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死にたがりの悪役令嬢は

トゥルーエンドを模索する2(side.スーエレン)

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 初めて自分の足で歩く街並みは、色彩豊かで目が足りない。右にも左にも、見たいものが多すぎて足がふらふらと導かれてしまう。

「スー、こっち!」
「はっ」

 今も店先に飾られているドレスをよく見たくて、シンシアから離れていくところだった。あぶない、あぶない……。

 シンシアに呆れられたような視線を向けられたので、私はふよ~と視線をそらした。

「手を繋いだ方がいい?」
「大丈夫です」

 シンシアのお姉さん力がヤバい……。おかしいな、シンシアって異母兄はいても実質一人っ子として育っているはずなのに……。前世で弟妹でもいたのかな。聞いてみたいけど、後ろにセロンがいるし……。

 護衛に徹しているセロンは、ひたすら無言で私とシンシアのすぐ後ろを歩いている。ちらりとセロンに視線を向けてみれば、彼の視線はシンシアの方に向いていて心なしか優しげだ。な、なんだか見てはいけないものを見てしまった気がして動揺してしまう。

 これはシンシアさん、フラグが、フラグが立っております!

 外出の楽しさと嬉しさから妙にテンションがハイになっちゃっているけど、この案件は胸中に留めて、表向き令嬢らしい外面を張り付けて歩く。私は知っている、これを指摘するのは野暮だということを。

 思考し出すと周囲はぼんやりと流れていく。その代わりにきちんとシンシアの横に並んで歩けたので、手を繋ぐという羞恥プレイは免れた。……いやでも待て。私達の年代くらいの女の子なら、仲の良い友人と手を繋ぐこともあるのかな……?
 現役女子高生だったシンシアとは微妙に世代がズレてるからちょっと分かんない……。この世界基準ならほぼ同年代だけど、相変わらず親しい友人なんていなかったし。

 思考が明後日の方向へ向かい出したとき、シンシアが私の視線を誘導するようにある建物を指差した。

 シンシアの示す方向をみると、美味しそうなパン屋さんがある。

「こちら、ルートアイのハピエンスチルに出てくるパン屋です。この通りを挟んで、この角度で彼はヒロインの手を引いていたと思われます」

 シンシアが両手の親指と人差し指で窓を作っている。私も真似して窓を作ってのぞき込めば……

「ここがあのスチル……!」

 ゲームで見た事のある背景が浮き出てくる。三次元の背景はゲームよりも質感があって違和感もちょっとあるけれど、間違いなくこの配置はスチルの背景そのもの……!

 アイザックルートのハッピーエンドは、ヒロインが正式に王女として認められ臣下に降家する。アイザックが成人するまで婚約状態になるわけだけど、ヒロインが城での生活に鬱々としていたのに気がついて、お忍びでの街歩きを楽しむことを計画する。そうしてヒロインの手を引いて見慣れた街並みへと連れ出すのだ。
 そのワンシーンがスチルとしてあったんだけれど……。

 こ、ここが正にその場所……!

 感無量のあまりに合掌して拝んだら、シンシアにめちゃくちゃ笑われた。

「そんなに笑わなくてもいいじゃないの!」
「まさか拝むとは思わなくて……それにまだまだ続くよ? はい、こちら」

 シンシアがまた別の場所に手のひらを向ける。
 煉瓦造りの二階建ての建物がある。

「こちら、ルートCでの出会いイベスチルで、奴が飛び降りてきた建物です。現場です」
「現場」

 神妙に頷きながら建物を見上げる。確かにチェルノとの出会いイベントスチルで見た気がする建物だ。

 ヒロインとチェルノの出会いは、チェルノがヒロインの目の前に降ってくることから始まる。チェルノが張り込み捜査をしているところに、ヒロインが捕縛対象に絡まれる。それを二階の窓から飛び降りてきたチェルノが助けるという出会い方。

 あおりから切り取られたスチルは、飛び降りてくるチェルノが画面一杯に広がっているものだ。全面にいるチェルノのせいで背景なんてうろ覚えだけれど、よくよく記憶を掘り返してみれば画面の右端に示された煉瓦造りの建物みたいなものがあった気がしてくる。

 じっくりと見ても聖地判定するのは難しい気がするけど……シンシアは今、現場って言ったよね?

「リアルイベント起きましたか」
「起きました。めっちゃびびりました」

 どうやらチェルノとの出会いはゲーム通りだったようです。
 シンシアを見て、上を見上げて、またシンシアを見る。なるほど、なるほど。確かに目の前に人が降ってきたら吃驚するわ。

 その後も色々と歩いて回る。
 シンシアは幼い頃から前世の記憶があったのと、自分が過ごしている場所だからか、的確にゲームのスチル背景を再現していく。場所だけじゃなくて、スチルの切り取り角度までそれはもう完璧に。

「シンシア、もしかしなくても『騎士ドレ』かなりやりこんでいたでしょう」
「あはは、まぁ、そうね」

 絶対に私よりやりこんでるわ……。私があやふやなところでも、シンシアは正確に覚えていたりするし。セロンがヒロインに贈った櫛が買える櫛屋の名前とか覚えていられるか。ほんの一言くらいしか出てないでしょうそれ。

 どうして細かいところまでそんなに覚えているのかと聞いたら、シンシアは前世からセロンが好きだったらしくて、それはもうセロンルートのスチル再現は完璧だった。それどころかセロンルートに出てきたアイテムや贈り物を購入できる店まで調べているという徹底の仕様は流石としか言えない。

 私があれ見たい、これ見たいと思い出すままに聞けば慣れた足並みでその場所まで連れていってくれる。迷いのない足取りとスチルの切り取りに、これは一人で聖地巡礼したことがあるなと察した。

「ルートSはまだ近くにも何ヵ所かお薦めスポットあるけど、ネタバレ回避のためにまた今度でも良い?」
「ネタバレ……」

 思わず苦笑してしまう。

 確かにネタバレだね。セロンがいるのに、セロンとの関係が今後うまくいって、ゲームの通りになるのなら、今ここでそういうことを口にしない方がいいとは思う。

 そういうセロンは、相変わらずきゃあきゃあと騒ぐ私達の後ろを黙って置物のようについて来ている。護衛なら当然のことなんだろうけど、シンシアはこれで楽しいのかな?

 ちょっと気になってその辺りのことを聞いてみる。

「ねぇ、シンシア。私ばっかりと話してて、セロンが話に入ってこれないけれどいいの?」
「うん、大丈夫。仕事中のセロンはいつもあんな感じだから。仕事に真面目な姿っていいよね」

 セロンの方はあえて見ずにうっとりとするシンシア。

 確かに、仕事に向かうエルバート様のお背中は格好いい。私は密かに、自分に向けられる視線とは違った凛々しさだとか逞しさだとかを向けられているだろう同僚騎士達を羨んでいるし。

 公私の区別をきっちりつけられる人は誠実で安心感がある。エルバート様も、もう少しだけそういうところを見せてくれればいいのに……いや駄目だ、これ以上格好よくなってしまったら、私の立つ瀬がない。罪人の娘の居場所なんて吹けば飛ぶようなものなんだから、エルバート様にはモテてほしくない。私だけが格好いいエルバート様を知っていればいい。

 あれ、もしかしてこれって独占欲?
 私ってばエルバート様に絆されすぎでしょう!

 一人で百面相していたら、シンシアがケラケラ笑いだした。

「え、何、どうしたの?」
「ううん、一体何を考えてるのかなぁって思っただけ。スー、今度はあっちに行こうか。セロン様、移動しますー」

 シンシアが私の手を引いて駆け足で動き出す。私はたたらを踏みながら、ケープの前が広がらないように反対の手で握りしめながらついていく。

「し、しんしあっ、は、はや、いっ」
「頑張れ頑張れ~」

 笑いながらシンシアは走るけど、ちょっと本気で待って! 引きこもりに、走らせちゃ、駄目! 絶対!

 ほんの数メートルで息切れした私は、とにかくシンシアに着いていくのに必死だ。通りを丸っと一本通りきって、ようやくシンシアは足を止める。

 私はふらふらとシンシアの腕にすがり付くようにして息を整えた。へ、へたりこみたい。無理、口の中錆の味がする。前世、学生時代に走らされた長距離走の感覚。あれの時のようにグラウンド五周とかしている訳じゃないのに、たった百メートル程の距離で死にかけてる私はもうちょっと運動する習慣を身につけるべきだわ……。

 ぜぇぜぇと息をしながら、顔をあげればシンシアが面白そうな顔でまた指で指し示す。

「ルートEの修羅場イベで出てくる水の広場です」

 目の前にあるのは小さな広場がある。中央には小さな水場があって、ポンプ式の水飲み場になっている。人通りも多く、何人もの人がベンチで休んだり水飲み場で水を飲んだりしている。

「ここが……」

 エルバートルートの修羅場イベントに出てくる場所。
 私が、エルバート様に捨てられるきっかけになる場所。

 じっと目を凝らす。
 確かにあの水飲み場はテキスト文の背景画像として出て来ていたもののように見える。

 エルバートルートの修羅場イベントは、この広場で行われるマーケット中に起きる。ここでエルバートと親しげに話すヒロインと、悪役令嬢であるスーエレンが出会うのだ。

 スーエレンは婚約者に女の影を感じ、こっそりとエルバートの身辺調査をする。そしてマーケットの人の多さなら気づかれずに尾行できると浅はかな行動を起こすのだけれど、エルバートがヒロインに可愛らしいアクセサリーを購入して贈る場面を目撃し、我慢できずに飛び出して修羅場になる……というストーリー。

 その出会いがきっかけでスーエレンは悪役令嬢としてシンシアをいじめだすわけだけど……。

 ちら、とシンシアに視線を向けてみる。
 シンシアは満面の笑顔で私を見ていた。

「私たちが今こうして仲良くなってここにいるんだから、フラグなんてあてにならないでしょ? 悪役令嬢の破滅ルートはもうないし、彼は悪役令嬢にメロメロ。あの死に芸シナリオライターのフラグは破壊完了しているんだから、悪役令嬢だってもっと前向きになっていいのよ」
「シンシア……」

 シンシアの言いたいことを理解して、私は切なくなる。

 シンシアの腕にすがりつくのをやめて、自分の足で立つ。シンシアの両手を、自分の両手で包んで胸に抱き寄せた。

「私なんかより、あなたの心配をするべきよ。私はエルバート様が大切にしてくれているのをちゃんと分かってる。もうフラグが怖いからって逃げたりしないわ」
「本当?」
「本当。自殺はしないわ」

 シンシアが私に身を寄せる。

「それなら、いい」

 私もシンシアにすり寄る。

 私の予想だけれど、シンシアは自殺という言葉をすごく恐れている。シンシアの公式な生い立ちにそういったものは含まれていなかったし、本人からも周囲からもそういった類いの話は聞いたことがない。
 きっと前世に何かあったのだと思う。

 私よりも年下で、私よりも深い傷を持っている女の子。
 高校生という若さで死んでしまった、女の子。

「私のことを気にかけてばかりいないで、あなたもそろそろルートを進めないとね。私が幸せになれたんだから、次はあなたの番」
「……ふふ、そうね」

 どちらからともなく身体を放して、二人で笑い合う。

 ひとしきり笑って顔をあげる。
 私達を眩しそうに見守るセロンが印象的だった。
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