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七章 新生活の始まり
203話 村の事情
しおりを挟む盆地の村の長は、腰が曲がっている小さなお婆さんだった。
風が吹いたら飛ばされそうなほど、ヨボヨボしているよ。
「お婆ちゃん! こんにちは! あたしたち、大事な話をしに来たんだけど、聞いて貰える?」
「おやおや、よく来たねぇ……。さぁ、お家に入りんしゃい。あんまり美味しくないけど、漬物でも出そうかねぇ」
フィオナちゃんが努めて大きな声で、村長さんに話し掛けた。多分、耳が遠いんだろうね。
村長さんは孫を歓迎するような雰囲気で、ニコニコしながら私たちを家に上げてくれた。
そして、白湯とカブの漬物を用意してくれたよ。
村長宅もボロっちくて、私たちが借りている家と遜色ない。
一人暮らしで大変そうだと思ったけど、村長さんはスキル【土塊兵】を使って、土の人形に家事を任せていた。
それを見て、私は仲間意識を芽生えさせる。
「おおー、私と同じスキル……」
「村長は土の魔法使いで、この村では大いに重宝されている」
ニュート曰く、村長さんはスキル【耕起】も使えるみたい。
ちなみに、村人の職業の大半は、非戦闘職の農民だって。
レベルが上がると体力が伸びるらしいので、ご高齢になっても畑仕事が捗りそうだけど……それは、健康であればの話だね。
病院もないし、ヒーラーもいないし、ポーションも不足していたので、大半の人が足腰を痛めているか、なんらかの病を患っているのだとか。
ポーション不足は解消されたから、足腰が治った人は多い。
病気に関しては、私が解決出来るので、訪問診療でもしようかな。
「──ええっと、まずは初めまして! 私はアーシャです! 家を貸していただけて、本当に助かりました!」
ありがとう、ありがとう。私が自己紹介してから、頭を下げて感謝すると、村長さんはのほほんと微笑んだ。
「気にしなさんな。困ったときは、お互い様だからねぇ……」
彼女からは、人の好さが滲み出している。
ニュートたちも気を許しているみたいで、表情が柔らかい。
これから行う話し合いで、良好な関係に罅が入るかも……と考えると、申し訳ない気持ちになるよ。
私が話を切り出そうとしたら、ニュートが先に口を開く。
「村長、話を聞いて貰いたい。実は、ワタシたちは指名手配されてしまって──」
彼が事情を説明している間、村長さんは一言も口を挟まなかった。
座ったまま、ぽっくり逝ってしまったんじゃないかと思えるほど、微動だにしていない。
──けど、ニュートの話が終わると、彼女はこくりと頷いて、答えを出した。
「そういうことなら、今まで通りに、盗賊退治をお願いしたいねぇ……。こんなことを子供にお願いするのは、申し訳ない限りだけども……」
「あたしたちは全然構わないわ! でも、あたしたちを追ってくる賞金稼ぎに、村が荒らされるかもしれないわよ? 賞金稼ぎは悪者じゃないから、どう対処していいのかも分からないし……」
フィオナちゃんが懸念点を伝えると、村長さんの柔らかい雰囲気が一転した。
彼女は目を据わらせて、厳しい眼差しを私たちに向けてくる。
「村を巻き込むような輩は、みぃんな盗賊と同じなんだから、それも成敗しなさいな」
賞金稼ぎは治安の維持に必要だから、殺したらいけない。そう考えていた私たちは、ハッとさせられた。
確かに、村を巻き込むなら治安を乱す側の輩だし、成敗してもいいよね。
ただ、賞金稼ぎが村を巻き込むかどうか、それは実際に事が起こるまで分からない。
村が巻き込まれる前に、私たちは対応したいので、やっぱり賞金稼ぎは生け捕りかな……。
生け捕りにした後の処遇が、物凄く面倒臭そうだけど……あっ、そうだ。入信誓約紙に名前を書かせよう。
ゾンビ司教ことアグリービショップのレアドロップで、この紙に自分の名前を書いた人は、紙の所有者を盲信するようになる。
私を盲信させて、『私たちは悪くないんです』と伝えれば、それで済む話だよね。
「──引き続き村を守ることは、了解した。王国東部の動乱が収まるまで、ワタシたちは力を貸そう」
「ありがとねぇ……。この村には、年寄りと無職の子供しかいないから、本当に助かるよ」
ニュートが話を纏めると、村長さんはのほほんとした様子に戻って、ペコリと頭を下げてきた。
この後、私は彼女から、盆地の村の事情を聞かせて貰ったよ。
ここは、山に捨てられた老人と赤ん坊が、集まって出来た村らしい。
近隣の村で飢餓が発生する度に、労働が難しい人たちが棄民になって、ここに集まってくるのだとか。
そんな成り立ちであるにも拘らず、この地を支配している領主は、この村にも重税を課している。
村長さんが【耕起】と【土塊兵】という、農業で大活躍するスキルを持っているので、なんとか年貢を用意出来ているみたい。
農村暮らしの魔法使いは、とても稀有な存在なので、村長さんが亡くなってしまったら、この村は厳しい状況に追い込まれそうだよ。
……ああいや、ブルーマッシュルームで脱税しているから、それなりにやっていけるのかな。
「村長さんも、棄民なんですか……? 土の魔法使いが農村から追い出されるなんて、ちょっと考え難いのですが……」
「わたしゃ自分の意志で、ここに来たんだよ。捨てられる赤ん坊が、可哀そうでねぇ……」
私の質問に対して、そう答えた村長さんは、漬物をポリポリと齧って白湯を飲む。
折角なので、私もカブの漬物をいただいてみると──塩辛くて、口がキュッとなった。
村長さん曰く、最近は少量の小麦粉と塩辛い保存食ばっかりで、他の食べ物がないらしい。
ブルーマッシュルームを売って、そのお金で色々なものを買い足すのが、この村の従来のやり方だった。けど、最近は王国東部が荒れているから、買い物が出来ないんだ。
穀倉地帯の機能不全による物価高で、王国はどんどん貧しくなる。
王国最大の鉱物の産地である無機物遺跡も、崩壊してしまったから……庶民の生活がどこまで貧しくなるのか、ちょっと想像が付かない。
私が憂鬱な表情を浮かべていると、シュヴァインくんが期待に満ちた眼差しを向けてきた。
「し、師匠……!! 師匠のスキルで、食べ物を増やせないかな……!?」
「増やせるよ。村長さん、適当な場所に畑を作ってもいいですか? 村の食糧生産に、貢献出来ると思います」
「ほぉ、それは有難いねぇ……。好きな場所を使いんしゃい」
村長さんに許可を貰ったところで、私たちはお暇することになった。
この後、軽く村を見て回ったんだけど、十代から四十代の人は殆どいない。
身体の部位を欠損しているような、十全に働けない若者なら、数人だけ見掛けたけどね。
「うーん……。子供は成長して、青年になるはずだよね? その青年は、どこに消えたの?」
私が首を傾げていると、フィオナちゃんが事情を説明してくれた。
「職業選択の儀式を機に、子供たちは街で冒険者になるか、普通の村で農民になるらしいわ」
成長した子供たちを働かせて、大勢の高齢者の面倒を見させる。
そういう選択肢もあるはずだけど、この村のお年寄りたちは、それを選ばなかったんだ。
私が彼らに育てて貰った訳じゃないけど、頭が下がる思いだよ。
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