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死にたがりの悪役令嬢は
トゥルーエンドを模索する8(side.スーエレン)
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翌朝、朝食として瑞々しい果物が出てきた! といっても、色合いの鮮やかなリンゴがカットされて出てきたんですけど。
昨夜はあまり食べられずにいた私だけど、今朝は口当たりのいい果物が出てきたのでなんとか食べられた。ほんと、最近の私ってば食が細くなってしまったものだ……痩せたかな? いやむしろ窶れた?
パンも食べて一人前きちんと食べきって見せたら、一緒に朝食を頂いていたシンシアがほっとした様子を見せた。あはは、どれだけ心配させてたんだ私。
クローゼットをあけると私やシンシアが着れるサイズのドレスが入っていたので適当に着てみる。シンシアはウエストを絞った軽やかな膝丈ワンピース。私はゆったりとしたロングワンピースだ。
午前中は備え付けのソファに並んで座って、シンシアとセロンルート攻略についてあーだこーだ喋っていたんだけど……私、気がつかないうちに眠ってしまっていたようで、ふと視線をあげたら天井が見えた。
「んん……ごめ、シンシア、私寝てた……?」
「長旅だったし、スーは体力も落ちてそうだから仕方ないよ。大丈夫」
上体を起こしたら、テラスでシンシアは一人空を見上げていた。布団、かけてくれていたようで体は温かかったんだけど、テラスから入ってくる外気が鳥肌を立ててくる。ベッドに移動しよう。ソファ寒い。
「寒いね」
「そうね……雪が降りそう」
「そっか……」
冬がやってくる。
アーシラ王国より北にあるイガルシヴ皇国は、アーシラ王国よりも冬が来るのが早い。
静かに外を見つめるシンシアにつられて、私もぼんやりとベッドの上からテラスの向こうを見通す。
何だか空が遠くて、雲が流れるのが早い。
あっという間だったここ半年の時間を表しているみたいだ。
シンシアも何か思うことがあるのかな。とても遠い所を見つめている。
二人でしばらく無言でいると、その時間を切り裂くように出入り口がノックされた。
シンシアと私が一斉に扉に視線を向ける。一拍して、もう一度叩かれたのでシンシアが「どうぞ」と答えた。
まだお昼御飯には早い時間帯だ。誰が訪ねてきたのだろうと身構える。
「失礼しますよ」
グレーのシルクハットにグレーの紳士服。外套は室内だからか着ていないけれど、間違いなくユリエルだ。
室内でも帽子かぶってると禿げるぞと失礼な事を考えていると、うっかり顔に出てしまったのか、糸目がほんの僅かに開いた。
うわ、レアスチル……無駄に美形なのも相まって無言の圧を感じるわぁ。
すいっと目をそらせば、もう一人ユリエルの後ろから入ってくる気配がする。足音と共に、ソファから移動してベッドで上体を起こしている私の側に歩み寄ってくる。
「お主が私の患者かね」
嗄れた声に顔をあげれば、ユリエルの半分くらいしかないのじゃないかっていうサイズの小さなおじいちゃんがいた。背筋をピンと伸ばしているのにも関わらずユリエルの半分。髪に白いものが混じり始めているけど、何歳なんだろう……六十くらいかな?
誰なんだろうと思っていたら、患者という言葉でお医者様だと気づいた。
「フェイ・ヤング医師です。ヤング医師、こちらのベッドの上に上がっておられるのがスーエレン嬢です。診察をお願いします」
「ふん、医師が診察しないで何しに来るというんじゃ」
ヤング医師がユリエルを一瞥するまでもなく皮肉だけを返して、持ってきていた鞄をシンシアのベッドに置く。ただでさえ狭い部屋。二人の人間が追加されたから人口密度が一気に高くなった。
シンシアはテラスから戻ってきて、私のベッドに腰かける。ユリエルはシンシアのベッド側に設置されているソファに長い足を組んで座った。だから帽子。禿げるぞ。むしろ禿げろ誘拐犯。
私がユリエルに邪念を送っている間にも、ヤング医師はテキパキと手を進めていく。
「脈を測らせておくれ」
素直に腕を差し出すと、ヤング医師がしばらく私の手首で脈を測る。そしてその後、私の首元や額に手を当てて簡単に熱を測る。それから問診。
問診は私の言葉だけじゃなくて、ずっと一緒にいたシンシアや移動の道中の様子をユリエルからも聞き取りされる。
大体分かったのか、ヤング医師は腕を組んで唸る。ちら、と何かしらユリエルを窺うような渋い視線を向けながら。
難しい顔をするヤング医師に私は手に汗握りながらじっと待つ。シンシアなんか緊張しすぎて表情が強ばっている。
ヤング医師は長い間唸っていたけれど、やがて観念したのかユリエルに言葉をかけた。
「ユリエル。お主、この娘の診断結果を聞いた後はどうするつもりじゃ」
「もちろん皇子に報告しますよ。その後で処遇は決めます。まぁ元々彼女を連れてきたのは、クラドック侯爵が亡命の対価に彼女を皇子に差し出したからですから、皇子の差配次第です」
ユリエルの言葉に私は愕然とする。
人身売買をしていた罪で断罪された私の家。お父様やお母様はアーシラ王国の片田舎で幽閉されていると聞いていたのに……彼らは私を売ってイガルシヴ皇国に亡命したの!?
思いがけない展開に、シンシアも息を飲んでいる。
……やっぱりゲームの展開と変わってきている。
確か、ゲームだとセロンルートのクラドック侯爵家は第二皇子相手に奴隷の密輸をしていた。エルバートの婚約者であるスーエレンからセロンの話が漏れて、第二皇子に伝わる……みたいな感じだった気がする。
どうして私が売られるような展開に。
信じられなくて思考が空転しかける。
それをシンシアの一言が掬う。
「あれだ、エルバートの断罪イベ……! 分岐が修正された……!?」
かちり、とパズルのピースがはまる。
あれか! 私がエルバート様と結婚するきっかけになったあのイベ! たぶんあの時に人拐いの罪が発覚しないままここまで来ていれば、ゲーム通りのシナリオになっていた可能性がある……!
死に芸シナリオライター、無駄に話作り込んでたな。一つのルートはあくまで分岐の選択肢の一つでしかなくて、全部筋道が繋がる……!
この分だと他の三人のルートもどこかで交わっていそうだな……悪役令嬢に慈悲がない理由を思い知らされた。実質的には悪役令嬢ではなくてその家なんだけど。
シンシアと視線を交わし合うけれど、今この段階で迂闊なことは言えない。だってユリエルがいる。ユリエルの前でおかしなことは口走れない。
二人して息を飲んでいると、ヤング医師が長々と溜め息をつきながら私に質問を重ねた。
「スーエレン嬢。失礼ながら、月のものがさいごにきたのはいつじゃ?」
「へっ?」
我が家のめんどくさい罪過に気をとられていてヤング医師の質問が耳を素通りしていった。
え、なに、月のもの……?
「ええっと……三? 四ヶ月くらい前……?」
戸惑いながらも指折り数えて、そこでようやく気がつく。
え、もしかして、最近の体調不良の原因って……。
無意識の内にパッとお腹に手を当てる。まじまじとヤング医師を見た。
「スーエレン嬢は既婚者だと聞いておる」
「……ええ」
「こんな状況下ではあるが、おめでたいことじゃ」
呆然とした。
私が、ヤング医師の言葉を曲解して理解しているとかじゃなければ、もしかしなくとも、それは。
息を詰めて、ヤング医師を凝視する。
ヤング医師はこっくりと頷いた。
「妊娠しておるのじゃろうな。お主のその症状は明らかな悪阻じゃ」
お腹に手を当てたまま固まっていると、シンシアが私の腕を引いた。
「スー……」
「シンシア……」
すごく、嬉しい。
言いようもないくらいに、胸に喜びが満ちる。
でも。
真っ先に伝えるべき愛する人が、ここにはいない。
エルバート様に教えてあげられない。
自分が今いるこの場所があまりにも不安定な場所であることを思い出して、泣きそうになる。
シンシアが私を抱きしめてくれた。
あやすように背中を撫でてくれる。
喜びと不安。交互に胸の中を去来していく感情を必死に宥めていると、ヤング医師とユリエルの会話が耳を通っていく。
「ユリエルよ、そういうわけじゃ。彼女は花園に入れないように皇子に進言することじゃな」
「ふむ……まぁ聞くかどうかはさておき進言はしておきましょう」
「それと悪阻がおさまるまでは安静にさせるように。まったく、妊婦相手に馬車で遠出とはなんという無茶をさせる」
「そう言われましても……まぁ、今後は気に止めておきますよ」
ユリエルがやれやれといったように、ヤング医師に答えているのが聞こえてくる。
少しだけ落ち着いたからシンシアの腕から抜け出すと、ヤング医師が妊婦として気をつけることを幾つか教えてくれた。ヤング医師の表情は複雑だし、ユリエルは何も言わない。シンシアも一層気を張り始める。
診察が終わった頃、ヤング医師とユリエルと入れ替わるように昼食が運ばれてきた。
メニューはパンと肉入りスープ。
食欲は相変わらず無かったけれど、自分の体に新たな命が宿っているのだからと、頑張って食べた。
その日の夜、イガルシヴ皇国に来て何事もなく一日が過ぎたことに安堵した。
まぁ何事もなくというには、私のお腹に新たな命が宿った事なんてビッグニュース過ぎるわけなんだけど。
昼間にうとうとと寝ていたせいか、深夜、私はぽっかりと目が覚めてしまった。シンシアの寝息を聞きながら、私はベッドで上体を起こしてテラス越しに星を眺める。
しばらく澄んだ冬の夜空を眺めた。
赤ちゃんを守るためにも、考えないといけない事が沢山ある。
まず一つ目。
花園に入れるつもりで連れて来られたということ。
花園とはオズワルドのハーレムの事。オズワルドの花嫁候補や彼自身が召し上げた女性達が過ごす区画がこのフィアーム城にはある。そして夜な夜な、オズワルドはそこで過ごす女性の元へ行き、夜伽を命じるのだ。
乙女ゲームとしてはかなり攻めた設定なんじゃないかなぁ。うっかりすると年齢制限踏み越えそうな辺りが。
妊娠したことが発覚した私が花園に入れられるかはわからない。全てはオズワルドの差配一つだから。
それに関連して二つ目。
赤ちゃんの守りかた。
もちろん私自身が安静にして過ごすのは大前提であるはずなんだけど、ここは敵地。救出作戦にかけている今、どう考えても荒事に直面してしまうと思う。
お腹をかばってどれだけ動けるかは分からないけれど、これに関してはなんとかするとして。
赤ちゃんそのものをどうこうされそうになる可能性が一番怖い。
万が一オズワルドが強硬に花園へ連れ込もうとして、第二皇子のハーレムを構成する一人になるために堕胎薬を混ぜられた食事を出されたら。
……私はこの子を守るために何ができる?
今日の昼の食事はたぶんまだ安全だったはず。だから無理矢理にでも食べた。水はシンシアのものと共用だからたぶん安全。でも夕食には殆ど手をつけていない。何が入っているか分からなかったから。
私が悪阻を理由にどこまで偏食が許されるかは分からないけれど、なんとかそれで凌ぐしかない。
食事を減らす事によって体重を減らすのは、母胎に大きな負担を与えるって聞いたことがあるから本当は駄目なこと。でも赤ちゃんを少しでも生かす可能性があるのなら、エルバート様を、セロンを信じて、数日の間持たせるしかない。
そして三つ目。
現状、どこまでがシナリオ通りに進んでいるのか。
私がシンシアと一緒に連れ去られてきた事からも、シナリオが変質していることが分かる。昨日も考えたことだけれど、『騎士ドレ』シナリオライターのシナリオの構成は、絶賛されるほどに作り込まれている。
クラドック侯爵家がなにがしか罪を犯しているのは大前提。
ゲームではその一端が各ルートで明るみに出ていく感じなんだけど、このゲームを模した世界ではゲームのように並列に物事は起きない。
私とシンシアが出会うきっかけとなった断罪イベントは、シンシア曰くエルバートルートのもの。
そして、その延長にあるセロンルートの現状において、エルバートルートのイベントが強く影響を与えてきているのは否めない。
このままシナリオ通り進むのは五分五分というところかな……。
そうなるとシナリオに頼るような動き方をしてはならないわけで。
はぁ……どうすればいいんだろう。
私は自分から動くのがとても苦手。いつもいつも、誰かに導いてもらって生きている。一人だと、途端に全てを投げ出したくなるから。
でもそれじゃいけない。
今の私が投げ出したら、私だけじゃなくてお腹の子をも見捨てることになるから。
小さいけれど、一人の命を私は背負ってしまった。
お腹に手をあてながら、前世に覚えた子守唄を歌う。
私は愛したい。慈しみたい。この小さな命を、エルバート様と一緒に育みたい。
だからエルバート様。
早く私を助けに来てください。
私の手をとって、導いてください。
───それまでは私がこの子を守るから。
昨夜はあまり食べられずにいた私だけど、今朝は口当たりのいい果物が出てきたのでなんとか食べられた。ほんと、最近の私ってば食が細くなってしまったものだ……痩せたかな? いやむしろ窶れた?
パンも食べて一人前きちんと食べきって見せたら、一緒に朝食を頂いていたシンシアがほっとした様子を見せた。あはは、どれだけ心配させてたんだ私。
クローゼットをあけると私やシンシアが着れるサイズのドレスが入っていたので適当に着てみる。シンシアはウエストを絞った軽やかな膝丈ワンピース。私はゆったりとしたロングワンピースだ。
午前中は備え付けのソファに並んで座って、シンシアとセロンルート攻略についてあーだこーだ喋っていたんだけど……私、気がつかないうちに眠ってしまっていたようで、ふと視線をあげたら天井が見えた。
「んん……ごめ、シンシア、私寝てた……?」
「長旅だったし、スーは体力も落ちてそうだから仕方ないよ。大丈夫」
上体を起こしたら、テラスでシンシアは一人空を見上げていた。布団、かけてくれていたようで体は温かかったんだけど、テラスから入ってくる外気が鳥肌を立ててくる。ベッドに移動しよう。ソファ寒い。
「寒いね」
「そうね……雪が降りそう」
「そっか……」
冬がやってくる。
アーシラ王国より北にあるイガルシヴ皇国は、アーシラ王国よりも冬が来るのが早い。
静かに外を見つめるシンシアにつられて、私もぼんやりとベッドの上からテラスの向こうを見通す。
何だか空が遠くて、雲が流れるのが早い。
あっという間だったここ半年の時間を表しているみたいだ。
シンシアも何か思うことがあるのかな。とても遠い所を見つめている。
二人でしばらく無言でいると、その時間を切り裂くように出入り口がノックされた。
シンシアと私が一斉に扉に視線を向ける。一拍して、もう一度叩かれたのでシンシアが「どうぞ」と答えた。
まだお昼御飯には早い時間帯だ。誰が訪ねてきたのだろうと身構える。
「失礼しますよ」
グレーのシルクハットにグレーの紳士服。外套は室内だからか着ていないけれど、間違いなくユリエルだ。
室内でも帽子かぶってると禿げるぞと失礼な事を考えていると、うっかり顔に出てしまったのか、糸目がほんの僅かに開いた。
うわ、レアスチル……無駄に美形なのも相まって無言の圧を感じるわぁ。
すいっと目をそらせば、もう一人ユリエルの後ろから入ってくる気配がする。足音と共に、ソファから移動してベッドで上体を起こしている私の側に歩み寄ってくる。
「お主が私の患者かね」
嗄れた声に顔をあげれば、ユリエルの半分くらいしかないのじゃないかっていうサイズの小さなおじいちゃんがいた。背筋をピンと伸ばしているのにも関わらずユリエルの半分。髪に白いものが混じり始めているけど、何歳なんだろう……六十くらいかな?
誰なんだろうと思っていたら、患者という言葉でお医者様だと気づいた。
「フェイ・ヤング医師です。ヤング医師、こちらのベッドの上に上がっておられるのがスーエレン嬢です。診察をお願いします」
「ふん、医師が診察しないで何しに来るというんじゃ」
ヤング医師がユリエルを一瞥するまでもなく皮肉だけを返して、持ってきていた鞄をシンシアのベッドに置く。ただでさえ狭い部屋。二人の人間が追加されたから人口密度が一気に高くなった。
シンシアはテラスから戻ってきて、私のベッドに腰かける。ユリエルはシンシアのベッド側に設置されているソファに長い足を組んで座った。だから帽子。禿げるぞ。むしろ禿げろ誘拐犯。
私がユリエルに邪念を送っている間にも、ヤング医師はテキパキと手を進めていく。
「脈を測らせておくれ」
素直に腕を差し出すと、ヤング医師がしばらく私の手首で脈を測る。そしてその後、私の首元や額に手を当てて簡単に熱を測る。それから問診。
問診は私の言葉だけじゃなくて、ずっと一緒にいたシンシアや移動の道中の様子をユリエルからも聞き取りされる。
大体分かったのか、ヤング医師は腕を組んで唸る。ちら、と何かしらユリエルを窺うような渋い視線を向けながら。
難しい顔をするヤング医師に私は手に汗握りながらじっと待つ。シンシアなんか緊張しすぎて表情が強ばっている。
ヤング医師は長い間唸っていたけれど、やがて観念したのかユリエルに言葉をかけた。
「ユリエル。お主、この娘の診断結果を聞いた後はどうするつもりじゃ」
「もちろん皇子に報告しますよ。その後で処遇は決めます。まぁ元々彼女を連れてきたのは、クラドック侯爵が亡命の対価に彼女を皇子に差し出したからですから、皇子の差配次第です」
ユリエルの言葉に私は愕然とする。
人身売買をしていた罪で断罪された私の家。お父様やお母様はアーシラ王国の片田舎で幽閉されていると聞いていたのに……彼らは私を売ってイガルシヴ皇国に亡命したの!?
思いがけない展開に、シンシアも息を飲んでいる。
……やっぱりゲームの展開と変わってきている。
確か、ゲームだとセロンルートのクラドック侯爵家は第二皇子相手に奴隷の密輸をしていた。エルバートの婚約者であるスーエレンからセロンの話が漏れて、第二皇子に伝わる……みたいな感じだった気がする。
どうして私が売られるような展開に。
信じられなくて思考が空転しかける。
それをシンシアの一言が掬う。
「あれだ、エルバートの断罪イベ……! 分岐が修正された……!?」
かちり、とパズルのピースがはまる。
あれか! 私がエルバート様と結婚するきっかけになったあのイベ! たぶんあの時に人拐いの罪が発覚しないままここまで来ていれば、ゲーム通りのシナリオになっていた可能性がある……!
死に芸シナリオライター、無駄に話作り込んでたな。一つのルートはあくまで分岐の選択肢の一つでしかなくて、全部筋道が繋がる……!
この分だと他の三人のルートもどこかで交わっていそうだな……悪役令嬢に慈悲がない理由を思い知らされた。実質的には悪役令嬢ではなくてその家なんだけど。
シンシアと視線を交わし合うけれど、今この段階で迂闊なことは言えない。だってユリエルがいる。ユリエルの前でおかしなことは口走れない。
二人して息を飲んでいると、ヤング医師が長々と溜め息をつきながら私に質問を重ねた。
「スーエレン嬢。失礼ながら、月のものがさいごにきたのはいつじゃ?」
「へっ?」
我が家のめんどくさい罪過に気をとられていてヤング医師の質問が耳を素通りしていった。
え、なに、月のもの……?
「ええっと……三? 四ヶ月くらい前……?」
戸惑いながらも指折り数えて、そこでようやく気がつく。
え、もしかして、最近の体調不良の原因って……。
無意識の内にパッとお腹に手を当てる。まじまじとヤング医師を見た。
「スーエレン嬢は既婚者だと聞いておる」
「……ええ」
「こんな状況下ではあるが、おめでたいことじゃ」
呆然とした。
私が、ヤング医師の言葉を曲解して理解しているとかじゃなければ、もしかしなくとも、それは。
息を詰めて、ヤング医師を凝視する。
ヤング医師はこっくりと頷いた。
「妊娠しておるのじゃろうな。お主のその症状は明らかな悪阻じゃ」
お腹に手を当てたまま固まっていると、シンシアが私の腕を引いた。
「スー……」
「シンシア……」
すごく、嬉しい。
言いようもないくらいに、胸に喜びが満ちる。
でも。
真っ先に伝えるべき愛する人が、ここにはいない。
エルバート様に教えてあげられない。
自分が今いるこの場所があまりにも不安定な場所であることを思い出して、泣きそうになる。
シンシアが私を抱きしめてくれた。
あやすように背中を撫でてくれる。
喜びと不安。交互に胸の中を去来していく感情を必死に宥めていると、ヤング医師とユリエルの会話が耳を通っていく。
「ユリエルよ、そういうわけじゃ。彼女は花園に入れないように皇子に進言することじゃな」
「ふむ……まぁ聞くかどうかはさておき進言はしておきましょう」
「それと悪阻がおさまるまでは安静にさせるように。まったく、妊婦相手に馬車で遠出とはなんという無茶をさせる」
「そう言われましても……まぁ、今後は気に止めておきますよ」
ユリエルがやれやれといったように、ヤング医師に答えているのが聞こえてくる。
少しだけ落ち着いたからシンシアの腕から抜け出すと、ヤング医師が妊婦として気をつけることを幾つか教えてくれた。ヤング医師の表情は複雑だし、ユリエルは何も言わない。シンシアも一層気を張り始める。
診察が終わった頃、ヤング医師とユリエルと入れ替わるように昼食が運ばれてきた。
メニューはパンと肉入りスープ。
食欲は相変わらず無かったけれど、自分の体に新たな命が宿っているのだからと、頑張って食べた。
その日の夜、イガルシヴ皇国に来て何事もなく一日が過ぎたことに安堵した。
まぁ何事もなくというには、私のお腹に新たな命が宿った事なんてビッグニュース過ぎるわけなんだけど。
昼間にうとうとと寝ていたせいか、深夜、私はぽっかりと目が覚めてしまった。シンシアの寝息を聞きながら、私はベッドで上体を起こしてテラス越しに星を眺める。
しばらく澄んだ冬の夜空を眺めた。
赤ちゃんを守るためにも、考えないといけない事が沢山ある。
まず一つ目。
花園に入れるつもりで連れて来られたということ。
花園とはオズワルドのハーレムの事。オズワルドの花嫁候補や彼自身が召し上げた女性達が過ごす区画がこのフィアーム城にはある。そして夜な夜な、オズワルドはそこで過ごす女性の元へ行き、夜伽を命じるのだ。
乙女ゲームとしてはかなり攻めた設定なんじゃないかなぁ。うっかりすると年齢制限踏み越えそうな辺りが。
妊娠したことが発覚した私が花園に入れられるかはわからない。全てはオズワルドの差配一つだから。
それに関連して二つ目。
赤ちゃんの守りかた。
もちろん私自身が安静にして過ごすのは大前提であるはずなんだけど、ここは敵地。救出作戦にかけている今、どう考えても荒事に直面してしまうと思う。
お腹をかばってどれだけ動けるかは分からないけれど、これに関してはなんとかするとして。
赤ちゃんそのものをどうこうされそうになる可能性が一番怖い。
万が一オズワルドが強硬に花園へ連れ込もうとして、第二皇子のハーレムを構成する一人になるために堕胎薬を混ぜられた食事を出されたら。
……私はこの子を守るために何ができる?
今日の昼の食事はたぶんまだ安全だったはず。だから無理矢理にでも食べた。水はシンシアのものと共用だからたぶん安全。でも夕食には殆ど手をつけていない。何が入っているか分からなかったから。
私が悪阻を理由にどこまで偏食が許されるかは分からないけれど、なんとかそれで凌ぐしかない。
食事を減らす事によって体重を減らすのは、母胎に大きな負担を与えるって聞いたことがあるから本当は駄目なこと。でも赤ちゃんを少しでも生かす可能性があるのなら、エルバート様を、セロンを信じて、数日の間持たせるしかない。
そして三つ目。
現状、どこまでがシナリオ通りに進んでいるのか。
私がシンシアと一緒に連れ去られてきた事からも、シナリオが変質していることが分かる。昨日も考えたことだけれど、『騎士ドレ』シナリオライターのシナリオの構成は、絶賛されるほどに作り込まれている。
クラドック侯爵家がなにがしか罪を犯しているのは大前提。
ゲームではその一端が各ルートで明るみに出ていく感じなんだけど、このゲームを模した世界ではゲームのように並列に物事は起きない。
私とシンシアが出会うきっかけとなった断罪イベントは、シンシア曰くエルバートルートのもの。
そして、その延長にあるセロンルートの現状において、エルバートルートのイベントが強く影響を与えてきているのは否めない。
このままシナリオ通り進むのは五分五分というところかな……。
そうなるとシナリオに頼るような動き方をしてはならないわけで。
はぁ……どうすればいいんだろう。
私は自分から動くのがとても苦手。いつもいつも、誰かに導いてもらって生きている。一人だと、途端に全てを投げ出したくなるから。
でもそれじゃいけない。
今の私が投げ出したら、私だけじゃなくてお腹の子をも見捨てることになるから。
小さいけれど、一人の命を私は背負ってしまった。
お腹に手をあてながら、前世に覚えた子守唄を歌う。
私は愛したい。慈しみたい。この小さな命を、エルバート様と一緒に育みたい。
だからエルバート様。
早く私を助けに来てください。
私の手をとって、導いてください。
───それまでは私がこの子を守るから。
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