の騎士の一人でユーグさんという人。アンリが率いる第一部隊の一班の副班長さんなんだって。二十五歳で、赤みがかった黒髪に、赤色の目が特徴で、ひょろりと線が細い。ちょっとおどけた性格の男性だ。
シュロルム支部の騎士団は第三部隊まであって、各部隊には五班ずつあるらしい。アンリはその一部隊の隊長だと改めて教えてもらって、すごい人なんだなぁと思う傍ら、そういう上の立場の人でも巡回に出るくらい騎士団って人がいないのかなとか思ってしまった。だってそういう偉い人って自分から動かず、内側で仕事をしてるイメージ。いわゆる中間管理職的な?
シュロルム支部というくらいだから、地方派遣の騎士の実情は世知辛いのかなぁ。でも一部隊五班もあれば相当人数いるよね?
やっぱり上の人自ら動くべきっていう尊い考え方とか? それともこれもリオネルさんの「親しみやすいように」という配慮とか?
暇潰しに教えてもらったことについて、つらつらと考えていると、正面に座っているアンリが、車窓に頬杖をついてこっちを見て笑っている。
「……なに?」
「いや、一人で考え込んでるから何を考えてるのかなって思ってさ。何考えてたんだ?」
「アンリって暇人なのかなって」
「なんでさ」
「だっていつもお見舞い来てくれるし」
私の思考が予想外のとこにあったのか、アンリの頬が頬杖からずり落ちた。
アンリが半眼でこちらを見てくるけど、全然怖くなんかない。むしろ美人の視線を一身に受けて役得とすら思う。
「ちゃんと仕事してるよ。ユカのお見舞いも仕事のついでだって言っただろ」
「だって毎日三部隊全員が巡回してる訳じゃないでしょ? そんだけ部隊あれば毎日同じ人が巡回する必要なくない?」
アンリは初めて会った日の翌日から、毎日欠かさずお見舞いに来てくれる。同じ人が、しかも隊長さんが毎日仕事で巡回って、治安維持のための人が足りてない証拠じゃないの?
「ユカは、僕がお見舞いに来ると困るかい?」
「ううん、そんなことはないの。むしろ嬉しいよ。私、知り合いが誰もいないから。だからこそ、アンリが休み無く働いてるのは心配」
私が知っているだけでもまるっと一週間、アンリは巡回しているわけで。休みのなさを考えると、まさにブラック企業並みだ。
伯爵邸の皆が死んでしまった今、この世界で私を知る人は両の指で数えられてしまう。こんなにも私に気を使ってくれているアンリに、彼が体調を崩すのを心配するのは駄目?
アンリは私の言葉を飲み込むと、その意味を理解したようですぐに破顔した。
「心配してくれるんだ」
「……ちょっとだけね」
「そっかそっか」
にっこにっこと楽しそうに笑うアンリ。
うっ、光のオーラ全開というか、無邪気に笑うその表情に自分がなんて恥ずかしいことを言ってしまったんだろうという気分になる。
嬉しそうにこっちを見てくるアンリに、気恥ずかしくて視線が合わせられない。あちらこちらと視線をうろつかせる。余裕のあるアンリが恨めしい。
「休みは、今はオージェ伯爵邸の事件があるからしばらくないよ。うちの部隊は昼勤がメインだから心配しなくていいよ。襲撃者に対する警戒も強めてるから、手の空いてる奴は皆巡回行ってる。僕の場合は休憩も兼ねてるからさ、仕事のついでだっていうのは本当だ」
さすが皆の町を守る騎士様だ。年下とはいえ、立派にその肩書きに相応しい仕事をしているということなのかな。
すごいなぁ。
私がアンリの時くらいって、大学入学した頃でしょ? 仕事してる友達もいたけど、まだまだ友達と馬鹿やってた。仕事なんてお小遣い稼ぎ程度のものでしかなくて、アンリのように責任を持ってやっていたようなものじゃなかった。
手に職をつけるというのはこういうことなのかな。
私も、こんな異世界に来なければ、元の世界で自分の仕事にやりがいを感じたり、責任を持って働けたりしたのかな。
「ユカ? 今度は何を考えてるんだい?」
私はかぶりを振る。
この一年、どれだけ帰りたいと思っても、帰る方法は無いのだと現実を突きつけられてきた。それに一年も経ってしまえば、入社したばかりの私の存在なんて元から無かったものに戻ってしまうんじゃないかな。
「アンリはすごいなぁって。お仕事頑張ってるのえらいなぁって」
私はどうやら仕事に縁がないらしい。二度の就職も強制退職させられているわけで……いや、メイドの仕事は伯爵に見捨てられない限りはできるのかな? まだ解雇だと決まった訳じゃないし。保護してくれるつもりもあるみたいだし。
でも男性恐怖症を克服できないまま、またお屋敷勤めができる気がしない……。
悶々としていると、アンリが目を細めて柔らかく微笑んでいる。
「面と言われると照れるなぁ。親にもそんなこと言われたこと無いよ。周りも実力者ばっかりだから、できて当たり前の世界だしね」
言葉通り、ちょこっと耳が赤くなってる。
アンリはどうやら褒められ慣れていないのか、居心地が悪そうに身じろぎをした。
「すごいよー。だって私より年が下なのに、もう隊長さんなんでしょ? 私なんて、アンリと同じ年の頃、まだ働くことすらイメージ沸かなくて大学行ってたしね」
「いめぇじ?」
「あー、私の国でええと……想像っていう意味の言葉」
「へぇ。だいがくってのは?」
「学校だよ。勉強するところ」
しまった、と閉口しそうになった。この一年で、外来語は伝わりにくいということは学習していたから使わないようにしていたのに……うっかり使ってしまった。
「ユカは学校行っていたのか。女の子なのに珍しいな」
「ルドランスは女の子は学校行かないの?」
「学ぶことなんてないだろ? 政治も、武力も、男の世界だ。むしろ、ユカが学校で何を学んでたのか気になる」
アンリの言葉に苦笑をこぼしそうになった。
エリアから女性の騎士や医師なんていないって言葉を聞いて薄々感ずいていたけれど、この国はあんまり女性の社会進出は進んでいないのかもしれない。
それとも科学が進んでいないからかな?
科学が進めば、後進を残そうとするのが自然な流れで学校とかも普及するはず。医師とか特殊技能者に関しては、知識に対する寡占状態が続いてそう。
「ユカって二ヵ国語操れちゃうくらい頭良いからな。大学とやらの勉強も成績よかったりして?」
二ヵ国語って日本語とルドランス語の事かな。
残念ながら自動翻訳機能があるらしく、ルドランス語イコール日本語なんですよね、とは言わない。むしろ英語使えるし、大学で第二外国語をとっていたので三ヵ国語どころか四ヵ国語使えちゃいます。
この世界では意味ないけどね。
まぁ、そんなことで揚げ足を取るのも無駄だし意味がないので、その辺りは適当に受け流す。
「どうだろ。うちの学部はゆるかったからなぁ……あ、でも高校、中学は成績よかったよ。その甲斐あって、大学はそこそこ良いところに入れたし」
「こーこー? ちゅーがく?」
「あ、ごめん。えーと、私の国だと年齢毎に通う学校が違うの」
何かこの流れ、前にも伯爵相手にやった気がするなぁ。
二度目だからか、説明しやすくて良いけど。
私はアンリに小学校から大学までの、一般的な日本人の就学を説明してみる。アンリは目を丸くしてそれを聞いてくれた。
「十六年も勉強するのか。しかも男女関係なく……そんなに勉強することなんてあるのか?」
「あるよ? 国語に数学に歴史に経済、倫理思想、物理生物化学地学、保健体育、美術、音楽……」
「まてまてまて、なんだって? 国語は分かる。数学ってあれだろ、算術の専門家のだろ? 算術以上を学んでも生活に役に立たないじゃないか」
それなのに学ぶの? と言外に聞いてくるアンリ。
本当ね、そうだよね。
私もそう思っている時期がありました。
「四則演算ができれば生活には事足りるけど、数学的な思考は科学に必要なのよ」
「かがく?」
「物理生物化学地学」
「ぶつりせーぶつか、がくち……?」
混乱してるのか、言葉の意味がわかってないアンリに思わず吹き出してしまう。
アンリはむっとしたような顔をした。そういう表情は、童顔のせいか子供っぽく見える。
「……笑わなくてもいいだろ」
「ふふ、ごめんね」
「あーもー、いいや。ユカがとんでもなく頭が良いのは分かった!」
「そこまで頭が良い訳じゃないよ? 専門家じゃないから。私の国はそうやって幅広く浅く知識を身に付けることで、将来の自分の職業を選ぶの」
「へぇ、ルドランスと全然違うなぁ」
ルドランス国どころか世界も違いますけどね。
アンリはハーフアップにしてる肩までの髪をがしがしと豪快にかいた。あぁ、もう、せっかくさらさらで綺麗に結ばれてるのに。ぼさぼさになって勿体ない。
「隣国だとそんな風に学校の制度が確立してる国は聞いたこと無いから、ユカはほんと遠くから来たんだなぁ」
「そうだね。随分遠いところに来ちゃったなぁ……」
それは他愛ない相槌のつもりだった。
久し振りに日本の話ができて、頬が緩んだ。懐かしくても、もう届かないその場所に思いを寄せていた。
何かを考え出すと、自分の思考に耽ってしまうのは私の悪い癖だ。
だから、私の言葉にアンリが目を丸くして、伯爵邸に着くまで黙ってしまったことに、私は気がつかなかった。
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