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七章 新生活の始まり
224話 特殊結晶
しおりを挟む──村人たちの模擬戦が終わった頃、村長さんが私を訪ねてきた。
「聖女様、待たせて悪かったねぇ……。ようやく、話が纏まったよ」
「いやあの、村長さんまで私のこと、聖女様って呼ばなくても……」
私は控えめに文句を言ったけど、村長さんは呼び方を改めるつもりがないみたいで、真面目な顔をしながら結論を述べる。
「まず、ルーザー子爵とは戦う。こっちから攻める気はないけども、攻めて来たら抵抗するつもりさね」
ここまでは、村人たちの総意だった。
戦える力があるのに、無抵抗で殺されたり、何もせずに逃げるなんて、嫌なんだろうね。
「子爵に勝てたとしても、更に手強い貴族が、攻めてくるかもしれません。そうなった場合、どうしますか?」
「伯爵や侯爵が攻めてきたら、話し合いを望んでみるよ。それで駄目なら、戦わずに逃げるしかないねぇ……」
村長さんの話を聞いて、私はホッと胸を撫で下ろす。
上位貴族との徹底抗戦が選ばれなくて、本当によかった。
「逃げるのであれば、私の箱庭の中に、でしょうか?」
「ああ、そうさせて貰えたら、助かるねぇ……。ただ、聖女様にも寿命があるだろう? 子々孫々まで、ご厄介になる訳には、いかないだろうから……」
私は村人たちに、若返りが可能であることを説明していない。
だから、聖女の箱庭は百年と経たずに閉じる楽園だって、みんなが思っている。
これを訂正するつもりはないんだ。私は老衰こそしないものの、不死にはなれないからね。
いつか閉じるという危機感は、常に持っておいて貰いたい。
「それでは、村の皆さんが箱庭の中で暮らしている間に、私が新天地を探すということで……」
「本当に、何から何まで頼ってしまって、すまないねぇ……」
「いえいえ、気にしないでください」
村長さんが深々と頭を下げてきたので、私は恐縮しながら愛想笑いを浮かべた。
不慮の事故で私が死んだときは、心中する羽目になる。それを織り込み済みで、村人たちがそう決めたのなら、もう何も言うことはない。
「それとねぇ、不躾だけども、お願いがもう一つあって……」
村長さんはそこで言い淀み、ばつが悪そうな表情を浮かべた。
彼女が言いたいことを推察して、こちらから問い掛けてみる。
「もしかして、革命軍に合流したいと、考えている人たちのことですか?」
「そう、それだよ。もしも村を捨てることになったら、あの馬鹿どもを革命軍とやらのところまで、連れて行って貰いたい。お願い出来るかねぇ……?」
「分かりました。それくらい、お安い御用です」
革命なんて上手くいくはずがない。命を無駄に散らすだけだって、村長さんは考えている。
革命軍が敵に回すのは、アクアヘイム王国そのものだからね。一介の子爵を相手にするのとは、訳が違うんだ。
まぁ、革命軍への参加希望者たちも、盆地の村から追い出されるようなことがなければ、ここで大人しく暮らすとのこと。
上位貴族との話し合い、上手くいくといいね。案外、すんなりとルーザー子爵の非が認められて、盆地の村はお咎めなしになるかもしれないよ。
方針が決まったところで、村長さんは帰宅した。私も家に帰って、スラ丸五号に指示を出す。
「スラ丸、ルーザー子爵家の様子を探ってみて。無理のない範囲でいいから」
子爵は魅力的とは言い難い人物なので、実力者が配下にいるとは考え難い。
文武にも優れていないみたいだし、小物という印象が拭えない。それでも、下調べは出来る限りしておこう。
この後、私は従魔たちを愛でながら、のんびりとした時間を過ごして──
「アーシャさんっ、分かりましたわ!! これっ、特殊結晶の使い方!! ようやく分かりましたの!!」
突然、リリィが私の部屋に駆け込んできた。
喜色満面の笑みを浮かべているので、よっぽど素晴らしい使い方を見つけたのかな。
「ご苦労様。早速だけど、教えて貰える?」
「勿論ですわ! まずは、これをご覧くださいまし!!」
リリィはそう言って、ニンジンの槍を私に差し出してきた。
じっくりと観察してみたけど、なんの変哲もないニンジンの槍に見える。
「うーん……? これがどうかしたの?」
「ステホですわ! ステホで確認してくださいまし!!」
リリィに言われた通り、ステホでニンジンの槍を撮影してみた。
すると、『ニンジンの槍+10』という、凄い代物になっていることが判明したよ。
この武器を使ってスキル【牙突】を使うと、その威力が二倍以上になるらしい。
ニンジンの槍は元々、【牙突】の威力を二割増しにする武器だった。
それが二倍以上となると、ニンジンの槍を十個も合成したってこと……?
強化値が大きければ大きいほど、合成の成功確率は下がっていく。
+5でも大変だったのに、+10なんて……確率的に、ちょっと信じ難い。
「よく+10に出来たね……。いっぱい失敗したでしょ?」
「いいえっ、一発で成功しましたわ!! しかもっ、三本も!!」
リリィは追加で二本、ニンジンの槍+10を差し出してきた。
あり得ないことが起こっている。ここまでくれば、察しが付くよ。
「まさか、特殊結晶って……」
「合成に使うと、確実に成功するアイテムですわ!! ただし、強化上限が決まっているみたいで、+10以上には出来ませんでしたが!」
「す、凄い……っ!! 凄いよリリィ!! お手柄だね!!」
私が頭を撫でてあげると、リリィはだらしない顔で笑みを零す。
「ふひひひひっ!! ハッ!? ご報告はまだ終わっておりませんの!! こちらのポーションをご覧くださいまし!!」
我に返ったリリィが、懐から取り出したポーションは、『赤色の中級ポーション+10』だった。
これは従来の回復効果に加えて、服用すると一定時間、スキル【牙突】の威力が二倍以上になるという、バフ効果が付くらしい。
ニンジンの槍+10から抽出した特殊結晶と、中級ポーション。この二つをタクミに【合成】して貰って、作ったんだとか。
「おおーーーっ!! リリィっ、改めてありがとう!! 最高の成果だよ!!」
私が盛大に感謝すると、リリィは鼻息を荒くしながら抱き着いてきた。
「ハグしてくださいまし!! ご褒美っ、ご褒美に!! ギューーーッと抱き締めてくださいましぃ!!」
「いや、それはちょっと……」
「えぇっ!? この流れで駄目なんですのぉ!?」
反射的に拒否反応が出てしまったけど、これだけの成果を出してくれたので、今回ばかりは駄目じゃない。
私は仕方なく、軽めにリリィをハグしてあげる。
すると、彼女は行為をエスカレートさせて、触るわ嗅ぐわ鼻血を出すわで、大惨事になってしまった。
「ちょっ、待って!! 鼻血っ!! 鼻血が服に付いちゃう!!」
「んほおおおおおおおっ!! 幸せでしゅわああああああああっ!!」
リリィの暴走は三十分ほど続いて、私の聖なる衣が真っ赤に染まったよ。
スラ丸の【浄化】でリリィと衣服を清めた後、私は【成分抽出】を使って幾つかの検証を始める。
まずは幸運の髪飾り。このアイテムから、『運気が僅かに上がる』という特殊結晶を抽出。
この結晶と、幸運の髪飾り+5をタクミの口に入れたら、無事に+6になった。
調子に乗って、更に【合成】を繰り返したら──ぺっ、と途中で吐き出されてしまう。
強化値は+10まで上がったけど、これ以上はどうやっても、タクミがスキルを使ってくれない。
リリィが言っていた通り、強化の限界値なんだろうね。
ちなみに、幸運の髪飾り+10は、効果が『未登録』だった。
この装備の+10は、前人未踏の領域らしいので、鼻高々だよ。
『運気が少しだけ上がる』よりも上位の効果だろうから、『運気が上がる』と登録しておいた。
「ねぇ、リリィ。ニンジンの槍+10って、最初から効果が登録されていたの?」
「ええ、されていましたわ。どこかに酔狂なお方が、いらっしゃったのかと」
酔狂なお方というのが、正攻法で+10まで強化したのか、それとも私みたいに裏技を使ったのか、少しだけ興味が湧いた。
この後も、私は検証を続けていく。
特殊結晶はマジックアイテムではないものと、合成することが出来なかった。
新しいベースのマジックアイテムは、残念ながら作れないよ。
次に、複数の特殊効果を一つのマジックアイテムに付けて、個々の特殊効果を別々に抽出しようと試みる。……これも、出来なかった。
ニンジンの槍+10に【成分抽出】を使うと、特殊結晶+10が出てくるんだ。
特殊結晶+10は、ベースになっていたマジックアイテムと合わせて、十一種類の特殊効果が詰まっているので、合成素材に出来なくなる。これは要注意だね。
それと、一年以上前に私が購入した衣服、白色のブラウスと濃紺色のスカート。
これには、防刃+自動修復の効果が備わっていたんだけど、抽出した特殊結晶に強化値は付いていなかった。
つまり、『防刃と自動修復』が一種類の特殊効果として、扱われているんだ。
『自動修復』だけの特殊結晶より、上位の代物ってことだね。
特殊結晶を抽出すると、元になったマジックアイテムは消滅するので、合成強化は後戻りが出来ない。
こうなると、貴重な装備はよく考えて強化する必要がある。
聖なる衣、スノウベアーのマント、魔女のお絵描き道具。この辺りのマジックアイテムには、一先ず自動修復の効果を付けて……後は、保留にしておこう。
ちなみに、聖なる衣とスノウベアーのマントには、『防刃と自動修復』の特殊結晶を合成させたよ。
『自動修復』だけの特殊結晶は、ゾンビファーザーが召喚したゾンビのレアドロップ、鉄製の武具シリーズから抽出した。
──さてと、今後は幸運の髪飾り+10を量産して、仲間内に配ろうかな。
そうすれば、みんなが凄いスキルをバンバン取得するかも……。
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