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七章 新生活の始まり
212話 収穫
しおりを挟むサキュバスに攻撃出来ない。それを気まずく思ったのか、シュヴァインくんがおずおずと話を逸らす。
「そ、そういうフィオナちゃんは、どうなの……? 雄のサキュバスに、攻撃出来そう……?」
「あたし? あたしは、まぁ──」
フィオナちゃんは肩を回しながら、拘束中のサキュバスに攻撃する素振りを見せた。
すると、サキュバスが【異性転身】を使って、雄になったよ。
雄ならサキュバスじゃなくて、インキュバスかな。
フィオナちゃんには、シュヴァインくんの姿に見えているはずだけど、なんの躊躇いもなく【火炎槍】をぶっ放す。
凝縮された炎によって形成されている槍は、雄の淫魔の心臓を穿ち、一撃で絶命させてしまった。
「見ての通り、楽勝よ! シュヴァインの姿に見えたけど、あんたとスイミィが乳繰り合っている光景を想像したら、カッとなって躊躇が吹き飛んだわ!!」
「ひぃ……っ!? そ、それって、実際にヤっちゃったら──」
シュヴァインくんが皆まで言う前に、彼の顔の真横を【火炎槍】が通過する。
それから、フィオナちゃんに威圧感たっぷりの笑顔を向けられて、シュヴァインくんは二の句が継げなくなった。
何はともあれ、第三階層での初めての戦闘は終わったよ。
ニュートは徐に室内を見回して、家具を一つずつ確かめていく。
「ふむ、簡素だが作りはしっかりしているな……。これらの家具を持ち帰れば、村人の生活の助けになりそうだ」
「持ち帰るのは構わねェが、ベッドだけはやめろや。あの魔物が使ってたンなら、クソ気持ち悪ィぜ……」
トールはベッド以外の家具を見繕って、スラ丸の中に突っ込んでいく。
ベッドだって普通に使えそうだから、ちょっと勿体ないかも……。
雌雄の淫魔がイチャイチャしていた可能性を考えると、生理的に受け付けないというのは、共感出来る。けど、スラ丸の【浄化】で綺麗にすれば、大丈夫だと思うんだ。
みんなが家具を回収して、部屋を出たところで、向かいの扉から出てきた雄の淫魔と遭遇した。
フィオナちゃんはステホで撮影する余裕を見せながら、【火炎槍】を使って瞬殺したよ。
雄の淫魔の名前は『レッサーインキュバス』で、持っているスキルは【異性転身】【異性誘惑】【烈斬】の三つ。
サキュバスは魔法攻撃タイプで、インキュバスは物理攻撃タイプだね。
ちなみに、ドロップアイテムは雌雄共に、やや赤みを帯びた黒い魔石と、エッチな本だった。
この本には、年老いたサキュバスかインキュバスの、淫らな姿が描かれている。
紛うことなきゴミアイテムなので、一同は落胆していた。
「──さてと、みんなのダンジョン探索が終わったし、こっちも引き上げようかな」
私はテツ丸との【感覚共有】を切って、覗き見を終わらせた。
それから、開拓作業をしていたブロ丸とスラ丸を呼び戻し、ダンジョンの第一階層へと向かう。畑の様子を見に行くんだ。
話し相手が欲しいので、スラ丸の中から硝子のペンを取り出して、【従魔召喚】でローズを呼び出した。
「のじゃ~♪ のじゃ!? アーシャよっ、らいぶ中に呼び出すのはやめてたも!」
「ごめんごめん、ちょっと付き合って貰いたくて……」
どうやら、ローズは呑気に歌っていたらしい。お店がなくなったから、暇なんだろうね。
「妾を呼び出すとは、余程の困難かのぅ……?」
「う、うーん……。まぁ、その可能性も、なくはないかな……? これから、ダンジョン内の畑の様子を見に行くの」
「ほぉ、そこが次のらいぶ会場かの! 妾の歌でっ、無知蒙昧な作物どもを踊り狂わせてやるのじゃ!!」
アルラウネプリマのローズは、【植物扇動】というスキルを持っている。
これを使えば、歌によって下位の植物系の魔物を扇動出来るんだ。自害させることも出来るから、大量に収穫するときは役立つよ。
スラ丸、ティラ、ローズ、ブロ丸を引き連れて、私はダンジョン内の畑に到着した。
ここで、私が育てた野菜の魔物たちを紹介しよう。
『ファングトマト』──大きな口と鋭い牙を持つトマトで、体長は六十センチ。
持っているスキルは【奪命牙】で、噛み付いた相手の生命力を奪うから、かなり危険な魔物だよ。
幸いにも手足がないので、移動は出来ない。進化すると人型の身体を手に入れるので、栽培には気を遣った。
『ランスキャロット』──先端が硬くて鋭利になっているニンジンで、体長は四十センチ。
持っているスキルは【牙突】で、通常の二倍くらいの威力がある刺突攻撃だね。
茎を使って跳躍しながら突撃してくるので、動けないファングトマトよりも厄介かな。
『ナスビーム』──絵の蛸みたいな唇を持つナスで、体長は五十センチ。
持っているスキルは【体液噴射】で、自分の体内にある液体と同じものを噴射してくる。
一応、遠距離攻撃を行う魔物だけど、威力は大したことがない。ナスの汁も無害だし、身体が汚れて嫌な気持ちにさせられるだけだね。
『ロックピーマン』──防御力が高いピーマンで、体長は四十センチ。
持っているスキルは【岩石皮膜】で、体表を岩のように硬くするんだ。
身体が硬いだけで攻撃してこないから、魔物というカテゴリーに入っているのが不思議だよ。
『メカブ』──大きな単眼を持つカブで、体長は五十センチ。
持っているスキルは【誘導眼】で、目を合わせた相手の思考を誘導する。
彼我の実力差によって、効力が上下するので、弱い魔物が持っていても脅威にはならない。
これら五種類の魔物が、私の畑のオールスターだ。
早速だけど、ドロップアイテムを確かめよう。そう決めて、ローズに指示を出そうとしたら、彼女が一つ提案する。
「妾、ちと思い付いたのじゃ。この弱っちい魔物たちで、ヤキトリに戦闘経験を積ませるのは、どうかの?」
「あ、いいね。それは名案だよ。ヤキトリも進化させてあげたいし」
私は硝子のペンで魔法陣を描き、この場にヤキトリを召喚した。
この子はカラーヒヨコという魔物で、太っちょな赤色のヒヨコだよ。
体長は四十センチくらいで、瞳が橙色。羽毛はフワフワで、とっても温かい。
持っているスキルは【鳳雛】【火達磨】の二つ。
前者は自分が死んだ際に効果を発揮するスキルで、一度だけ完全な状態で復活出来るというもの。復活後に、このスキルは失われるみたい。
ヤキトリはフェニックスの卵から孵化したので、このスキルを持っている。けど、残念ながら、フェニックスへの進化条件は不明なんだ。
後者のスキルは、自分自身を燃え上がらせるというもの。
これを使って野菜の魔物に体当たりすれば、簡単に倒せるはず……。
「ヤキトリよっ、野菜どもに攻撃するのじゃ!! ふぁいやーーーっ!!」
「ピヨピヨ!!」
ローズの指示に従って、ヤキトリは自らの身体を燃え上がらせると、よちよち歩きでメカブに突撃する。
ヤキトリも大概弱いけど、この程度の相手なら楽勝──かと思いきや、メカブの単眼がキラリと光って、ヤキトリが踵を返した。
この子は身体を炎上させたまま、私たちの方へと突撃する。
「ゆ、誘導された!? 噓でしょヤキトリ!?」
「メカブ、侮り難し……!! いや、ヤキトリが弱すぎるのかのぅ……?」
私は愕然としながら頭を抱えて、ローズは呑気に首を傾げている。
そんな私たちを守るように、スラ丸が前に出た。
「スラ丸っ、ヤキトリに怪我させたら駄目だよ!」
「!!」
スラ丸は心得たと言わんばかりに、プルンと揺れると、その身体でヤキトリを受け止めた。
ヤキトリは頭からスラ丸の中に突っ込み──しばらくして、頬をパンパンに膨らませた状態で、スポンと抜け出す。
それから、再び踵を返すと、メカブのもとに駆け寄って、口から聖水を吐き出し始めたよ。
「み、水遣り、じゃと……!? そう誘導されるとは、流石の妾も予想外なのじゃ……!!」
「えぇぇ……。なにこの、ほっこりする戦い……」
ヤキトリはメカブの【誘導眼】に敗れて、スラ丸の中に頭を突っ込み、口の中に聖水を蓄えて、水遣りを始めた。と、こういう流れだね。
殺伐とは無縁な戦い。これに水を差すのは申し訳ないけど、私はローズに指示を出す。
「ローズ、メカブだけ始末して貰える?」
「うむ、任せてたも。こんなの歌うまでもなく、一捻りなのじゃ」
ローズは童女から少女の姿に戻ると、蔦を伸ばしてメカブを引っこ抜き、キュッと絞め殺していく。
彼女は攻撃系のスキルを持っていないけど、二段階も進化しているだけあって、この程度はお茶の子さいさいだよ。
私の期待通り、野菜の魔物をダンジョン内で倒したら、きちんとドロップアイテムに置き換わってくれた。
メカブのドロップアイテムは、そこそこ大きいけど普通の域を出ないカブと、小さな魔石。それから、種もあった。
レアドロップは、『誘う点眼液』という代物で、点眼瓶に入っている白っぽい液体だ。これを目に点した状態で、誰かと目を合わせると、少しだけ相手の行動を誘導しやすくなるみたい。
新しい薬の材料になるかもしれないし、そのまま使っても強力だよね。
トールたちにプレゼントしたら、淫魔に【異性転身】を使わせないように、誘導出来るかもしれない。
「よしっ、ヤキトリ! 今度こそ頑張って、野菜の魔物を倒して! ふぁいやー!」
「ピヨピヨ!!」
気を取り直して私が指示を出すと、ヤキトリは再び自分の身体を炎上させて、今度はファングトマトに突っ込んでいく。
よちよち歩きで敏捷性が低いから、何度も噛み付かれそうになったけど、私がスキル【逃げ水】を連発して援護したよ。
ヤキトリは体当たりによって、なんとかファングトマトを倒し、立て続けにランスキャロットとナスビームも撃破した。
ロックピーマンには、ヤキトリの攻撃が通用しなかったので、ローズに始末して貰う。
こうして、ヤキトリの初めての戦闘は、ちょっとハラハラしながらも無事に終わったよ。
……さて、メカブ以外のドロップアイテムを確認していこう。
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