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六章 聖女の墓標攻略編

閑話

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 サウスモニカの街が破壊された頃、アクアヘイム王国の王都では、王国軍と帝国軍の攻防が激化していた。
 王国軍は王都に立て籠もり、外壁の上から飛び道具や魔法を使って、帝国軍の攻勢を凌いでいる。

 王都を守る外壁の高さは五十メートルもあるが、帝国兵の平均レベルは30であり、その大半が戦闘職だ。
 梯子を使わずに壁を駆け上がったり、飛翔して壁を越えようとしたり、様々なスキルで壁を壊そうとしたり、あの手この手で王都を攻略しようとしている。

 空を飛ぶ従魔たちの存在も厄介で、下ばかりに意識を割く訳にもいかない状況だが、制空権の奪い合いは拮抗している。

「侯爵閣下っ!! あちらで敵が密集しております!! 前線指揮官殿が、魔法による支援を求めるとのこと!!」

 北側の外壁を守っているノースモニカ侯爵のもとに、一人の伝令が駆け寄ってきた。侯爵は帝国軍を憎悪しながら、土属性の魔力を漲らせる。

「忌々しい帝国の蛆虫どもが……ッ!! 一匹残らず潰してやるぞッ!!」

 ノースモニカ侯爵とは、王国北部の纏め役で、第二王子のツヴァイスを裏切った老人だ。
 彼は土の魔導士であり、上空から直径五十メートルの隕石を落とす魔法を使って、帝国軍を攻撃する。
 しかし、大地から出現した土塊の巨人によって、その隕石は受け止められてしまった。土塊の巨人も、大きさが五十メートルくらいある。

「敵にも土の魔導士がいるのか!? なんと小癪な……ッ!!」

 その事実にノースモニカ侯爵が憤慨していると、土塊の巨人が隕石を投擲するべく、緩やかに動き始めた。

「侯爵閣下っ、お逃げください!!」

「戯けぇ!! 逃げるものかッ!! これ以上っ、逃げてなるものかああああああああああああッ!!」

 ノースモニカ侯爵は、自分の領地を守れずに、王都まで逃げてきたばかりだ。
 帝国兵に再び背を向けるくらいなら、死んだ方がマシだという気概で、彼はこの場に留まり──次の瞬間、極太の光線が土塊の巨人を呑み込んで、数多の帝国兵を薙ぎ払った。

 誰もが一目見て、王国では有名なスキル【破壊光線】だと察する。
 その使い手である光の魔導士、ライトン=サウスモニカ侯爵が、応援に駆け付けたのだ。
 先ほどまで、彼は外壁の南側を守っていたが、そちらの攻勢は弱まっている。

「ブヒヒッ!! ノースモニカ侯爵っ、助けに来ましたぞ!!」

「サウスモニカ侯爵……!? ど、どうして儂を助けてくださった……!? 儂は、ツヴァイス殿下を裏切って……」

「ブヒィ……。そのことで、吾輩と貴方が争えば、アクアヘイム王国は滅亡してしまう。ツヴァイス殿下は、それを望まないと思いましてな……」

 ノースモニカ侯爵はライトンの話を聞いて、思わず目頭を覆った。
 帝国憎しでツヴァイスを裏切ったが、彼は間違いなく名君の器だったと、心の底から認めている。
 帝国への憎しみが、ツヴァイスへの敬意を上回っただけで、敬意そのものは消えていないのだ。

 二人の侯爵は協力して、帝国軍の攻勢を凌ぎ、逆に大打撃を与えることで、一時の安寧を得た。
 その後、ライトンはノースモニカ侯爵に対して、非常に重要な質問をする。

「──それで、例のモノに反応は、ありましたかな?」

「いや、残念ながら……」

 ノースモニカ侯爵は自分の懐から、一本の短剣を取り出した。
 その刃は金属製ではなく、獣の牙を鋭く研いだもの。柄は黒色が基調で、所々に濃いめの青い筋が入っている。
 これは、チェイスウルフのレアドロップで、『追跡者の短剣』という名前のマジックアイテムだ。

 その効果は、刃に血液が付着すると、その血液の持ち主がいる方向を指し示すというもの。
 ただし、有効範囲は一キロメートルで、追跡対象がそれ以上離れていると、反応しない。

 この短剣は、ツヴァイスが持っていたものであり、彼はルチアとの対談で、これを彼女に貸したことがある。
 その際に、ルチアはこの短剣を使って自傷したので、現在の追跡対象は彼女になっている。

 ツヴァイスは遺書と共に、『追跡者の短剣』と『極大魔法の鍵』を机に仕舞っていた。
 自分に何かあったとき、別の誰かがアクアヘイム王国を守れるように……。

 新国王のアインスは王城で享楽に耽っており、この戦争には一切の関心を向けていない。
 そのため、ツヴァイスが遺したものは、ノースモニカ侯爵が預かっている。
 遺書の一部には、こう記されていた。

『ルチアは戦場に、必ず本体を立ち会わせます。勇敢と言えば聞こえはいいのですが、死に逝く味方への罪悪感を呑み込めない小娘だと、認識しておいてください』

 ルチアの職業は観測者であり、スキル【遍在】によって分身を生み出し、それを遠隔操作することが出来る。
 であれば、戦場に本体を連れてくる必要は、ないのだが……。

 自分が戦えと命じた味方が、命を散らしていく。その様子を安全圏から眺めるのは、さぞや罪悪感が刺激されることだろう。
 しかし、それが出来てこその総大将だ。ルチアには、それが出来ないと、ツヴァイスは見抜いていた。

 現在、王都を包囲している帝国軍は、極大魔法を警戒して、軍勢を二十に分けた状態で配置している。
 その全てに、ルチアの姿があるものの、追跡者の短剣は未だに反応していない。

 王都から一キロメートル。その範囲に入っているのは、十六の部隊のみ。
 残りの四部隊は、東西南北の後方に配置されており、王都から離れた場所で、負傷者の手当てなどを行っている。

 ルチアの本体がいるとすれば、その四部隊の何れかだろう。
 本体を見つけ出して、そこに極大魔法を撃ち込めば、ルチアを討ち取れるかもしれない。
 仮に対処されたとしても、無傷とはいかないはずなので、二の矢として暗殺部隊を送り込む。

 ──これが、王国に残されている勝ち筋だった。

 王国軍の暗殺部隊は、隠密行動が得意なので、追跡者の短剣を彼らに預けて、ルチアの居場所を探らせるという手もある。
 しかし、暗殺部隊が捕らえられた場合、切り札を失うことになるので、ノースモニカ侯爵は悩んでいる。
 もっと勝算の高い作戦はないか、今の今まで考え続けて──ようやく、彼は最善の一手を思い付いた。

「このままでは、ジリ貧だな。サウスモニカ侯爵、儂は討って出ようと思う」

「ブヒッ!? な、なんですと!? 野戦は被害が大きくなりますぞ!?」

「儂はもう、生き残るつもりはない。帝国軍の後方部隊に近付いて、ルチアの居場所を必ず突き止める。この鍵は、貴殿に預けよう」

「ブ、ブヒィ……。ノースモニカ侯爵、貴方まで逝ってしまうのか……」

 ノースモニカ侯爵は、極大魔法の鍵をライトンに預けて、決死隊を募った。
 そして、老兵ばかりが集まった二千人の部隊を引き連れ、彼は正門の前に立つ。

「ルチアの居場所を見つけたら、合図の狼煙を上げるので、儂の帰還を待たずに鍵を使ってくだされ。──では、開門ッ!!」

 ノースモニカ侯爵はライトンにそう伝えてから、門を開けて出陣する。
 帝国軍の戦力は十万。部隊を二十に分けているとは言え、一つ一つが五千人もの軍勢だ。
 倒すのではなく、駆け抜ける。それに徹しても、野戦に臨んだ王国の老兵たちは、次々と命を散らしていく。

「行けぇッ!! 進めええええええぇぇぇぇッ!! 足を止めるなぁッ!! 王国のッ、未来のためにぃ──ッ!!」

 声を張り上げているノースモニカ侯爵は、魔法で作った石の馬に乗り、前方へ魔法を連発しながら進み続けた。
 敵の矢が右目に突き刺さり、氷の刃が左腕を切り裂き、石礫に脇腹を抉られ──それでも、彼の進撃は止まらない。
 そして、北側、東側、南側の後方部隊を確かめ、追跡者の短剣に反応がないことを確認した。

 だとすれば、後は西側だけだが──ここで、ノースモニカ侯爵の胸を槍が貫く。
 気が付けば、もう周囲に味方は残っていない。
 石の馬が崩れて、彼は仰向けで地面に倒れ込む。

「後は、任せましたぞ……」

 ノースモニカ侯爵が最期に見た光景は、雲一つない青空と、そこに描かれた巨大な魔法陣だった。



 ──ライトンは外壁の上から、ノースモニカ侯爵の雄姿を見守っており、彼の進撃が止まったタイミングで、極大魔法の鍵を使った。
 北側、東側、南側で狼煙が上がらなかったのだから、消去法でルチアは西側にいるはずだ。
 鍵を掲げると、その先端から青白い光が放たれて、上空に巨大な魔法陣が描かれる。

 直径は五百メートルもあり、そこから無数の砲身が飛び出して、その全てが西側の帝国軍へと向けられた。
 これだけでも、息を呑むほど恐ろしい光景だが──左右に六つずつ、同様の魔法陣が追加される。

「水氷一斉掃射──ッ!! 食らえええええええええええええいッ!!」

 ライトンの雄叫びと共に、水と氷の弾幕が帝国軍を襲った。
 隙間を探すのが困難なほどの弾幕を前にして、帝国軍のあちこちから悲鳴が上がる。
 防御系のスキルを使える帝国兵たちが、なんとか防ごうとするも、無駄な抵抗だと言わざるを得ない。

「侯爵閣下っ!! 全ての部隊からルチアの姿が消えました!!」

「ブヒイイイイイイイッ!! アクアヘイム王国の勝利だッ!! 勝鬨を上げろおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 ライトンのもとに伝令がやって来て、ルチアの分身が消滅したことを確認。
 帝国軍が慌てて撤退を始めたので、王国軍は勝鬨を上げる。

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」」

 ノースモニカ侯爵の命と、極大魔法の鍵という切り札を使って、王国軍は優位に立った。
 しかし、『王国の勝利』と言うには、まだ早い。
 ライトンは味方の士気を上げるために、敢えて勝利を宣言したのだ。

 ここから先は、追撃戦を行う必要がある。
 帝国軍は殿を残しているので、王国軍は暗殺部隊を先行させて、目ぼしい指揮官の首を狙うことになった。


 ──王国軍の本隊は、帝国軍の殿を半日で撃滅して、王国北部で帝国軍の本隊を削っていく。
 未だに帝国軍の兵力は、王国軍を上回っているが、逃げ回ることしか出来ない。
 これは、万単位の軍勢を指揮出来る人間が、ルチア以外にいなかったことが原因である。
 ダークガルド帝国の現皇帝は、軍部の反逆を防止するために、万単位の軍勢の指揮権を皇族と辺境伯にしか与えていないのだ。

 帝国軍は最終的に、七万人もの犠牲者を出して、アクアヘイム王国の領土から去って行った。
 王国は大きな勝利を得られたが、喜ばしいことばかりではない。

 まず、サウスモニカの街が壊滅してしまった。
 この悲報はライトンのもとに届けられて、彼は泣き崩れてしまう。

 それと、王国軍も相応に数が減ってしまった。
 死傷者は一万人以上。重軽傷者は数え切れないほどで、散々な結果だ。

 最後に、アクアヘイム王国の怨敵、ルチア=ダークガルドの生存報告。
 彼女の本体が極大魔法に狙われたのは確かだが、転移系のスキルを使える護衛が、直前で逃がしていた。
 とは言え、遠くまで転移出来るスキルではなかったので、無事に逃げられた訳ではない。

 極大魔法の攻撃範囲から、あと少しで出られるという場所で、ルチアは瀕死の重傷を負ってしまう。
 追跡者の短剣の存在を知らず、極大魔法の威力は想定外……。だから、スキル【未来予測】を使って回避することは、出来なかった。

 数少ないゲートスライムは、退路の確保ではなく、王国東部と南部への攻めに利用している。そのため、ルチアの傍にはいない。
 生き残っている側近たちは、ルチアに応急処置を施して、撤退することを選んだ。
 王国軍の暗殺部隊に嗅ぎ付けられるのは、時間の問題で──翌日には、実際に襲撃を受けてしまう。

「見つけたぞ!! 皇女ルチアっ、貴様の命は我々が貰い受ける!!」

「ルチア様を死守せよッ!!」

 暗殺者は次々とルチアたちに襲い掛かり、一人、また一人と側近が殺されて、ルチアは絶体絶命の窮地に陥る。

 ──しかし、彼女の命運は、まだ尽きていない。

「こんなに美しい人が死ぬなんて、間違っているよ」

 暗殺部隊に所属している一人の少年が、帝国随一の美女であるルチアの姿に魅了されて、裏切りの刃を抜いた。

 それは、ゾッとするほど美しい、銀色の刃だった。
 
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