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七章 新生活の始まり

234話 従魔超越

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 上空には暗雲が立ち込めており、周辺一帯には豪雨が降り注ぎ、落雷の音が断続的に鳴り響いている。
 現状でもかなり暗いけど、ここで更なる闇が、私とセバスを覆った。
 これは、上空から落ちてくるブロ丸の影だよ。

 私はセバスと会話している間に、手のひらサイズのブロ丸を上空へと配置していたんだ。
 そして、たった今、【従魔縮小】を解除した。

「ほぅ、このような魔物まで従えていたか……」

 ブロ丸はスキル【変形】を使って、身体を引き伸ばし、圧し掛かりの攻撃範囲を広げている。
 これに潰されたら、一溜りもないはずだけど……セバスは感心しているだけで、焦っている様子はない。

「ティラっ、上に跳んで!!」

 ティラは私を背中に乗せてから、指示に従って垂直に跳んだ。
 落下中のブロ丸が阿吽の呼吸で、ティラが通れるくらいの穴を開けて、私たちを通過させてくれたよ。
 これで、セバスだけを圧殺出来れば──と期待したら、

「よく見ておけッ、溝鼠!! 貴様の望み通り、英雄としての力を示してやるぞ!! 【風神纏衣】──ッ!!」

 セバスの身体が暴風と一体化したような、あんまり格好よくない鬼の姿に変化した。
 額には黄緑色の二本の角が生えて、体長は五メートルまで膨れ上がっている。
 手足は筋肉質なのに、腹部だけが風船みたいに丸い。

 スキル名から察するに、風の神様を纏っているのかな……?
 そんな状態のセバスが、上空へ向かって右手を突き出すと、掘削機の如く回転している竜巻が放たれた。

 それは、ブロ丸の身体をゴリゴリと削り、瞬く間に風穴を開けてしまう。
 竜巻の大きさは十メートルくらいあったけど、ブロ丸を貫く頃には、五メートルまで小さくなっていた。

「嘘でしょっ!? ブロ丸がそんなあっさり!?」

「クハハハハハハハッ!! この程度の従魔が、貴様の切り札か!?」

 セバスはその身一つで空を飛び、ブロ丸に開けた穴を通って、悠々と上空へ出てきた。
 元々、ブロ丸は魔法防御力が高い魔物であり、更にはスキル【魔法耐性】まで持っている。
 水の魔導士、ドラーゴの必殺技だって、なんとか耐えられたのに……中級魔法っぽい竜巻に、貫かれるとは思ってもみなかったよ。

 その竜巻はブロ丸を貫通してから、蛇のように曲がりくねり、空中にいる私とティラを狙う。
 ティラは【風纏脚】のバフ効果を活用して、空中を踏みしめ、二度、三度と竜巻の追撃を回避した。
 しかし、四度目で体勢を崩してしまう。空中跳躍は難しいので、連続で行うと失敗するんだ。

「ティラっ、魔法陣を使って!!」

 回避してくれた分だけ、私は硝子のペンを宙に走らせ、【従魔召喚】を使うための魔法陣を描いていた。
 ティラは私の身体を器用に咥えて、魔法陣がある場所まで投げ飛ばし、自分は召喚されることで先回りする。
 こうして、私は再びティラの背中に乗り、足場がない状態でも竜巻を回避することに成功した。

 竜巻は四度目の追撃を最後に、空の彼方へと消えていく。
 ここで、ブロ丸が完全回復して、私のもとへ戻ってきた。
 例の如く、核さえ一撃で壊されなければ、幾らでも再生するんだ。
 球体になったブロ丸の上に、ティラが着地して、私たちは上空でセバスと対峙する。

「見事な曲芸を覚えているな……。嘗ての仲間たちのことを思い出す……」

 セバスは攻撃の手を休めて、遠い目をしながらそんなことを言った。
 その仲間とやらに、私は心当たりがある。

「仲良しサーカス団、ですよね……?」

「ああ、そうだ。……いや、今は感傷に浸っている場合ではないな。それで、どうする? まだ続けるか?」

 セバスはそう言って、自分の周囲に四つの竜巻を生み出した。
 これでもまだ、全力を出しているようには見えない。
 十中八九、ドラーゴに匹敵する必殺技を持っているはずだよ。

 この勝負はあくまでも、私を革命軍に加入させるために、設けられたもの。
 だから、私を殺すつもりはないはず……。でも、ティラとブロ丸は、どうなるか分からない。
 打開策を模索するべく、会話で時間を稼ごう。

「……参考までに、お聞きしたいのですが、どういうスキルを使ったんですか?」

 教えてくれる訳がないよね、と思いながら、私は駄目もとで聞いてみた。
 すると、セバスは小さく鼻を鳴らして、呆気なく手札を披露してくれる。

「貴様に理解出来る話ではないだろうが、スキル【竜巻】+【風穴】+【蛇腹風牙】の複合技だ」

 金級冒険者であっても、習得するのが難しい高等テクニック、複合技。
 二つのスキルを一つに合わせることすら、非常に困難だって言われているのに、セバスは三つも同時に合わせられるらしい。
 私が冷や汗を掻いていると、彼はそれぞれのスキルの詳細まで教えてくれた。
 
 【竜巻】──名前の通り、竜巻を発生させて敵にぶつける。
 【風穴】──凝縮された風のビームで、貫通力が極めて高い。
 【蛇腹風牙】──蛇を模した風の塊が、標的を自動で追尾して攻撃する。

 これら三つを合わせたことで、貫通と追尾が備わっている竜巻になったんだ。

 ちなみに、【風神纏衣】は風の神様の力を借りて、身体能力が上がり、空を飛べるようになって、全ての風属性のスキルを強化するみたい。
 また、風属性のスキルを使うのが簡単になって、複合技を使う難易度も下がるのだとか……。
 三つもの複合技を使えるのは、このスキルのおかげだね。

「つ、強すぎるかも……」

 私の口から、思わず本音が零れてしまった。

「溝鼠……。貴様は確かに、成長したのだろう。だが、これで勝てないと思うのであれば、降参しろ。私にはまだ、切り札が残っているぞ」

 セバスの言葉はハッタリじゃなくて、純然たる事実だろうね。
 彼は宮廷魔導士だった頃に、魂をリソースにする大魔法を使って、帝国軍を退けたことがある。
 それを使われたら、勝てない。少なくとも、今のままじゃ、絶対に無理だ。

 どうしよう……? 大人しく、革命軍に加入する?

 民主主義が完璧なものだとは、思っていないけど……独裁主義や権威主義よりは、大分好ましい。
 悪逆非道の権化であるアインスが、この国の王様になってしまったから、猶更ね。
 革命が成功すれば、この国は今よりも、比較的マシになるかも……。

 いやでも、セバスとノワールの所業って、私が許容出来る範疇を越えているんだよね。特に、ノワールがヤバイ。
 ニュートとスイミィちゃんの母親、リリア様。彼女の遺体が奪われたままだし、イヴァンさんが犠牲になった人体のパッチワークも、悍ましすぎる。
 それがなかったら、革命軍に加入することも、吝かじゃなかったかな。

 ──そんな訳で、私は腹を括った。

 なんの代償もなく、溝鼠が英雄に勝てるはずがないんだ。

「セバスさん。最期にお聞きしたいのですが、どうやって魔力欠乏症を治したんですか?」

「新たに加わった頼もしい同志から、青色の上級ポーションを譲り受けたのだ」

 上級ポーションは非常に希少で、そう簡単に手に入る代物ではない。
 一体、誰がセバスに譲ったのか……。本当に余計なことをしてくれたね。
 私は内心で苛立ちながら、ティラの背中から下りて、ブロ丸の身体をそっと撫でる。

「ふぅ……。ブロ丸っ、いくよ!! 【従魔超越】──ッ!!」

 一呼吸置いて、本邦初公開の切り札を使った。その瞬間、魔力とは次元の違うエネルギーが、私とブロ丸の全身から迸り、私の魂だけが急速に欠けていく。
 痛みや苦しみは皆無だけど、なんだか心細くなってきた。
 そんな、一抹の不安を吹き飛ばすように、ブロ丸が爆発的に膨張して──
 
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