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七章 新生活の始まり

227話 セバスの影

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 私は黎明の牙のメンバー+ローズを家に集めて、情報を共有した。

「──と、そんな感じで、ルーザー子爵が近日中に攻めてくるし、セバスは裏で暗躍しているみたいだよ」

 セバスの動向は、スラ丸五号が探り始めたけど、全然分からない。
 ルーザー子爵家に身を寄せている訳でもなく、街に拠点を構えている訳でもなかった。
 この話を聞いて、ニュートが訝しげに首を傾げる。

「セバスが生きているだと……? 奴の目的は、ワタシたちか……?」

「それはそうでしょ! あたしたち、あいつの野望を阻止した立役者なんだから!」

 フィオナちゃんの言葉に、私以外が納得している。
 立役者は言い過ぎだけど、セバスが企てていた計画を邪魔したのは、間違いないからね。
 彼に恨まれていても、全然不思議じゃない。でも、私は違うと感じた。
 セバスは恨みではなく、使命感みたいなものに、突き動かされている気がしたんだ。

「す、スイミィちゃん、大丈夫……? セバスが来ても、ボクが守ってみせるから……!!」

 セバスの名前が出たので、シュヴァインくんがスイミィちゃんを気遣っている。
 彼女はセバスに誘拐されて、人質になった過去があるから、トラウマになっているかも──と思ったけど、杞憂だったみたい。

「……大丈夫。スイ、戦える」

 スイミィちゃんは魔導書をギュッと抱き締めて、ジト目の奥に闘志を宿した。
 困難に立ち向かうその姿勢は、立派な冒険者のものだ。

「うぬぅ……? 我はその、セバスとやらを知らぬのだが、強敵なのだ?」

「大したことねェよ! あのクソジジイとの再戦なンざ、今なら楽勝だろ! 負ける気がしねェぜ!!」

 リヒトくんの質問に、トールが気炎を揚げながら答えた。
 彼の言う通り、確かに今なら負ける気がしない。
 セバスは魔力欠乏症で、大きく弱体化しているからね。

「はにゃあ……? 結局、みゃーたちはどうすればいいのかにゃ?」

「セバスが姿を見せた場合、ワタシたちの手で仕留めればいい。姿を見せないのであれば、ワタシたちは予定通りに、ルーザー子爵を迎え撃つ」

 疑問符を浮かべているミケに、ニュートが簡潔な方針を示してくれた。
 それを否定する意見は出てこないので、決定かな。
 この後、ローズが寝惚け眼を擦りながら、私に一つ注文してくる。

「アーシャよ、山が燃やされては困るのじゃ。ユラちゃんを出動させて、しばらくは周辺一帯を霧で包んでたも」

「ああ、うん。そうだね、やっておくよ」

 山はルーザー子爵領の大事な資源なので、常識的に考えれば、子爵自身が燃やしたりはしない。
 でも、常識が通用する相手じゃないんだよね。 
 山を湿らせておけば、火計で炙り出される心配はない。ユラちゃん、任せたよ。

 情報共有が終わり、私たちは翌朝から、決戦に向けて最後の準備を整えた。
 前々から準備していたので、慌てるようなことは何もない。
 戦力になる村人たちは、男女合わせて二百五十人程度。彼らのことは、『民兵団』と呼称している。
 難民を追加で保護することもあったので、少しだけ人数が増えたんだ。

 民兵団は平均レベル10で、その大半が戦闘職。鉄製の武具を装備しており、私が支給したポーション+1も持っている。
 ポーションに合成した特殊結晶は、ピーマンの盾から抽出した代物で、『防御するときに石化する』という効果がある。
 強化値をもっと上げたかったけど、ロックピーマンの生産が追い付かなかった。
 後は私の支援スキルを使って、バフ効果を掛けておけば、準備万端だね。

 【再生の祈り】【光球】【風纏脚】【光輪】【逃げ水】──この五つ。

 【光輪】だけは癖が強いので、受け取らない人が多かった。
 これを使っていると、時間の流れがとても緩やかに感じて、慣れるまで会話も満足に出来なくなってしまう。

 【再生の祈り】に関しては、公開するべきか否か悩んだけど、秘匿して犠牲者が出たら寝覚めが悪くなるので、公開することにした。
 無論、特殊効果の若返りに関しては、誰にも話していない。

 特殊効果がない状態でも、非常に強力なスキルなので、色々な人に目を付けられそうではある。
 ただ、草の根を分けてまで、捜すほどのものではないはず……。
 それに、私の自衛能力も上がっているし、仲間たちも心強くなったし、いつでも逃げ込める箱庭まで手に入れたんだ。もういい加減、手札を隠して暮らす必要はないと思う。



 ──みんながそわそわしながら、三日が経過した。
 ルーザー子爵は百人の私兵と、五十人くらいの犯罪奴隷を引き連れて、自分の領内の村々を襲い始めた。
 私はスラ丸に偵察させて、その様子を覗き見しながら、深々と溜息を吐く。
 馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけど、本当に馬鹿な人だ。

「身の程知らずの下民どもにッ、恐怖を知らしめろッ!! ワシに逆らえばどうなるか、思い知らせてやれぇいッ!!」

「い、嫌だ……!! あっちの村には、俺の家族がいるんだ!! もう付き合ってられるか!!」

「お、おらも抜けるだ!! あんだには、付き合いきれんべ!!」

 ルーザー子爵の命令に、結構な数の兵士たちが背いた。
 素行不良の連中でも、自分の故郷を襲うのは耐え難いんだ。
 ちなみに、私が警戒しているセバスの姿は、ここでも見当たらなかった。
 あの人、本当に何がしたかったの……?

 盗賊ではなく、領主が襲ってきたとなれば、各地の村人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
 私たちの村では、そんな難民を積極的に保護することになり、急速に人口が増えていった。

 少し不思議だったのは、私たちが迎えに行く前に、難民たちが『盆地の村で保護して貰える』という話を知っていたことだ。
 噂話として広まっているみたいだけど、誰が吹聴したのか不明だよ。少なくとも、盆地の村の住民ではない。


 ──僅か数日で、盆地の村の人口は倍になった。
 食糧は全く問題ないものの、家が足りなくなってしまう。だから、一先ずは私の【土壁】で、簡素な仮住まいを用意した。

 決戦前に揉め事は困るので、【過去視】を使って怪しい人物がいないか、きちんと確かめておく。その最中、一人の男性の記憶の中に、セバスの姿を発見したよ。
 難民の男性は、以前に街へと買い出しに行った際、酒場で一杯飲んでいたら、セバスに声を掛けられたんだ。

『行き場を失ったら、山中にある盆地の村へ行くことをお勧めします。あそこでは、難民を手厚く保護していますよ』

 それだけを伝えて、セバスは立ち去った。どうやら、彼が噂話の発信源らしい。
 時系列的に、盆地の村で難民を保護していたことは、内部の人間しか知らないことだった。
 つまり、セバスは何らかの方法で、盆地の村の内情を集めていたことになる。

「うーん……。分からない……。セバスが何を考えているのか、さっぱり分からないよ」

 私は頭を抱えて、しばらく悶々とした。
 この村に難民を纏めて、一網打尽にしたいのかな?
 いやでも、ルーザー子爵が持つ兵力を考えたら、各個撃破を選んだ方がよさそう。

 火計を使うつもりなら、辻褄が合いそうだけど……なんだか釈然としない。
 とりあえず、この情報はみんなで共有しておいた。
 すると、すっかり頭脳労働が板に付いたニュートが、冷静に分析してくれる。

「ふむ……。セバスにとっての敵は、ワタシたちでも民でもなく、ルーザー子爵かもしれないな」

「あっ、そっか。そういう可能性もあるんだね……」

「動機は不明だがな。王国への復讐の一環か、ルーザー子爵に恨みでもあるのか……」

 私とニュートが話し合っていると、トールが苛立ちを露わにした。

「チッ、あのクソジジイ……ッ!! 俺様たちを利用しようってか!? ブッ殺し甲斐があるじゃねェかッ!!」

 トールは殺意を剥き出しにしながら、鎚を持って素振りを始める。
 そんな彼を頼もしく思いつつ、私は村の広場から周辺の山々を見渡して、無視出来ない不安を零す。

「セバスの狙いがなんであれ、私たちの動きが把握されているの、かなり怖いよね……。今もどこかから、見られているのかも……」

 確かに、とみんなが同意して、警戒するように視線を巡らせた。けど、セバスの姿はどこにも見当たらない。
 奴に手の内を知られたかもしれないとなると、心中は穏やかじゃないよ。
 覗き見は私の専売特許じゃないって、思い知らされる一事だね。
 
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