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七章 新生活の始まり
209話 欲望の坩堝
しおりを挟む第一階層を探索している最中──不意に、ミケがスイミィちゃんを見つめて、小首を傾げた。
「はにゃ……? スイミィ、その林檎、どうしたのかにゃあ?」
「……拾った。これ、あんまり、美味ちがう」
いつの間にか、スイミィちゃんが萎びた林檎を齧っていたよ。
ダンジョン内だと外の季節は関係ないから、林檎が実っていても不思議じゃないけど、魔物が生成した可能性もある。
「スイミィちゃん、どこで拾ったのか憶えてる?」
「……ん、分かる。……スイ、あっちで拾った」
私が問い掛けると、スイミィちゃんは後方の来た道を指差した。
バロメッツ以外の魔物が、生息しているかもしれないので、引き返して確認しよう。
こうして──三分前に通過した場所で、私たちは林檎の果樹を発見した。
高さは三メートルくらいで、周りの木々と比べると背が低い。
ステホで撮影してみると、『ポイズントレント』という名前の魔物だった。
持っているスキルは、【果実生成】【猛毒液】の二つ。
このトレントの場合、前者のスキルで林檎を実らせるんだ。
後者は自分の身体から、猛毒の液体を分泌するスキルで、実らせた果物に注入出来るらしい。
ポイズントレントの毒林檎は、味も香りも見た目も、普通の林檎と変わらない。
ステホで撮影しても、毒の有無が分からないので、かなり厄介な代物だよ。
私は嫌な予感がして、恐る恐るスイミィちゃんの様子を窺う。
すると、彼女の全身は紫色になっており、毒の泡みたいなものが、頭からプカプカと出ていた。
「えぇぇっ!? み、見るからに毒状態!? こんなに分かりやすいの!?」
私が驚愕していると、スイミィちゃんは無表情のまま、ぱたりと倒れてしまう。
「ぬああああああああっ!? す、スイミィが毒殺されたのだ!!」
「ま、まだ死んでにゃいよ!! 緑色のポーションを飲ませてやるのにゃ!! あっ、自分で飲めにゃい!? だったらみゃーが、口移しで──」
リヒトくんが頭を抱えながら狼狽えたけど、ミケは即座にやるべきことを理解したよ。
彼は腰に装着している小さな鞄から、緑色のポーションを取り出して、自分の口に含もうとする。
けど、スイミィちゃんがそれを引っ手繰り、自力でゴクゴクと飲み干した。
「……スイ、平気。……自分で、飲める」
「にゃあ……。遠慮しにゃくても、いいのに……」
「スイミィっ、無事なのだな!?」
残念そうに肩を落としたミケを押し退けて、リヒトくんがスイミィちゃんの安否を確認した。
彼女はこくりと頷いてから、何気なくポイズントレントの林檎をもぎ取って、再び自分の口に運び──
「って、いやいやいや!! なんでまた食べようとするの!?」
「……林檎、久しぶり。……スイ、もっと食べたい」
「あんまり美味しくないって言ってたよね!? そもそも、仮に美味しかったとしても、毒入りだから駄目だよ! リヒトくん、殺っちゃって!」
私はスイミィちゃんを制止して、リヒトくんにポイズントレントを始末するよう指示を出した。
「うぬっ、スイミィの仇を討つ!! 我が怒りに震えよっ、審判の雷を食らうのだ!! ジャスティスサンダージャッチメント!!」
リヒトくんが魔力を練り上げると、ポイズントレントも明らかに敵意を滲ませて、ざわざわと枝葉を揺らした。
ペンペンが気を利かせて、スキル【挑発】を使い、ポイズントレントの敵視を自分に向けさせる。
そして、盾を正面に構えたんだけど──敵の攻撃は、地面から鋭い根っこを伸ばすというもの。
お尻をブスッと刺されたペンペンが、『ピィッ!?』と悲鳴を上げて飛び跳ねる。
尊い犠牲のおかげで、十分に集中出来たリヒトくんは、手のひらから【雷撃】を放った。これによって、一撃で息絶えたポイズントレントは、ドロップアイテムを残して消滅する。
毒の有無が不明な林檎、トレントの原木、小さい土の魔石。手に入ったのは、この三点だったよ。
「……姉さま。トレント、テイムする。……スイ、林檎食べたい」
「うーん……。林檎のトレントはテイムする予定だったけど、ポイズントレントは嫌かも……」
私がスイミィちゃんの要求を断ると、ミケが口を挟んでくる。
「ご主人がテイムしたら、普通の林檎を実らせるように、命令出来るはずにゃ。毒林檎も毒薬作りに使えるし、ポイズントレントは悪くにゃいと思うよ?」
「あー、確かに……。いやでも、トレントが寝惚けて毒林檎を実らせる可能性とか、ゼロじゃないからね」
頻繁に食べそうなものを生産してくれる従魔が、猛毒を入れるスキルを持っているのは、ちょっと落ち着かない。
そこまで考えて、一つ思い出した。
【従魔縮小】に追加されている特殊効果を使えば、従魔を退化させることが出来るんだ。
これを使って、ポイズントレントをヤングトレントに退化させた後、別の進化先を選ぶという手もある。
「ぬっ、アーシャが何か思い付いたのだ! そういう顔をしているのだぞ!」
リヒトくんが私の表情を読み取って、早く言ってみろと急かしてきた。
「思い付いたけど……スイミィちゃん、あの林檎って、あんまり美味しくなかったんだよね?」
「……ん、びみょう。でも、不味いちがう」
「それなら、ここのトレントをテイムするのは、やっぱりやめておくよ。今後、美味しい林檎を実らせるトレントをテイムしたときに、ここのトレントが邪魔になっちゃうからね」
いらなくなった従魔を捨てるなんて、そんな酷いことはしたくない。
かと言って、捨てずに面倒を見ていたら、『いらない』という私の気持ちが伝わって、反抗期になりそうだし……。
「……姉さま。スイ、あきらめる。……わがまま、もう言わない」
私の気持ちを汲んで、スイミィちゃんは引き下がってくれた。
いつか必ず、美味しい林檎のトレントをテイムするから、待っていてね。
──この後も、私たちは第一階層を探索してみたけど、バロメッツとポイズントレント以外の魔物は、見つからなかったよ。
その代わりに、銅の宝箱を発見した。中身は『美食の香水』という名前のマジックアイテムで、小瓶に入っている液体だ。
食欲を刺激する香りを放っており、この液体を振りかけた物体は、例え石ころであっても、美味しく見えるようになるらしい。
魔物の意識を誘導するのに、役立つかもしれない。一応、スラ丸の中に仕舞っておこう。
ちなみに、ポイズントレントの攻撃は厄介だけど、あれはアクティブな魔物ではなかったので、林檎を無視すれば問題ない。
この難易度なら、戦闘職じゃない人でも、羊のお肉を確保出来る。
羊毛で衣服だって作れるし、雌の羊からはミルクが出ることも確認出来たし、このダンジョンがあれば食うに困らなくなるよ。
となると、盆地の村をダンジョンの近くに、移転した方がいいかもしれない。
問題は、付近に程よい盆地がないことだけど……最大サイズのブロ丸を重機にして、山を削ろうかな……。ああいや、まずは村長さんと話し合うのが先だね。
私が頭の中で、あれやこれやと計画を立てていると、いきなりミケがポンと手を打って、悪魔的な発想を口に出す。
「にゃあ、ご主人が作った野菜の魔物って、ダンジョン内で殺すとドロップアイテムになるのかにゃ?」
「え、どうだろう……? 試したことがないから、なんとも言えないよ」
ダンジョン内で死んだ魔物は、時間経過でドロップアイテムに変化する。
その法則が、私の【耕起】によって魔物化した野菜であっても、適用されるとすれば──
「レアドロップ、大量ゲットにゃのでは?」
「そ、そうかも……!! 野菜の魔物のレアドロップが、有用だとは限らないけど……」
試してみる価値はある。そう判断して、私は帰り際に早速、野菜の畑をダンジョン内に用意した。
ブロ丸が身体を大きくして、上空からの落下で木々を粉砕し、平らにした地面を私の【耕起】で肥やす。
後は種蒔きと水遣りをして、数日待つだけだね。
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